2010年02月07日

日本へ帰国

快晴  27度  湿度60%

午前4時起床。

昨日、1日(12時間)停電のため、日本帰国の洗濯が
できなかった。洗濯機の調子が悪く、乾燥が1回ではできない。
夜中の2時頃、2回目の乾燥機をかける。午前5時、洗濯が
仕上がる。

読書「青年の環」。なかなか時間がなく2冊目が読みきれない。

午前8時、朝食。昨夕の「ベトナム風ほか弁」の3分の2の
残りを温めて食べる。

午前10時、バオミンさんとある件でいくつかのお宅を訪問。



午前11時半、訪問終了。

訪問した御宅では日本流に言えば、新年の「松飾り」が
出来上がっている。

家の前や中に左右に1対の「菊」を置いている。
日本の門松の原型とも思える。

午後12時から「ハイリーホテル」で帰国の荷物の整理。

午後1時から1時間半昼寝。
午後2時半、再度帰国の荷物整理。
関係者からのメール受信。メール送信。

午後4時、バオミンさんに渡す資料を持ってベトナム事務所へ。
1階の日本料理店に置く。日本料理店前にはリー君が何故か?
いた。

ベトナム事務所には「テト休暇中の事務所閉鎖」の知らせ


午後5時、車で「ハイリーホテル」を出発。

大塚さん、税田さん、なぜかリー君も「ハイリーホテル」まで
見送りに来てくれた。「ハイリーホテル」の5階にある私の
部屋からスーツケースを運んでくれる。


フエ空港チェックイン。

2階の待合室で読書。「青年の環」。

午後7時、フエ空港 →ホーチミン空港(午後8時20分着)

国際線チェックインをするつもりだったが、JAL機使用の
ため、午後9時半までチェックインはできないという。
私の切符はベトナム航空なのだが、ベトナム航空と
JALの共同運航便のため偶然、JAL機使用。
ベトナム航空は全ての便がいつでもチェックインできるのだが。
ベトナム航空の方がはるかにサービスがよい。

午後11時55分ホーチミン発VN便(JAL機)で成田へ。


投稿者 koyama : 13:53 | コメント (0)

2010年02月06日

北海道芸術高校帰国:ベトナム事務所忘年会

快晴 気温36度 真夏


昨夜痛飲。一気飲みを何度も「強要」される。

午前6時起床。シャワーを浴びる。

午前6時50分、ソン君から電話。今、「ハイリーホテル」の
下にいるとのこと。

7時15分に「ハイリーホテル」に来ると思っていた。
今朝は北海道芸術高校の皆さんが帰国する。
フエ空港まで見送り。
急いで支度をして「ハイリーホテル」前で待っている
皆さんの所へ。朝食を摂る時間がない。

急いでいったので火炎樹日記用のデジカメを忘れる。

午前7時半、フエ空港へ到着。8人の皆さんの
チェックインを済ませる。
真面目で神経の行き届いた若者たちであった。
礼儀作法もしっかりしている。こうした若者が未来の
日本を担っていって欲しい。
北海道芸術高校の皆さんは朝フエを発ち、ホーチミン市へ。
ホーチミン市で戦争博物館などを視察した後、7日の
午前0時05分ホーチミン発の飛行機で成田へ帰国の
予定。皆さんの無事帰国を祈る。


午前8時半、ソン君とフエ市内へ。市内のフォーの店で
朝食を摂る。

その足でベトナム事務所へ。
里子でフエ科学大学へ入学し1年間勉強したが、
今年、フエ経済大を受験し、合格したH君を
ベトナム事務所に呼ぶ。フエ科学大退学と
フエ経済大入学のいきさつを詳しく聞く。

今日は日本料理店・ベトナム事務所の大掃除。
日本料理店のこどもたちも午前8時から出勤。
今日が旧暦最後の仕事日。
日本料理店のこどもたちにボーナスを支給する。

副店長・調理主任のトゥオイ(鮮)さん。


接客主任のグエット(月)さん



元店長のリー君
テト休暇中の2週間の生活行動を聞く。
親戚などに行くとのこと。
くれぐれも賭博・飲酒・悪い友達との交流に気をつけるよう
話す。



食品在庫管理主任チャンさん



調理係り ヒエウさん

リー君が再度質屋に入れた自転車を質出ししたようだ。

新年に向けて新たな気持ちで臨んでもらいたい。

午前10時半、「ハイリーホテル」へ戻る。
「ハイリーホテル」は停電。部屋は蒸し風呂状態。

午前11時半。ベトナム事務所へ。

ベトナムは今日が事実上の「大晦日」。
ベトナム事務所も今日で旧暦の2009年を終わり、
明日から2週間のテト正月休暇に入る。
今日はベトナム事務所の最後の日。
ベトナム事務所望年会を行う。

午後2時まで。

「ハイリーホテル」へ戻る。引き続き停電。
昨夜の飲み過ぎがまだ続いている。

蒸し風呂のような部屋でしばらく休む。

午後5時、引き続き停電。

午後6時半、「ハイリーホテル」の回りの電気が点く。

「ハイリーホテル」だけ引き続き停電。
これは「ハイリーホテル」の電気に異常があると判断。
ベトナム事務所へ行き、バオミンさんに相談しようとしたが
いない。電話で打ち合わせ。

直ぐにソン君と婚約者のMさんが来る。
税田さん・大塚さんも「ハイリーホテル」に戻ってくる。

ソン君が配電盤などを見てくれるが、原因不明。

そのうち、バオミンさんが連絡してくれた電気業者が
来る。
「ハイリーホテル」の配電盤を見たが原因が分からない。
「ハイリーホテル」の外の電柱の配電盤を調べる。
「ハイリーホテル」のスイッチだけが切られていた。
誰かが「ハイリーホテル」だけの電源を切っていたのだ。

午後7時。やっと「ハイリーホテル」の電気が点く。

洗濯機に洗濯物を入れる。

体がだるくてもたない。簡単な夕食をし(ベトナム風ほか弁
3分の1を食べる)、2日分の日記を書き就寝。

午後11時。


投稿者 koyama : 23:04 | コメント (0)

2010年02月05日

北海道芸術高「ナムドン山岳地帯」へ:フエ市人民委員会新年会

終日快晴  真夏の気候  気温30度を越す。

午前7時朝食。ブンボー



午前8時半、ベトナム事務所へ。3階のブライセンベトナム支社。
テト休暇中の勤務について、社員に説明する。チュン君は
他の仕事で外へ。


午前9時、北海道芸術高校の皆さん(8人)とナムドン山岳地帯
の少数民族「カトゥー族」との交流へ。

私・ソン君・リー君・原田先生の4人の案内。

はじめに「フエ平和村」へ。車椅子を贈呈。
フエ平和村はフエ省運営の障害児のリハビリセンター。
創立時からJASSは支援を行っている。

今日からフエ平和村は「テト休暇」に入り、こどもたちは、
家へ帰っていた。
副所長さんに車椅子を贈呈。

車椅子贈呈後、北海道芸術高校で作ったオリジナル「Tシャツ」
を副所長さんに贈呈。


午前10時、フエ平和村を出発し、ナムドン山岳地帯へ。
車で1時間半。午前11時半、ナムドン山岳地帯の麓の
町に到着。昼食を摂る。

地元の野菜ふんだんの料理だった。

ナムドン専門家「リー君」も参加。やる気満々。

原田先生


午後1時、昼食会場を後にし、山岳少数民族「カトゥー族」の
村「トゥオン・ロー村」へ。

トゥオン・ロー村へ到着。村人は銅鑼(どら)や太鼓で歓迎。

支援物資を持って交流会場へ。




交流会が始まる。

村長さん(57歳)が歓迎の挨拶。ソン君が通訳。

続いて支援物資の贈呈

歓迎の踊りの後、村人と一緒にカトゥー族の踊りを
踊る。

その後、カトゥー族のこどもたちと「折り紙」で交流。

交流会場前の庭で「大縄跳び」で交流。

折り紙・縄跳びで交流した後、カトゥー族伝統の料理で
もてなしてくれる。

ここから「ナムドン専門家」リー君の出番である。
少数民族の交流は、手作りの焼酎を飲みながら始まる。
焼酎を飲んで恥ずかしさを消し去り、お互いの本当の
気持ち・人間性を出して交流する。

今回は高校生の交流なので大人の原田先生・引率の
金子先生(少量)、そして「飲酒担当」のリー君(23歳)
が焼酎を飲み、宴会は段々盛り上がる。
最初に村長さんが、歌を歌う。音楽は「蛍の光」(スコットランド
民謡)であるが、カトゥー族の皆さんの説明では「団結」の歌
といっていた。以前は、歓迎の歌と言っていたのだが・・・・。
更にカトゥー族の長老の方が歌う。
日本側。最初にリー君がお得意の「恋愛」の歌を2曲歌う。
なかなか良い声で歌う。恋愛も歌だけは上手なのだが、
実際の恋愛になると「日本料理店の寅さん」とあだ名
される『実力』である。

リー君の恋愛の歌で盛り上がって来た。



カトゥー族の皆さんの強い要望。「北海道芸術高校の皆さんも
何か歌って欲しい」と。
1名の女子高生がみんなの推薦で「涙そうそう」を歌う。
声量もあり、聞いていて心を打つ何かがあった。


続いて男子学生が「ラップ」の歌を披露。
何を言っているのかは分からなかったが、楽しい雰囲気を
作ってくれた。

北海道芸術高校の生徒さんは、こうした交流の場で
恥ずかしがらず、しっかりと自分を出してくれた。
なかなか能力があり、好感のもてる若者である。


最後に交流会場前で全員の記念撮影

車で1時間半。午後5時、フエ市内へ到着。

北海道芸術高校の皆さんはホテルで休息。

私は引き続き、午後6時から行われる
フエ市人民委員会主催「忘年・新年会」に参加。

ベトナム事務所員全員と「オアシスの会」の代表の
大塚さんと参加。

フエで活動している主な海外NGや海外から来た
会社の駐在員などが招待された。

開会冒頭にヴィンフエ市長がJASSのテーブルへ
挨拶に来る。「オアシスの会」代表の大塚さんと。



JASSスタッフ

フエ市人民委員会財政部長(大蔵大臣)と


フエ市人民委員会副市長タン氏。福祉・教育担当

フエ市共産党委員長ユン氏


再びヴィン市長。一気飲みの競争。

続いて参加各国からの出し物。

最初に原田先生の歌

フエ市人民委員会外務部長ニエンさん、副部長フアンさん。

偶然、1993年に私がフエ師範大で教えた教え子が
3人いた。ベトナム事務所のバオミンさん・ハンさん・
外務部副部長フアンさん。
他に2名の教え子が来ていたそうだが、私に「合わせる顔」
がないようで挨拶にすら来なかった。ヤクザでも「一宿一飯」の
恩義を感じるものである。2年間日本語を教え、その後も
10数年支援した人間が同席していて挨拶にこないのは
悲しいことである。

ニエン外務部長と


フエ県警外国人担当最高責任者と。
今後、JASSに何らかの攻撃があったら、県警がJASSを
守ると話していた。



続いてJASSからの出し物。大塚さんと税田さんの歌

引き続き、ニエン外務部長と飲む

今日の忘年・新年会では、JASSが3組も登壇し
歌いまくる。

外国人で一番出し物をしたのがJASSだった。
新人スタッフのアンさん。なかなか歌がうまい

忘年・新年会は「流れ解散」。
外国人は全て帰る。JASSとフエ市人民委員会だけの
再度の飲み会が行われる。JASSとフエ市人民委員会とは
そうした関係になっている。

午後10時、ベトナム事務所へ帰る。

バオミンさんのオートバイで「ハイリーホテル」まで
送ってもらう。午後11時過ぎ。痛飲。

投稿者 koyama : 21:55 | コメント (0)

2010年02月04日

北海道芸術高校講演会

快晴  午前中気温27度。夕方20度に低下。
頭痛あり。


午前7時起床。青豆のおかゆ

朝食後、受信メールの確認。必要なメール送信。

午前9時半、電動バイクで「子どもの家」へ。

王宮前には、新年の菊の花が置かれていた。
沢山の買い物客でにぎわっていた。黄色は、お金の色と言う
ことで新年には各家庭で飾る風習がある。


ベトナムの旧正月には、秋の菊と春先の梅が
同時に咲き、正月の花となる。

午前9時45分、「子どもの家」到着。

「子どもの家」では、北海道芸術高校の生徒さんたちと
「子どもの家」のこどもたちが交流していた。
北海道芸術高校のダンスの生徒さんが、「子どもの家」の
こどもたちにダンスを疲労していた。

午前10時から11時まで私の講演会。
人生とこどもたち、人間の本当に幸せとはについて話す。

講演会後、北海道芸術高校の生徒さんの作った「Tシャツ」を
頂く。どのTシャツも素晴らしいデザインである。




北海道芸術高校の生徒さんの描いたイラストを
ご本人から頂く。

午前11時から「子どもの家」のこどもたちと一緒に昼食。
北海道芸術高校の生徒さんは、今日朝から市場へ
こどもたちと一緒に買い物に行き、食材を買い、こどもたち
と一緒に調理をした。昼食で一緒に食事をする。



先生と生徒さん


引率の先生


昼食後、こどもたちと記念写真


午後11時50分、「子どもの家」をあとにホテルへ。

私は電動バイクで「ハイリーホテル」へ。

1時間ほど昼寝。疲労が溜まる。

午後2時半、バオミンさんと一緒にいくつかの関係機関を
回る。

午後5時半、ベトナム事務所に戻る。

地球の歩き方ガイドブックの取材の方が来る。
日本料理店を載せてもらう。


今日はフエ省の「忘年会」。
税田さん・大塚さん・原田先生の3人が出席。
私は日本料理店で留守番。

来客あり。

お寿司と太巻きを注文。ベトナム人の来客。
コーラでお寿司と太巻きを食べる。

午後9時閉店。原田先生と一緒に「ハイリーホテル」へ帰る。

投稿者 koyama : 23:34 | コメント (0)

2010年02月03日

静岡市長・島田市長一行帰国へ:北海道芸術高校夕食会

快晴  気温30度 暑い

午前6時起床。夜中に二度にわたり、足の「ふくらはぎ」が
急に痙攣(けいれん)を起こし、ひどい激痛に見舞われる。
1時間後に片方のふくらはぎも同様の症状を呈す。
あまりの痛さに夜中安眠できず。

午前7時朝食

午前7時半、フォンザンホテルへ。
今日は、静岡市長・島田市長・市議会議長・市議・市民の
皆さんが、王宮・静岡フエ日本語学校・「子どもの家」を訪問し
ホーチミン市経由で帰国する。

午前8時20分、王宮に到着。
王族の末裔であるバオミンさんの案内は、案内人としては
最適人。説明も関係者でなければ分からない話も織り込み
ながらのものであった。

午前9時半。静岡フエ青年交流会館付属日本語学校参観交流。
この会館は2001年、小島静岡市長を筆頭に稲葉さんなど
静岡ライオンズクラブの皆様方の寄金で建築されたものである。
その後9年間、JASSはこの会館内に日本語学校を運営し
ている。
今日は静岡会館日本語学校の各級の生徒が集まり、
静岡市長・島田市長など訪問者と40分ほど、日本語会話の
練習を行った。

静岡会館建築者の小島静岡市長の挨拶。

日本語学校の生徒と訪問者が1対1となり日本語の会話の
練習。

日本語教師の原田先生・日本語部長のフーン先生、
そしてクアン先生もお世話に駆けつける。


40分ほどの交流会後、参加者で記念写真


午前10時。「子どもの家」へ。

セン「子どもの家」運営委員長の出迎え

その後、30分ほど「子どもの家」を案内する。
また、「子どもの家」の歴史を説明する。

昨夜、北海道芸術高校の生徒さんと先生がフエ到着。
今日から「子どもの家」でこどもたちjと交流。
昼食を作っていた。


静岡ツアーの皆さんに図書室を紹介

午前11時、「子どもの家」を後にする。

空港へ行く前に市内で昼食を摂る。フエ名物「ブンボー」。

午後12時過ぎ、フエ空港へ到着。チェックイン手続きに入る。

その後、全員のチェックインを終わり、皆さんとお別れする。
無事の帰国をお祈りする。


午後2時、「ハイリーホテル」戻る。

昨日からの疲労で体がコチコチ状態。横になる。
頭痛と倦怠感あり。1時間ほど休む。

午後3時半、バオミンさんから電話。
仕事関係である店を訪問したいとのこと。
午後4時半、「ハイリーホテル」をでてその店に行き
オーナーと話し合う。いくつか問題あり。

午後6時、北海道芸術高校の生徒さん・先生と日本料理店
で夕食会。

税田さんの司会で開会

リー君とグエットさんの接客コンビで今晩のメーニュー紹介


今晩のメニュー

ハンバーグ

和風野菜サラダ

空芯菜のニンニク炒め

茶巾寿司


会食


午後8時過ぎ、夕食会終了

日本料理店のこどもたち・指導者の大塚さんの自己紹介




最後にこどもたちと北海道芸術高校の生徒さんの記念撮影

その後、日本料理店の片付け。
今日は疲労と体調不良。食欲なし。ほとんど食事が
できなかった。
顔中がほってている。寄生虫の発疹が出る可能性あり。

午後9時前に「ハイリーホテル」へ帰る。

関係者にデジカメ写真を送る。


投稿者 koyama : 18:01 | コメント (0)

2010年02月02日

静岡ツアー来訪・終日案内

晴天  気温24度。快晴

午前7時朝食。

キャッサバイモの手打ちうどん

午前7時半、バオミンさんが「ハイリーホテル」まで車で迎えに
来てくれる。

今日は静岡市長・島田市長や両市の市民、約60人ほどが
2つのグループに分かれてフエへやってくる。

午前8時10分に第1団34人がフエ空港に着くはずだった。
飛行機の遅れで1時間ちょっと遅れて9時20分に到着。

待っているいる間、フエ空港の警備隊長と雑談をする。


午前9時過ぎ、静岡市・島田市の市民の皆さん34人が到着。


2台のマイクロバスで「静岡フエ青年交流会館」へ。
静岡会館で、会館の歴史を説明。


静岡・島田市民と静岡会館付属日本語学校の生徒と
日本語を使っての懇談


その後、「子どもの家」へ。

1時間ほどかけて「子どもの家」を案内

「子どもの家」付属刺繍みやげ物店で大量の刺繍作品を
買って頂く。



午前11時半、バオミンさんが引率して王宮へ。
私はタクシーでフォンザンホテルへ。

フォンザンホテルには、訪問団第2団の静岡市長・
島田市長などを出迎えるためにフエ空港へ行く
税田さん・ハンさん・フーン先生・ソン君などが
待機していた。合流。大型バスでフエ空港へ。
バスの中でフランスパン1本と牛乳を飲んで
昼食とする。

午後1時半、飛行機到着。
フエ市人民委員会より静岡市長へ花束贈呈


フォンザンホテルまでの車中で、静岡市から招待され
日本語研修に行ったフーン先生・フオン先生・ハンさん・
トゥー君が静岡市へお礼の言葉を述べる。


フォンザンホテルへ到着。マネージャーより静岡・島田市長へ
歓迎の花束贈呈。

20分ほどホテルで休憩し、フエ市人民委員会へ表敬訪問。
フエ市人民委員会では、フエ省共産党委員長のマン氏、
ヴィン市長などが出迎えてくれる。


ヴィン・フエ市長の歓迎の挨拶



訪問団長の静岡市長(右)と副団長の島田市長

訪問団全員で記念写真


静岡市長・静岡市議会議長と記念写真


その後、フエフーズを視察。日本酒などを製造している日本の会社
懇切丁寧に日本酒製造の様々な問題点などを説明してくれる。

午後7時、フォザンホテルで訪問団の第1団・第2団の
60人ほどとフエ市人民委員会関係者との懇談会。

フエ市共産党委員長のユン氏の挨拶

フエ市側はフエ市共産党委員長・フエ市共産党人事部長・
フエ市長・フエ市財政部長・フエ市外務部長などが参加。

懇親会は午後9時まで続き、お開きとなる。

今日は本当に長い1日であった。

投稿者 koyama : 23:33 | コメント (0)

2010年02月01日

元ベトナム事務所員 元秋夫妻来訪

快晴

気温24度  湿度70%


午前5時起床。読書「青年の環」(野間宏著)
1冊1000ぺージなので寝ながら読むと手が疲れる。

午前7時朝食。
私の好きな「ブンボーフエ」。とても美味しい。


午前8時半、ベトナム事務所へ。
午前9時、元ベトナム事務所員の元秋夫妻が来訪。懇談する。


元秋君は1997年5月から1999年5月まで旧ベトナム事務所
でJASS活動を支えてくれた。現在は札幌でこどもたちの
教育の仕事を夫妻でしているとのこと。
元秋君がいた1997年から13年が経過したフエの実情は
「大きく変化」している。豊かさと貧しさ、拝金主義の入り混じった
フエの社会が形成されている。

ソン君の案内で「子どもの家」へ。こどもたちと昼食を摂る。

午前10時半、バオミンさんと一緒の静岡市長以降60数名と
フエ省・フエ市幹部の交流会場の下見。机の配列の確認。
飲み物と等の確認を行う。

午前11時半昼食。
大塚さんは税田さんと外食。原田先生は遅れるとのこと。

午後12時半、昼寝。

午後1時過ぎ、原田君から携帯電話。
「ハイリーホテル」のドアが開かないとのこと。
昼食を作るセンさんが内側から鍵をしめていた。
1階に下りて鍵を開ける。


午後2時半まで昼寝。体が少しだるい。

31通のメール受信。15通のメール送信。

2月21日の「現地報告会」の総括と方針の文章の
最終仕上げ。

バオミンさんと電話で明日から来訪する静岡市長など
60数人の静岡の皆さんの受け入れ体制について最終協議。

午後3時過ぎベトナム事務所へ。
元秋夫妻と再度懇談。

午後4時半。2月21日「現地報告会」に提出する
会計報告と予算案について、ハンさんから提出のあった
文書をバオミンさん・税田さんと共に検討。いくつかの意見を言う。

午後5時過ぎ、日本料理店の女子の制服を新しいものに
変える。「子どもの家」卒業生のメンさん(札幌の鹿又さんの里子)
を呼んで採寸し、ミシンで縫製してもらう。

データーを記録するメンさんは「子どもの家」を卒業後、
自分でミシン縫製店を経営している。

午後5時半、日本料理店で夕食。既に午後5時から来客あり。
リー君はお客さんの注文を取っている。


午後9時、日本料理店閉店。多数の来客あり。


明日から静岡市長をはじめとする静岡ツアーと
北海道芸術高校スタディーツアーが来る。

投稿者 koyama : 23:27 | コメント (0)