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2007年12月15日

トンチンカンホテル引越し-新ホテルへ  多くの皆さんの協力に感謝

晴天

午前6時起床。
午前7時朝食。ブンボー。
午前7時前に日本料理店副店長のリー君が引越しの手伝いに
トンチンカンホテルへやって来た。
私の部屋の荷物はダンボールで30個近くに上ったのでは
ないだろうか?

午前8時前、バオミンさんが引越し総責任者として
やってくる。今日からオートバイ乗車者全員のヘルメットが
義務付けられた。

午前8時過ぎ、引越し作業開始。日本料理店の子どもたち
も総出で手伝い。バオミンさん・ハンさん、ソン君、子どもたちの
協力で半日ほどで新ホテルへへの引越しを完了。

東京平和産業IT部で仕事をしているヒーさんも手伝いに
駆けつけてくれた。ヒーさんは、私の紹介で東京の
コンピュータ会社で2年間研修をし、その研修を
生かして現在キャドを使ってコンピュータ製図の
仕事をしている。この15年間、かなりのベトナム人の
お世話をしてきた。感謝の気持ちを持つ人もいれば
自分の力だと自信過剰気味の人もいる。
人それそれである。私は、どんな対応をするベトナムの
人も恨むという気持ちはない。
トンチンカンホテルは10年近く宿泊していた日本人の拠点である
トンチンカンホテルの引越しは、かなり大変なものであった。
多くの人たちの協力で何とか「新ホテル」への引越しが
出来た。この15年間、日本での研修をお世話した
ベトナム人も何人かかいるが、ヒーさんが「ただ一人」
手伝いに来てくれた。「私は小山さんにお世話になり
日本でコンピューターの研修が出来たので、手伝いに
来た」というヒーさんの一言に私は、この15年間の
フエでの苦労が全て吹き飛んだ気持ちになった。
他にも多くのベトナム人の日本留学・日本での研修の
お世話をしたが、多くの研修・留学のベトナム人は
「自分に能力があったらら日本に行った」との自信
過剰気味の自己総括をしている。当然ではあるが、
JASSへの感謝の気持ちもない。それは致し方の
ないことである。今日、引越しを知りながら「手伝いに
こなかったJASSにお世話になった若者」の幸せを
祈るのみである。

私の部屋の大量の荷物、税田さん、ハンナさんの荷物(少ない)
を始め、1階旧日本料理店の机と椅子類、カラオケルーム機材
など多量の荷物。
ベトナム事務所・日本料理店のスタッフ全員の協力、IT部の
ヒーさん、そしてソン君の大学同級生のパソコン専門家、
オートバイ研修センターの先生など皆さんの協力に感謝。





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新ホテルへ引越しするのは、私、税田さん、ハンナさん、
「子どもの家」を退所した日本料理店員のホンニーさん、
トゥオイさん、新ホテルの警備員をするハーイさん、
日本料理店の警備員リー君。当面は7人である。
更に日本語学校に就任される新日本語教師の方々が
順次入居する予定。更に来年には、引きこもりの日本の
若者の入居も計画中である。
5階建てで屋上にも屋根のある大きなホテルを丸ごと
借り切った。13室。その中には、大きなスイートも3室ほど
あり、相当の人数の人間の入居が可能。
ベトナム事務所からは、自転車で10分程度の近さにあり、
回りが田んぼという「田園地帯」。新ホテルの前には、
牛やヤギがいた。回りを林に囲まれた新住宅地帯でである。
5階の廊下から下界を見ると「自然の草」の臭いがした。

今までのトンチンカンホテルは、隣りがホテルのため
朝から送迎のバスの排気ガスが充満。この7年間、
一度も部屋の窓をあけることが出来なかった。
更にトンチンカンホテル自身の工事をはじめ、隣りの
ホテルの大規模な増築工事(1年以上)、そして、
現在もトンチンカンホテルの隣りが総改築工事を
行い、トンチンカンホテル滞在の7年間、
いつも工事の騒音に悩まされていた。
トンチンカンホテルは、4畳半から6畳の部屋を5室
借りて1ヶ月の家賃が1500ドルだった。
今回の新ホテルは、ホテル全て借り切り(1階の大きな
ロビー・会議室、13室の部屋、2つの食堂、エレベーター)
1500ドル。どちから高いか安いかは分からないが、
引越しした日本人と5階のベランダから外を見て
「引越ししてよかった」と話し合った。空気がきれいで
静かな環境。そしてベトナム事務所の近く。
仕事で疲れたスタッフの皆さんのせめてもの「安らぎ」「癒し」に
なってくれればと念願している。



新ホテルの私の部屋から見た外の景色はベトナムの
田園風景である。

●私の部屋から見た外の景色。


午後12時半。トンチンカンホテルから新ホテルへの荷物の
移動が全て終わった。引越しの関係者全員で地元の
田舎風レストランで昼食。子どもたちの希望で「海鮮鍋」
、チャーハンなどを食べる。



午後2時過ぎ、今度は新ホテル内の整理。
新ホテルオーナーと12月15日までにベッド、お風呂など
引越し後直ぐに生活が出来るように全ての準備をしておく
約束をしていたが「案の定」、引越し作業中もトイレの工事、
電気温水湯沸かし器の工事、ベッドの搬入などが行われた
いた。

ソン君やバオミンさんのご両親が宿泊する部屋のシーツ、
布団、枕などを持ってくれた。バオミンさんのご両親と
しばらく私の部屋で話し合う。

午後7時半、税田さん、ハンナさん、リー君の4人で
夕食を食べに行く。
今日から新ホテルの泊まる予定だったホンニーさん、
トゥオイさんは、祖母や実家に今回の土日は泊まり
たいとのこと。12月13日の「子どもの家」を退所し
「一人前の人間」になって初めて帰る家である。
頼みにしていた警備員のハーイ君は、引越しの
荷物を何も持たずに来たとのこと。「子どもの家」
の自分のロッカーの鍵は寮母さんが持っているので
着替えや生活品がないということで、結局、土日は
「子どもの家」に帰り、改めて来週の月曜日から
新ホテルの警備をすることになった。

今日は朝から1日、本当に忙しく、いろいろあった
が、ベトナム事務所スタッフ、子どもたちや
関係者の皆さんの協力で何とか引越しを完了する
ことが出来て嬉しい。4人で「コードー(古都)」レストラン
へ行き、フダビールで乾杯。リー君が注文など色々と
気を遣ってくれた。
モヤシ炒め、豚肉と海老の塩辛、アヒルの玉子焼き、
トリのから揚げなどをおつまみに夕食。
午後9時過ぎに新ホテルへ戻り、全ての入り口の鍵を
税田さん、ハンナさん、リー君でかけて1日が終わる。

インターネットが入っているのだが、ADSLとは言っても
速度が異常に遅く、日本から持ってきた日本のテレビを
視聴できる「ロケーションフリー」が使えない。
高速ADSLにしないとだめとのこと。引越しはしても
通常の生活に戻るのは、1ヶ月ほどかあかるかも
知れない。これから少しずつ部屋と荷物の整理をし、
新ホテルシステムを作り上げ、新生活に慣れて
いくことが必要になったくる。
こうして新ホテル第1日目は終わっていった。

投稿者 koyama : 2007年12月15日 10:06

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