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2008年01月31日

オアシスの会の皆さんとの懇談

晴天

午前7時起床。
フエに心臓の薬を忘れてくる。
既に1週間ほど薬がストップ。今日何とか時間が空いたので
午前中、新宿の病院へ。火と木しか主治医がいない。
午前8時半、三田線→大江戸線経由で都庁前。


この病院は予約制。今日は予約をしていないので、順番は
後回しとなる。しばらく待たされる。

いつもの通り「心電図」。冷たい吸盤の電極を胸に付ける。
冷たいので体がピクっとする。心電図の技師は「楽にしてください」
と言う。冷たいゴム吸盤が胸に触れてぴくっとしない人はいない。
心臓専門病院として日本でも有名な病院であるが、心臓の悪い人の
胸につめたい吸盤をいくつもくっつけるという最悪の行為をしている
ということの理解がない。いくら立派な医療器具を備え付けていても
これでは台無し。日本の医療の現実。

またしばらく待たされ、診察。薬をもらう。ついでに杉花粉症の
薬ももらう。3割負担で1万円。

午前11時過ぎに終わる。
自宅着、午後12時過ぎ。

1月24日に帰国し、毎日家へ帰ると寝るだけの生活だった。
部屋には関係書類など乱雑としている。多少整理する。

宇都宮縫製工業組合理事長S氏より電話。
バオミンさんなど関係者にメール送信。

午後3時自宅を出て、午後4時前三田線で三田駅へ。
駅でオアシスの会のTさんと合流し、Oさんのお宅へ。

オアシスの会は、フエで以下のような活動を展開している。
JASSベトナム事務所は、オアシスの会の活動を現地で
補佐する仕事をしている。

(1)医療船
  船上生活者を対象に医療船を運営。
  治療と投薬などの活動を行っている。

  ①毎週月曜日から金曜日の午前8時から11時半、
    午後2時から午後5時まで船での巡回医療活動をしている。
  ②スタッフは以下のよう。
    ・医師(1名) 
    ・看護師(2名)      
    ・船頭(2名)      
    ・警備員(1名)    
  ③患者数
・1日平均 30名~40名
・子どもは消火器系(下痢・腹痛・・・・)、耳鼻咽喉科系(風邪)
 →医療船で投薬。
・大人はリューマチ、高血圧
→リューマチはフエ中央病院を紹介、高血圧は降圧剤を投与
→ベトナムでの高血圧は上(150以上)、下(90以上)
・赤ちゃんの栄養失調→軽いものはミルクを与え、重い患者は
 フエ中央病院を紹介する。
    

(2)障害児家庭支援
   ①14歳の男子。全身麻痺の子ども。
   ②両親死亡。元船上生活者。4人兄弟。祖母が面倒を見ている。
   ③毎月の生活費を贈呈している。
  

(3)視覚障害者支援
  ●1歳の女児。両目が栄養失調で見えない。
   ①船上生活者。
   ②両親が遠くまで船で行き、砂を取っている。
    家庭用の船に祖母がいて誕生早々から女児の
    面倒を見ていたが、知識と栄養が不足し、目が見えなくなり
    手術をしようとしたが、既に手遅れ。
   ③1ヶ月のミルク代を支給。

(4)奨学金支援
   ●生活困難な子弟への奨学金
   ①高校3年生 1名
   ②船上船の看護師2名にも奨学金を出している。
   

(5)フーハウ診療所支援
   船上生活者が多いフーハウ地区の医療センターに来る
   船上生活者の医療支援を行っている。

   ①1日平均患者数 60人~70人
    大人が70%。
   ②疾病の種類
     大人は高血圧(30%~40%)、糖尿病(年間40人程度)
     子どもは風邪、下痢が多い。
   ③支援金は栄養剤、抗生物質、痛み止め、降圧剤などに使用。
   ④コンピュータ1台、糖尿病発見器を寄贈

    
オアシスの会の活動はフエの最貧困層の人々(船上生活者)を
具体的に支援している。現地で本当に役立っている支援である。


午後4時過ぎ、オアシスの会フエ駐在員のOさんのお宅へ。
オアシスの会の皆さんと現地での活動の経過・成果などを
話し合う。

その後、Oさん手作りの夕食をご馳走になる。


午後10時までボランティア、人生などを話し合う。
Oさんが元気にお過ごしになっている様子を拝見し
安心。

自宅着。午後11時。

投稿者 koyama : 13:21 | コメント (0)

2008年01月30日

フエ共産党・人民委員会幹部帰国:小山講演会日程

晴天   続きを読む「小山講演会等日程」掲載


少し気温も上がり過ごしやすい。


午前4時半起床。

午前6時半、日暮里駅前のホテルへ。真っ暗。

福田もえ子JASS日本代表委員会委員長は既に来ていた。

午前6時35分、フエ関係者全員集合。


1週間の日本本滞在。日程もかなり詰まったものだったが、
不平一つ言わず、最後まで付き合ってくれたバオミンさん
をはじめフエ関係者に感謝したい。

午前6時53分日暮里発のスカイライナーに乗り、成田へ。

午前7時過ぎ、スカイライナー車中で日の出を見る。

午前8時過ぎ成田第2ターミナル着。
私は身分証明書を忘れてしまい、空港へ入るとき一悶着。

出国階には中村さんも見送りに来てくれていた。ありがたい。
出国カウンターは工事中。ベトナム航空は出国階の左端に
追いやられていた。2月7日のテトに向けて多くのベトナム人が
帰省。ベトナム航空のカウンターは長蛇の列。

午前9時頃、手続きを終え出国へ。
フエ市共産党委員長、フエ中央病院院長も一緒に帰国。


フエ関係者入管へ。帰国の途へ。


今回の訪日は、共産党委員長、共産党人事部長、フエ市人民委員会
外務部長、財政部長、フエ警察副署長の参加。
昨年新たな人事があり、新しい共産党・フエ市人民委員会
の役員となる。JASSと新役員との友好交流関係を一層
親密にすることが出来た。

1月25日JASS東京懇談会。
1月26日のJASS現地報告会、27日JASS静岡の会懇親会。
28日の静岡市長懇談、静岡大学学長等懇談。
29日、日光市長懇談と日程の詰まった訪日だった。
これらの訪日受け入れのため仕事とボランティア
をやりくりして準備をして頂いた関係者の皆さんに
心からお礼を申し上げたい。
今回の訪日は100%以上の成功を収めた。
特に26日の「現地報告会」にはたくさんの方々がご参集くださり、
地元の共産党やフエ市人民委員会がJASSをどう評価しているか
の説明があった。また、JASSベトナム運営委員長からは
2007年JASSベトナム総括、2008年方針の説明があった。
私からはこの15年間「子どもの家」とそれを取り巻く環境が
どのように変わってきたか? 子どもたちがどう成長して来たか
をビデオで説明。

更に大きくその輪が広がった各地の会からの発表は、
それぞれの会の特徴を生かした取り組みが発表された。
本来なら見ず知らずの皆さん同士である。「子どもの家」の
子どもたちを通してこうした繋がりが日本で出来ることに
感謝の気持ちをもちたい。

今回の訪日団受け入れでは、JASSベトナム事務所で
活動していた日本語教師などの皆さん方が大活躍してくれた。

東京・静岡の会では歓迎会などを催してくれた。
また、津軽三味線の山本竹勇さんとの素晴らしい出逢いが
持てたことも大きな収穫だった。
JASSはこだての会の川人代表の人間味のある人柄が
交流を通して分かったことも、人間が直接話し合うことの
大切さを改めて知る場となった。これからも毎年、
ほぼこんな時期に「現地報告会」を行いたいものである。
ベトナム現地での取り組み、各地での取り組みの交流を
通して、子どもたちの成長を願い、世界から貧困をなくし、
世界中の人々がみな幸せにいきることの出来る世の中を
作って行きたいものである。


訪日団帰国後、福田・中村さんと空港内でお茶を飲みながら
懇談。

福田委員長と一緒に午前10時半過ぎの急行で日暮里へ。
巣鴨まで福田委員長と。

午後12時過ぎ、巣鴨から地下鉄で西台駅で降りる予定だったが、
車内で寝てしまい、一駅乗り越してしまう。
ついでに高島平団地で買い物。

自宅まで30分歩く。午後1時半自宅着。

午後2時過ぎ、今日はじめての食事。
湯豆腐と野菜で軽くビールを飲み相当遅い朝食兼昼食。

午後3時半、昼寝。

午後5時、青少年教育の会Kさんより電話。
午後6時過ぎ、帯広のYさんより電話。
午後10時半 フリースペースより電話
相当数のメールを受信。

明日は、午前中心臓の病院、午後オアシスの会懇談会。

フエ要人訪日団案内は今日で終了。明日からは、
定例となっている講演会や関係団体、支援者との
懇談などが続く。

とにかく1月24日~30日までのフエ関係者訪日の
お世話をしてくださった方々、各種報告会、歓迎会に
ご参加頂いた方に心からお礼を申し上げたい。
また、会合には参加されなかった方でもクッキーを
作り差し入れをしてくれた方などにもお礼を申し上げたい。

小山道夫 2008年1月日本帰国日程

                    

          2008年   ★フエ訪日団 

                    フエ市共産党委員長
                    フエ市共産党人事部長
                    フエ市警察副署長
                     フエ市外務部長
                    フエ市財政部長
                    JASSベトナム・バオミン

1月23日(水)午後12時過ぎフエ発       
  24日(木)0:05ホーチミン市発(フエ訪日団引率)
        7:30成田着                   (日暮里泊)
  25日(金)フエ訪日団自由  P6JASS東京の会歓迎会(日暮里泊)
  26日(土)P1:30 JASS日本「現地報告会」(北区教育会館)
        P5 現地報告会後反省会(北区王子)    (日暮里泊)
  27日(日)A9:56東京発―10:55三島着(こだま537号)
         富士山経由静岡へ
        P6 静岡の会歓迎会            (静岡泊)
  28日(月)お茶の郷視察 P3小嶋静岡市長懇談
        P4静岡大学訪問  P6静岡大学懇親会   (静岡泊)
  29日(火)A10静岡発→A11東京着  浅草雷門視察
         1:30 浅草発 下今市着
         日光市長と「姉妹都市」提携問題などで懇談
         夕方、日光市長たちと懇親会 夜帰京     (日暮里泊)
  30日(水)A6:53日暮里発
         10:30成田発
  31日(木)A10 通院  P4オアシスの会

2月01日(金)
  02日(土)A10ブライセン
        A11 青少年教育の会懇談
  03日(日)支援者との懇談
  04日(月)P1 宇都宮ボランティア協会講演会(宇都宮総合福祉センター)
        P4 宇都宮雀宮地区講演会

  05日(火)P2:30足立区立第四中学校夜間学級教職員講演会
  06日(水)P4 三鷹「フリースペース」打ち合わせ
  07日(木)
  08日(金)
  09日(土)P1 沼津市トラック協会講演会
        P7 三島市ウオータービジョン講演会(清水町教育委員会)
  10日(日)P3 邦楽関係支援者懇談
  11日(月)
  12日(火)
  13日(水)帰国準備
  14日(木)A9:30 通院
  15日(金)福島
  16日(土)福島
  17日(日)A10:30成田発  フエ着

投稿者 koyama : 15:41 | コメント (0)

2008年01月29日

静岡市→浅草→日光市へ

曇りのち雨

午前7時起床。フエを出て1週間。疲れが出る。

午前8時半朝食。

午前9時半静岡市内のビジネスホテルを出て、ホテルの送迎
バスで新幹線静岡駅まで送ってもらう。感謝。

静岡駅待合室には、JASS静岡の会代表の牧田先生、
事務局長の笠井先生がわざわざ見送りにきてくれる。
心のこもった歓送に感謝する。フエ要人訪日団の皆さんも
こうした心のこもった送迎に感動していたい。


新幹線で東京へ。東京から上野経由浅草へ。
少し時間があったので浅草寺を見学。

●雷門前で


雷門前では人力車を走らせていた。値段を聞くと15分3000円
とのこと。フエのシクロは1時間150円~200円程度。
フエ旅行の若者が1時間200円の約束を250円といわれたと
言って怒っているが、本来日本では12000円取られるところを
250円程度で乗れることに感謝すべき。

●浅草寺でお賽銭を上げてお祈り

東武浅草線付近で昼食。皆さんの希望は「激辛ラーメン」とのこと。
ラーメン屋に入る。一番辛いラーメンを聞くと「マーボラーメン」
とのこと。「更に辛いものを入れてください」とお願いする。
激辛ラーメンを食べだしたが「全然辛くない」とのこと。
店主に頼み「もっと辛いものを入れて欲しい」とお願いする。
何とか食べ始めたが、まだ辛さに不満がある。
結局、七味唐辛子を大量にぶち込んで何とか「激辛」風に
なった。

午後1時15分。東武浅草駅で待ち合わせた皆さんと一緒に
日光市へ。


●東武線のボックス車内


午後3時過ぎ日光市役所着


午後3時半、日光市役所で副市長と懇談



両市が今後姉妹都市提携を模索することを話し合う。


午後4時過ぎ、日光市から鬼怒川温泉へ。
フエ市要人の希望で温泉視察を行う。
鬼怒川温泉「花の家」を訪問。



バオミンさんと女将

花の家の家族風呂



午後5時からの日光市との懇親会には日光市長も参加。

●フエ市共産党人事部長の挨拶


日光市長と名刺交換



●夕食のご膳



●美味しい夕食を堪能


午後6時20分頃の東武線で北千住経由日暮里へ。

長い1日の日程を終了。

静岡・日光市の関係者に皆様に深謝。

明日は午前6時半ホテルを出発。


投稿者 koyama : 21:47 | コメント (0)

2008年01月28日

小嶋静岡市長懇談:静岡大学長懇談

晴れ

午前7時過ぎ起床。
メールの受信を確認。必要なメールを送信。

午前9時、滝下さんたちの案内で島田市立の「お茶の郷」
を見学。


日本のお茶の発祥と文化が理解できるようになっている施設。
見学する意義あり。美味しい緑茶を出してくれる。


裏千家のお茶を頂く。



お茶の郷で記念写真



その後、駿府工芸館を視察

昼食後、静岡市役所へ。


午後2時半、静岡市役所国際課で打ち合わせ


静岡市役所17階から富士山が見えた。



午後3時、小嶋静岡市長と懇談

フエ市共産党人事部長挨拶

小嶋静岡市長挨拶


フエ市バッジ贈呈

静岡市長とフエ訪日団記念写真


午後4時、静岡大学訪問

興学長と懇談。


興学長とトゥアン共産党人事部長

懇談後、学長室でフエ訪日団と記念写真



午後6時、静岡大学主催「歓迎レセプション」


静岡大学興学長挨拶

フエ市共産党人事部長挨拶



静岡大学学生生活副課長滝下さんの紹介

小山挨拶


ニエン外務部長挨拶


山本副学長とトゥアン人事部長


興学長・山本副学長と小山

静岡大学とフエ訪日代表団全員写真


静岡大学とフエ代表団・JASSは今後の活動について
基本的に意見の一致をみた。
今年3月には、静岡大学代表団がフエを訪問し、今後の
プログラムにつての具体化を行う。

今回の訪日団の3つの課題である『静岡市との友好強化』
『静岡大学との提携』という2つの課題が大成功のうちに
終わった。

明日は、日光市との姉妹都市問題。

今日は1日、密度の濃い日程であった。
かなり疲労が溜まる。

投稿者 koyama : 20:56 | コメント (0)

2008年01月27日

JASS静岡の会交流会

晴天

寒い。

午前5時半起床。朝食。メールチェック。返信。

午前8時自宅を出て日暮里へ。
フエ要人の皆さんと合流。午前9時55分東京発の新幹線で
三島へ。


午前11時過ぎ、三島着。三島駅で静岡の会の滝下さんと
笠井さんが待っていてくれる。
滝下さんの案内で富士山の裾野を走行。雪の富士山を見る。
多少雲がかかっていたが、壮大。

昼食は食べ放題の大きなレストラン。


レストランの中庭に「旧正月」のお祭りの看板がかかっていた。
フエは2月7日が旧正月の「テト正月」。
まだ日本でも旧正月祝っている風習が残っている。


滝下さんの案内で「日本山妙法寺」を訪問。
日蓮宗の寺院であるが、平和・反戦を貫く闘う宗教団体。


日本山妙法寺で反戦・平和を祈る

米軍基地「キャンプ富士」と自衛隊基地を通り、
富士山の麓まで車で行く。



マイナス4度の富士山麓で雪を体験



午後5時過ぎ、滝下さんの車で清水区のホテルへ。

午後5時40分、静岡駅前のレストランで「JASS静岡の会」
主催の歓迎晩餐会。


静岡の会牧田代表の歓迎の挨拶


答礼。フエ市共産党人事部長の挨拶。


夕食会食事


参加者自己紹介


巣山先生よりフエ要人に記念品贈呈



最後に参加者全員で記念写真


懇親会終了後、1月29日静岡発の新幹線の切符を
2時間ほど遅らせるよう切符を交換。
その後、静岡の会の何人かの方々と交流。
ホテル帰宅午後10時。

投稿者 koyama : 22:10 | コメント (0)

2008年01月26日

ベトナム現地報告会(第14回総会該当)

晴天

非常に寒い。

午前7時起床。メールの送受信。
午前9時半自宅を出て会場の北区教育会館へ向かう。
地下鉄で雑誌「子どもと教育」の校正原稿をチェック。
「西巣鴨」とのアナウンスに慌てて地下鉄を降りる。
その際、ポケットにいれておいたメガネが、座席に落ちたのだが
気づかず。改札を出ようとした時気づく。駅事務室へ行く。
早速、いくつかの駅に電話をしてくれるが、見当たらない。
結局、終点まで地下鉄が行き、そこでメガネを発見。
白金高輪駅までとりに行く。メガネ騒動で2時間を費やす。
現地報告会の事前準備の会合に出られなかった。
会場着午後12時過ぎ。

午後1時半、「ベトナム現地報告会」開会。
70人以上の方々の参加。


司会は元日本語教師の横島さんと3月末に日本語教師として
着任する中島さんの二人。


JASS日本代表委員会委員長の福田もえ子さんの開会挨拶


フエ共産党・行政参加者の紹介(静岡の会滝下正敏さんより)


共産党フエ市委員長ユン氏の挨拶


続いてフエ市人民委員会外務部長ニエン氏の
フエ市におけるJASSの役割りについての報告

JASSベトナム運営委員長のバオミンさんより「2007年度総括」
「2008年度の活動方針」の説明

私が現地ベトナムの現状、現地の自立の進捗状況などをビデオ
を交えて50分ほど説明する。


休憩


「京滋YOUの会」作成の葉書を販売する京都の皆さん

「京滋YOUの会」の葉書は「子どもの家」の子どもたちの書いた
絵など・・・・。

柳沢さん、影山さん、高橋さんたちによるコーヒーとクッキーの販売

休憩後、津軽三味線の山本竹勇さんの演奏。心に響く
演奏だった。激しくもあり、物悲しくもあるような響き。
人間の心の奥底に何かをぶつけるような激しさを感じた。
竹勇さんは、6月に行われr「フエフェスティバル」に参加する
予定である。


今日は70人以上の多くの方々のお越しを頂いた。



津軽三味線演奏後は、JASS各地の会の活動報告・交流。

①茨城「火炎樹の会」

火炎樹の会より茨城県日立市の小学校での私の講演会の
子どもたちの感想文の贈呈


●JASS東京の会


東京の会より寄金の贈呈

●JASS静岡の会活動報告

●JASS栃木の会からの報告
  代表の佐藤さんに代わって栃木の会の宇都宮大学院生が報告

●「京滋YOUの会」の報告 大学生が代表して報告する

「京滋YOUの会」より子どもたちの健康診断関連の費用の寄贈

●JASSはこだて の報告 わざわざ函館から参加・報告。感謝


●最後の「青少年教育の会」報告


2007年の青少年教育の会スタディーツアーに参加した
中学生が感想を発表


●最後に「シクロの会」紹介。ベトナムに関係する研究者、
 ベトナム好き・嫌い人間の集まり。年に1回交流会を
 行うとのこと。


●最後のJASS日本代表委員会副委員長の山西さんの
 閉会の言葉


閉会後、神奈川県青少年協会より寄金を頂く。


午後4時半、現地報告会を終了する。

引き続き、王子駅前の飲食店にて夕食交流会を行う。



午後8時半過ぎ、交流会閉会。

その後、高校同級生と近くの飲み屋へ。

帰宅午後10時過ぎ。

今日の現地報告会は福田もえ子代表委員長やJASS東京の会
そして元日本語教師の皆さんの事前の周到な準備のお陰で
成功を収めることが出来た。関係者の皆さんに改めて御礼を
言いたい。

フエ要人の皆さんとJASSとの結びつきが一層強まった。
今後、フエでの様々な活動が更にスムースの進行することが
出来るように思える。子どもたちのためには重要な1日だった。

投稿者 koyama : 22:57 | コメント (0)

2008年01月25日

JASS東京の会歓迎会

晴天

寒い。昨夜は寒くて湯たんぽを入れて寝た。
フエの寒さと質が違う。

午前8時起床。最近新聞の字が小さ過ぎて読めなくなった。
老眼鏡を使わなければ・・・・。

午前9時、ご飯を炊く。昆布と煮干で大量のだしをとる。
味噌汁(ジャガイモ、たまねぎ、人参、わかめ)と
キャベツの卵炒めで朝食。

今日は午前10時から午後5時まで明日の「現地報告会」用
のビデオを編集製作する。
フエで撮ったビデオと10数年前のビデオを編集。
①現在のベトナム事務所を中心とした人間と各種の活動を
 概括的に編集
②この10数年間で子どもたちがどう成長していったか?
 男女2人の子どもたちのこの10数年の成長をビデオで辿る。
 
明日の私の持ち時間は約50分。話を長くするよりビデオで
説明した方が良いと考え、5時間分のビデオを25分に編集した。
なかなか手間と時間のかかる作業である。見れば25分で
終わってしまうビデオ報告ではあるが、フエでビデオを撮るのに
相当の時間をかけ、編集に5時間ほどかかった。

支援者に手紙を書く。

午後5時半、自宅を出て地下鉄巣鴨経由御徒町駅。
午後6時半からJASS東京主催の「フエ要人歓迎会」。
焼肉屋で行われる。
フエ市共産党人事部長、外務部長、フエ警察副署長、
財政部長。JASS側からがJASS日本代表委員会委員長、
副委員長、元日本語学校教師、舟山さん・・・・・・関係者。

中村さんの司会で始まる


小山乾杯の音頭


JASS東京の会員の皆さんが多数参加。
フエの要人と交流。




フエ市共産党人事部長・警察副署長と小山


●ニエン外務部長へJASS東京よりテト正月のお土産


●人事部長へテト正月のお土産


●フエ警察副署長へ正月のお土産


●バオミンJASSベトナム運営委員長へテトお土産

●フエ警察副署長・フエ共産党人事部長・フエ市財税部長と
  小山・山西JASS副代表



午後8時半、JASS日本運営委員会山西副委員長閉会挨拶



●フエ市共産党人事部長お礼の挨拶


JASS日本主催歓迎会終了後、関係者と記念写真

フエでも一部の人たちはJASSに対して誹謗中傷の
言動を常習している。今回の共産党とフエ市人民委員会(市役所)
幹部の訪日でJASSと共産党・フエ市人民委員会との連携を
深まることで意見が一致。
こうした宴会を意味がないという人もいるが、外交を知らない
人である。外交の始まりは、公式な会議だけでなく、一杯入った
この種の会合でもある。
今日は、福田もえ子JASS日本代表、山西副代表をはじめ
元日本語学校の教師の皆さんの協力でJASSとフエ市の
共産党行政との緊密な協力関係、人間的なつながりができた
重要な日でもある。

福田もえ子、山西、坂本、中村、石岡さんなどJASS東京の
皆さんに深謝。


投稿者 koyama : 15:54 | コメント (0)

2008年01月24日

訪日団、成田空港着

晴れ、寒い。

午前7時30分。成田着。気温3度。
空港入管。外国人は指紋と顔写真を撮られる。
そのため入管を出るまでの時間がかる。


午前8時過ぎ、成田空港出口へ。出口では、
福田夫妻、中村さん、松下さんが出迎えに来てくれていた。
寒い中、朝5時に家を出ての出迎えに感謝。
原さんの作ってくれた特製の歓迎横断幕で歓迎。


フエ市共産党委員長、フエ市共産党人事部長、
フエ市警察副署長、フエ市人民委員会外務部長、
フエ市人民委員会財政部長、フエ中央病院院長
バオミンさん、私で ホーチミン市から成田へ。

共産党委員長・共産党人事部長・バオミン・小山


共産党人事部長とJASSベトナム運営委員長ミンさん

成田空港歓迎の様子


ベトナム人と小山

午前8時40分頃のスカイライナーで日暮里へ。
日暮里駅付近のビジネスホテルへ。午後2時チェックイン。
ホテルレストランで朝のコーヒー。


今日の日程は東京見物。中村さんと松下さんが案内。
私は自宅へ帰る。荷物の整理。ベトナム事務所から
預かった荷物を支援者宅へ送る。

訪日団は秋葉原などを視察。

午後5時、巣鴨で待ち合わせ、訪日団の要望である
「一般労働者が行く大衆酒場に行きたい」に応え
巣鴨駅前の大衆飲み屋へ。


生ビール、ひれ酒、熱燗などを飲む。モツ煮込み、
焼き鳥・・・・。

午後7時、警察副署長が電話をするためホテルへ帰る。
中村さん、松下さんが同行。
その後、午後8時半まで交流し、日暮里まで送る。
長い1日だった。

投稿者 koyama : 12:47 | コメント (0)

2008年01月23日

フエ発ー訪日団と共に ホーチミン出発

雨のち曇り

午前7時朝食。フランスパン。


午前8時、ベトナム事務所へ。
午前8時半、ボランティア貯金現地視察団の最終日。
「子どもの家」の視察。

セン委員長と懇談。活動の実態・経過・問題点などについての
話し合い。


「子どもの家」の施設設備等を案内。

1日半の濃密な現地視察調査を終わる。

日本料理店で食事をしたオランダ人が「子どもの家」を
訪問。税田さん、千草さんが案内。


午前10時半、ボランティア貯金視察終了。

その足で私とバオミンさんは、フエ空港へ。
フエ要人と共に訪日するため。

午後2時過ぎ ホーチミン空港着。空港付近の
安ホテルへ。私は午後6時までホテルで寝ていた。
バオミンさんは親戚の新築祝いへ。

午後7時、バオミンさんと一緒にビヤーガーデンへ。
チェコ製の生ビールを飲む。

午後10時半 ホーチミン空港国際線からチェックイン。
飛行場内で訪日団の皆さんと合流。

午前0時05分、 ホーチミン発の飛行機で成田へ。

投稿者 koyama : 12:32 | コメント (0)

2008年01月22日

ボランティア貯金現地視察団

晴天

気温24度。

午前6時起床。少し寒気を感じる。だるい。

午前7時朝食。フォーティウ(芋の麺)うどん。ホーチミン市の名物


午前8時半、ベトナム事務所へ。
ボランティア貯金現地視察団(2人)の皆さんがベトナム事務所
を訪問。ベトナム事務所員と挨拶を交わす。



挨拶の後、ボランティア貯金交付金で行っている
①障害児支援 ②子どもの自立のための職業訓練の
実情を説明。

午前9時半、障害児医療センターへ。BUI所長とスタッフが
対応。障害児医療センターと障害児父母の会の活動実態と
問題点などを話し合う。

ボランティア交付金支援プロジェクトの現状と成果、今後の課題など
について、ボランティア貯金側からの質問に答える。

午前11時過ぎ午前中の現地調査を終わる。

午前11時半、「ハイリーホテル」へ。
昼食。

貝の煮物

トマトスープと空芯菜のニンニク炒め



1時間程昼寝。寒気と倦怠感。

午後1時半過ぎ、「ハイリーホテル」を出てベトナム事務所へ。
ボランティア貯金視察団の皆さん、バオミンさんと一緒に
地域障害児父母の会を参観。
1ヶ所目は、船上生活者が多い「フーハウ地域障害児父母の会」。
午後2時半、フーハウ診療所に到着。

フーハウ障害児父母の会の様子


障害児父母の会視察後、フーハウ診療所長より障害児父母の会
の実態、成果、問題点などの質問と回答。

午後3時40分、二番目の訪問先、「ビーザー障害児父母の会」。

ビーサー診療所の関係者から「障害児父母の会」の
実情調査。聞き取り。

午後4時半、ビーザー診療所を後にし、「縫製研修センター」、
「アクセサリー研修センター」の視察を行う。

3ヶ月ほど計画が遅れているが、少しずつ研修を始めている。

午後5時過ぎ、全ての視察活動を完了。
視察団のお二人は、実に精力的に今日1日の視察を行う。
こうした真面目な視察に付き合うと私たちも更に一生懸命
プロジェクトを推進しようという気持ちになる。

午後5時半、日本料理店へ帰る、夕食。

午後6時半から日本料理店開店。
ボランティア貯金視察団のお二人も日本料理店で食事を
してくれる。支援の一環。

今日は日本人4人、欧米系2人。合計6人の来客。

私は午後7時過ぎに「ハイリーホテル」へ戻り、明日の帰国の
ための荷物整理を行う。午後6時過ぎに「ハイリーホテル」に
帰っているハイ君だが、午後7時半に私が「ハイリーホテル」に
戻った時、不在。どこかをふらついているのか?
19日に30万ドンの給料をもらい、日曜日に半額程度を
使ってしまったが、今夜もどこかを彷徨しているのだろうか?
半分壊れている「ハイリーホテル」の鍵を10分ほどかけて
何とかあけた。
明日午前11時にバオミンさんと一緒にホーチミン市に行く。
フエ要人の日本訪問関連の必要資料を再度点検する。
その後、2月17日まで日本に滞在し各地で講演会を
行う。その資料なども整理。

洗濯。

今日は朝から「先生、明日日本へ行きますね。今夜は最後の夜。
飲みましょう」と何度も言われた。夕食時も「ハイリーホテル」に
帰る時も。体調が悪いこと、帰国の準備が出来ていないので
結局、リー君の願望を叶えることは出来なかった。
波多陽区流に言えば「残念」。

投稿者 koyama : 20:20 | コメント (0)

2008年01月21日

フエ要人訪日準備等・・・・・・

快晴

気温24度。

朝6時、東の地平線から太陽が顔を出す。

午前7時朝食。チャオバンカン。



午前8時半、カナダ・ケペック州から来た女性が
ベトナム事務所を訪問。昨日も「子どもの家」で
英語を教えてくれた。
美術を専攻し仕事をしているとのこと。
日本料理店の店内の装飾・ペインティングをしたい
とのこと。私の方から日本料理店は、現在のような
「簡素な」室内が良いので、出来たら日曜日午後3時
からの「子どもの家」絵画教室での指導をお願いしたい、
と話す。27日(日)午後3時から「子どもの家」で
絵画を教えてくれることになった。
フランス語を母国語としているので、かなりクセのある英語だった。



朝食後、ホンニーさん、トゥオイさんが
「昨日、ハイ君はもらった給料30万ドンのうち20万ドン位
を使ってしまった」と話していた。
直ぐにハイ君を呼んで『昨日20万ドン使ってしまったのは
本当?』と聞くが中々要領を得ない。昨日、午前10時から
午後12時位まで私と4人の子どもたちが食事をした後に
遊びに行ったというようなことは分かったが、どんなことが
あったのかは不明。

カナダ人との話が終わったので、日本料理店の前で
ホテルの警備員とお茶を飲んでいるリー君を呼び事情を聞く。


初めリー君は何もなかったというようなことを言っていたが、
時間をかけて聞いていくうちに以下のようなことを話した。

午前7時、ハイ君と二人で喫茶店を2軒渡り歩いて
2杯ずつコーヒーを飲んだ。
午後12時まで私とブランチを食べた後、子どもたち4人で
カラオケへ行った。歌を歌う程度のカラオケ費用は私が出してあげた。
カラオケでまた食べ物などを頼んでしまい、私が上げたお金
以上に追加費用として7万5千ドンほど支払った。
その後、二人でインターネットカフェーへ行き「チャット」をやった。
昨日夜までに4軒のインターネットカフェーに行き6時間半
チャットをした。
「子どもの家」へ行き、「子どもの家」の子どもたちを誘って、
食べ物をご馳走した。
宝くじを買った。その後、非合法の宝くじ8万ドンを買った。
総計で25万ドン(2000円)ほど使ってしまった。
リー君が10万ドン支出し、ハイ君に13万ドンから15万ドン
程出させたとのこと。
ハイ君は土曜日に初めての給料(30万ドン)をもらった。
昨日日曜日1日で月給の半額を使ってしまった。
リー君の「助言」といういのか、「命令」というのかは不明だが、
とにかく支出してしまった。
リー君の10万ドンは日本料理店が終わったあとの「飲み会」
の準備に上げた費用の残りを「溜め込んで」いたとのこと。
結局、リー君は身銭を切らず、ハイ君は給料の半分の身銭を
きったということになる。

まあ、よくもこんな『豪遊』をしたものである。
フエ全体が『小型バブル』の真っ最中。リー君もハイ君も
その影響を強く受けていると言える。「物・物・物」
「金・金・金」。
リー君にきつく注意。自分のもらう給料(55万ドン)と
昨日の支出(25万ドン)の関係を良く考えるように。
コツコツと働き、つつましく生活することが一番大事なこと。
回りの友達がどんなに贅沢な生活をしていても真似をする
ほどの収入がないという事実を知りなさいと。
また、社会に出たことのないハイ君を誘い、けしかけて
の「無駄使い」「豪遊」は二度としてはならないと話す。
フエには一時成金や共産党幹部の子弟、外国人と結婚した
女性などが、「贅沢な」「豪遊」をしているのも事実である。
そうした豪遊現象に子どもたちが『憧れ』真似をするのも
理解できる面もあるが、しかし、「子どもの家」の子どもたち
の客観的に置かれた現実を自分自身で理解していないと
今後もこうした問題は多発する可能性がある。
特に社会とのつながりが薄い中で育ってきた「子どもの家」
の子どもたちには、こうした社会の『落とし穴』への免疫が
弱い。一気に豪遊をしたいと『悪の道』に落ちていく可能性
を強く持っている。リー君の場合には、更に「進んでいて」
悪の道に一度足を入れているので、大人の社会、悪い
大人の行動をしっかりと見て生活してきた。免疫が出来すぎて
いる。ハイ君は『一時成金』『豪遊社会』に免疫がなく、
リー君は免疫がありすぎて、時々、ずるいことをする。

大人も「一時成金」「小型バブル」に冒されているフエの社会
である。お金のためなら人間関係も断ち切ってしまうという
がさついた社会である。子どもたちへの影響も強いことを
私たちは理解しなければならないと強く思えた出来事である。
「子どもの家」や子どもたちの支援も子どもたちが年齢が高くなり
思春期を迎え、社会に出て行く時期に来ている。そんな時期に
フエは「小型バブル」。金と贅沢にあこがれる社会が待っている。
そんな社会に出て行った子どもたちは、真面目にコツコツと努力し
生計を立てていった欲しいものである。

午前11時半。昼食。

ハイ君は「落ち込み」気味。リー君は「ふて腐れ気味」。

午後12時から1時間昼寝。
読書「与謝野源氏」。須磨の巻を読了し、「明石の巻」へ。
源氏、どん底の時代。

午後1時半。部屋の整理。トイレ掃除、部屋の掃除。
洗濯。

23日日本へ帰国する荷物の準備等。

午後3時、ベトナム事務所へ。ノートパソコン、「ハイリーホテル」
のパソコンに『トロイの木馬』が侵入。デジカメからの画像取り込み
が出来なくなった。バオミンさんに新しい「USB」のCDを入れて
もらい、多少複雑な作業が必要だが、とりあえず23日からの
日本帰国の際に火焔樹日記用の写真取り込みが出来るように
なった。バオミンさんに感謝。

日本で使う「写真」をメモリースティックに取り込む。
今までの日記に使った写真の中から「子どもと教育」4月号
に使う可能性のありそうな写真を数百枚取り込む。

JASS関係者にメール送信。

午後5時過ぎ、「子どもの家」にいたTHUYさんが日本料理店
を訪ねて来た。THUYさんは、現在フォンザンホテルの厨房で
仕事をしている。昨年、結婚式に招待された。
4ヶ月の男児がいるとのこと。「子どもの家」から自立し、
幸せな家庭をもっている「卒業生」がいることは、私たちに
とっても嬉しいことである。


午後5時半夕食。

午後6時過ぎ、夕食を食べてハイ君は「ハイリーホテル」で
警備員をするため帰宅。

午後6時過ぎ、23日帰国のためベトナム事務所にある
私の荷物の一部を「ハイリーホテル」に持っていく。
「ハイリーホテル」の入り口の鍵があいていない。
ハイ君の部屋に連動しているベルを押すが出てこない。
ハイ君は「ハイリーホテル」に帰るといってどこかけ
行ってしまった。「子どもの家」に問い合わせるが、いない。
「ハイリーホテル」に入れないのでベトナム事務所で仕事を
しているバオミンさんに電話。税田さんの鍵を借りる。
リー君がバオミンさんのオートバイでかけつけてくれる。

日本料理店来客。日本人5人。オランダ日2人。合計7人。
明日から視察されるボランティア貯金の視察団の方が
日本料理店で食事をされる。

日本の木田先生から医学書の贈呈があった。

護送船団帰宅午後10時20分。

投稿者 koyama : 17:45 | コメント (0)

2008年01月20日

函館市「地球祭り」表彰式

晴天    
気温26度。久しぶりに太陽を見た。


午前7時時起床。
血圧測定・・・・・。
受信メールの確認。
8時過ぎ、「子どもの家」へ。今日は午前8時半からカナダ人が
ボランティアで英語教室の手伝いをしてくれることになっている。
急いで「子どもの家」へ。ソン君が来ていた。
午前8時半という話だったが、午前9時からだったそうだ。
毎週日曜日午前8時半から1時間、英語教室を行っている。
フエ市人民委員会外務部員にお願いして英語を教えてもらって
いる。中学、高校生を中心にベトナム人教師と協力して
英語を教えていた。




10時前、「ハイリーホテル」へ戻る。
午前10時、ハイ君、リー君が部屋をノックする。
『10時です。食事に行きましょう』と。

ハイ君、リー君、ホンニーさん、トゥオイさんの5人で
近くの大衆食堂へ行き食事。少し『飲む』。
海鮮鍋、トリのビール煮。豚肉と海老の塩辛・・・・。
12時まで2時間。3日後に日本へ帰るので最後の
日曜日となった今日、子どもたちに少しご馳走をした。
一人400円位。

午後12時過ぎから2時間ほど昼寝。
午後3時過ぎ、フエ要人と訪日した際に使う資料の整理。

午後5時過ぎ「ハイリーホテル」を出て「子どもの家」へ。
「子どもの家」への途中、太陽が川に反射し輝いていた。

午後5時45分、「子どもの家」で函館「地球祭り」で行った
「子どもの家」の絵画等の作品展に出品し、優秀な成績を
残した子どもたちの表彰式。
JASSはこだての川人代表が、一人一人の子どもたちに
表彰状を作ってくれた。有難いことである。


JASSはこだて代表のは川人さんに代わり友好賞など様々な賞
を授与する

函館「地球まつり」に参加した方々が書いてくれた習字を
頂く。全員で記念写真。


表彰式後、「子どもの家」の赤旗隊会合(日本流に言えば生徒会)
寮母のキムアンさんが、テトについての話、諸注意をする。


赤旗隊会合が終わり、夕食。リー君、ハイ君、トゥオイさん、
ホンニーさんも「子どもの家」に遊びに来ていた。
やはり10年近くも住んでいた「子どもの家」だ。
「子どもの家」を出て1ヶ月。未だに「ハイリーホテル」に
住むことに慣れていないのかも知れない。

午後6時過ぎ「子どもの家」の夕食。


投稿者 koyama : 20:57 | コメント (0)

2008年01月19日

ベトナム事務所員会議

曇り

気温20度。

午前7時朝食。焼きそば風の麺に野菜などをいたものを
載せたもの。

朝食後、ベトナム事務所員会議に行こうと部屋へ戻った
Aさんが、カーテンの陰に隠れていた「ハチ」に刺される。
私の部屋にあった消毒薬とクロマイ軟膏を塗る。
既にベトナム事務所に行っていた税田さん、リー君が
戻って来て『バオミンさんの意見ではニンニクをつぶして
塗れば治ると言っている』とのこと。
行動派のリー君がニンニクをつぶし刺口に塗る。
その上をバンドエイドで止める。

リー君がシャツの取れたボタンを自分で付けようとしていた。

それを見ていたホンニーさんが「貸しなさい」と言って
ボタンをつけて