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2007年12月31日

ベトナム事務所・日本料理店合同「望年会」

雨・曇り

午前7時朝食。

今日は大晦日。

リー君は1階から5階までの階段の掃除。
ハイ君は1階フロアーの掃除。
トゥオイさんはホテルの周り。

午前8時過ぎベトナム事務所へ。
年末の挨拶に色々な人たちが来訪。

グエンフエ高校来訪。


フールー小学校来訪。

ズイタンホテル代表来訪。

以前ピースボートで「子どもの家」に来た方が再訪。懇談する。

午前10時半過ぎ、フエ師範大学時代の教え子であり
フエ市人民委員会外務部員をしているイクホアンさんの
父親が亡くなる(60歳)。お葬式に参加。


午後4時、日米の福祉関係の研究者の方が来訪。
1時間半ほど色々な問題を話し合う。

午後6時。ベトナム事務所・日本料理店合同望年会。

バオミンさんの挨拶。

今夜は日越混交料理。

●内田さん差し入れの「年越しそば」を皆で食べる


●お寿司


●てんぷら

●ベトナム前菜


●ベトナム海老料理

バオミンさん家族も参加




途中で子どもたち一人一人に新年の公式な挨拶をさせる。
これも社会に出るための勉強。子どもたちは人前で
公式な挨拶をした経験がない。みんな恥ずかしがったり
もじもじしながらも頑張って「公式な挨拶」をした。






会解散後、残った人たちで紅白歌合戦を見る。

午後10時半頃、「ハイリーホテル」住人一緒に帰る。

「ハイリーホテル」でリー君、ハイ君と3人で更に
「人生」を語る。日曜日に食べた「鳥鍋」をつつきながら。


投稿者 koyama : 12:12 | コメント (0)

2007年12月30日

久しぶりの休日

朝から雨。時々曇り。夕方雨。

午前8時。気温21度。湿度95%。寒い。

TBSテレビ関口宏の番組を見る。
なかなか内容のある番組だった。世界の貧困・格差問題、
環境問題を資本主義の歴史から紐解き、「新自由主義」
の本質ーグローバリズムを解明している。コメンテーター
の金子・寺島・田中・江川・・・・などは、マルクス主義者
ではないが、新自由主義の本質をきちんと見抜き
、アメリカべったりの日本のこれからの進路を見定めよう
としている点を評価したい。

「ハイリーホテル」は新興住宅地にある。
行政が10年ほど前に計画を策定し、田んぼを埋め立てて
作られた地域。田と畑の中にフエなど都会の金持ちが
邸宅を作っている。この新興住宅を作る計画を立てた
フエの「お偉いさん」は事前に土地を安く買い大もうけを
している。ベトナム版・田中角栄を髣髴(ほうふつ)させる。


午前10時、リー君とハイ君と3人で近くの大衆食堂へ行く
予定だったが、ハイ君がいない。散髪に行くと言って朝5時に
部屋を出たと言う。リー君の話では、「子どもの家」へ行って
帰ってこないだろうという。ハイ君にとっては、「子どもの家」が
一番安心して落ち着ける所だとリー君は言っていた。
結局リー君と二人でリー君推奨の近くの大衆食堂へ。

軽くビールを飲む。

リー君推薦のおつまみを頼む。

●焼き豚肉(ベトナム風ヤキトン)

●焼き魚のフライ
 意外と美味しかった。


大衆食堂のオーナーを呼んで一緒にビールを飲む


●鳥肉の鍋物(本当に美味しかった)


●牛肉のじゃぶ鍋



飲みながら「真面目に仕事をすること」「気分だけで仕事をしないこと」
などを話す。リー君は父親、母親の話、好きな女性の話などを
していた。両親に対しては、実に客観的かつ正確な評価を持って
いたのには、驚いた。
一人の人間を育てるということは、一人の人間の人生を
かけて行う人生の事業である。私にリー君の人生を
「矯正」する程の力はないが、それでも多少人生の先輩として
語ることはある筈。この男と飲んでいると「頭の良さ」とはなにか
をつくづくと感じる。大衆食堂に入るなり、「氷水にビールを入れた
バケツを作って」と店主に頼んでいる。
私のコップのビールがなくなりかけたら直ぐにビールを注ぎ、
おつまみの注文も的確にする。人の顔色と気持ちを読み取る
力は抜群。日本の子どもたちや若者になくなった能力。
引っ越して2週間。リー君は「ハイリーホテル」の周辺の
大衆食堂のオーナーと仲良くなっていた。
ヤギ肉屋、このお店、その他・・・・・。
この能力も素晴らしい。
こうした人間を「頭の良い人間」と私は言いたい。
日本では「学力」論議が旺盛に行われているが、大半は
かつての予備校・受験の学力。生きる力ではない。

ビール9本と何種類のかの鍋物などで会計は1500円。
日本で大衆飲み屋に行き、生ビール1杯、ホッピー1杯、
モツ煮込みなど2種類程度を飲んで、2500円程度は
かかる。「ハイリーホテル」近くの大衆食堂の食べ物は
美味しい。また安い。

午後12時半、「ハイリーホテル」へ帰り昼寝。

夕方、ベトナム事務所へ。「ハイリーホテル」の部屋の
パソコンは、デジカメを取り込めないくなってしまった。
日記が書けない。20分ほどベトナム事務所で
日記に写真だけアップする。

夕方、ハイ君、トゥオイさんが「子どもの家」から帰ってきて
いた。先週も一緒に昼食を摂ると約束をしてこなかった
ハイ君だが、今日もまた来なかった。「子どもの家」が
一番好きなようだ。
ハイ君に取っては10数年間過ごした「子どもの家」が
自分の帰る故郷なのだ。

午後6時半過ぎ、日本のテレビを見る。
4チャンネル。テレビでは、「大食い競争」(日本テレビ)を放映。
上寿司を大食いして勝った芸能人には、100万円上げるという
馬鹿馬鹿しい番組。この種の番組を見ると腹が立つ。
かたや報道部門では世界の飢餓の報道をしておきながら、
馬鹿馬鹿しい何の意味もない「大食い競争」を放送している
テレビという怪物。

6チャンネルTBSを見ると「レコード大賞」。これも全く興味なし。
8チャンネルフジテレビ「ほんまでっかニュース」。
10チャンネルテレビ朝日「武士の一分」
12チャンネル(テレビ東京)「田舎に泊まろう」


「武士の一分」を見ながら、軽く一杯飲む。
木村拓哉の下級武士が良い。人間は、損得を抜きに
生きる何かがあるのだ。今年の日本は、安倍首相から
始まる「偽装」まみれの一年間だった。
「美しい日本」はどこへ行ったのか?
2008年3月までに5000万件の消えた年金は
最後の一人まで必ず探しだすと言明した安倍氏。
今、政治家としてどんな責任と弁明をするのか?
国会に出ているようだが、恥ずかしく人前には
出られないのが、「武士」である。
間違って食中毒の食事を出したお毒見役は
切腹して責任を取っている。切腹をしろとは言わないが、
安倍元首相は何らかのけじめと責任を取る義務が
ある筈だ。平然と人前に出られる人間の神経を疑う。

藤沢周平は下級武士を主人公にしている。
何冊か藤沢作品を読んだが、強い共感を持てる内容。
下級武士でも人間の最後の一線を持っている
いるということ。その一線を侵されたら死んでも
意地を通すといいうこと。藤沢作品の人気は
そこにあり。安倍元首相は「武士の一分」があるのか?
それとも生まれながら責任感のない上級武士なのか?
「人間の一分」があるのなら、平然と国民の前には
出られないのが、「美しい国」日本だったはずなのだが?
などと、お酒の勢いで変な長調に転調しつつある。

ーーーーーー
変なおじさん

昨日、昼過ぎにベトナム事務所に「変なおじさん」が来た。
「ジェトロ」(国際貿易振興機構)にいたとか「外務省に顔が
聞く」などと言って。
土曜日の午後。常識的に考えて事務所は休みである。
そんな時に訪ねてきて「自慢話」をする60代後半かた70代
のおじさん。事務所は休みとスタッフは言うと、日本料理店の
ビールを飲ませろといい、生ビールを飲み、「日本料理店の
やり方が、ここが悪い、あすこが悪い」「こう直せ」などと
スタッフにお説教を垂れていったとのこと。
その話を聞いて「この種の自慢話おやじは時々来るが
意味のない人間。時間がもったいないから無視するよう」に
言う。

夜7時頃、再度「自慢おやじ」が日本料理店に来店。
お客さんなのできちんと対応。日本語学校教師に
お説教を垂れたいようで若い日本語教師を探す。
変なおじさんの後ろで、会員のTさんと私が日本語で
色々な話をしていた。
へんなおじさんは、ベトナム事務所のスタッフが
相手にしないので、午後9時前に日本料理店を
帰ろうとし、私の所に来る。なんと英語で話しかけて
来る。私とJASS会員のTさんとの話は全て後ろに
いて「変なおじさん」には、聞こえていた。
しかし、私に英語で「明日、日曜日貴方と話し合いたい」
という。自分は英語が出来ると言う自慢をしたいようだ。
馬鹿な人間だ。
私は英語で「明日は日曜日で休みなので
話は出来ない」と返答。変なおやじは、「日曜でも
30分貴方に日本料理店の運営、ボランティアの
運営について、教えてやりたい」という。
私は断固拒否。「貴方と話し合う時間はない」と再度
返答。変なおやじは、怒って帰ってしまう。

時々この種の人間がやってくる。今まで私は一応
この種の人間と付き合っていた。自分はジェトロの
偉い人間で、外務省にも知り合いがいる、
あなたのやっている日本料理店はここが悪い、
ここを直せ、ボランティアもこうしろ、などという
お説教を2時間も3時間も聞かされ、何の意味もない
時間を過ごしてきた。
こんな変なおやじに言われなくてもフエに15年住んで
悪戦苦闘している私たちこそ、実情を知り、思うように
行かない現実と戦いながら、少しでも前へ進めようと
頑張っているのだ。何も現地をし知らない、ジェトロだか
ヘトロだか知らないオヤジの自慢話とお説教をせっかくの
大事な日曜日に聞く必要はない。
リー君と人生を語り合いながらの時間をもてて良かった
と思う。
時々、勘違いをした人間がやってくる。
ジェトロにいたことは、そんなに偉いことなのか?
フエの何を知っているというのか?
これも今流行の「偽装」人間。

投稿者 koyama : 20:01 | コメント (0)

2007年12月29日

ベトナム事務所員会議

朝少し日が射すが曇り、午後雨。

朝7時 気温22度。 湿度90%。

午前7時朝食。人参や野菜・牛肉入りのおかゆ。
朝食はホンニーさんとトゥオイさんが作ることになっているが、
ホンニーさんがハノイの母親のお見舞いに行っている関係
でこの数日は、トゥオイさんが作っている。美味しいおかゆ
に仕上がっている。

午前8時半、2007年最後のベトナム事務所員会議。

(ソン)金曜日に日本料理店の子どもたちに日本語を教えた。
    今年最後の授業なのでテストをした。
    専門用語の日本語は良く出来た。会話など接客の際
    に使う日本語はあまり出来なかった。
    平均的には60点程度。最高はGさんの82点、Tさんの
    69点、Hさんの63点だが、T2さんは19点だった。


(ハンナ)月~金まで日本語学校
      中級(2回)、観光基礎コース(5回)
      金曜日に観光コースのテストをした。
      100点満点もいれば80点の生徒もいる。
      最低は4点だった。
       昨日研修生コースの授業をした。

(ゴック)月~金まで日本語学校
     中級(45人)のクラスだが夜間の大学や高校などに
     行っている学生もいて常時授業に出てくるのは
     20人~25人。そのほか観光コース1回、研修コース1回。
     初めてクリスマス会に参加した。楽しかった。
     JASSベトナム事務所に入って3週間になる。これからも
     頑張りたい。

(税田)日本語学校 研修生コース 2回
     里親や奨学金寄贈者の方々へのお正月のメッセージを
     書いた。
     引越しの後始末

(ハン)子どもたちから里親への手紙の翻訳 25枚
    全教千葉婦人部関連の訪問先に同行し通訳した。
    「子どもの家」・フールー小学校
    千草さん・ハンナさんと一緒に「子どもの家」などの
    子どもたちの定期健康診断に行った。

(バオミン)
    内田さんと行動を共にした。
    全教千葉婦人部関係の方々とナムドンへ行った。
    2008年正月以降のスタディーツアーなどの整理・調整
    計画立案をした。
    1月24日からフエの要人と一緒に日本へ行く。1月26日
    東京北区王子「北区教育会館」での現地報告会、
    静岡市長・日光市長・静岡大学長などとの懇談の準備をした。
    この間、数名の子どもたちが自立のために「子どもの家」を
    退所した。入所希望者で待機中の子どもたちを入所させたい。
    年明けに家庭訪問をする予定。
     ハンさんの仕事分担の提案をしたい。最近だけで
    ハンさんは200通以上の手紙の翻訳をしている。
    そのほか来客の案内など仕事が集中している傾向が
    ある。今後、手紙の翻訳の一部をソン君にさせるように
    したい。ソン君が翻訳し、日本人が最後の仕上げをして
   欲しい。今までハンさんは翻訳をし税田さんが最後の仕上げ
   をしていたいが、今後は、ハンさんの翻訳の一部をソン君
   にしてもらうにした。ご協力をお願いしたい。

(小山)今日は2007年最後のベトナム事務所員会議となった。
    1年間、本当にご苦労様でした。皆さんの仕事と
    ベトナム事務所員の団結で色々な難関を乗り越えて
    今年を終えることが出来た。
     私がベトナムに在住して14年以上になるが、2007年が
    一番困難な年だった。
     日本料理店の移転、JASS観光の設立、ハイリーホテル
    への引越しをした。本来この3つの大事業は、1年から
    2年ほどかけて行う大きな仕事であった。今年は1年間で
    3つの大事業を行った。ベトナム事務所員の団結の力
    だと思う。皆さんの努力に感謝したい。
     ハンさんの問題もそうした2007年の諸問題が
    その底流にある。更に日本語教師が諸事情で
    定員通りになっていないこと、主任のフーン先生が
    出産で4月まで休暇をとっていることで、日本語学校
    の態勢を作るために税田さんや私も動員しているのが
    現状である。今まで11人のスタッフでしていた仕事を
    現在8人でしている状況である。(千草さんは休み)
    全体的にみると2007年は大きな課題に
    少人数で挑戦し、立派に成功させた年と言える。
    成功させるために多くのベトナム事務所員の皆さんが
    相当無理をしたことと思う。
    2007年の皆さんの頑張りは今後10年間
    「子どもの家」や子どもたち、JASSベトナム事務所を
    しっかりと守っていく基礎を作ったと思う。
     ハンさんの仕事を分担しながら、2008年は
    更に新たな人材の採用を検討したい。そうして
   ベトナム事務所・日本語教師への加重な負担を軽減
   したいと思っている。


1時間ほどでベトナム事務所員会議を終了。

その後、リー君の生活態度について、バオミンさんと
リー君に注意を与える。


今日も朝からお酒を飲んでベトナム事務所にやって来た。
リー君は仕事をやる時は本当に立派な仕事をしている。
しかし、気分の起伏が大きく、仕事への緊張が持続しない。
それでも数年前に比べればかなり成長し、落ち着き、
仕事への責任感も持ってきたといえる。
今日は、更にもう一歩リー君にレベルアップし成長して欲しい
との願いで、生活態度への注意をした。
特に「ハイリーホテル」に引っ越してからのリー君の生活態度は
よくないところがある。
朝7時に朝食を摂る。5分ほどで食事をし、そのままどこかへ
行ってしまう。子どもたちの話では喫茶店でお茶を飲み、
午前中は町をふらついているとのこと。
午前11時の昼食まで町をふらつき、午前11時に「ハイリーホテル」
に戻り、昼食を摂る。昼食10分。その後、どこかへ消えてしまう。
ベトナム事務所3階のみやげ物店に遊びに行ったりしているそうだ。
午後2時半に日本料理店へ出勤し、午後9時半まで仕事をするのだ
が、時々、どこかへ消えてしまう。
リー君には、午後2時半から午後9時半(途中1時間の夕食休憩)
までの仕事の対価として、月給を支給している。
しかし、「ハイリーホテル」の宿泊代、3食の食事代はリー君は
出していない。
トゥオイさん・ホンニーさんも食事代と宿泊代は出していない。
しかし二人は朝とお昼の食事を作ることで差し引きゼロにしている。
ハイ君は階段の掃除、1階ロビーの掃除をし、1日中、
「ハイリーホテル」の警備員をしている。
そうした事情はあり、今日は、リー君に1日中ふらふらしないで
「ハイリーホテル」のほかの子どもたちのように「ハイリーホテル」
のために何か仕事をするよう話す。リー君も納得する。
今後、税田さんと相談するが、1階から5階までの階段の掃除を
毎日午前中することになりそう。
 さらに飲酒の件も注意。リー君は20歳を越えているから
飲酒は自由だ。しかし、勤務中の飲酒は禁止。
どうしてもお客さんの案内などで飲酒するのは、「仕事」の
うちなので問題ないが、クリスマス会の午後、カラオケに
行きお酒を飲んだり、今日のように朝からお酒を飲むことは
絶対いけない。飲酒は日曜日か仕事の終わった後にする
よう注意をした。
2点の注意を素直に聞いたのではあるが・・・・・・・・・・・。

午前11時半、昼食。今日は税田さん、ハンナさんは
千草さんと一緒にレストランで食事。
「ハイリーホテル」での昼食は私、リー君、ハイ君、
トゥオイさんの4人。
インゲンの炒め物、「金の魚」という名の魚の煮付け、
野菜スープ。

午後12時半から1時間昼寝。外は大雨。
午後1時半読書「与謝野源氏」(花宴の途中まで)

午後2時から午後4時まで引越しの荷物の片付け。
引っ越してから2週間ちょっと。この間、来客への対応など
忙しく、引越しの荷物は梱包したままの状態。
今日は、引越しで持ってきた本を書架に整理する。
まだたくさんのものがあるが、今日はとにかく本だけは
きちんと整理した。それでも梱包の荷物はかなりすっきりと
した。

午後4時過ぎ、ベトナム事務所へ。税田さんと若干の
問題について話す。

理髪店へ。1時間。2万ドン(130円)。
もうじき新年になるので、せめて頭くらいはすっきりとしたい。
この理髪店には14年間通っている。黙って座ればカット
してくれる。テレビでベトナムの都市対抗サッカーの試合を
中継中。4人ほどお客がいたが、店員さんは、理髪を
しながら、テレビをチラチラとみている。そのうち、全員
手を休めてテレビに見入ってしまった。
私の理髪のはさみをとめて、テレビのサッカーに見入っている
店主のおやじを見て、何故か腹が立たなかった。
改めて「平和」「戦争がない」とは、こういうことなのか?
と思ってしまった。イラクやパレスチナ、アフガンなどでは、
サッカーに見入って理髪店の店主を筆頭に店員が
手を休めてテレビ中継に見入ることも出来ないのかな
などどと思う。32年前のベトナム戦争が終わった意味の
大きさを改めて感じた次第である。平和が一番。
最近の日本はやたらきな臭い発言をする人間が増えてきた。
戦争は、サッカーのテレビ中継というささやかな幸せすら奪い取る
ものなのだ。

午後5時半。日本料理店の子どもたちとハンナさん、千草さん
たちの夕食。税田さんは午後5時から午後7時まで日本語学校。



午後6時1名来客。午後6時半2名の日本人。
その後1名の来客。
そして会員のTさんの来訪。
Tさんは、ホーチミン市を訪問し、ストリートチルドレンを
知り、会員になったとのこと。
2時間ほど歓談したが、本当に真面目な方だった。
こうした方が会員になっていただけることは、
会に取っても誇りである。


午後10時前日本料理店閉店。来客5人。

午後10時半、「ハイリーホテル」でリー君・ハイ君と
3人でビールを飲む。部屋に戻り「奥の松純米大吟醸」
をするめをおつまみで飲む。
就寝午後11時半。


投稿者 koyama : 18:57 | コメント (0)

2007年12月28日

全教千葉婦人部の皆さん帰国へ

晴のち曇り 休肝日

気温25度。湿度70%。(ハイリーホテル5階)

午前6時起床。
やっと引越し前の日常生活のパターンの一部を取り戻した
ようである。血圧測定、心臓・血圧の薬を飲む。

午前7時朝食。マカロニと野菜のスープ。

午前8時から9時半まで部屋で仕事。ボランティア貯金からの
質問などの文章を系統的に読む。
受信メールで返信できていないものを再度探し、返信する。

仕事中、ハイ君とリー君が5階のベランダの植木に水を遣りたい
と言ってやってきた。

午前9時半、バオミンさんがハイリーホテルへ。バオミンさん、私、
リー君と車でフォンザンホテルに投宿している全教千葉婦人部関係
の皆さんの見送りへ。

フエ空港着。空港カウンターのコンピュータが故障。発券できず。
しばらく待たされる。何とか早めにボーディングパスを手に入れる。
7年間、「子どもの家」や子どもたち、私たちも励ましてくれてきた
全教千葉婦人部関係の皆さんの心から感謝したい。
無事の帰国を切望。


その足でリー君と共にハイリーホテルへ。
昼食。厚揚げの煮物、カリフラワーの煮物、野菜スープ。

午後12時から午後1時まで昼寝。
読書「与謝野源氏」(花宴の巻)

午後2時から午後4時までボランティア貯金関連の
資料を読み、ボランティア貯金から追加申請するように
言われた2008年4月から2009年3月までの
ボランティア貯金申請書の活動の概要を書き、
山西さんに送る。

その後、部屋の掃除。荷物の若干の整理。
パソコンを使いやすいようにマウスなどの付け替え。

午後5時、ベトナム事務所へ。

午後5時半夕食。

ハンナ先生は午後5時から午後7時まで日本語学校の
試験。


カリフラーワーの煮物、ゆで豚肉と海老の塩辛、ジャックフルーツの
スープ、残ったご飯でチャーハン。

今日は古くなったお刺身をみんなで食べる。




午後6時、早速日本料理店の来客あり。
メキシコ人とトルコ人。生ビールとお寿司の注文。
厨房では子どもたちが急いでお寿司を作る。

てんてこ舞いの厨房


その後、ドイツ人一人、オーストリア人2人、日本人2人、
更に日本人一人、アメリカ人2人。合計10人。

ホンニー店長不在中。リー副店長が大活躍。接客担当の
グエットさんと協力してお客の呼び込み、
注文を取り、食事を運ぶ。やる気になった時のリー君は
力を発揮する。


●注文をとって伝票を厨房に貼り付ける


●会計伝票をチェック


●料理を運ぶ

最後のお客さんが帰ったのは午後10時。
「ハイリーホテル」着午後10時20分。

投稿者 koyama : 20:40 | コメント (0)

2007年12月27日

全教千葉婦人部関係者との夕食会

晴天

午前6時起床。雲の中から太陽が顔を出す。

午前7時朝食。玉子焼き入りのフランスパン。
リー君が朝食に出てこない。
税田さんが7時15分頃、リー君の部屋へ行き起こす。
しかし、出てこない。
午前7時30分、私がリー君の部屋に行く。
熟睡状態。リー君を起こす。りー君は普段着のまま寝ていた。
びっくりして飛び起き、「行きます」という。
私は5階の部屋に行き、8時半に来る訪問者を待つため
再度1階ロビーに行く途中に「もしや?」との気持ちで
2階のリー君の部屋に行く。案の定、スヤスヤと寝ている。
再度起こす。そのまま、ベトナム事務所へ。

今日は日本の先生方10人が午前8時半に
ベトナム事務所を訪問。若干のJASSの説明を行い
「子どもの家」を訪問する予定だった。
午前8時半に10人の先生がこられるとのことで、
8時過ぎにベトナム事務所へ行き待機。
8時半になった。しかし、訪れない。30分、1時間、
結局、2時間半待っても来なかった。
どんな事情で来られなくなったのかは分からないが、
最低限度の人間としての誠意である、「連絡」程度は
すべきある。
ご本人たちからの訪問依頼、会員からの依頼もあり、
ベトナム事務所では、私とバオミンさんで対応する
ことを決め、先生方の視察と言うことで、資料の準備も
し待ったいた。結局、私たちだけでなく、「子どもの家」
の関係者など多くの人々が見えない所で準備をしての
「訪問受け入れ」だった。何の連絡もなくキャンセルする
ことは、今の日本の世相を反映しているようでもある。
「偽装訪問」だったというとか? それとも、
ベトナムの各所を訪問する一箇所の訪問を時間の
都合でカットした程度のものなのか?

とにかく、私とバオミンさんだけでなく、ベトナム事務所
は午前8時から午前11時までこの方々の訪問のために
無駄な時間を拘束されてしまった。いつ来るか分からないの
で私たちは、受け入れるとの約束を最後まで守ったのだが・・・・。

昼食は「ハイリーホテル」で。


昼、リー君が洗濯をしていた。かつては、着た衣類は捨てて
いた時代もあった。こうして、きちんと自分で洗濯をすることは、
立派なこと。人間として真っ当に自立していく過程でもある。

午後1時から1時間昼寝。
久しぶりに読書。「与謝野源氏」。「紅葉賀」。
皇后(中宮)藤壺の宮(義母)との間に男児を
もうけた源氏。天皇(源氏の父)は、我が子と
して喜ぶ。しかし、義母藤壺の宮は、不義の
子どもが皇太子となるに至り、悩む。
源氏は、藤壺の宮になんとしても会いたい、
同時に不義の子どもが、父天皇の子どもとして
皇太子になったことにも悩む。

午後2時から午後4時半まで今まで忙しくて
ゆっくり考えなければ出せなかったメールを
4通ほど出す。

午後5時、全教東京(東京都教職員組合)
関連の皆さんが突然訪問。ベトナム事務所2階で
6時半まで話し合う。
皆さん、3階の刺繍みやげ物店で買い物を
してくれる。感謝。

午後6時半、日本料理店で全教千葉婦人部関係の皆さん
と夕食会。フールー小学校の校長先生、副校長先生、
バオミンさんの参加。今夜が全教千葉婦人部の皆さん方の
フエ滞在最終日。こうして、日本料理店で食事をして頂くことで
子どもたちへの支援をして頂いている。
全教千葉婦人部の皆さん方との付き合いは、7年ほどになる。
誠実な支援を続けてくれている。こうした先生方が少しずつ
退職していくことは、日本の教育には大きな損失。

今回は「子どもの家」の子どもたち、船上生活の子どもたち
が通うフールー小学校、山岳少数民族の子どもたちへの
支援を行ってくれた。色々と立派なことを言う人もいるが、
全教千葉婦人部関係の皆さんは、7年近く、フエの
貧しい子どもたちへの支援を実際に継続してくれている。

●午後9時過ぎ、全員で記念写真


午後9時過ぎ、日本企業の技術顧問のご家族が日本料理店を
訪問。午後10時まで懇談。

今日は、23人もの来客があり、子どもたちがてんてこ舞い。
店長のホンニーさんのお母さんがハノイで交通事故に遭い、
お見舞いに行っている。店長不在の中で23人もの来客。
日本人10人、ベトナム人5人、カナダ人2人、オーストラリア2人。

副店長のリー君も注文を運んだり、オーストラリア人などの
欧米系の来客の接客など、一生懸命日本料理店のために
頑張っていた。

午後10時半、日本料理店閉店。
トゥオイさんの自転車がパンク。リー君が自転車の後ろに
載せ、税田さん、ハンナさん、私とで「ハイリーホテル」
へ帰る。

今日は3組の日本人との懇談などがあり、かなり疲れた。

投稿者 koyama : 19:07 | コメント (0)

2007年12月26日

ナムドン山岳少数民族との交流

晴天

午前5時半起床

午前7時朝食。「チャオバンカン」。

午前8時、全日本教職員組合千葉婦人部関係の皆さん
6人とバオミンさん、リー君とでナムドン山岳少数民族へ。

午前10時、カトゥー族の教居住地域にある
トゥオンロー小学校へ到着。

●校長先生に挨拶


全教千葉婦人部関係者の皆さんはトゥオンロー小学校の
子どもたち57人に奨学金を支給している。

●奨学金を手渡す


奨学金は全教千葉の関係者からの寄金で行われている。
寄金をされている先生方へ奨学金の報告をするため
奨学金が誰に渡されいるのかを確認。写真を撮り、
子どもたちが寄金者に絵を描く。


奨学金をもらっていない子どもたちにも折り紙で猫の
作り方を教える。

●リー君も手伝い





午後12時、ナムドン県の中心地に戻り昼食。


午後1時、中心地のレストランを出てトゥオンロー村民
(カトゥー族)の皆さんとの交流場に向かう。

支援物資を持って入村。


歓迎の踊り


●支援物資贈呈


千葉県の養護学校高等部の生後が作ったネッカチーフ

●カトゥー族の皆さんとの全員写真


午後5時半、フエ市内へ戻る。


午後6時半、全教千葉婦人部の皆さんと
近くのベトナムレストランで夕食。
ボランティアや教育のことなどを話しながら
交流をする。

午後8時過ぎ、夕食終了。


日本料理店へ戻る。日本料理店には、インターネット
で知ったと言う千葉県の養護学校の先生が来られて
いた。


千葉県特別支援教育研究連盟の作った
障害の子どもたちの絵で作ったカレンダーを頂く。
子どもたちの絵は素晴らしい。

来客 6人。

午後8時半頃から日本語学校から帰って来た
ちくざさんとハンナさんと軽く生ビールを飲む。

午後9時閉店。朝、全教の皆さんの車でハイリーホテルを
出たので、帰りの「足」がない。直ぐにリー君が仲間の
オートバイタクシーを呼んでくれる。オートバイで7分程度。

ホテルには、リー君・ハイ君・トゥオイさんがいた。
リー君に言ってフダビールを買ってくる。中々賢い子だ。
毎回、違う種類の「おつまみ」を買ってくる。
今日は、豚肉を小さく切ってカリカリ状にしたものに
塩と唐辛子をつけて食べるあつまみ。なかなかの美味。
ハンナさん、税田さん、リー君、ハイ君で飲む。
途中税田さん、ハンナさんは引き上げる。10時半まで
リー君の生活態度、ハイ君とリー君との関係などに
ついて、話を聞いたり「お説教」を垂れたりする。
要点は真面目に生きること、気分だけで仕事をしないように。
午後10時半、眠くなり私も退散。更にハイ・リーは飲んで
いたようだ。

投稿者 koyama : 12:13 | コメント (0)

2007年12月25日

忙しく1日を過ごす

気温22度。寒い。気温の変化が大きい。

午前7時、おかゆ。美味しい。

午前9時。ベトナム事務所で内田さんと里子のMさんの
一層の自立に向けて、大学の友人と同室での下宿を
はじめことについて話し合う。Mさんはウへ経済大学3年生。
既に23歳となった。将来の一層の自立・自活のため
現在の下宿(ベトナム事務所員の家庭)から同級生の
女子学生と同室での生活に移行することにした。

その後、しばらく内田さんと日本の情勢など様々な
ことについて話し合う。

午前11時、内田さん、バオミンさん、日本人スタッフ
と一緒にフエ名物「ブンボーフエ」の店へ。

午後12時半、「ハイリーホテル」へ。
1時間ほど昼寝。寒い。

午後5時まで昨日のクリスマス会を含めて日記を書く。
クリスマス会の様子を写したデジカメ写真を大量に
アップ。インターネットの速度があまり速くないため、
1枚のデジカメ写真を日記にアップするのに相当の
時間がかかった。

午後6時日本料理店へ。
子どもたちが夕食を摂っていた。店長のニーさんは、
ハノイにいる母親が交通事故にあったとのことで
ハノイへ行き、1週間ほど不在となった。
日本人スタッフ3人は日本語学校での授業。

午後7時。内田さんと里子のMさん、そして下宿をシェアーするAさん
、日本人スタッフと夕食。

午後9時まで皆さんと日本料理を堪能する。

午後9時半過ぎ、「ハイリーホテル」へ。
リー君、ハイ君、トウオイさんが待っていた。
日本人スタッフも交えて再度交流。


リー君が「ひつじ肉」を買ってくる。
豚肉を塩辛にし、唐辛子・ニンニクを入れた
タレにつけた食べる。美味しい。

投稿者 koyama : 07:53 | コメント (0)

2007年12月24日

第12回「子どもの家」クリスマス会

晴天

真夏 29度。

午前7時朝食。

日本で言えば「冷麦」の煮込みうどん

「ハイリーホテル」では、ハイ君が洗濯をしていた。
人間はこうして自分のことを自分でしながら、人間として
自立していくのだ。がんばれ ハイ君。


「ハイリーホテル」でメールのチェック。必要な
メールへの返信。

午前9時。バオミンさんから電話。ハイバーチュン高校
の校長先生、副校長先生などがクリスマス・新年の
挨拶に来ているとのこと。急いでベトナム事務所へ。


ハイバーチュン高校の校長先生たちとしばらく懇談。
春・夏のスタディーツアー交流の受け入れに感謝。
今後のハイバーチュン高校生徒の海外留学の
情報が欲しいとの要望を受ける。

●ハイバーチュン高校校長先生よりお祝いの花束


●ハイバーチュン高校副校長先生より年末年始の記念品

ベトナム事務所2階では今夜行われるクリスマス会の
お土産などの準備をベトナム事務所員が行っていた。
フエ高等師範大に通い、来年小学校に先生に
なる予定のズオンさんも手伝いに来ていた。
子どもたちに渡されるお菓子のお土産。
フエ経済大学に通っているメンさんも手伝いに来ていた。

昼前、クリスマス会の諸準備が終わり、みんなで
フエ名物「バインクオン」を食べに行く。
焼き豚肉と米を水で溶いたクレープ状のものを
暖めたものと野菜を混ぜて食べる「フエ名物」

●jフエ名物 バインクオン


●米をメンにして豚焼きと野菜、ヌオクマム、唐辛子で食べる
  なんとも言えない美味。

午後1時過ぎ、「ハイリーホテル」へ帰る。
日本料理店料理主任のトゥオイさんが入り口に
いる。聞くと「ハイ君とリー君がカラオケに行ってしまい、
私がホテルの入り口で来客の検分をしている」とのこと。

結局、私がホテルの入り口ドアの鍵を閉めて、トゥオイさんを
部屋に帰した。二人は帰ってこなかった。
リー君は午後2時過ぎにベトナム事務所にあるクリスマス会
の荷物を会場の「ズイタンホテル」に運ぶ係りになっていた。

午後2時、トゥアティエンフエ省教育局長(日本の県教育長)
副教育長と懇談。
今後、フエ・ベトナム中部から日本への留学についての
情報提供などについて、トゥアティエンフエ省教育局と
JASSが提携して事業を進めることを確認。
トゥアティエンフエ省39の高校全てにJASSが情報提供する
ことについての「通達」を出すことになった。


午後4時、クリスマス会会場へ。既に内田さん、ベトナム事務所員、
「子どもの家」スタッフの皆さんが準備中。

リー君が来ていた。

バオミンさんと私でリー君を呼んで「ハイ君を連れての午後、
カラオケ遊興」についての注意をする。
初めに私が「リー君、今、君を呼んで注意をしたいと思って
いるが、何を注意されるか分かるね?」と聞く。
リー君は「はい、分かります」と答える。さすがに頭の回転の
早いリー君だと思う。「僕がトゥオイさんの作った昼食を
食べなかったことです」とのこと。ピンボケ。既に
アルコールの臭いがする。
リー君を追及する。リー君は朝からハイトーンだった。
リー君は昼ごろ、カラオケに行きたくなり、警備員の
ハイ君を誘う。ハイ君には、警備員の仕事はとても
大事な仕事だと言ってあったのだが・・・。
ハイ君は2歳年下のリー君の{誘い」なのか「脅し」なのか
は不明だが、カラオケへの誘いに乗り、警備員の仕事を
放棄、リー君とカラオケに行ってしまう。結局、警備員の
仕事は警備員には関係のないトゥオイさんがやっていた
ということになってしまった。
バオミンさんとリー君を厳しく注意する。今後、仕事を
放棄(午後2時にクリスマスの荷物運搬をする)し、
なおかつ、警備員のハイ君にも仕事を放棄させ、
カラオケに行っただけでなく、お酒を飲むなど
言語道断。今後、仕事を放棄したり、ハイ君に仕事を
放棄させるようなことをしたら、「ハイリーホテル」から
追放することを通告する。
「リー君、言っていることは理解できたか?」と聞く。
分かりました、との返事。

いよいよ、12回目のクリスマス会が始まる。


「子どもの家」からバス2台に分乗し、子どもたちが
フエ市内のズイタンホテルに結集。

かなり高揚して入場する子どもたち。




午後5時45分、12回目のクリスマス会は開会。

●バオミンさんとハンナ先生の司会


●フエ市人民委員会外務部長ニエン氏の挨拶
 (通訳はミンさん・ハンさんと同じく私のフエ師範大教え子)

●12回目のクリスマス会寄贈者である内田征子さんの挨拶


●子どもたちの代表フオンさん(フエ医科大学生)の
 お礼の挨拶

●最後に「子どもの家」運営委員長のセンさんの話

●小山の乾杯の音頭


いよいよ会食。「子どもの家」の料理とは又違う、ホテルの
料理に舌鼓を打つ子どもたち


●「子どもの家」のスタッフの皆さん





会食が終了に近づいた頃「ビンゴ大会」。

ビンゴ大会が終わり、クリスマスケーキを食べる


いよいよ子どもたちが待ちに待っていた「カラオケ大会」が始まる。




●最後にカラオケ大会優勝賞の表彰式


午後8時過ぎ、クリスマス会終了。会場出口で
内田さんが日本から持ってきてくれたり、ベトナムで
購入したお土産を子どもたちが選ぶ


十分満足して帰宅する子どもたち


クリスマス会終了。
「ハイリーホテル」へ帰ろうとした時、ハイ君が自転車が
パンクしたと言う。直ぐにリー君を呼び、ズイタンホテル
近辺の自転車屋に連れて行くように話す。
「先生、俺はこの辺は全部知っている。直ぐ近くに
知っている路上の自転車屋がいるとの話」。
直ぐに、ハイ君、リー君、私でフエ師範大横の
路上自転車屋へ行き調べてもらう。はやりパンク。
おじさんは、素早くパンクをなおす。

リー君に「いくら?」と聞く。リー君は「俺の知り合いの
人だからタダで良い」という。おじさんに聞くと確かに
お金は要らないとのこと。申し訳ないのでパンクは
いくらなの?と聞く。2000ドン(15円程度)とのこと。
4000ドン、リー君に渡す。

リー君がリードして3人で「ハイリーホテル」まで帰る。
リー君は昼カラオケで飲み、更にクリスマス会で
8本のフダビールを飲んだそうだ。相当テンションが
高い。しかし、「ハイリーホテル」までの直近の裏道を
スイスイと走っていく。ハイ君は必死に後を付いてく。

「ハイリーホテル」に付く。午後9時前。

今日の「職場放棄」について、再度確認の目的で
3人で一杯飲む。途中、税田さんも参加。(途中疲労で帰室)
ハンナ先生はトゥオイさんと一緒に教会のクリスマス会へ。


午後10時半、さすがに私も疲れて部屋へ帰る。

今日は1日、あれやこれやと色々なことがあり、
忙しい1日だったがクリスマス会で子どもたちが喜んでいた
顔を見て疲労も吹っ飛んでしまう。

投稿者 koyama : 17:04 | コメント (0)

2007年12月23日

海鮮料理店で昼食

快晴  

気温28度。 湿度60%。

例年の冬に比べ気温が高い。特にこの数日は真夏の
陽射しである。

午前7時起床。
午前8時、NHK日曜討論を見る。
テレビを見ながら昨日の日記を書く。
C型肝炎救済問題。自民党代表は先日の
自民党案がギリギリとの認識。しかし、
実際には何ら福田首相の政治決断はされていないもの。
夕方、福田首相が『全員救済』の政治決断をしたとの
報道が流れる。しかし、患者側は、福田首相の政治決断を
歓迎しつつ、本物かどうか今後確認するとの態度。
この間の自民党・公明党の口先だけの対応に
患者側が根本的な不信を持っていることを表している。
政治家の能力とは最終決断を適時にするということ。
福田首相は決断の時期を失した。政治権力者としての
適格性欠いている。国が責任を認めるかどうかが
試金石。


午前11時過ぎ、内田さん・千草先生・ソン君・メンさんが
新ホテルにタクシーでやってくる。
私、ハンナ先生、リー君もタクシーに乗り込み、
フエ名物の海鮮料理を食べに行く。
フエは北にトゥアン・アン海岸、南にランコーに海岸と
海の幸に恵まれて土地柄である。

「ハイリーホテル」(新ホテル)から車で10分ほどにある
海鮮料理店へ行く。

フエはベトナム随一のイカの産地であり集積地。
茹でてイカを醤油とワサビで食べると美味しい。

エビもうまい


野菜の盛り合わせ
若いバナナも苦いが、海鮮料理には合う



巻貝


最後にメインイベントである『かに』。

午後2時過ぎ、会食終了。

税田さんは友人の方を案内。バオミンさんはイカ、カニ、えび
が食べられない。残念。

午後2時半から夕方まで休む。この1ヶ月間の疲れが出る。

夕方、夕飯のコムデイアを買いに。
インターネットの調子が悪い。ベトナム事務所へ。
千草さんが仕事をしていた。ベトナム事務所で
日記を書く。今まで各種の問い合わせがあったが
時間がなくてなかなか回答できなかった。
今日は、久しぶりで時間が取れた。写真添付で
質問への回答を書く。

午後7時半、「ハイリーホテル」(新ホテル)へ帰る。
ハーイ君が法事に行って帰ってこない。
リー君とハンナさんが心配している。税田さんは
友人の案内。

しばらく「ハイリーホテル」でハーイ君の帰りを待つ。
午後8時過ぎに帰ってくる。自転車がパンクしたとのこと。

リー君がフダビールを買いにいく。
リー君・ハイ君・税田さん・ハンナさん・私で
氷で冷やしたビールを飲みながら雑談。
午後10時、自室へ戻る。

明日からまだ活動開始。

投稿者 koyama : 19:11 | コメント (0)

2007年12月22日

内田さんフエ到着

晴天 真夏

午前6時起床。晴天。新ホテルの5階の部屋からは、
緑の森が見え、ニワトリの鳴き声で目覚める。
窓を開ける。爽やかな「田舎」の臭いがする。
トンチンカンホテルの騒音と観光バスの排気ガスまみれの
生活は一新された。


午前7時朝食。玉子焼き入りのフランスパン。


午前7時半、バオミンさんが新ホテルへ。
一緒にフエ空港へ内田さんの出迎え。午前8時20分フエ空港
着の予定。しかし、1時間遅れ午前9時半到着。いつもながら
時刻にでたらめなベトナム航空である。
フエ空港で内田さんを待っている間に15年前、フエ師範大学
で教えたTHUYさんがホーチミン市から一時帰省。
THUYさんが卒業する時、私の紹介でホーチミン市のミシン
会社ジューキに就職。13年間勤務しているとのこと。
15年前に日本語を教えてもらっらことに対して感謝の気持ち
を何度も言っていた。私が教える前は獣医だった。
今は月給600ドルをもらう会社員になっている。
生活も安定し、幸せに生活している教え子を見て私も嬉しい。
真面目な教え子である。フエに帰って来る時には、ベトナム事務所
に挨拶にきている。拝金主義にまみれたベトナム