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2008年03月31日

フリースペースの皆さんはTHUY THANH(トゥイ・タン)村

曇り 昼大豪雨


午前7時朝食。

チャオバンカン(小麦の手打ちうどん)




午前10時。フリースペース(10人)は、フエ市郊外の
純農村地帯「トゥイタン村」へ。バオミンさん、リー君も
一緒。
ベトナムは「農業国」。ベトナムを本当に知るためには
ホーチミン市やハノイ市にいても分からない。
人口の80%は農民である。
5軒の農家に2人組で分宿。

フリースペースの皆さんが分宿した農家

農家の子どもたちと仲良くなる


農村地帯には水田の水を引くための水郷がある。
水郷を手漕ぎ舟で巡る。


トゥイタン村の「日本橋」を参観

日本橋(タントアン橋)

午後は、農村の幼稚園を訪問。
子どもたちと交流。


村を散策


今日は分宿した農家に1泊。明日の午後、農村から直行で
フエ空港へ。帰国。

投稿者 koyama : 20:36 | コメント (0)

2008年03月30日

「縫製研修センター」増強事業の推進

晴天

32度 55%。

午前中は真夏。汗がだらだら出て来る。推定36度程度。

午前7時半朝食。昨夕、地球の歩き方スタディーツアー
との交流夕食会で残った食事を子どもたちが
お土産にしてくれた。ご飯を炊き、「お土産」をおかずに
朝食。

午前9時前、ベトナム事務所へ。
ベトナム事務所には、佐藤さん、スタッフのベトナム人、
バオミンさんが既に到着。

その足で「縫製研修センター」へ。
既に50台のミシン寄贈を受けて、縫製研修は開始されているが、
今回、宇都宮縫製工業組合佐藤さんより、更に70台のミシンと裁断機、
ボイラーなどの追加寄贈があった。電気の配線、ミシンの設置場所など
大幅な改革を断行する計画。更に研修生も増やす予定。
今回は、佐藤さんが2ヶ月フエに滞在し、「縫製研修の効果」
更に上がるよう様々な技術指導もしてくれることになっている。


午後12時半まで「縫製研修センター」での仕事を行い、
近くの大衆食堂で昼食。私は朝食でおなかが一杯のため
水を飲む。

今日は、気温が一気に上昇。体温が急激に上がり、
内耳と外耳の気圧が変化。右耳が飛行機下降時状態となり
半日人と話が出来なかった。冷たい水を飲み体を冷やすと
治るのだが・・・・。大衆食堂には冷たい水はない。

午後1時半、「ハイリーホテル」へ戻り、昼寝。

午後3時 読書「与謝野源氏(下)」
匂宮、紅梅の巻。

光源氏の孫の匂宮と子どもの中将の薫の話に移る。
源氏の子ども夕霧は、かなりの重鎮となっている。

午後4時過ぎ、「子どもの家」へ。
今日から2日間、フリースペースの皆さんが「子どもの家」へ宿泊。
体調を崩している人もいるので様子を見に行く。

ダーカウ(羽のけまり)で交流を楽しむ。

ベトナム語を使って会話を楽しむ。

捌(さば)いたニワトリは、今夜の夕食に。


午後7時頃、火炎樹日記の構想を考え書き始める。
ドアをノックする音が聞こえる。開ける。リー君・ハイ君が
ドアの前に立っている。
「先生、腹が減った。飲みたい」とのこと。実に単刀直入な
要望。「どこで飲みたいの?」と聞く。「ハイリーホテル」前の
ヤギ肉屋とのこと。

仕方がないので二人と一緒に「ハイリーホテル」前の
ヤギ肉屋に行く。


豚肉の揚げ物(おつまみには美味しい。リー君はこの種の
美味しいおつまみを良く知っている)

私は50年ほど前を思い出した。小学校2年生位だったと思う。
父親が「おい道夫、銭湯に行こう」と言われ、夕方、父親の自転車の
後ろに乗る。父親は銭湯に行った後、板橋駅前の飲み屋に必ず連れて
行ってくれた。
というのか、正確には、自分が飲みたいということなのだろうが。
父親に飲み屋に何度も連れて行ってもらい、男というものは
飲まなければいられない人生の「何かがある」ということを
そこはかとなく知ったのである。
今夜、リー君・ハイ君に誘われヤギ肉屋で飲んだこの風景は
50年前にタイムスリップしていた。
リー君・ハイ君に誘われヤギ肉屋で飲んだ。50年前の
父親と私が蘇ってきた。

ヤギ鍋

午後8時過ぎ、一足先に私は「ハイリーホテル」へ帰る。
リー君・ハイ君は引き続き飲んでいた。

「ハイリーホテル」の部屋に戻り、必要なメールの
送信。

午後9時過ぎ、佐藤さんから電話。「縫製研修センター」の
増強の件でいくつかの意見。

投稿者 koyama : 17:29 | コメント (0)

2008年03月29日

ACCLの皆さん帰国:地球の歩き方スタディーツアー夕食交流会

晴天  夏。

32度  60%。

やっと例年の本格的な「夏」になってきた。ほっとする。

午前6時半、ベトナム事務所のハンさんから電話。
体調が悪いので今日は休むとの事。確かに声がでていない。
この2ヶ月間ほど、ベトナム事務所員はほとんど休みなく
仕事をしている。みんな疲労が蓄積している。
ゆっくり休むように話す。

バオミンさんと電話連絡。今日、地球の歩き方ツアー
を案内する予定だったハンさんが休む事を受けて
代替要員の件。急遽、税田さんにお願いすることにした。
地球の歩き方ツアーは税田さんとクアンさんでグエンフエ高校
交流、午後、「子どもの家」での交流、お別れの挨拶の予定。

フリースペースはソン君。「子どもの家」へ行き、近くの
タイロック市場へ買い物。、昼食作り。昼食の予定。


午前7時朝食。
今日は、日本料理店の子どもたちの英語の勉強日。
朝食作りの時間が少ないので「フランスパン(玉子焼き入り)」

今朝はリー君も朝食に参加。「ハイリーホテル」住人全員が
揃う。


昨夜、私の電動バイクがパンクし使用不能となった。
ソンさんのオートバイに乗せてもらい「ハイリーホテル」へ帰る。
今日はベトナム事務所までの交通手段がない。
ベトナム事務所付近にいるリー君に頼み、電動バイクを
「ハイリーホテル」まで乗って来てもらう。

午前9時半、電動バイクでベトナム事務所へ。
リー君はハンナ先生の自転車に乗ってベトナム事務所へ。

バオミンさんと当面の諸問題を話し合う。

午前11時過ぎ、ACCLの渡辺さんや医師の先生方、
日本語教師の皆さん、バオミンさんと「チャオバンカン」
(米の粉とキャッサバの粉の手打ちうどん)を食べに行く。


午後12時半過ぎ、「ハイリーホテル」へ。
昼寝。

読書「与謝野源氏(中)」をやっと読み上げる。
「御法(みのり)の巻」  源氏の妻「紫の上」の死去。
「まぼろしの巻」 紫の上の死去、1年間、妻の死を悲しむ
          生活をする。出家の準備を始める。
「雲隠れの巻」 この巻は、何も書かれていない。
          推測では源氏の死去を意味する
「与謝野源氏(下)を読み始める。
「匂宮(においみや)」の巻
          冒頭で「光宮がおかくれになったあとに・・・」
          とあり、源氏の死去が分かる。 
          「雲隠れの巻」の意味もこれで分かる。

午後5時、ベトナム事務所へ。
午後5時半、ACCLの皆さんが帰国。フエ空港へ。
ホテルまで行き見送りをする。バオミンさんが
空港まで送っていく。
10日間近く、実際にフエ中央病院小児科「小児白血病病棟」
ACCL支援の日本人医師が実際に入り、診療を行った。
ベトナム側の診療についての実態を知り、小児白血病患者の
存命率を一層高めるための方策を知ることが出来た。
ACCLは小児科長・病院長へいくつかの提案を行い、
改善を約束してもらっている。
こうして実際に現場を見て、ベトナム側の医師と協力しながら
現実を踏まえて改善施策を行うことこと、私たちがめざす
海外支援のあり方である。そうした意味では、ACCLの
小児白血病支援のプロジェクトは大きな意味のあるものである。

ACCLの皆さんを見送り、ベトナム事務所へ帰る途中、
リー君がみやげ物店の赤ちゃんを抱いて遊んでやっていた。
なかなか心優しい若者ではある。

午後6時、地球の歩き方ツアー(10人)の皆さんが
日本料理店に到着。ベトナム事務所スタッフとの交流夕食会。
ベトナム事務所側は私、税田さん、ハンナ先生、千草先生、
いぶき先生、ソンさん。遅れてバオミンさん。


税田さんの司会で交流夕食会は始まる。リー君もサポート。

ニー店長のメニュー説明

スタディーツアー団長の音頭で乾杯

日本人スタッフやバオミンさんも交えて交流

ソンさんは、フリースペースの皆さんと一緒に「子どもの家」で
ホームステー。



約3時間の交流。

最後に日本料理店スタッフの自己紹介

日本料理店前で全員で記念写真


地球の歩き方スタディーツアーの皆さんは明日観光をし、
午後1時頃の飛行機でホーチミン市へ行く。

午後9時過ぎ、日本料理店の片づけを行い、護送船団方式で
「ハイリーホテル」帰る。

投稿者 koyama : 18:08 | コメント (0)

2008年03月28日

フリースペース講演会と夕食会

晴天   真夏

午後2時の気温30度。湿度60%

急に気温が上がり真夏になる。

午前7時朝食。


フォーティウ(芋の粉メン)


今日からいぶき先生も朝食に参加。
「昨夜は眠れましたか?」の質問に「爆睡した」とのこと。
一安心。


リー君は午前7時前に外出したとのこと。

午前7時30分、ベトナム事務所へ。
徒歩、バオミンホテルへ。フリースペースの皆さん(10人)
の出迎え。ハンさんも来て、皆さんと一緒に「子どもの家」へ。


「子どもの家」へ到着。ハンさんが施設案内。

午前9時半、私の講演。テーマは「人生」。

午前10時50分から「子どもの家」の子どもたちとの
文化交流会。


セン運営委員長の歓迎の挨拶

子どもたちの歓迎の踊り


フリースペースの皆さんの歌。


フリースペースの出し物を鑑賞する男子


午前11時50分。「ハイリーホテル」へ戻る。
昼食。既に皆さんはほぼ昼食を終わっていたい。
リー君は、バオミンさんと一緒に地球の歩き方スタディーツアー
の皆さんを案内して「ナムドン山岳地帯」へ。

昼食は「茹でた野菜」「インゲン炒め」


午後12時半、昼寝。

午後2時、読書「与謝野源氏(中)」
夕霧1 夕霧2

夕霧は源氏の子ども。左大臣。葵の上との間に出来たこども。
源氏の友人左大臣の息子頭の中将の娘「雲居雁」と結婚。
源氏の妻「葵の上」は頭中将と兄弟。
夕霧は友人の柏木が死に、その奥さんの「落ち葉宮」に
恋をしてしまう。

午後4時半、ベトナム事務所へ。

午後5時過ぎナムドン山岳地帯へ行っていた地球の歩き方ツアー
の皆さんがベトナム事務所3階の刺繍土産門店へ買い物


午後6時半、フリースペース(10人)の皆さんと夕食会
小山・ソン参加。体調を壊した人も回復。全員揃っての
夕食懇談会となった。

同時刻、バオミンさん・税田さんは、ACCLの渡辺さんたちと
フエ中央病院小児科との懇談夕食会に参加。

フリースペース夕食懇親会乾杯


ホンニー店長のメニュー紹介

夕食懇親会の最後。日本料理店スタッフ自己紹介。


午後8時半過ぎ、夕食懇親会終了。
その後、子どもたちと日本料理店の片付け。

午後9時頃、子どもたちと「ハイリーホテル」へ帰ろうとしたが、
私の電動バイクがパンク。
バオミンホテルまで持って行き、ソン君のオートバイで
「ハイリーホテル」へ帰る。
「ハイリーホテル」では既に帰っていたリー君が「飲み会」
の準備。ハイ君、千草先生・ハンナ先生も入り、反省会。
その後、税田さんも戻り、反省懇親会。いぶき先生は
疲れて部屋へ戻る。

投稿者 koyama : 16:59 | コメント (0)

2008年03月27日

新任日本語教師いぶき先生フエ着:フリースペースフエ到着

終日曇り

午前6時半 気温22度 湿度92%
午後12時 気温26度

昨日午後から寝ていた。
今朝は大分楽になった。

午前7時朝食。

今朝はリー君、不明。
食事はチャオバンカン(小麦粉の手打ちうどん)

幸い、今日は1日仕事が入っていない。
体調が完全ではないが、部屋の掃除、洗濯、部屋の荷物の
片付け。
たくさんの受信メールを読み、必要なメールへの返信。
月刊教育雑誌「子どもと教育」5月号の校正。
いくつかの部分を訂正し出版社へ送る。
これで6ヶ月の原稿執筆を終了。


午前11時半、昼食。

魚の丸ごとスープ


今日の昼食は少人数となった。皆さん、それぞれ他の仕事あり。


昼食後、やはり体がだるい。横になる。
昼寝。

午後2時半読書「与謝野源氏(中)」
(柏木の巻) 
源氏の庇護の下、妻になった天皇の娘『女三の宮」
と柏木(衛門督)との不義で子どもが生まれる。
源氏は、その事実を知るが、黙って我が子として
育てる。柏木は、お世話になっている源氏を欺いた
ことに心を痛め、ついには、悶死。

(横笛の巻)読了

夕方、バオミンさんから電話。
「フリースペース」スタディーツアーのフエ到着時刻が
変更になったとのこと。午後4時20分フエ空港到着の
予定でバオミンさんはフエ空港へ出迎えに行っていたが、
午後6時20分着とのこと。

午後7時、飛行機30分遅れで新任日本語教師
「いぶき先生」着任。税田さん・ソンさんがフエ空港へ出迎えに。
空港から「ハイリーホテル」へ直行。ホテルで
荷物の整理をして午後8時過ぎ、日本料理店で夕食。
私、千草先生・ハンナ先生・税田さん・ソンさん・ミンさん
の6人で歓迎夕食会。

いぶき先生のフエに着いて初めての食事は日本料理店


午後9時過ぎ、夕食会を終了。「ハイリーホテル」。


投稿者 koyama : 18:13 | コメント (0)

2008年03月26日

フエ「解放」33周年:フエ中央中央病院院長懇談:地球の歩き方講演会

終日雨・曇り

気温22度。寒い

朝、体がだるい。悪寒。

今日は1975年3月26日、北ベトナム軍がフエに入り
フエ「解放」33周年記念日。あれから33年たったのだ。

午前7時朝食。
フォーティウ(芋の粉の麺)


久しぶりにリー君が朝食に参加

朝食後直ぐに「ハイリーホテル」を出てベトナム事務所。
午前7時30分過ぎ、ベトナム事務所でバオミンさんと
合流。フエ中央病院へ。

フエ中央病院院長と渡辺和代さんたちACCLの
皆さんとの懇談に同席。バオミンさんは通訳。

渡辺さんACCLや国立ガンセンター辻医師・荒木医師の皆さんは
長い人で1週間、フエ中央病院小児科病棟で小児白血病の治療
を行った。
今回帰国にあたり、1週間の体験で得たいくつかの助言を
フエ中央病院院長に行った。
①血液担当とガン担当の分離ーー小児白血病だけの病室を作って
                      欲しい。
 ●院長は同意

②病室を「暖かく・きれいにして欲しい

 ●院長同意

③テレビ電話で日本の国立ガンセンターと交流・会話を
 したい。 毎週木曜日。
 ●院長同意

④小児白血病病棟にエヤコンをつけて欲しい
 ●院長回答 特別の部屋しか付けられない。財政問題。
         小児白血病棟の特別の患者用にエヤコン
         設置を考える。

⑤ベトナム中部小児白血病患者父母の会
  ●院長回答  組織としては認めない。クラブ的なものなら
            求める。基本的には、国家が組織として認める
            ことがあれば認めるが・・・・。

⑥小児白血病の治療
  緊急に必要な薬が病院にない。病院の外では売っている。
  何とかして欲しい。
  ●院長回答  病院のお金がない。高価な薬は病院長が
            使用の許諾を管理する。
            特別必要な薬の使用については考える。

午前8時から午前9時過ぎまで懇談。

その後、急いでバオミンさんのオートバイで「子どもの家」へ。

「子どもの家」では「子どもの家」スタッフのキムアインさんが
ターオさん(小2)の国語の勉強を教えていた。

午前9時半から1時間、講演。体調を崩し、声が出ない。
何とかマイクを使い1時間話す。


午前10時半から「子どもの家」の子どもたちの歓迎・交流会。

セン運営委員長の歓迎の挨拶。通訳はクアンさん。

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子どもたちの歓迎の踊り


地球の歩き方スタディーツアー参加者の歌

午前11時過ぎ、「子どもの家」を後に昼食レストランへ。
フォーザオ(フォ炒め)


午後12時過ぎ、「ハイリーホテル」へ帰る。
体調不良。そのまま「ハイリーホテル」で寝る。
夕方も倦怠感あり。
日本料理店に夕食を食べに行ったハイ君に
夕食を「TAKE OUT]で持ってきてもらう。
「ハイリーホテル」で夕食。

悲しいかな体力がなくなった。物があまり食べられなくなった。
人間の自然の「現象」ではあるが。

投稿者 koyama : 20:38 | コメント (0)

2008年03月25日

ベトナム中部小児白血病父母の会総会

晴天             休肝日

気温26度。

午前6時過ぎ、太陽が地平線から上ってきた。

午前7時朝食。

インスタントラーメン。(1つ10円程度)

りー君は午前6時半に「ハイリーホテル」を外出。所在不明。

午前8時半、ベトナム事務所。
明日はベトナム戦争終結時、フエ市が「解放」されて33周年の
記念日。
フエ「解放」33周年記念を祝って、女子大生のマラソン大会
が行われた。ベトナム事務所前を通過。既に相当へばっている
学生がいる。救急車に救助されている学生も。
普段あまり走っていない学生を『動員』しての記念マラソン大会
だったのだろう。


午前8時半過ぎからバオミンさん・税田さんと当面の日程等の
打ち合わせ。2時間

「ハイリーホテル」へ戻り昼食。

モツ煮物、茹でた空芯菜、パイナップルと豚肉すり身のスープ

昼食にもリー君は来なかった。



午後12時半、昼寝。少し寒気がする。

午後1時30分「ハイリーホテル」を出て、ベトナム事務所。
ベトナム事務所でバオミンさんと合流し、フエ中央病院へ。

午後2時過ぎ、『ベトナム中部小児白血病父母の会総会』が
行われた。渡辺さんが代表を勤める「ACCL」支援。
会場はフエ中央病院小児科会議室。



小児白血病父母の会会長の挨拶

父母の会はフエだけではなく、フエの北クアンチ、南のダナン、
ホーチミン市に近いダックラック省など17の省にわたっている。
今日数十人の参加。
ACCLが患者の子どもたちの治療のためにフエ中央病院に
来る交通費の支援、薬の支援などを行っている。
ベトナム中部で小児白血病の治療が出来るのはフエ中央病院
の小児科(アメリカのNGOの支援建設)だけ。
小児白血病は発病から6ヶ月ほどはかなり集中した治療を
行い、その後、20ヶ月ほどは、定期的に薬を使いながら
治療を進める。完治する病気である。ベトナム中部では
有効な薬が高いこと、少ない事、患者が治療を継続しないこと
など様々なもんだいがある。
渡辺さんたちACCLは、フエ中央病院小児科医師と協力し
死亡率の減少をめざすプロジェクトを行っている。

国立がんセンターの辻医師・荒木医師が、小児白血病の
子どもたちや親に「病気の説明」「生活の注意」などを
プロジェクターを使って説明した。

渡辺さんも生活の注意、白血病は治る病気である事、
日本の多くの子どもたちが、時間をかけて治療を行い、
普通の社会生活を送っていることを説明し、子どもたちや
親を励ました。


日本の小児白血病の患者の子どもたちから千羽鶴が送られた。

午後4時、総会は終了。

全員写真を撮る。

午後4時半、ベトナム事務所へ。
寒気と倦怠感が強まる。風邪か? ベトナム事務所で
1時間ほど横になる。

午後5時半、日本料理店夕食。リー君もやって来た。

夕食は野菜サラダ、魚の煮物、

午後6時半、日本料理店開店。
早速、インドネシア人2人が来店。続いて欧米系2人。
午後7時半過ぎ、更に欧米系2人。
午後8時過ぎ、2人の欧米系。

今日の来客は8人。
午後9時閉店。

護送船団帰途、雨。

ベトナム事務所のハンさん、日本語教師のゴックさんも
私と同じ症状だとのこと。

「ハイリーホテル」に戻り、直ぐ横になる。かなりだるい。
口内炎が4つ。

投稿者 koyama : 20:54 | コメント (0)

2008年03月24日

フエ高等師範大学長懇談:フエ中央病院小児科懇談

曇り                休肝日  
 
気温22度。湿度55%。
かなり寒く感じる。扁桃腺付近が少し痛い。風邪の前兆か?

午前7時朝食。

チャオバンカン(小麦粉の手打ちうどん)

リー君は今朝も早朝外出。



ハイ君が体調崩す。薬を上げる。ハイ君は部屋で頭痛がすると
言って寝ていた。水と薬を持っていく。薬の飲み方を教える。


午前8時半、ベトナム事務所へ。
午前9時、フエ高等師範大学学長と懇談。


午前10時、フエ中央病院小児科で元医長のフオン先生、
ACCL代表の渡辺さん、辻医師と懇談。今後の小児白血病
の存命期間を更に長くする取り組み、患者の死亡率50%を
大幅に削減する取り組みなどなどを話し合う。
3月28日、小児白血病父母の会を開催するなどを話し合う。


午後12時前に「ハイリーホテル」へ戻る。
昼食。既に皆さんは食事を済ませていた。
アヒルの玉子焼き、野菜スープ、空芯菜のニンニク・唐辛子炒め

午後1時、昼寝。
読書「与謝野源氏(中)「若菜(下)」を読み終える。
衛門督(えもんのかみ)の『不倫』と悩み。
源氏の対応。
「柏木」を読み始める。

渡辺さんなど何人かから電話。

午後4時ベトナム事務所。
ピースインツアーへ電話。スタディーツアーの打ち合わせ。

午後5時半夕食。



「豚肉・海老塩辛」脂を落とした豚肉を海老の塩辛につけて食べる
「油揚げの甘辛煮」
「牛すじ煮込み」
「野菜スープ」


午後6時半、日本料理店開店。

フランス人4人。
オーストラリア人5人は、ガイドブック「ロンリープラネット」
を見て来たとのこと。私と話したいといわれ、色々と質問された。
一緒に写真を撮って欲しいと言われ、写真を撮る。


厨房は注文で大忙し。

テンプラ定食。

注文の「寿司」を握る。軍艦巻きも。

今日は9人の来客。

午後9時過ぎ、護送船団方式で「ハイリーホテル」へ帰宅。

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3月20日(木)夜、日本料理店付近で倒れたイギリス人。
フエ中央病院で亡くなられた。心臓の持病があったとのこと。
心からご冥福をお祈りする。

投稿者 koyama : 10:15 | コメント (0)

2008年03月23日

休日

深夜から明け方にかけて「雷雨」。ひどい稲光が近くでする。
近くで落雷。
このまま推移すると私たちの「ハイリーホテル」にも
雷が落ちるのではとの危惧。

隣の空き部屋には水が入り込み、水浸し。

午前9時半、バオミンさんが「ハイリーホテル」へやって来る。
27日に日本語学校教師として赴任するいぶき先生用の
冷蔵庫を購入してきてくれた。

しばらく雑談。「ハイリーホテル」1階には、税田さん、バオミンさん
リー君、ハイ君。

午前10時。リー君・ハイ君と雨の中、「ブランチ」を近くの大衆食堂に
食べに行く。


既に2組、5人ほどの若者が来店。ビールや焼酎を飲んでいたい。
隣の席に座っている若者は、フエ大学の学生とのこと。
ハイ君に「この人は韓国人か?」と聞いている。
「この人はベトナムが話せるのか?」との質問に、ハイ君は
「少し」と答えていた。


トリ鍋でビールを10本飲む。



海鮮鍋にブン(米の麺)を入れて食事。牛肉、魚、海老、野菜。


海鮮鍋の汁と具にブン(米の麺)を入れた「つけめん」。
出汁(だし)がしっかり出ていて本当に美味しい。


リー君は新しく買った携帯電話をなんどもかけていた。
「子どもの家」の子どもたちも携帯電話を持つ時代になって
きたのである。「経済発展」の中の貧困。格差社会。
「物の豊かさ」「物を持つことへの憧れ」=幸せ
という価値観が蔓延しつつある社会でもある。


大衆食堂のオーナーを呼んで一緒に飲む。


久しぶりにリー君・ハイ君と飲みながら「ブランチ」。
ハイ君の生い立ちを聞いてみた。
父親はシクロの運転手。15年前に亡くなったとのこと。
ハイ君7歳。9年前に路上の物売りをしていた母親も
亡くなる。既に両親はいない。弟は「子どもの家」で
靴の修理の研修中。二人の妹はホーチミン市で
尼さんになっているという。
ハイ君は「子どもの家」や私たちに頼る以外にない。
ハイ君の生い立ちを考えると可哀想ではある。
しかし、自分の力で生きていかなければならない。
「ハイリーホテル」の警備員としての仕事をしっかりと
行い、給料をもらうということは、必要なこと。


午前11時半、「ハイリーホテル」に帰り、昼寝。

「ハイリーホテル」のパソコンの調子が悪い。
日記やインターネットが出来ない。


「与謝野源氏(中)」を読む。

ベトナムの「子どもの家」作品展実行委員会主催の
「子どもの家」の絵画等の作品展が開かれる。
kiku-mk@mtc.biglobe.ne.jp(菊)

2008年4月20日(日)~26日(土)
札幌市中央区民センター
後援は札幌市  札幌市教育委員会  独立行政法人 国際協力機構(JICA)
財団法人 札幌国際プラザ  北海道新聞社  HBC北海道放送
TVhテレビ北海道   STV札幌テレビ放送 HTB北海道テレビ放送

札幌周辺にお知り合いの方がいらっしゃいましたら
情報を伝えて頂ければ幸いである。

(以下をクリックすると作品展のポスターが出ます)

Download file


投稿者 koyama : 19:28 | コメント (0)

2008年03月22日

ACCL懇談:地球の歩き方スタディーツアー晩餐会

晴天

午前6時過ぎ、地平線から太陽が顔を出す。

午前7時、朝食。フランスパン(玉子焼き入り)

リー君は午前6時に「ハイリーホテル」を出てどこかへ消えた。

午前8時、ベトナム事務所へ。
ACCLの渡辺さんと懇談。今後の小児白血病支援の
進め方について。3月24日(月)A10中央病院小児科で
話し合い。 25日(火)午後2時、「ベトナム中部小児白血病
父母の会」開催。

渡辺さんはJASS里親会費の担当者でもある。
この10数年間、里親への連絡、会費の徴収を行ってくれてきた。
今回は2008年度里親会費の残金を持って来てくれた。

午前10時。バオミンさん・税田さんと当面の諸問題について
協議。「縫製研修センター」ミシン搬入結果。今後の
「縫製研修センター」の運営の進め方などを協議。

今日は地球の歩き方スタディーツアーはグエンフエ高校交流。
「子どもの家」での交流。
大学生協スタディーツアーは農村ホームステーから帰り、飛行場へ。

大学生協で体調を崩す人が出る。フエ中央病院で診察。
今回の大学生協スタディーツアーでは3人目のフエ中央病院
診療となる。

今日はスタディーツアーなど様々な取り組みがあり大忙し。

午前11時半、「ハイリーホテル」で昼食。

久しぶりでリー君が昼食参加。また、仕事に対して
前向きな姿勢になって来た現われか?

昼食は、インゲン炒め、茹で野菜、野菜・豆腐のスープ

午後1時昼寝。

午後2時から読書。
「与謝野源氏(中)」。

午後5時ベトナム事務所へ。

午後6時から地球の歩き方スタディーツアーとの晩餐会。
地球の歩き方16人、私、税田さん、ハンナ先生、千草先生。
(バオミンさんは体調を崩す。38度もの発熱)

参加者団長の乾杯の音頭。

晩餐会参加者全員で乾杯。

店長・副店長から「本日のメニュー」の紹介。

午後8時半まで会食・交流が進む。地球の歩き方スタディーツアー
参加者とJASSベトナム事務所員との交流が続く。

最後に日本料理店スタッフの紹介。

最後に参加者と日本料理店スタッフとで記念写真


その後、日本料理店スタッフと後片付けをし、午後9時過ぎ
日本料理店を後にする。

午後9時半ごろ、「ハイリーホテル」へ到着。
リー君から「先生、今晩一杯飲みましょう」との呼びかけあり。
久しぶりに皆で飲む。



投稿者 koyama : 10:09 | コメント (0)

2008年03月21日

地球の歩き方ツアーナムドンへ:縫製研修センター用のミシン到着

晴天

午前5時半目が覚める。30分ほど起きられずにいる。
今朝も電気湯沸かし器の調子が悪い。

朝からひどい頭痛。倦怠感。まだ、本調子ではない。
バオミンさん、税田さんも日本語教師のみなさんをはじめ
ベトナム事務所員はかなり疲労が溜まっている。

午前7時朝食。
キャッサバ芋のチャオバンカン


今朝もリー君は午前6時に「ハイリーホテル」を出て
どこかへ消える。


午前9時過ぎ、ベトナム事務所へ。
昨日、ダナン税関から連絡あり。宇都宮縫製工業組合から寄贈された
78台のミシン類がダナンに届き、フエの縫製研修センターへ運搬する、
40フィートのコンテナに入れてくるとのこと。
40フィートのコンテナは最大のコンテナ。
縫製研修センターは、ユネスコの世界文化遺産内にある。
王宮に入らなければならない。王宮に入るのには
途中にあるいくつかの小さな古い橋をわたる。40フィートの
コンテナを積んだトレーラーは、王宮にかかっている橋を
わたれない。当然、警察の許可がいる。
突然のミシン運搬の連絡。
今日、地球の歩き方ツアーでナムドンへいく予定だった
ミンさんはミシンの受け取りに行き、代わりに私が
ナムドンに行くことにした。

ベトナム事務所出発は9時30分。
ベトナム事務所1階の日本料理店でリー君が何やら
手紙を書いているとのこと。しばらく2階の会議室で待つ。
噂では、日本料理店退職願を書いて、私に渡したいと
言っているとのこと。ベトナム事務所出発の9時半を過ぎる。
地球の歩き方ツアーが待っているホテルには、千草先生
に行ってもらい、午前10時に地球の歩き方ツアーの皆さんが
ベトナム事務所にきてもらうようにした。時間がない。

リー君は手書きで長文の文章を書いて2階会議室に持ってきた。
バオミンさんを呼んで翻訳してもらう。
要旨は以下のよう。
「僕は小山さんたちJASSのお陰で大きくなった。その間、
色々と迷惑をかけた。小山さんをはじめJASSに感謝している。
今回、僕は、日本料理店のスタッフに暴力を振るってしまった。
もう、JASS日本料理店の店員、JASSの関係者でいることは、
JASSに迷惑をかけることになる。僕は既にJASSにいられない
人間だ。今日を限りに日本料理店を退職する。お世話様に
なりました。」

私から「今までリー君は確かに色々と問題を起こした。
しかし、この数年、人間もしっかりしてきた。仕事も以前より
しっかりとやるようになった。今回は日本料理店の女子スタッフ
に暴力を振るった。このことは、絶対に許せないことだ。
だから、暴力を振るったという事に対して処分をした。
月給10%カット1ヶ月、出勤促進処分、但し、ナムドン行きを
2回停止という内容だ。これは、暴力をふるったことに対しての
処罰である。リー君の日本料理店での仕事全体への評価ではない。
最近は接客もしっかりとやってくれている。色々問題はあるが、
私もバオミンさんもリー君が立派な大人になる事を願っている。
日本料理店を辞めるなどといわずに、暴力に対する処分は
しっかりと受けて、日本料理店での仕事は今後もやってもらいた」
と話す。
リー君は泣き出す。ぼろぼろボロボロと涙を流す。
私は「リー君の暴力は絶対に許せない。そのために処分をした。
同時にリー君の成長に期待している。日本料理店の副店長と
して今後も頑張ってもらいたいと思っている」と話す。
リー君は泣きながら、「これからも日本料理店で働かせて
ください」という。なかなか心の優しい子である。
生まれてからの成長過程でしっかりとした親の躾けと愛情が
あれば、もっと人生を上手く生きていたかもしれない。
様々な問題もリー君だけの責任ではないと思うが、
既に20歳。全ての言動はリー君の個人責任となるという
こともしっかりと理解させなければならない。
リー君だけならば、まだ対処はしやすいのだが、
父親と母親が突然現れ、父親はリー君の月給日頃やってきて
何がしかのお金を無心する。母親は、リー君を老後の
「安全保障」のために引き取り、働かせようとの魂胆を
もっている。数日前に母親はフエにやって来て、
リー君に会い、多額のお金を上げている。リー君は
そのお金で携帯電話を買い、皆に見せびらかしていた。
こうして、10数年も「音沙汰のなかった」両親が
突然現れ、リー君を「利用」しようとしている。
それぞれ再婚しているとは言え、リー君にとっては
両親である。両親が出没する度にリー君は動揺し、
心が乱れ、生活が混乱する。リー君問題の半分以上は
無責任・自分勝手な両親の責任である。
JASSとしては、リー君の立場に立ち、同時に甘やかせず、
愛情と厳しさをもって付き合っていく必要がある。
リー君がどんなことをしても、何があってもけして
「切り捨てない」という強い気持ちをJASSは持たなければ
ならない。口先だけの支援などは意味がない。こちらも
体を張って、真剣にリー君と付き合って行くことが求められ
ているように思う。たった一人の人間との付き合いでは
あるが、それでもリー君にとってはたった一度の人生である。
幸せに生きて行って欲しいと思うのは私だけではないと
思う。

私は、地球の歩き方スタディーツアーと一緒に行くナムドン山岳地帯
に行く時間が来たので、バオミンさんに『「縫製研修センター」ミシンの
受け取り業務にリー君も連れて言って欲しい』と話す。

午前10時、ベトナム事務所前を出発して地球の歩き方スタディーツアー
はナムドン山岳地帯へ。クアンさんと千草先生と。


午後1時過ぎ、ナムドン山岳地帯のカトゥー族の村「フオン・ロー村」
へ到着。


支援物資を持って交流会場へ。



スタディーツアー参加者から支援物資を贈呈。


地球の歩き方スタディーツアーの出し物
「ふるさと」重唱


カトゥー族の皆さんと交流




交流会の途中、2回宇都宮縫製工業組合理事長より電話。


最後にカトゥー族の皆さんの手料理で交流


午後3時半交流会を終了。全員で記念撮影

午後5時過ぎ、ベトナム事務所へ到着。
ベトナム事務所3階の刺繍みやげ物店で刺繍の買い物。

ベトナム事務所で横になる。

午後6時、ベトナム事務所を出て「ハイリーホテル」へ帰る。
午後6時45分、バオミンさんから電話。
宇都宮縫製工業組合からのミシンの受け取りほぼ完了との
こと。これからリー君と一緒に「縫製研修センター」に
入ったミシンなどの数量を確認するとのこと。

今日は朝から夜まで色々と問題があった。
本当に疲れた。

投稿者 koyama : 19:13 | コメント (0)

2008年03月20日

ACCLフエ中央病院小児科交流:大学生協晩餐会

晴天

気温30度。湿度55%(午前11時)

今日は朝から太陽が出て、気温も30度。
それでも寒気を感じた。やはり体調が少し不良。

午前5時起床。
昨夜、洗濯機に入れておいた洗濯物が
完全に乾燥されていなかった。かなり水っぽい。
部屋に生乾きの洗濯物を干す。

午前7時朝食。
キャッサバ芋を粉にしたチャオバンカン。

リー君は午前6時半に「ハイリーホテル」を出て
市内の喫茶店へ行ったとのこと。


午前7時45分、「ハイリーホテル」を出てベトナム事務所へ。
午前8時、ACCLの渡辺さん、国立がんセンターの辻先生
と合流。
フエ中央病院小児科へ。渡辺さん、辻先生は今日から
10日間、フエ中央病院小児科の小児白血病病棟に
常駐し、小児白血病の治療、成績向上のための技量を
ベトナム人医師と一緒に指導・研究する。
2007年度のフエ中央病院小児科の小児白血病の死亡率は
50%。日本は20%弱とのこと。
極端に死亡率の高いフエ中央病院での小児白血病の治療を
ベトナム人医師と共同で行い、その中で死亡率の高い原因を
見つけ、改善することが今回のフエ訪問の目的。
ACCL(アジア・チャイルド・ケア・リーグ)は、フエ・ベトナム中部の
小児白血病の死亡率を引くするプロジェクトを実施している。

今日はフエ中央病院小児科にベトナム中部各省の病院から
派遣されている小児科医師で修士・博士号を取るためのフエに
来て勉強している先生方と中央病院小児科医師との合同打ち合わせ会。
全員で110人。中央病院小児科は30人。


渡辺さん、辻先生、私、バオミンが全体会で紹介される。


ACCL代表の渡辺さんが挨拶。


新旧医長の挨拶

その後、小児科医長室で『小児白血病』担当医師、
新旧小児科医長と10日間の小児科滞在中の様々な
打ち合わせを行う。


午前11時半、「ハイリーホテル」で昼食。


昼食は「貝の煮付け」「油揚げのサラダ」「パイナップルスープ」。


久々にリー君が昼食を摂る。昨日の暴力事件での処分を
受けて、少し生活態度を自粛しているのか?
今日は、真面目な態度に見えなくもないと言えるのかどうか
と言って良いのかどうかは分からないという人の意見を
あながち否定はできないとは思うのだが・・・・・・。


午後12時過ぎから昼寝。
まだ体調は完全にまでは復活していないが、仕事は出来る。
食事をしっかりとして、横になって休める時は休むという
2原則を実行中。

午後2時半頃、ナムドン山岳地帯で少数民族と交流している
税田さんから電話。大学生協ツアーの添乗員さんが体調を
崩し、39度ほどの熱があるとのこと。
税田さんと電話で話し合って、夕方フエに戻ったら
その足でフエ中央病院へ行き診察してもらうということに
した。バオミンさんにも連絡。バオミンさんも38度超の熱が
あり体調を崩している。ベトナム事務所で仕事をしていた。
バオミンさんに帰宅するよう促す。要人との訪日、春の
スタディーツアーの受け入れなど忙しく過ごしている。
若いとは言え、やはり無理に無理を重ねているのだ。
仕事以外にも不必要な用件で相当エネルギーを
「浪費」している。早く、体調を回復して欲しい。
今日は、仕事をストップして帰宅した。
家で薬を飲んでいるとのこと。

ナムドンに税田さんと一緒に行っているソン君が、
体調不良の添乗員さんを病院に連れて行くことにした。

地球の歩き方ツアーには、ハンさんとクアンさん。
日本語学校はハンナ先生・千草先生・ゴック先生と
ベトナム事務所は、総力を上げてスタディーツアー・日本語学校
などへの対応を行っている。

午後5時過ぎ、大学生協スタディーツアーがホテルへ戻る。
ソン君が添乗員さんを連れて病院へ。スタディーツアー参加者の
対応は税田さんが行う。

午後5時半。バオミンさんから電話。
添乗員さんをフエ中央病院へ連れて行ったソンさんから
バオミンさんに電話あり。
JICAが作った新しいフエ中央病院へ添乗員さんを連れて行った。
熱があり、短時間ベッドで休息したそうだ。
医師は「休息料」として100ドルを要求。ソンさんは、対処に困り
バオミンさんに電話をしてきたという訳である。
JICA支援の実態である。冷房完備の立派な病院の箱物は
作ったが、運営は、ベトナム側がするという「支援方式」。
結局、ベトナム側はお金がないので、患者から法外なお金を
取る事で病院運営をせざるを得ない。リー君のナイフ刺傷事件の
際もリー君は医師から「お前いくら持っている」と聞かれ、
800円というと、7針縫っただけで追い返されてしまった。
翌日、私たちが協力しているフエ市立病院へ行き、消毒と
化膿止などの薬をもらい、3日間の通院治療をした。
仕方がないので、フエ中央病院の幹部に電話。
事情を話し、常識的な料金にさせる。
ベッドで若干の時間休息しただけで1万円ものベッド料を
取るのは法外である。治療費・薬代は別なのである。

雑誌「子どもと教育」5月号の原稿と11枚の写真を出版社に
送る。6ヶ月間の契約。今回が6回目の原稿。最終号となった。
1回4000字の原稿。たいしたことはないと思い受けたのだが、
1ヶ月が直ぐにやって来て、結構、精神的なストレスになった。


午後6時。全国大学生協スタディーツアーの皆さんと
ベトナム事務所員との交流晩餐会。
スタディーツアーからは11人の参加者。ベトナム事務所は
小山・税田・ハンナ。

ホンニー店長がメニューを紹介


午後8時半過ぎ、日本料理店スタッフの紹介。

午後9時前、大学生協スタディーツアーの夕食会終了。
税田さんが皆さんを案内して徒歩でホテルへ。
私がベトナム事務所で帰宅の準備。

税田さんから電話。日本料理店をちょっと出た所で
外国人が血を流して倒れているとのこと。
急いで現場へ行く。70歳代のイギリス人男性が
大量の血を流して倒れていた。数十人のベトナム人が回りを
取り囲んでいる。

ドイツ人の青年が倒れた英国人の面倒を見ていた。
私は現場に着き、ベトナム語で「事情を知っている人」と
大声で聞いてみた。一人のベトナム人が来て、
自分はホイアンから来た観光ガイドだ。
倒れたイギリス人はフォンザンホテルに泊まっている。
奥さんもホテルにいるという。
そのうち、ベトナム人の誰かが救急車を呼んだらしく、
救急車が来る。急いでストレッチャーに乗せ、
フエ中央病院へ運ぶ。
私とドイツ人青年、ホイアンガイドの3人でフォンザンホテル
フロントへ行き、奥さんを呼び出す。
奥さんと友人が3人が出てくる。ベトナム人ガイドも一緒に。
奥さんに夫の症状とフエ中央病院に行ったことを話す。
ベトナム人ガイドに「急いでフエ中央病院へ行くように」話す。
奥さんに旦那の様子を手短に説明する。意識はあること、
倒れてお尻を打って大量の出血をしていること。
時々、意識が薄れていることなどを話す。
タクシーを呼ぶ。奥さんと仲間、ガイドがタクシーでフエ中央病院
へ行く。
残ったドイツ青年と簡単な会話。ドイツ青年は偶然英国人が
倒れた場所を通りかかったとのこと。黙って通り過ぎることも
出来ず、英国人に声をかけていたとのこと。
ドイツ青年のシャツは血で真っ赤。腕も血だらけ。
韓国人か?と聞かれたので、日本人だ。ストリートチルドレン
や障害児支援のNGOをしている。近くで日本料理店も
やっていると話す。
ドイツ青年は、仲間がいるので帰るといい、協力してくれて
ありがとうと英語で挨拶をして帰って行った。

ドイツ青年、ホイアンのベトナム人ガイド、救急車を呼んだ
ベトナム人、だれもお金とか名誉とかに関係なく、
一人の人間の生命に関わる重大事を目の前にして
黙っていられず、何らかの行動をとったのである。
英国人の出血昏倒事件を通して、人間の本質に
他人が困っている状況を見たら黙っていられないという
DNAがあることがはっきりと分かった。
国籍は色々だが、人間の命の瀬戸際にあるとき、
人間は自分のできることをしたいと思うのである。
私に電話をしてくれた税田さんも黙っていられない
人間である。
多くの人間の善意でこの英国人の命が救われることを
願っている。

午後9時過ぎ、ホンニー、トウオイ、ハンナ、千草の
皆さんと「ハイリーホテル」へ。税田さんは日本料理店で
最後の仕事。リー君は税田さんを守って「ハイリーホテル」へ
帰ると言って日本料理店に残る。

午後10時。バオミンさん・ソンさん、が添乗員さんを連れてホテルへ
戻る。税田さんから状況報告。リー君は税田さんの護衛で
税田さんについて「ハイリーホテル」まで帰るという。

投稿者 koyama : 13:06 | コメント (0)

2008年03月19日

地球の歩き方スタディーツアー来訪:ACCL出迎え

晴天 夕方雨

午前6時起床。
再び、電気温水器故障。

午前7時朝食。
インスタントラーメン。

午前7時45分、ベトナム事務所着。
午前8時過ぎ、地球の歩き方スタディーツアーの皆さん
ベトナム事務所訪問。


ベトナム事務所員の紹介。


地球の歩き方の皆さんと一緒に「子どもの家」へ。
バオミンさんの施設案内。

9時30分から10時半まで地球の歩き方スタディーツアーの
皆さんに「子どもの家」・ボランティアなどについて話す。


午前10時半から日越文化交流。


子どもたちの歓迎の歌と踊り


地球の歩き方スタディーツアーの出し物


午前11時過ぎ、レストランで昼食

フォーサオ(フォー炒め)。私はチャーハン。半分ほど食べる。

昨日のリー君の暴行事件。被害者のTさんの家へ電話。
今日の午後、私とバオミンさんで家まで行き話をしたいと
伝える。Tさんは「私がベトナム事務所へ行く」との話。
午後2時にTさんが日本料理店