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2014年03月31日

「子どもの家」ミータンさん誕生会

快晴  室内気温30度  真夏

午前5時起床。

午前7時朝食「精進ブン麺」

今日は旧暦の「3月1日」。精進料理を食べる日。
動物等の肉を食さない。


午前10時、ベトナム事務所へ。

バオミンさん・ハンさんと会計の件で話し合う。

その足で「子どもの家」へ。

今日は「子どもの家」の「ミー・タンさん(中学4年)」の
誕生日。里親の「海00さん」から衣類、誕生ケーキが
送られてきている。

午前11時半、「子どもの家」の昼食にあわせ
「ミー・タンさん」の誕生会を行う。

里親の海00さんから送られた衣類を胸に抱き
喜んでいるタンさん。


里親の海00さんのご希望で、里子のタンさんの同室の
子どもたちへも「絵葉書」のプレゼント。


誕生祝いのケーキに点灯

ロウソクを吹き消す

セン運営委員長や寮母の先生も参加


里親の菅0さんから里子の「ナム君」にプレゼントが
送られてきた。

セン運営委員長とナム君。


里親からの手紙(日本語版をベトナム事務所でベトナム語に
翻訳)をもらうナム君。

里親からは、「子どもの家」の子どもたち全員が
ケーキを食べられるように3つのケーキの差し入れが
あった。



みんなで「HAPPY BIRTHDAY」を歌う。

はじめに昼食を摂る。
神戸大学アイサックの学生さんも参加。




昼食後、ケーキを切る


子どもたちは「甘いもの」が大好きのようだ。

里親から送られたシャツを着て

午後12時半、宿舎へ帰る。

今日は昼食を断っておいた。途中で
フランスパン(卵焼き、野菜入り)1本、35円を
買い宿舎で食す。

2時間程、昼寝。今日は急に暑くなった。
真夏のようだ。体がだるくなり、急いで
休む。

夕方までバオミンさんと電話でいくつかの
打ち合わせ。

午後5時半、日本料理店へ。


日本語学校の仕事が終わり、夕食を摂っている
富岡先生と短時間、日本語教育などについて
話をする。


午後9時まで6人程の来客あり。

接客 グエットさん


厨房は、トゥオイ店長・厨房主任と税田さん。


税田さんは、今夜が「一時帰国前」の最後の仕事

午後9時20分、帰宅。


投稿者 koyama : 17:52 | コメント (0)

2014年03月29日

ベトナム事務所員会議:昼食交流会

午前5時起床

午前6時、朝食。

「牛肉入りブン麺」

午前8時過ぎ、徒歩でベトナム事務所へ。

久し振りのベトナム事務所員会議。

はじめに各自のこの間の活動報告・問題点等の指摘

(ミン) 春のツアー
      ・地球の歩き方スタディーツアー 3つ
      ・北星学園大学スタディーツアー
      ・北海道芸術高校スタディーツアー

     今後も各種のスタディーツアー成功させ
     よう。


(ソン) ・春のスタディーツアーは自分としては
      頑張った。
     ・参加者が「楽しかった」と言っている。
     ・「子どもの家」の子どもたちの人数が
      が減ってきているので、交流が少し
      難しくなってきたいる。
     ・子どもたちが天安山に何度も行き、
      参加者も少し飽きてきている傾向がある。
     ・子どもたちの中には、車で酔ってしまう
      子どももいる。

(富岡)退職した後藤先生が担任していた
    ブライセン社員日本語教育の初級クラスを
    担当し始めた。
     初級教科書25課まで進んでいる。
    学習成果が上がっていない生徒もいる。
    本人の意欲と努力の問題が主因だが
    日本語学校としては、基礎レベルの
    勉強の強度を上げるようにしたい。
     新初級の学習意欲は高い。



(税田)4月1日付けで一時帰国する。
     理由は家庭の事情である。
     ベトナム事務所復帰は未定。
     
      竹とんぼ、3月注文あり。
     刺繡の注文は減ってきている。
     スタディーツアーで「ゲーム」を
    する場合は、事前にどんなゲームをする
    のか、「子どもの家」スタッフは、ベトナム事務所
    スタッフに伝えて欲しい。
     
     
(フーン)後藤先生は、初級クラス1・2を教えていた。
     私は中級・上級を教えている。
     「子どもの家」出身のチュン君が3級に
     合格した。



(アン)地球の歩き方スタディーツアーの案内  
    ケーキつくりのボランティアに来てくれた
    UさんとTさんと一緒に仕事をした。

(ハン)3月31日 「子どもの家」のミータンさんの
     誕生日。小山先生に「子どもの家」に
     行ってもらい、誕生会をして欲しい。
    
     オアインさんの里親にケーキ作りのボランティア
     に来てくれたTさんがなってくれた。

ベトナム事務所員会議終了後、午前11時半、
ベトナム事務所員全員の昼食会を行う。
『春のスタディーツアー』など春の諸活動が一段落した
ことで、皆さんで『ご苦労さん会」を行う。

私の好きな「アヒルの卵焼き」

同じ柄の「ポロ」のシャツを着ている「親子風」の
バオミンさんとI君。元気に勉強をしている。


「イカリング」


野菜スープ

午後2時前、『春ツアーの反省会食会」を終了。帰宅


帰宅後、「若干酔った」ので昼寝をする。

午後5時50分、フエ市人民委員会外務部長の
車が迎えに来てくれた。

タンフエ市長の招待で、市長自宅で夕食会を
行う。

2月、タンフエ市長・ニエン前外務部長
   イックホアン新外務部長・バオミンさんの
   4人と一緒に訪日た。2月16日の
   「jASS/「子どもの家」創立20周年式典」に
   参加。その後、新旧静岡市長との懇談、
   京都市長との懇談、大阪城視察(タン市長は
   ハノイ大学建築科出身の建築の専門家) 
   などを行った。

 今日は、訪日したタン市長が「JASSにお世話になった」
 とのことで、自宅でご夫妻と一緒に懇談夕食会を行った。

  カエルの姿焼き。(私は食べられなかったが・・・)


    

午後9時まで、今後のフエ市人民委員会とJASSの
協力、提携について、深く話し合いを行い、完全な
合意に達した。

8月2日、フエ市人民委員会で行われる
「JASS/「子どもの家」創立20周年式典」への
協力を約束してくれた。

投稿者 koyama : 19:31 | コメント (0)

2014年03月28日

終日、横になっている

真夏の気候

午前5時起床。

 読書「昭和精神史」(桶谷英昭著:文春文庫)

ーーある雲の涯 北一輝と青年将校ーーー

午前7時朝食。
「キャッサバ・もち米麺」


体調が悪い。

体がだるく、午前中横になっている。

引き続き読書。


午前11時半、昼食。

「海産ブン麺」

午後2時間程横になる。

その後、今後のJASS・ベトナム事務所のあり方に
ついての私見を構想する。


午後5時45分、日本料理店へ。

富岡先生と少し話をする。


6人の来客あり。

午後9時閉店。

徒歩帰宅。

投稿者 koyama : 23:23 | コメント (0)

2014年03月27日

神戸大アイサック学生さん来訪

快晴 真夏

午前5時起床。

読書「昭和精神史」(桶谷英昭著:文春文庫)
「モダニズム」

午前7時朝食。

「フォー・ガー」(ハノイ名物鶏肉米麺)

午前8時過ぎ、徒歩でベトナム事務所へ。

神戸大アイセックの学生さんが来訪。

アイセックは、
海外インターンシップによる実務経験と国際理解の
経験を提供する(海外研修生交換事業)などを
行っている。


ベトナム事務所でベトナム事務所を紹介。
(バオミンさんはダナンヘ。ツアー案内)


午前10時、学生さんを案内し「子どもの家」へ。

「1時間ほどかけて「子どもの家」を案内、紹介。

午前11時半、子どもたちと一緒に昼食を摂る。

子どもたちは、三々五々、学校から帰ってきて
昼食を摂る。


昼食は「イカの煮物」「野菜」「野菜スープ」


この1年間で庶民の食生活を中心に物価が
30%も上昇している。

里親寄金だけでは、一人の子どもたちの
1年間の生活を賄うのが難しい。

午後12時過ぎ、「子どもの家」を後にする。

神戸大アイサックの学生さんは、これkら4日間
「子どもの家」で市場へ買い物に行ったり、
昼食を作ったり、子どもたちと遊んだりという
活動を行う。


「子どもの家」で茶碗半分ほど昼食を摂る。

午後1時、宿舎へ帰る。


1時間程昼寝をする。熟睡。

夕方、静岡の「袴田事件」の再審が決まり、
元ボクサー袴田氏が釈放されたとの報道を知る。

1980年代の中ごろ、「袴田事件」の弁護団から
袴田事件の不当性、無実の罪である話を聞き、
支援活動を行う。袴田氏は、私より10歳ほど年上。
48年間も無実の罪で拘束され、死刑の恐怖の中で
どんな気持ちでいたのだろうか? 拘禁症状が出て、
精神に異常を起こすこともありうる。

========
袴田への取調べは過酷をきわめ、炎天下で平均12時間、最長17時間にも及んだ。さらに取調べ室に便器を持ち込み、取調官の前で垂れ流しにさせる等した。

睡眠時も酒浸りの泥酔者の隣の部屋にわざと収容させ、その泥酔者にわざと大声を上げさせる等して一切の安眠もさせなかった。そして勾留期限がせまってくると取調べはさらに過酷をきわめ、朝、昼、深夜問わず、2、3人がかりで棍棒で殴る蹴るの取調べになっていき、袴田は勾留期限3日前に自供した。取調担当の刑事達も当初は3、4人だったのが後に10人近くになっている。
======

当時の警察・検察の無法・不法な取調べの
実態である。
死刑判決を下した裁判官、警察、検察など
国家権力の関係者を断罪すべきである。

その後、ベトナムに住むようになったが、数年前
海外へ行く飛行機で「袴田事件」の映画を見る。
詳細に調査された上での映画は、袴田事件が
いかに国家権力のデッチ上げで冤罪かが
克明に描写された秀逸な映画だった。

袴田事件が最終的に無罪確定することを祈る。

午後5時半、徒歩で日本料理店へ。
丁度、西の空に夕日が沈みつつあった。



今日は新しいサーモンが入った。
刺身にしてもらう。
生臭い臭いがなく美味しい。


日本製「SB わさび」だと思ったが、
「S R B」という中国製のニセモノだった。

6人程の来客あり。

厨房は大忙し。


午後9時閉店。帰宅。

投稿者 koyama : 18:10 | コメント (0)

2014年03月26日

フエ市「解放」39周年記念日

午前11時 気温29度 湿度70%。
真夏のような気候

今日は1975年3月26日、フエ市が「北ベトナム軍」
によって「解放」された39周年記念日。

フエだけは今日1日祝日で学校・会社等は「休日」。

ベトナム事務所・日本料理店も休み。

午前7時朝食。

「カニ団子入りブン麺」

午前中、いくつかのメール受信。返信。

読書「昭和精神史」(桶谷英昭著:文春文庫)
1988年初版。昨年、池袋の青空古本市で
400円で購入。



橘孝太郎・中野藤作・中野重治の項。
橘孝太郎は、5・15事件の中心人物。
無期懲役となり、戦後70歳代での
「聞き取り」。5・15事件当時のインテリの
若者の生き方の対比。

橘孝太郎は一校を出て東大へ行くコースに乗るが、
陸軍士官学校を出た軍人エリート。
中野重治は、福井県出身・東大→プロレタリア文学

左右両翼の戦前の若者が、どんな考えを持ち
5・15事件を起こし、方や中野重治は共産主義に
入っていったのか? 当時の昭和の時代を背景にして
両者の「精神史」を分析している。興味ある内容。
中野重治は当時の日本共産党員作家。
中野藤作は、重治の父親で当時の自作農。

昼食は摂らなかった。


午後2時間昼寝。


その後、当面の諸課題への対応策を考える。

午後4時半、宿舎を出て宿舎近くの道路へ。

税田さんと合流。タクシーでフエ名物の
海産料理店。

久し振りに日本料理店の子どもたちと
会食。


焼き海老


茹でた「子持ちカニ」




私たちの隣りでタイの大学の訪越団と交流している
フエ芸術大学。

フエ側の団長は「子どもの家」の絵画の先生だった。

フック君の先生でもある。

午後8時前、日本料理店の会食終了。

宿舎へ帰る。

日本の支援者加藤さんから電話。

夕方、日本語教師の後藤杖先生が離任。

フエ高等師範大日本語学科の学生が
ホテル前で見送り。


フエ空港へ。ソン君も見送り。


石井君・ソン君と後藤先生



石井君・富岡先生と後藤先生。フエ空港にて。


後藤先生のフエでの活動に感謝している。


投稿者 koyama : 13:03 | コメント (0)

2014年03月25日

後藤先生と夕食

午前5時半起床

午前7時、朝食。

「ブンボーフエ」(フエ名物牛肉米麺)

午前中、当面のいくつかの件について考察。

体調が悪く、横になり、読書。


食欲がなく、昼食を断る。

午後12時半から引き続き横になる。

メール受信・送信。


読書「昭和精神史」(桶谷英昭著:文春文庫)

小樽高等商業(現小樽商科大)の小林多喜二
と小樽中学(現小樽潮陵高等学校)にいた
伊藤整の関係。当時流行った「マスクス主義」
理解の論争・・・・・。

午後5時半、日本料理店へ。

後藤先生最後の日本料理店での夕食。

長い間、日本語教師としてして活躍してくれた
後藤先生に感謝。


日本料理店は。午後9時45分まで、9人来店。

トゥオイさんと税田さんの二人で厨房担当。

接客担当のグエットさんも交えて。



午後10時前、徒歩で帰宅。

投稿者 koyama : 18:52 | コメント (0)

2014年03月24日

後藤杖先生、お別れ会

午前3時に目覚める。

読書「昭和精神史」(桶谷英昭著:文春文庫)

午前7時朝食。

「フォー・ボー」(牛肉米麺)


午前8時半、徒歩でベトナム事務所へ。

バオミンさん、税田さんと当面の問題を
話し合う。

ベトナム事務所から帰る途中、道路が
「セミ」の声でうるさいくらいだった。
セミの声の大合唱。

午前11時半昼食。サラダ、魚のフライ、肉団子スープ、
ご飯

午後1時間ほど昼寝。

午後、「子どもの家」の子どもたちで教員や
看護婦の資格を取りながら、就職口がなく
「子どもの家」で待機している子どもたちの
就職問題について、その打開の道を探求する。
色々とアイディアを考える。

午後5時40分、宿舎を出てサッカー場の
近くにある「家庭料理店本店」へ。
電動バイクで行く。

今夜は、日本語教師をしている後藤先生の
「退任ご苦労さん会」。

午後6時、大型スーパー「BIG-C」の近くの
家庭料理本店へ。


今日は2年間、ベトナム事務所で
日本語学校の先生を勤めてくれた
後藤杖先生が退任しする「お別れ会」。



ベトナム事務所員一人ひとりが
後藤先生に「お別れの言葉」を言う。

バオミンさん「JASSベトナム運営委員長」の
まとめの挨拶。


司会の富岡先生


後藤先生の成功を祈る挨拶。


フオン日本語部長


石井君から後藤先生に記念のアルバム贈呈


後藤先生のフエ滞在の感想とお別れの言葉



後藤先生へ贈呈された記念アルバムより



日本料理店店長のTUOI さんとお子さん



「子どもの家」卒業生のMENさんとTUOIさん
母子


バオミン・JASSベトナム運営委員長の
激励の言葉

「子どもの家」の子どもたち



午後9時前、後藤先生の送別会終了

ベトナムでの活動が終了し、帰国しても
元気に『自分の人生を有意義なもの」にして
もらいたい。


投稿者 koyama : 17:27 | コメント (0)

2014年03月23日

鶴竜優勝、おめでとう

早朝小雨。寒い


午前7時起床。

午前中は洗濯と部屋の整理整頓。
洗濯機が故障。乾燥が出来なくなったが、
色々といじっている間に動くようになった。

午前9時半、昨日の昼食「おじや」の残りを
食す。

午後12時半、昼寝。

午後2時 「昭和精神史」(桶谷英昭著:文春文庫)
昭和改元・革命シナと昭和日本

(ワードにシナという漢字がない・・・・)


大相撲。大関「鶴竜」が優勝した。
JASSの会員で支援者でもある名古屋の
時田さん。JASSへの支援を続け、フエの船上生活者
の子弟が多く通う「フールー小学校」に4つの
教室建設の寄付をしてくれた。ご家族の皆さんが
参加してフエで贈呈式典を行った。
時田さんは、元々春日野部屋の力士だった。体が
それほど大きくなかったこともあり、相撲の世界
では出世しなくて、途中で各界を引退。
「相撲振興会会長」として、日本の相撲の発展と
普及に貢献してきた。

10年ほど前、テレビで私たちの活動を知り、JASSの
大きな支援者になてくれている。
私が関西に行く際には、名古屋に寄り時田さんに
お会いしている。

鶴竜は、モンゴルで日本の大相撲を見て「力士」に
なりたいとの意志を固めたがどこに連絡して良いか
分からない。インターネットを検索し、「相撲振興会」
を知り、会長の時田さんに手紙を送り「日本で相撲をしたい」
との連絡をして来た。
心のある名古屋の時田さんは、鶴竜に返事を書き
日本に呼ぶ。


鶴竜の父親はモンゴルの大学教授。知的で
裕福な家庭の子どもであった。


以下、ウキペディアの「鶴竜」

『大学教授一家の裕福な家庭に生まれ、幼少時にはテニス・バスケットボールなど、当時の庶民の子弟には高嶺の花と言えるスポーツに滋しむことができ、レスリングにも励んだ。親の影響で勉学にも励み、いわゆる優等生であったが、その裕福な家庭環境から、自宅でNHKの相撲中継も視聴することができたため、当時興っていたモンゴル国内における「相撲ブーム」に接して、同郷の旭鷲山などの活躍に憧れて力士を志し、花籠部屋の選考会に参加したが、一旦は不合格となった。しかし諦念しきれず、雑誌「グラフNHK」の広告で相撲愛好会(日本相撲振興会)の存在を知り、父が勤務する大学で日本語を教えていた同僚に頼んで自身の決意文を和訳してもらい、それを同振興会の時田一弘会長宛に入門希望の手紙として送った。これを受領した時田会長は、同志の鈴木賢一と相談の上、井筒親方(関脇・逆鉾)に諮って井筒部屋に入門させ、2001年5月に来日、同年11月場所に初土俵を踏むに至った。』

『浦和レッズ』と『清水エスパルス』の試合が
無観客試合で行われた。

先日の試合で「JAPANESE ONLY」と日の丸
を掲げ、浦和レッズもそれを止めずに
試合中放置していたという、無知無能な行動を
行った。その罰則としての「無観客試合」であった。

元浦和レッズの責任者は「表現の自由」があるので
なかなか難しいという、無能な発言をしている。
この程度の人間が責任者になっている日本の
スポーツ界の中心的な人物にあきれ返る。


投稿者 koyama : 17:26 | コメント (0)

2014年03月22日

仕事・読書

終日雨。寒い

午前11時  気温20度  湿度80%


午前5時起床。

読書「雷の波濤・満州国演義7」(船戸与一著)

午前7時朝食。

「豚肉・カニ団子入りブン麺」

ベトナム事務所関連のいくつかの問題について
時間をかけて検討する。
バオミンさんがツアーの案内でダナンに行っている
ので詳細な打ち合わせが出来ない。


読書「雷の波濤・満州国演義7」(船戸与一著)


午前11時半 昼食。

「うなぎのような魚入りのいじや」

食欲なし。3分の2残す


今日は気候の変化もあり、体がだるい。

食後2時間程横になると熟睡。


読書「雷の波濤・満州国演義7」(船戸与一著)

手元にある全7巻を読了。

非常に面白く、飽きさせない「エンターテーメント性」
の強い本である。

4人の男子兄弟
(長兄 満州駐在の大使館員)
(次兄  満州馬賊の親方)
(三男  満州憲兵隊大尉)
(四男  無政府主義者だったが満州映画台本作家)

この4人のそれぞれの満州での生活を通して、
その関係者の言葉から偽満州国がどのとうな
対立と妥協の中で出来上がったを克明に
描写している。陸軍の「統制派と皇道派の対立」
「陸軍と海軍の対立」、三国同盟内の日本とドイツの
確執、近衛文麿首相と大政翼賛会・東条英機首相との
確執・・・・・・。

アジア太平洋戦争に突入していく日本の
内部にある様々な対立と確執を持ちながらも
戦争に突入していく諸事情を検討している。


読書「昭和精神史」(桶谷英昭著:文春文庫)


午後5時半、徒歩で日本料理店へ。

日本料理店では、丁度、日本人(富岡・後藤・石井君)
の夕食が終わったところ。3人の日本人の若者の
体調、近況などを聞く。


日本料理店には来客あり。

厨房では、税田さんとトゥオイさんが調理に邁進。



午後9時過ぎ閉店。


徒歩帰宅。


投稿者 koyama : 16:26 | コメント (0)

2014年03月21日

ANHさんの誕生会

午前4時目覚める。

読書

午前7時朝食。
「フォー・ヘオ」(豚肉入り米麺)

午前8時半、徒歩でベトナム事務所へ。

今日はベトナム事務所員のANHさんの誕生日。

誕生会を行う。

バオミンさんは、ツアーのガイド。
石井君はベトナム語学校での授業で欠席。

後藤先生から誕生ケーキ贈呈

富岡先生から『誕生祝いの寄せ書き』贈呈

ベトナム事務所員


NGOC ANH(玉英)の名前入り


誕生ケーキとソフトドリンクで1時間程懇談

午前11時半昼食。

「小麦粉の手打ちうどん」

午後1時間ほど昼寝。

雨が降ってくる。

読書


午後6時半、雨の中電動バイクで日本料理店へ。

軽く生ビールを飲む。

来客あり。


午後9時、閉店。


投稿者 koyama : 17:20 | コメント (0)

2014年03月20日

ACCLの渡辺さんと日本料理店で夕食懇談

午前7時朝食。

「キャッサバと米の混合麺の肉団子入り」

午前中、宿舎で当面の諸日程・課題・8月2日の
フエで「子どもの家」創立20周年記念式典参加
ツアー関係の諸問題を整理する


午前11時半、昼食。

「ブン麺の煮込み」


気候が暑くなったり寒くなったり安定しない。
体がだるい。

2時間程昼寝をする。


午後5時半。日本料理店で会食。
ACCL(アジア・チャイルド・リーグ)で
フエの小児白血病の治療支援をしている
渡辺さんと会食。
渡辺さんは、私が1993年にフエ師範大日本語クラス
でバオミンさんやハンさんなどに日本語をしえた。
2014年、日本の新聞に私が出たこを知り、
渡辺さんが訪ねてくる。フエでの日本語教育を
したいとのこと。渡辺さんは1995年9月から
フエ師範大で1年間、日本語教育を行った。
2期生のソン君も私と渡辺さんの教え子。

しばらくぶりで3人で夕食をする。


午後9時過ぎ、帰宅。

投稿者 koyama : 16:55 | コメント (0)

2014年03月19日

ACCLの渡辺さんと里子の件で懇談

火炎樹日記書き込みシステム「故障」
教え子の手島君に直してもらう

http://www.tejimaya.com/about/

午前6時起床。
午前7時朝食。
「カニ団子入りブン麺」


午前9時。ベトナム事務所でバオミンさん・ハンさんと
里子・里親の件で打ち合わせ。

2週間、「子どもの家」の子どもたちやスタッフ、
ベトナム事務所のスタッフ、日本料理店の
子どもたちに手作りケーキを作ってくれた
UさんとTさん。


Uさん・Tさんは朝早くから日本料理店の
厨房を使ってケーキを作り、「子どもの家」の
スタッフに届けてくれた。

「子どもの家」でセン「子どもの家」運営委員長に
手作りケーキを渡すUさん・Tさん。





午前11時半昼食。

「マカロニスープ」


午後2時、ベトナム事務所で里親会計担当の
渡辺さんと打ち合わせ。


午後4時、理髪店へ。30分程待つ。
ベトナムの新聞「トオイ・チェ)」新聞に
ベトナム大統領が訪日し、皇居で天皇と会見した写真と
記事が1面に出ていた。


フエの中央メイン通りにある理髪店で理髪を終わり
ハノイ通りを通っていると「見たような顔」の人間が
赤い腕章をして立っていた。リー君だった。

フエ市内の大きな警察署前のオートバイ警備員として
勤務についていた。


収入は「日銭」だが、それなりに安定した収入が
あるようだ。顔も一回り太ったようだ。


自信たっぷりな態度で私に応対していた。

午後6時、日本料理店へ。

投稿者 koyama : 16:29 | コメント (0)

2014年03月18日

越日交流委員会開催

午前4時起床。

2階ベランダ。(ほぼ)満月を見る。

(正午 気温30度  湿度60%)

午前7時、朝食。
「フォー・ボー(ハノイ名物牛肉米麺)」


午前8時半過ぎ、バオミンさんが宿舎まで
オートバイで迎えにきてくれた。

フエ市人民委員会外務部へ。

フエ市越日交流委員会の会議。

委員長 ニエン前外務部長、
副委員長 小山JASS代表
委員    セン「子どもの家」運営委員長
       バオミン・JASSベトナム
傍聴    ロック・「子どもの家」寮長

「子どもの家」のいくつかの問題に
ついて、かなり突っ込んだ話し合いを行い
最終合意に至る。


午前10時、ベトナム事務所へ。

ベトナム事務所では、東京から来たUさん・Tさんが
ケーキを作ってくれた。

ベトナム事務所員、全員分。美味しくいただく。



午前11時半、昼食。
「海産 おじや」



食後2時間程昼寝。色々な問題があり、精神的に
疲労。


午後2時から午後5時過ぎまで宿舎で仕事。

8月2日の「子どもの家」創立20周年記念式典参加
ツアー関係の日程調整等々・・・・・・。


午後6時、徒歩で日本料理店へ。

12人の来客あり。

午後9時半、宿舎着。

投稿者 koyama : 17:41 | コメント (0)

2014年03月17日

北海道芸術高校歓迎会:日本料理店夕食会

午前4時に目覚める。

読書。

午前7時朝食。
「チャオ・バイン・カイン」(小麦粉の手打ちうどん)

午前9時、電動バイクで「子どもの家」へ。

昨年「フエ師範大化学科」を卒業し、高校・中学の
化学教師の職を待機している「THUY」さん。

「子どもの家」で受験指導を行っていた。




午前9時半、「子どもの家」2階の音楽室で
「北海道芸術高校」の学生さんに講演。

「子どもの家」の出発・歴史・目指すもの・・・・


午前11時。「子どもの家」の子どもたちの歓迎会。

はじめに「セン運営委員長」の歓迎の挨拶



歓迎の踊り


歓迎の歌(先生の恩は忘れない)中3・高1生



午前11時半、子どもたちと一緒に昼食。




引率の先生と「子どもの家」の子ども


昼食メニュー

・空芯菜炒め
・豚の耳
・にがうりのスープ
・ご飯



「子どもの家」に若干の問題があり、
その解決の仕事をして、昼食を摂る時間がなかった。


午後12時過ぎ、電動バイクで帰宅。


そのまま昼寝。


バオミンさんと電話で「子どもの家」のいくつかの
問題について意思統一。

午後6時、徒歩で日本料理店へ。

午後6時半、北海道芸術高校スタディーツアー
の皆さんと日本料理店で夕食会。

私とソン君が参加。

はじめに税田さんから日本料理店の説明。

税田さん・グエットさんが料理等の説明




今夜のメニューは、「なすの煮浸し」「パパイヤサラダ」


午後8時半閉会。

日本料理店のスタッフの自己紹介。



投稿者 koyama : 18:10 | コメント (0)

2014年03月16日

「子どもの家」へ

曇り

午前7時起床。

朝食「マカロニ・スープ」の3分の1を食す。

午前10時前、電動バイクで「子どもの家」へ。

「子どもの家」の正門の前に「リー君」が
いた。既にビールを飲んでいる。
「今日は日曜日なので・・・・・」
「今日は休日なので・・・・」と繰り返し
言い訳をしていた。

一緒に2杯ほどビールを飲む。

リー君も何とか「警察前」でのオートバイ警備員の
仕事が出来、真面目「そうに」に仕事をして「いるよう」だ。

しばらくリー君と話していると、昔「子どもの家」にいた
「ラム君」が「子どもの家」の正門に来ていた。
しばらく話をする。

「子どもの家」の卒業生は、「子どもの家」を出た後も
何かにつけて、育った「子どもの家」へ来るようだ。

午前11時、昼食が始まる。


今日は、日本から「子どもの家」の子どもたちに
手作りケーキなどをプレゼントしてくれる
Uさん・Tさんが「子どもの家」へ。

今日は午前7時に日本料理店キョコレートパン
を手作りし、税田さん・アンさんと一緒に
「子どもの家」へ持って来てくれた。



子どもたちが昼食を摂っている間にUさん・Tさんは
「子どもの家」の厨房で「チョコレート・パン」の
準備。


昼食後の「チョコレートパン」を楽しんでいるTさん。
3歳位で「子どもの家」に入所。今は幼稚園の先生に
なる準備をしている。



入所当初のTさんと小山。

帰ろうとして改めて「子どもの家」の庭を見る。
昨日もそうであったが、「子どもの家」付近の
人たちが、「子どもの家」の庭を「私設駐車・駐輪場」
「仮設物置場」にしている。
こうしたことは許されない。昨日は、路上でフランスパソ
を売る屋台を「子どもの家」の庭に置いていた男性を注意。
外に出すように言って出させた。

昨日、「子どもの家」の庭にオートバイを置いていた
男性。昨日も注意をした。しかし、ずうずうしくも
今日も「子どもの家」の庭にオートバイを置いて
いる。子どもたちがサッカーで遊ぶ際、非常に
邪魔である。
正当防衛権を行使し、オートバイに私の
電動バイクの「チェーンのかぎ」をかける。
これで「子どもの家」の庭に不法駐車している
オートバイの男性は、オートバイを動かすことが
出来ない。どうしても動かそうとしたら、「子どもの家」
の運営委員長のセンさんに話しに行かなければならない。

「子どもの家」の運営権は、フエ市越日交流委員会に
ある。ニエン前外務部長が委員長、私が副委員長。
「子どもの家」の法的な運営責任はJASSにある。
JASSのバオミンさんや私に何も話がなく
「子どもの家」を事実上「駐車場」「物置」にしている
実態は許されないことである。
多少強硬手段でるが、昨年から「子どもの家」に
車を駐車させておく人など「目に余る逸脱行為」が
多発している。
明日、オートバイ「チェーンかぎかけ」が問題に
なることは明白である。そのことを私は狙っている。

バオミンさんに電話。ミンさんは、北海道芸術高校の
スタディーツアーの皆さんを案内し、ナムドン山岳地帯へ。
電話で意思統一。バオミンさんも同様の意見を持って
いた。

「一罰百戒」である。

午後1時過ぎ帰宅。

疲れたので昼寝。午後3時起床。

読書


投稿者 koyama : 19:59 | コメント (0)

「子どもの家」へ

曇り・小雨

午前5時起床。
午前7時朝食。

「フォーボー(牛肉米麺)」

午前8時過ぎ、ベトナム事務所へ。

1階の日本料理店では、昨年末のテレビ東京の
日本料理店の番組を見て手伝いにきてくれている
東京の女性。2週間、ケーキやお菓子などの
作り方を日本料理店の子どもたちに教えてくれた。

ベトナム事務所ではスタッフの皆さんが真剣に仕事を
している。感謝。



午前8時半、山口大学で教育学を学んでいる
学生さん来訪。

2時間程、「子どもの家」・海外NGOについて
話す。

午前11時過ぎ、学生さんと「子どもの家」へ。

丁度、昼食時間なので子どもたちと一緒に昼食を摂り。

食後、山口大学生さんと子どもたちはサッカーを楽しむ。

午後1時近くになったので、そろそろ帰ろうとした
その矢先、「変なおじさん」が「子どもの家」に闖入して
来た。よくよく見ると「リー君」だった。
私のイメージの中には、7歳の頃のやんちゃな
リー君がいまだにある。数ヶ月ぶりに会うリー君であった。

既にリー君は子どものリー君ではなく、明らかに
「おじさん」になっていた。

警察の前のオートバイの警備員の仕事をしている
という。「今、貯金をしている」という。

「子どもの家」の中の裏庭や横の空き地に
色々なものが置かれていた。「子どもの家」とは
関係ない「物売り」の人たちの屋台や近所の
人たちのオートバイ、機械など・・・・・。

「子どもの家」の管理がそうとう雑になっている
ことが分かる。

近所の物売りのおじさん。
厳しく注意し、直ぐに出て行ってもらう。

近所の人のオートバイ。「子どもの家」の
庭は、近所の人たちの臨時駐車場になっている。

シクロの置き場にもなっていた。


「子どもの家」の裏庭は、古い工作機械の置き場と
化していた。

路上の「パン売り」の屋台も置かれていた。

静岡フエ青年交流会館の裏庭も同様の状態だった。
以前は、フエ青年交流会館の裏庭に人が住み込んで
いたこともある。

ベトナム社会の「所有観」の実態ではある。
「自分の物は自分の物、人の物も自分の物」的な
所有観がある。


午後1時、「子どもの家」を出てベトナム事務所へ。

ひどく疲れる。直ぐに横になる。
2時間程昼寝。

読書「大地の牙・満州国演義6」(船戸与一著 新潮社)

午後6時、日本料理店へ。

たくさんの来客あり。

厨房ではトゥオイさんと税田さんが忙しく仕事を
していた。

午後9時過ぎ、閉店。

宿舎に帰り、直ぐに寝る。

2月からに日本滞在の疲労、その後の
様々なこと、更に年齢的なものもあり、
疲労が溜まる。

投稿者 koyama : 10:09 | コメント (0)

2014年03月14日

当面の諸問題を検討

快晴


午前2時目覚める。読書。

午前6時起床。

午前7時朝食

「ブンボーフエ」(フエ名物牛肉米麺)

午前中、8月までの主な取り組みについて
構想を作る。

午前11時半昼食。

量が多すぎ、60%しか食べられない。

1時間程昼寝。

読書「大地の牙(満州国演義6)」(船戸与一著)

午後3時、小山・税田さん・バオミンさんで
「当面の諸課題」について話し合う。
午後5時前話し合い終了。

徒歩で宿舎へ帰り、「スルメ」「ピーナッツ」を取り
再び、日本料理店へ。

昨日の「採血検査」の結果をバオミンさんから教えて
もらう。

私関係では、ほぼ問題なし。『コレステロール関係が多少
高い」。
バオミンさん関係は、肝臓に悪い数値が3倍程度の
高率で出ている。「ミンさんは、飲酒に注意すべき」
との『厳重な忠告』をする。この忠告は同時に
私にも跳ね返ってくるものではあるが・・・・・・。

今日は日本料理店接客係りのグエットさんが
友人の結婚式で欠勤。
現在、日本料理店には、グエットさんとトウオイさん
の二人が勤務。一人欠勤のため日本料理店は休店。

午後5時半からベトナム事務所関係者と1日休店の
日本料理店で生ビールを飲みながら「人生」を
語り合う。

帰宅午後9時。

いくつかの仕事をこなし、就寝。
なかなか忙しく、頭を使う1日であった。


投稿者 koyama : 09:33 | コメント (0)

2014年03月13日

血液採取:夏までの日程整理

午前6時起床。快晴

午前6時半、徒歩でベトナム事務所へ。
今日は、フエ中央病院血液科の医師が
ベトナム事務所で私の血液を採取し、
「高脂血症」の実態を検査してくれるとのこと。
昨夜は、飲酒禁止。今朝は朝食禁止。

午前7時前にバオミンさんと
フエ市人民委員会外務部長のイック・ホアンさんが
ベトナム事務所に。

午前7時、フエ中央病院血液科の医師来訪。

血液採取  非常に上手に採血を行ってくれた。
この20年間、毎年5回程度は日本で血液検査の
ための採取をしている。上手な医療関係者とそうでない人と
いることは事実である。この医師は、非常に上手に採血
してくれた。

ついでにバオミンさんも採血してもらう。
バオミンさんも高脂血症の傾向があるようだ。


二人の血液を採取し、フエ中央病院の医師は、
病院へと帰った。

血液採取に立ち会ってくれたフエ市人民委員会
外務部長のイックホアンさん、バオミンさんに
感謝。

イックホアンさんもバオミンさんも私が20年前に
フエ師範大で日本語を教えた学生。

2人の父親は私と同じ年齢。イックホアンさんの
父親は既になくなっている。
バオミンさんの父親も「高脂血症」で血液を
溶かす薬を飲んでいるとのこと。

採血が終わった頃、バオミンさんの娘さんが
用事でベトナム事務所へ。

2歳位から知っている。既に中学1年生とのこと。
大きくなった。これから学校へ行く途中。


今日は、朝食を摂らずに採血するように言われているので
料理のセンさんに朝食・昼食つくりを断った。


昨夜、飲酒禁止指示を受け「1・5合」のお米を炊いた。
昨夜の夕食で「0、5合」を食す。

今朝、残りの1合を3つの「おにぎり」にする。



朝食に1個、昼食に1個、夕食に1個食す。


バオミンさんとフエでの「20周年式典」について
概略の打ち合わせを行う。

日本語教師採用の件でいくつかのメールの送受信を
行う。一定程度、新採用の日本語教師の目処がついた。


午後1時。1時間程昼寝。

その後、読書


読書「大地の牙(満州国演義6)」(船戸与一著)

午後3時半。徒歩で大型スーパー「BIG C」へ。
寝巻き用のジャージを買いに行く。片道徒歩で
3000歩。往復600歩。

約1時間、町と大型スーパーを歩く。

疲れる。

午後6時に今日の仕事が全て終了。

昨夜の禁酒指示の「痛手」を今夜癒す。

宿舎で「フダ缶ビール」2缶を飲む。

フエ帰国前日、新宿でお会いした支援者の方々から
頂いた貴重なおつまみで、美味しくビールを飲む。

今日は「疲れた」。早めに寝る。
========================

浦和レッズの試合で「JAPANESE ONLY」
との横断幕が掲げられた。

浦和レッズは、試合終了までこの横断幕を
事実上容認し、掲示していた。

日本のスポーツの世界の人権と人種差別に
対する意識の低さ、世界の常識に疎い我が祖国に
落胆する。

Jリーグのチェアーマンが、「浦和レッズ」に対して
3月23日のホーム試合を「無観客試合」にすることを
決定した。
日本のスポーツの世界の一部の世間知らず・無知無能
の実態にはうんざりしていた。森元首相(東京オリンピック
招致委員会の委員長か会長)の「浅田真央さんは
大事な時にいつもずっこける』的な発言にも現れている。

東京の新大久保では、「在特会」による『ヘイトスピーチ」
が常習化している。在日朝鮮人に対する言われない
差別意識の表れである。

アンネフランクの著作が破られているという。

ユダヤ人に対する言われない差別である。

こうした風潮が最近特に強く現れている背景には
安部首相の「従軍慰安婦はなかった」「アジア・太平洋
戦争は、欧米のアジア侵略への正当な行動であった」
という中国人・朝鮮人に名対する偏見を生み出す
発言・行動もその一因であることは明らかである。

文部省は「国際化」「グローバリゼイション」の基本は
「英語を話せることだ」として、小学校からの
英語必修を推進している。

しかし、ベトナムに住んで感ずることは、ベトナム語が
話せるかどうかは、問題以外である。通訳を通せば
十分意思は通ずる。問題は、「」人権」「平和」「戦争」
などについての基礎的な知識があるかどうかだ。

ベトナムを日本が5年間占領し、1945年9月2日、
ハノイでホーチミン主席が宣言した「ベトナムの独立
宣言」は、日本軍国主義とフランス植民地主義からの
独立と明記されている。
ベトナムを旅行する若者の多くは、日本がベトナムを
5年間占領したことを誰も知っていない。

ヘイトスピーチ、人種差別発言は絶対に許される
ものではない。
今回のJりーグのチェアーマンの決定・措置は、
時宜に叶った正当且つ良識のあるものであった。

東京の新大久保で行われている在日朝鮮人に対する
「ヘイト・スピーチ」を厳重に取り締まる必要がある。
同時に多くの国民の世論でやめさせる必要がある。
「ヘイト・スピーチ」は日本国民の権利ではない。
違法・犯罪行為である。


投稿者 koyama : 18:58 | コメント (0)

2014年03月12日

日本料理店で「ケーキ作り」

快晴  30度  70%

相当蒸し暑い


午前7時朝食

「フォー・ボー」(ハノイ名物牛肉米麺)

午前8時半、徒歩でベトナム事務所へ。

日本からお二人のご婦人来訪。

昨年末のテレビ東京で放映された
「世界の秘境 日本食堂」を見て、「子どもの家」や
日本料理店で「ケーキ作り」を教えたいとのことで
訪問された。

昨日は材料の買出し。

今日は日本料理店の店長・接客主任に
「ゴマ入りあんまん」の作り方を教えてくれた。


実習の成果をみんなで試食する。美味しい


今週1週間の「ケーキ作り」の日程を打ち合わせする。


午前11時半、昼食

「チャオ・バイン・カイン」(小麦粉の手打ちうどん)


最近の食事は「壮大なワンパターン」と化している。
素晴らしいことである。
ますますメニューが縮小され、少数精鋭料理の
繰り返しとなった。

シーツと薄い掛け布団を洗濯する。
暑い日差しの太陽に当て乾かす。

午後3時半、ベトナム事務所のメール受信の設定が
してないので、ベトナム事務所へのメールが読めない。

バオミンさんが宿舎に来てくれた設定してくれる。

ベトナム事務所(メールアドレス vanphongjassvn@gmail.com)
へのメールが宿舎でも読めるようになった。
バオミンさんに感謝。

ベトナム事務所への受信メールに目を通す。

明日、フエ市長の奥さん(フエ中央病院血液科長)
が私の「高脂血症」の診断をするとのこと。
明朝、午前7時にベトナム事務所で採血してくれる
とのこと。条件として、「前日は飲酒禁止」という超難題
を投げかけて来た。困ったものだ。今日は、一切の
飲酒を控える。

読書「大地の牙(満州国演義6)」(船戸与一著)

本書は7冊で1巻分の本である。

満州国「建国」、日本の中国侵略の歴史を
日本国家内部の矛盾、対中国派遣軍内部の矛盾、
軍部と外務省との矛盾、日本とドイツ・ヒトラーとの
矛盾、日本とドイツ、イタリアとの矛盾、そして
日本と社会主義ロシア・コミンテルンとの矛盾。

更に蒋介石と中国共産党との矛盾と一致
(2度の国共合作)

様々な矛盾を包含しつつ「満州国」が建国され
100万人の移民計画が実行される。

壮大な構想の中で一人ひとりの個人がどう矛盾の
中で行動していくのか?

一度読み始めると止まらなくなる本である。

作者の船戸与一の事前研究・準備に深さ、
興味深く読める内容に本を作り上げる構想力は
素晴らしいものだ。

本書(7巻)を理解するためには、日本の中国侵略史、
日本軍の歴史(長州閥・・・)などの基礎知識が必要。
私は高校生の頃、五味川順平の「戦争と人間」
「人間の条件」「ノモンハン事件」など一連の
五味川物を読んだ。
皇道派と統制派との暗闘・・・・・・。

明朝の「採血」のため「今夜は飲んではいけない」
との厳命を受けている。「飲んではいけない」と言われると
人間は、飲みたくなる。夕方、喉が渇いてくる。
この感情を「アル中」というのだろうか?

午後6時、今夜と明朝の食事を作る。
ご飯を1合炊く。夕食。5勺のご飯と昨夜日本料理店で
もらったコロッケで夕食。

午後7時半、電動バイクで日本料理店へ。

7人の来客あり。厨房も接客も忙しい。

午後8時半。体調が悪いので帰宅する。


投稿者 koyama : 18:10 | コメント (0)

2014年03月11日

風邪を引き終日寝ている;地球の歩き方スタディーツアー夕食会

午前5時目覚める。体がだるく起きられない。

午前7時朝食
「チャオ・バイン・カイン」(小麦粉とキャッサバ麺)


食後、そのまま寝ている。

バオミンさんから電話。

フエでは今、風邪が流行っているとのこと。


微熱あり。


午前11時半、昼食。
「海老いりのおじや」

そのまま夕方まで寝ている。

数時間熟睡。起きるのがつらい。

午後6時15分、宿舎を出て日本料理店へ。

地球の歩き方4班の最終晩餐会。
日本料理店で。

バオミンさんは、家の法事で不参加。
私とアンさんの二人が参加。

裏方厨房で税田さん・トゥオイさん・グエットさんが
活躍。

7人の地球の歩き方スタディーツアーの
皆さんと交流会食。

大阪から一人、残りは関東。

午後9時前散会

ーーー
今日は「東日本大震災3周年」。
ベトナムで個人的に被災者への追悼を行う。
安らかな眠って欲しいと。

未だに復興が進んでいない現実に
焦燥感を覚える。同時に国家というものが
信用ならざるものであることを改めて実感する。

「アジア太平洋戦争」の際、日本政府・軍部・
マスコミは、「連戦戦勝」を謳っていた。
しかし現実は1945年8月15日に明らかとなった。
日本の敗戦。

安部首相が『東京オリンピック』の
プレゼンテーションで「福島原発はコントロールされている」
と言ったこと、更に政府の方針として今後も原発で
日本のエネルギーを賄うとの方針を明示したことは、
戦前の無責任な軍部と安部政府とは同一軌跡を描いている
と思えてならない。

こうした連中が「集団的自衛権」などと呼号することこそ
片腹痛い。
日本が他国の戦争に加担する道を歩むのか?
安部首相の祖父・岸信介が「偽満州国」の事実上の
経済担当責任者として君臨したことに安部首相は
恥を知るべきである。
偽満州国は、日本国家が割り当てで、満州移民を
推奨し、多くの日本人が満州でなくなっている。
また、「残留日本人孤児」として、いまでも
中国で生活している同胞がいることを忘れることは
できない。我が家も中国からの引揚者であること、
兄が中国からの引き上げ中に肺炎で5歳で死んでいる
ことは、今日の私のベトナムでの活動に大きな影響を
与えている。

投稿者 koyama : 18:55 | コメント (0)

2014年03月10日

バオミンさん・税田さんと当面の課題打ち合わせ

日記に写真を添付するシステムがうまく機能しない。
何とかかなり遠回りをして写真をアップすることが
出来たがかなり時間がかかる。


曇り

午前7時朝食
「ブンボー」(フエ名物牛肉米麺)

午前8時半から午前10時半まで
バオミンさん・税田さんと当面の諸課題について
細かく打ち合わせ


午前11時半昼食。

「ブン麺」

食後1時間程昼寝。

その後、3時間ほどかけて「PICASA」(写真UP)の
システムの構築を行い、臨時で何とかUPすることが
出来た。

午後4時、宿舎の門の下から近所の犬が
宿舎に侵入し「テリトリー意識」を振りまくために
「脱糞」していく。ほぼ毎日。

門の枠と門扉の下から闖入してくる。
ハリガネねなどを使って闖入を阻止する対策を
施す。

洟水がでて止まらない。花粉のアレルギーかと
思ったが、風邪の前期症状だった。

午後6時、日本料理店へ。

二組の日本人が昨年末のテレビ東京の
番組{世界の秘境 日本食堂」を見たとの
ことで、日本料理店に来訪。

しばらく、話をする。


午後9時45分閉店。

11人の来客あり。

投稿者 koyama : 17:39 | コメント (0)

2014年03月09日

カメリアホテルで朝食バイキング

午前2時に目覚める。

午前4時まで読書。興味津々の本

「灰燼の暦 満州国演義5 船戸与一)

「北支事変」、本格的な日中戦争の始まり。


午前中、JASS関係者と「カメリアホテル」で
朝食バイキング。

午後1時間ほど昼寝。

引き続き読書。

投稿者 koyama : 18:10 | コメント (0)

2014年03月08日

地球の歩き方スタディーツアー2回の講演会

A7 22度  湿度92%

午前6時起床

断水

午前7時朝食。
「フォー・ボー」(ハノイ名物ー牛肉米麺)

午前7時45分、バオミンさんが宿舎に来てくれる。

先日、東京で買った「IPAD MINI」のWIFIが
部屋で使えない。
バオミンさんに調整してもらう。使えるように
なった。

午前9時過ぎ、電動バイクで「静岡青年交流会館」へ。

午前9時半、地球の歩き方第4班の皆さんに
1時間講演。
「ベトナムの歴史・風土・・・・・」


午前11時半昼食。

「肉入りおじや」


食後、1時間程昼寝。

読書「灰燼の暦 満州演義5」(船戸与一 新潮社)

午後3時、電動バイクで「子どもの家」へ。

午後3時半から午後4時半まで地球の歩き方4班の
皆さんに「子どもの家」の歴史、ボランティアなどに
ついて講演。


セン運営委員長の歓迎の挨拶
通訳はハンさん

子どもたちの歓迎の踊り



夕方帰宅

日本料理店のTHUYさんのお子さんが麻疹に
かかる。日本料理店には、グエットさんしかいない
ので日本料理店は休店。

投稿者 koyama : 08:54 | コメント (0)

2014年03月07日

打ち合わせ:日本からの訪問者と夕食

気温23度  湿度90%

(愚息のNHK出演は3月9日(日)
午前9時半から10時まで)

午前5時半起床。

午前7時朝食。
「ブン・クア」(カニ団子入りブン麺)

午前8時半、徒歩でベトナム事務所へ。

バオミンさん・税田さんといくつかの重要な件で
協議。

午後12時まで話し合いは続く。

午後12時半、昼食。

食後1時間程昼寝。

洗濯。

いくつかの問題について私見をまとめる。

午後6時、徒歩で日本料理店へ。

午後7時、テレビ東京に「世界の秘境で・・・・」
の番組をご覧になった東京の方、お二人が来訪。
2週間フエに滞在し、ケーキやパンなどの
作り方を子どもたちに教えてくれるとのこと。

日本料理店で食事をしながら色々な話を
する。

午後9時半懇談を終わり閉店。

宿舎着、午後10時。

宿舎で引き続き、ビールと日本酒を痛飲する。


投稿者 koyama : 23:59 | コメント (0)

2014年03月06日

終日、JASS関連の仕事:日本料理店

曇り  23度 80%

午前5時起床

長男が3月9日(日)A9 NHK総合「日曜討論」に
出演するとの連絡あり。

午前7時朝食  フォー・ボー(牛肉米麺)

当面の日程に合わせて諸準備。

午前11時半 昼食。
「チャオ・バイン・カイン」(小麦粉手打ちうどん)

午後1時から1時間程昼寝。

お客さんを案内して次男がフエに来ていた。

忙しくてお互い話をする時間が全くなかった。
電話で若干話し合う。

3月、1ヶ月間の諸課題、当面する課題に
ついて意見・考えを整理する。

読書「灰燼の暦 満州演義5」(船戸与一 新潮社)

傀儡政権である「満州国」の経済を中心になって
作りあげた人物が安部首相の祖父「岸信介」である。
岸の満州傀儡国家建設に果たした大きな犯罪的
役割りが詳細されている。岸信介が「A級戦犯容疑」
で逮捕されたことは、頷ける。

次男が学習院女子大の先生をお連れして、
「子どもの家」・フエへ。数日滞在。

午後4時フエ発の飛行機で日本へ帰国する予定だったが、
「いつものように」『遅延』。午後7時過ぎフエ発との
連絡あり。家族がフエにきていても仕事なので「私的な話」
をする時間が全くなかった。

午後5時、徒歩で日本料理店へ。

11人の来客あり。

午後10時閉店。

投稿者 koyama : 00:16 | コメント (0)

2014年03月05日

茨城大学学生グループ案内:学習院女子大教授夕食会

午前6時起床

今日は終日雨。

午前8時 気温20度  湿度95%


フエの気候は安定していない。

午前7時朝食。
「チャオ・バイン・カイン」(小麦粉の手打ちウドン)


午前8時過ぎ、徒歩でベトナム事務所へ。

午前8時半、茨城大学人文学部等の学生さん14人が
ベトナム事務所訪問。


皆さんと一緒に「子どもの家」へ。

引率のI先生や学生さんなに「子どもの家」の紹介・案内を
する。約1時間。

その後、「子どもの家」2階の音楽・会議室で1時間弱、
「子どもの家」の創設・取り組み・JASS活動の特徴などを
話す。

午前11時半終了。

ベトナム事務所員のAさんのオートバイの後ろに乗せてもらい
ベトナム事務所へ。

徒歩、宿舎。(雨が降っている)

午前12時前に宿舎着。

昼食「ブン海産麺」


午後1時から1時間程昼寝。

読書「灰塵の暦 慣習国演義5」(船戸与一著 新潮社)

いよいよ満州国建国後の経済体制つくりに入る。

安部首相の祖父である「岸信介」登場。
著書の中では、以下のように登場人物の言葉を
借りて、岸信介を紹介している。

午後4時半まで、当面必要な仕事を行う。

午後6時。学習院女子大のS教授・ピースインツアーの
スタッフ、バオミンさんの4人で日本料理店での
会食、来年のスタディーツアーの打ち合わせを行う。

午後8時半まで。

その後帰宅。

投稿者 koyama : 17:05 | コメント (0)

2014年03月04日

地球の歩き方第3班の講義夕食会

午前5時起床。

気温29度。湿度70%。

日本の自宅にあるパソコンが故障。
火炎樹日記の写真が掲載できなくなった。

朝早く起き、火炎樹日記に写真を掲載しようとしたが
写真掲載のPICASA自体が写真掲載のシステムを
変更していた。

写真が掲載できない。

午前7時朝食。
「フエ名物ブンボー」(牛肉米麺)

急いで朝食を摂り、電動バイクで
「静岡フエ青年交流会館」へ。

午前8時、地球の歩き方第3班14人の
皆さんに話をする。


午前10時までの2時間。
前半の1時間は、「ベトナムの歴史・風土」
後半の2時間は、「子どもの家」創設の歴史と
経過。20年の実績とその特徴などを話す。


午前11時半、昼食。

野菜サラダと揚げ魚、スープ。

午後12時過ぎから1時間程昼寝。

午後4時前、ピースインツアーのスタッフと
学習院女子大の先生に会う。挨拶。

午後6時15分、徒歩で日本料理店へ。

地球の歩き方第3班(14人)の皆さんと
最後の晩餐を日本料理店で摂る。

ソン君の案内。

午後8時半終了。

徒歩で帰宅。

投稿者 koyama : 18:03 | コメント (0)

2014年03月03日

成田→ホーチミン→フエ ベトナム「帰国」

午前5時起床。

京成成田駅前のホテル。1階の温泉に入る。


フエで病気にならないために常に「うがい」と「手洗い」
は励行してきた。そのお陰でこの20年間、大きな
病気をしないで済んだ。

スーツケースの中に「液体石鹸液」を入れて来た。
成田まで来る途中で、スーツケース中に入れてあった
液体石鹸液の袋に何らかの理由で「穴」が空き、
ドロドロの液体がスーツケース中に流れてしまう。
スーツケース内の全ての品物に「濃厚な石鹸液」が
ついてしまう。

スーツケースの中の全ての品物を出し、濡れた
タオルでふき取るが、濃厚な石鹸液のためなかなか
取れない。

午前8時15分ホテル発のバスで成田空港
第1ターミナルへ。午前9時前到着。

チェックイン→手荷物検査→出国検査→
機内(午前9時15分)。

午前9時半成田空港を出発。

機内で「灰燼の暦(満州国演義5)」船戸与一著)
を読了。満州国建国をめぐる日本軍内の暗闘。
「革新官僚」。いよいと安部首相の祖父である
岸信介登場。満州国を作る経済官僚として登場。

この本は、470ページある大著なので重たくて
1冊しか持ち歩けない。

「日本語(上)」(金田一春彦著:岩波新書)

日本語という言語を世界の言語の中に
位置づけ、との特徴を交差している。

世界の言語は5000程度あるそうだ。
日本語を使用する人口は、世界第4位。

午後2時半ホーチミン空港着。
気温は35度。

14-2月16日高校クラス会新潟

ホーチミン空港で2時間半程待ち、
フエ空港へ。

フエ空港着午後6時10分。
気温は25度。

出迎えの車で宿舎へ。

荷物を整理し、午後7時に日本料理店へ。

来客あり。

午後9時閉店。

その後、税田さんと午後11時まで懇談。
私の不在中の日本料理店・ベトナム事務所等の
様子等についての意見交換。

ベトナム事務所の火炎樹日記用の写真取り込み
がうまく出来ず、写真掲載が出来ない。
教え子の手島君にメールで修理を依頼。

投稿者 koyama : 07:34 | コメント (0)

2014年03月02日

会員Uさんたちと懇談;成田空港前泊

午前6時起床。
杉花粉症の症状が出る。

簡単な朝食後、フエ帰国の荷物の最終整理。

午前9時、自宅を出る。フエ帰国用のスーツケース2個、
リュックと3つの荷物を持つ。

地下鉄で巣鴨へ。巣鴨のコインロカー2個に
3つの荷物を入れる。

その足で山手線で新宿へ。
Uさんたち3人と会食をしながら懇談。

20週式典成功の話、この20年間の
JASSや「子どもの家」での諸活動などの
思い出や意義を話し合う。
いつもベトナム事務所や私を心底から応援して
くれているUさんたちに心から感謝している。

時には、心外な誹謗中傷を受けることもあった
20年間だったが、どんな時にもUさんたちは
JASSとベトナム事務所・私たちの現地での活動
を心底から支持・応援してくれていた。
改めて感謝したい。こうした励ましがなければ、
20年間、フエで活動することが出来なった。

午後6時まで新宿で会食、話し合いを行う。

その足で都営地下鉄の巣鴨駅地下ロッカーへ。
ロッカーを開けるとロッカー業者の張り紙あり。
「貴方のスーツケースから液体が漏れている。
 液体封じのため、ロッカーを開けて応急措置を
した」その趣旨。

ロッカーを開け、大型のスーツケースを開くと
液体が充満している。
荷物をどけて調べてみると「液体石鹸」の
取替え用の袋をいれていた。その袋が
何らかの事情で「破損」し、スーツケースにある
衣類、その他のかなり貴重品まで降りかかって
しまっていた。

その場で掃除をすることも出来ず、とりあえず
そのままにして、成田まで普通列車で行く。

午後8時成田駅隣のホテルに到着。
1泊素泊まりで4800円。

部屋に入り急いでスーツケースを開け、
一つ一つのアイテムから液体石鹸をふき取るが
なかなか完全にふき取ることは出来ない。
衣類や書類関係は「手の付けようがない」。

近くのコンビニで新聞を買い、スーツケースの
下に敷く。ベトナムへ持っていく予定の
アイテムのかなりのものは、使用不能と
なる。食料品はもう一つのスーツケースに
入れていたの無事だった。

疲れたのでそのまま就寝。

投稿者 koyama : 16:34 | コメント (0)

2014年03月01日

初代JASS代表「岩辺泰吏先生」の退官式に参加

午前中、ベトナムへ帰るために買い物をする。

午後1時自宅を出て東映三田線で「白金台」まで。

明治学院大学へ。

午後2時。明治学院大学の教授になっている
JASS初代代表(10年間代表を勤める)の
教授最終講義と退官祝賀会。

岩辺先生は、長い間東京都の小学校の教師を勤め、
退職後、明治学院大学教授となり、作文、読書などを
中心に教員志望の学生を中心に明治学院大学で
4年間教鞭を執った。

最後の講義は岩辺先生が、小学校の現場で何を
考え、どんな授業を行ってきたかという人生を
通じた教育実践報告でもあった。特に作文や詩に力を
入れての教育実践の結果がどうなったかが、既に
成人している昔の教え子の登場でよく分かった。

京都の岸本氏を中心とした「百マス計算」グループへの
事実に基づいた批判を展開していたが、その通りだと
思った。岩辺さんのめざしたいた教育実践は、子どもたち
の心の中に「生きる力」「人間の真っ当な精神」を
育もうとすることのようの思われた。先生がストップウオッチ
を持って、子どもたちの計算の速さを競わせる「百マス計算」
グループの人々の個人的な「善意な意図」は別にしても
子どもたちを競争と他者を排斥し、支配者の命令に
唯々諾々として従っていく子どもたちを大量に要請する
道具に「百マス計算派」の教育実践は利用されることを
岩辺先生の「最後の講義」は物語っていた。

その後、場所を代えて「岩辺先生退官祝賀会」が
行われた。

参議院議員の川田龍平氏などの祝辞があった。
私も一言、ベトナムの「子どもの家」を支える会の
初代代表である岩辺先生の「子どもの家」活動に
置ける大きな役割りについて、話す機会を得た。

参加者の中にSさんが居た。
50年近く前に東京学芸大で一緒に学生運動をした
仲間だった。『私、誰だか分かる?』と言われて
うーんと考えてしまった。
50年の歳月は人間の顔にもそれだけの年輪が
刻まれている。色々とはなしをしていて18歳頃の
Sさんのかわいらしい顔が浮かんできた。

現在は、板橋区の小学校の教員をしているとのこと。

岩辺先生の長い間の教員生活に「お疲れ様」といいたい。

帰りにJR巣鴨駅前の「飲み屋」に寄る。

お店の人たちに「年末、テレビ見ましたよ」と
声をかけられる。

投稿者 koyama : 17:14 | コメント (0)