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2014年01月31日

ベトナム「テト正月」元日

午前5時、目覚める。空腹を感ずる。

昨夜の夕食で残った『ご飯』で小さな「おにぎり」
を2つ作っておいた。食す。引き続き、寝る。

午前9時、起床。

午前10時頃、バオミンさんから電話。
「家族で新年の挨拶に行く」とのこと。


午前10時過ぎ、バオミンさん一家が来訪。

日本の正月と全く同じ。正装をして、親族などを
訪問する。本来なら、大体、そこで「飲む」そうだ。


長女のアルファーちゃんは、日本で言えば小学校
6年生。(ベトナムでは中1)。英語が大好きとのこと。

学校以外でも英語を習っているとのこと。

弟のベーター君は、小1。算数や理科が好きだとの
こと。

しばらく会わなかったバオミンさんのお子さん。

アルファーちゃんもベーター君も大きく成長しているのに
驚いた。子ども・孫の成長は早いものだ。


アルファーちゃん・ベーター君が小さかった時に
私が写したた写真を上げる。


午後1時。昼食。支援者から頂いた「三輪素麺」を茹でて
冷たくして、豚肉をダシにして「漬け汁」で食べる。
美味しい。


午後3時、「子どもの家」に新年の挨拶に行く。

ベトナムのテト正月の元日。町のお店は
ほとんど1軒も空いていない。

私の愛好する「ビーちゃん」(ビール)がなくなっていた。
途中で買おうと思ったが、お店が開いていない。
町にもあまり人が出ていない。

午後3時のベトナム事務所の前の道。

いつもは、オートバイや車で混雑しているのだが・・・



多くの家庭やお店には、「金銭がたくさん入る」
という「金色=黄色」を玄関に飾る。
多くの家では、「菊」=「黄色」=「金」という訳で
菊を飾る。お金持ちは、「金柑(キンカン)」を飾る。


途中、王宮前を通る。「ベトナム国旗」「ベトナム共産党旗」
などを「生花」で大きく飾っていた。

ベトナム社会主義共和国の国旗(金星紅旗)


ベトナム共産党の「党旗」(鎌=農民、ハンマー=労働者)
ベトナム社会主義共和国は理念上、労働者・農民が同盟を
した労農同盟を基礎とした国家ということになっている。しかし、
労働者と農民が一番貧しい国家でもある。
何もとも「建前と現実が大きく乖離している」ものだ。


2014年 謹賀新年(チュック・ムン・ナン・ムオイ・2014)

途中で、電動バイクの充電が切れてします。足で漕いで
「子どもの家」へ行く。

「子どもの家」の門の中に「子どもの家」卒業生の
フン君がいた。

しばらくして兄弟の「ハイ君」が「子どもの家」に来た。

「子どもの家」には、日本で言えば『門松」にあたる
「金色ー黄色ー菊」が飾られ、「謹賀新年」の
横断幕が飾られていた。

子どもたちの人影が見えない。事務所には、
ロック寮長がいた。事情を聞いてみた。

「子どもたちが、親戚か姉兄の家で正月を過ごしている」
とのこと。子どもたちが出来るだけ、一般家庭での
生活経験をする必要がある。
「子どもの家」での生活は、ある意味では、一般家庭とは
多少異なる日常生活であることは間違いない。

40人弱の子どもたちには、全員、何らかの親戚・
兄弟等がいることが分かった。

この20年で「子どもの家」に入所する子どもたちの
質が大きく変わった。路上で生活している子どもたちは
親や親族が」皆無に近い。
家庭の種々の事情(かなり複雑な事情)で
「子どもの家」に入所する子どもたちがほとんどだ。

親族・兄弟がいても「種々の複雑な事情」で一緒に
いられない子どもたちが入所してきている。

ストリートチルドレン支援→ベトナム社会の変化に
伴って家庭の変化が起こり、その結果「子どもの家」に
入所する子どもたちが多くなったことが分かる。

JASSの子どもたちへの支援は、ワンパターンの支援では
ない。その時々のベトナムの社会事情に合わせての
支援である。

「子どもの家」卒業生の「ハイ・フン君」が「子どもの家」に
遊びに来ていた、というのか、お正月行くところがない
卒業生だ。行くところは、「子どもの家」だけなのだ。

「子どもの家」からの帰り。電動バイクの電力が切れて
漕いで帰宅。かなり、エネルギーを使う。いい運動になる。

フースン橋からラオス方面を見た。


典型的なベトナムの正月の飾りをしたホテル
「モーリンホテル」

いくつかのメール受信。

20年前にフエに来た頃は、「爆竹」を使っていた。
一晩中、うるさくて眠れなかったが、爆竹が禁止され
静かな「テト正月」である。


投稿者 koyama : 21:16 | コメント (0)

2014年01月30日

読書録

読書録

2013年 読書録

1月
① 「オウム事件 17年目の告白」(上祐史浩著:有田芳生検証)
扶桑社
② 「老兵は死なず 野中広務 全回顧録」(文春文庫)
2月
③ 「アメリカ黒人の歴史」(本田創造著:岩波新書)
④ 「般若心経」(佐々木閑著 NHKテレビテキスト)
3月
⑤ 「昭和のエートス」(内田樹著 文芸春秋)
⑥ 「茜色の空―哲人政治家 大平正芳の生涯」(辻井喬著:文芸春秋)
⑦ 「現代中国の政治―開発独裁とそのゆくえ」(唐亮著 岩波新書)
⑧ 「日本の近現代史をどうみるか」岩波新書編集部著
⑨ 「昭和史 戦後編 半藤一利著」(平凡社)
4月
⑩ 「漢文法基礎―本当に分かる漢文法入門」(加地伸行著:講談社)
⑪ 「新・帝国主義の時代 左巻 情勢分析」(佐藤優著:中公新社)
⑫ 「新・帝国主義の時代 右巻 日本の針路篇」
5月(体調不良で1ヶ月以上寝ていた)
⑬ 「眠れないほど面白い『古事記』」(由良弥生著:三笠書房)
⑭ 「私の体験的ノンフィクション術」(佐野眞一:集英社新書)
⑮ 「照柿(てりがき)(上)」(高村薫著:講談社)
⑯ 「照柿(てりがき)(下)」(高村薫著:講談社)
⑰ 「李欧」(高村薫著:講談社)
⑱ 「讐雨」(堂場舜一著:中公文庫)
⑲ 「卒業」(東野圭吾著:講談社文庫)
⑳ 「よろずや平四郎活人剣(上)」藤沢周平著(文芸春秋)
21 「よろずや平四郎活人剣(下)」藤沢周平著(文芸春秋)
22 「凶刃」(藤沢周平著)(文藝春秋)
23 「雪明かり」(藤沢周平著 講談社)
 24 「本所しぐれ町物語」(藤沢周平著:新潮社)
 25 「漆黒の霧の中で(彫師伊之助捕物覚書)」
(藤沢周平著 新潮社)
26 「大黒屋光太夫(上)」(吉村昭著:毎日新聞社)
27 「大黒屋光太夫(下)」(吉村昭著:毎日新聞社)
6月
28 「白い航跡(上)吉村昭著:講談社」
29 「白い航跡(下)吉村昭著:講談社」

7月
30 「後藤田正晴ー異色官僚政治家の軌跡」
   (保坂正康著中公文庫)
31 「物語 韓国史」(金 両 基 著:中央公論新社)
32 「伊藤博文と安重根」(佐木隆三著:文春文庫)
8月
33 「花柳風俗」(三田村鳶魚著:中公文庫)
34 「北進の系譜」(矢野 暢著:中公新書)
35 「イースラムの心」(黒田壽郎著;中公新書)
36 「ハプスブルク家」(江村洋著:講談社現代親書)
37 「読むだけですっきり分かる世界史 古代編」(後藤武士著 宝島社)
38 「読むだけですっきり分かる世界史 中世編」(同上)
39 「読むだけですっきり分かる世界史 近代編」(同上)
40 「読むだけですっきり分かる世界史 現代編」(同上)

9月 
41「大正デモクラシーの群像」(松尾尊よし著:岩波書店)
42「世の中ついでにいきてたい」(古今亭志ん朝:河出新社)
43「歴史認識2を問い直す・靖国・慰安婦・領土問題」
   (東郷和彦著 角川)
44「ユダヤ人の教養」(筑摩新書)

10月
45「流星ひとつ」(沢木耕太郎著:新潮社)

11月
46「社会を変えるには」(小熊英二著:講談社現代新書)
47「江戸色町散策」(岩永文夫著:ベスト新書)
48「ナチズムとユダヤ人―アイヒマンの人間像」(松村剛著 角川文庫)
49「ヒトラーの台頭―ワイマールデモクラシーの悲劇」(山口定著:朝日文庫)

12月
50 「石橋湛山評論集」(岩波文庫)

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2012年 読書録

1月
① あの戦争はなぜ負けたのか(半藤一利・保阪正康・中西輝政
              戸高一成・福田和也・加藤陽子著
              文春新書)
② ホーチミンルート従軍記(レ・カオ・ダイ著古川久雄訳:岩波書店)
③ 数学物語(矢野健太郎著:角川文庫)
④ 官邸崩壊―日本政治混迷の謎(上杉隆著:幻冬舎文庫)

2月
⑤「生首―詩文集」(辺見庸著:毎日新聞社)
⑥「観月観世」(曽野綾子著:集英社)
⑦「不破哲三 時代の証言」(中央公論新社)

3月
⑧「資本主義以後の世界―日本は文明の転換を主導できるか」
  (中谷巌著:徳間書店)

⑨「東アジアの未来―安定的な発展と日本の役割り」
  (一ツ橋大学東アジア政策研究プロジェクト編)
    東洋経済新報社)

4月

⑩「世界史 上」(ウイリアム・H・マムニール著:中公新社)
⑪「世界史 下」(同上)

5月
⑫ 「遊牧民から見た世界史」(杉山正明著:日経ビジネス人文庫)
⑬ 「20世紀を作った経済学」(シュンペーター・ハイエク・ケインズ)
   根井雅弘著:筑摩プリマー新書)

7月 「死と滅亡のパンセ」(辺見庸著:毎日新聞社)
 
 
8月
⑭ 「マルティン・ルター」(徳善義和著:岩波新書)
⑮ 「イギリス帝国の歴史―アジアから考える」(秋田茂著:中公新社)
⑯ 「聴衆の誕生ーポスト・モダンの音楽文化」(渡辺裕著:中公新社)


9月


10月

⑰「独裁入門」(香山リカ:集英社新書)
⑱「反ポピュリズム論」(渡辺恒雄著 新潮新書)

11月
⑲「ルポ 子どもの貧困連鎖―教育現場のSOSを追って」(保坂渉
池谷隆著:光文社)
⑳「創氏改名―日本の朝鮮支配の中で」(水野直樹著:岩波新書)
21「団塊の世代は何だったのか」(由紀草一著:洋泉社)
22「江戸語・東京語・標準語」(水原明人著:講談社)
23「大奥の奥」(鈴木由紀子著:新潮新書)
24「安心のファシズムー支配されたがる人々」(斉藤貴男著:岩波新書)
25「一度も植民地になったことがない日本」(デユラン・れい子著;講談社)
26「メディチ家」(森田義之著:講談社現代新書)

12月
27 「丸山眞男―リベラリストの肖像」(苅部直著:岩波新書)
28 「安南王国の夢―ベトナム独立を支援した日本人」(牧久著:ウエッジ)
29 「利他学」(小田 亮著:新潮選書)

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2011年 読書録

1月
①「竜馬が行く(一)」(司馬遼太郎著:文春文庫)
②「竜馬が行く(二)」(司馬遼太郎著:文春文庫)
③「生きる勉強―軽くして生きるため、上座部仏教長老と精神科医が語り合う」
   (アルポムッレ・スマナサーラ、香山リカ著:サンガ新書)
④「茨木のり子集 言の葉 3」(筑摩書房)
2月
⑤「読むだけですっきりわかる世界史 近代編「(後藤武士著:宝島社)
⑥「セカンドバージン」(大石静著:幻冬舎文庫)
⑦「非国民のすすめ」(斉藤貴男著
⑧「生活保障―排除しない社会へ」(宮本太郎著:岩波新書)
3月
⑨「戦争と日本人」(加藤陽子・佐高信著:角川文庫)
⑩「毒になる親・一生苦しむ子供」(スーザン・フォワード著:講談社)
4月
⑪「汚名―検察に人生を奪われた男の告白」(鈴木宗男著:講談社)
⑫「「いわずに おれない」(まど・みちお著:集英社)
⑬「杉浦日向子の江戸塾-笑いと遊びの巻」(杉浦日向子著:PHP文庫)
⑭「雑誌 世界 2011年1月号」(岩波書店)
⑮「ルポ 若者ホームレス」(飯島裕子著:ちくま新書)
⑯「分かち合いの経済学」(神野直彦著:岩波新書)
⑰  「戦後を点検する」(保阪正康・半藤一利著:講談社現代新書)
⑱「新版 敗戦前後の日本人」(保阪正康著:朝日文庫)
⑲「生き方の不平等ーお互い様の社会に向けて」(白波瀬佐和子著;岩波新書
5月
⑳『昭和天皇・マッカーサー会見」(豊下楢彦著:岩波現代新書)
21 「それは密告から始まった 校長VS東京都教育委員会」
(土肥信雄著:七つ森書館) 
22 「命と放射能」(柳沢桂子著:筑摩書房)
23 「ルポ 児童虐待」[朝日新聞大阪本社編集部]朝日新聞出版
24「戦後日本の民主主義と天皇制―国民の天皇」(ケネス・ルオフ著:岩波書店)
6月
25「貧困と愛国 増補版」(佐高信・雨宮処凛著:角川文庫)
26「新左翼とロスジェネ」(鈴木英生著:集英社新書)
27「原発労働記」(堀江邦夫著:講談社)
28「ブッダは、なぜ子を捨てたか」(山折哲雄著:集英社)
29「無知の涙 増補新版」(永山則夫著:河出書房新社)
30「社会主義の誤解を解く」(薬師院仁志著:光文社新書)
31「自民党戦国史 上」(伊藤昌哉著:筑摩書房)
7月
32 「自民党戦国史 下」(伊藤昌哉著:筑摩書房)
33 「氷川清話」(付 勝海舟伝) 勝海舟著:角川文庫)
34 「安田講堂 1968―1969」(島泰三著:中央公論新社)
35 「神戸ブンド 藤本敏夫のうた プロレタリア文学万年少年が
   たどった軌跡」(和田喜太郎編:出版 アットワークス)
36 「戦後史」(中村政則著:岩波新書)
37 「NGOとは何か?」(伊勢崎賢治著:藤原書店)
8月
38  「原発のウソ」(小出裕章著:扶桑社)
39  「資本主義崩壊の首謀者たち」(広瀬隆著:集英社新書)
40 「母を語る」(石坂啓他著:倫書房)
41 「福島原発メルトダウン」(広瀬隆著:朝日新聞出版)
9月 
42 「会津藩はなぜ朝敵か 幕末維新史最大の謎」(星亮一著:ベスト新書
43 「子どもの最貧国・日本―学力・心身・社会におよび諸影響」
   (山野良一著:光文社新書)
44 「昭和の芸人 千夜一夜」(矢野誠一著 文春新書)
45 「現代ベトナムの国家と社会」(寺本実編:明石書店)
10月
46 「ナチスの発明」(武田知弘著:彩図社)
47 「読む人間」(大江健三郎著:集英社文庫)
48 「新・堕落論―我欲と天罰」(石原慎太郎著:新潮社)
49 「排除の空気に唾を吐け」(雨宮処凛著:講談社現代新書)
50 「無縁社会―無縁死32000人の衝撃」(NHK取材班:文藝春秋)
51 「官僚の責任」(古賀茂明著:PHP新書)
52 「親鸞 生涯と教え」(真宗大谷派学校連合会教科書編纂委員会著
                 真宗大谷派宗務所出版部)
11月
47 「私訳 歎異抄」(五木寛之著:東京書籍)
48 『「心」と「国策」の内幕』(斎藤貴男著:筑摩書房)
49 「橋本主義(ハシズム)を許すな」(ビジネス社)
50 「世界12月号」(岩波書店)
51 「井上ひさしの日本語相談」(井上ひさし著:新潮社)
12月
52 「世界を知る力」(寺島実郎著:PHP新書」
53 「私にとっての20世紀」(加藤周一著:岩波現代新書)
54 「革新幻想の戦後史」(竹内洋著:中央公論新社)
55 「ヤクザと原発」(鈴木智彦著:文芸春秋)


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2010年 目標100冊

(1月)
1   「明暗」(夏目漱石著:新潮社)
2   「スプートニクの恋人」(村上春樹著:講談社)
3  「青年の環(一)」(野間宏著:岩波文庫)
4  「青年の環(二)」(野間宏著:岩波文庫)

(2月)
5 「饒舌の思想」(開高健著:筑摩書房)

(3月)
6 「東南アジア地域統合とベトナム」(中野亜里著:国際政治158号)
7 「ルポ 貧困大国アメリカⅡ」(堤未果著:岩波新書)
8 「国境の南・太陽の西」(村上春樹著:講談社)

(4月)
9 「強欲社会主義ー中国全球化の功罪」
(遊川和郎著:小学館101新書)
10 「世界を知る力」(寺島実郎著:PHP新書)
11 「若き友人たちへ」(筑紫哲也著:集英社新書)
12 「独裁者との交渉術」(明石康著:集英社新書)

(5月)
13  「名ばかり大学生」河本敏浩著:光文社新書
14 「中国共産党を作った13人」(TAN ROMI著:新潮新書)
15 読書「勝ち組社会」(森永卓郎著:角川新書)
16 「愛新覚羅浩の生涯」(渡辺みどり著:中央公論新社)
17 「いま ここに在ることの恥」(辺見庸著:角川文庫)
18 「難死の思想」(小田実著;岩波書店)
19 「言葉を育てる 米原万里対談集」(筑摩書房)

(6月)
20 「新編 平和のリアリズム」(藤原帰一著:岩波書店)
21 「ある晴れた日に」(加藤周一著:岩波書店)
22 「1945年春・ローズベルトアメリカ大統領が死んだ日」(仲晃著:岩波書店)
23 「戦後世界経済史―自由と平等の視点から」(猪木武徳著:中公新社)
24 「使える経済書100冊―資本論からブラックスワンまで」
(池田信夫著:NHK出版)
25 「ニーチェからスターリンへトロッキー人物論集」
   (光文社)

(7月)
26 「ナショナリズムという迷宮」(佐藤優:朝日文庫)
27 「ポストモダンの共産主義」(スラヴォイ・ジジェク:ちくま新書)
28 「マルクスは生きている」(不破哲三著:平凡新書)
29 「ベトナム戦争ー民衆にとっての戦場」(吉澤南著:吉川弘文館)

(8月)
30 「蒼きゅうの甍Ⅰ」(浅田次郎著:講談社)
31 「蒼きゅうの甍Ⅱ」(浅田次郎著:講談社)
32 「蒼きゅうの甍Ⅲ」(浅田次郎著:講談社)
33 「蒼きゅうの甍Ⅳ」(浅田次郎著:講談社)
34 「憎まれ役」(野中広務・野村克也著:文春文庫)
35 「1Q84 BOOK 3」(村上春樹著:新潮社)
36 「日はまた昇る」(ヘミングウェイ著:谷口隆男訳:岩波文庫)
37 「花埋み(花うずみ)(渡辺淳一著:角川文庫)
38 「仮装集団」(山崎豊子著:新潮文庫)
39 「泥の河・蛍川」(宮本輝:新潮文庫)

(9月)
40 「若き実力者たち」(沢木耕太郎著:文春文庫)
41 「用心棒日月抄」(藤沢周平著:新潮社)
42 「「孤剣 用心棒日月抄」(藤沢周平著:新潮社)
43 「凶刃 用心棒日月抄」(藤沢周平著:新潮社)
44 「刺客 用心棒日月抄」(藤沢周平著:新潮社)
45 「よろずや平四郎活人剣(上)」(藤沢周平著:新潮社)
46 「よろずや平四郎活人剣(下)」(藤沢周平著:新潮社)
47 「1週間」(井上ひさし著:新潮社)
48 「五瓣の椿」(山本周五郎著:新潮社)
49 「ロシア 闇と魂の国家」(亀山郁夫:佐藤優:文芸春秋)
50 『風雪の檻』(獄医立花登手控え二:藤沢周平著)

10月

51 「珍妃の井戸」(浅田次郎著:講談社)
52 「完本 戒老録ー自ら救いのために」
(曽野 綾子著:祥伝社黄金文庫)
53 「中原の虹(1)」(浅田次郎著:講談社)
54 『中原の虹(2)』(浅田次郎著:講談社)
55 『中原の虹(3)』(浅田次郎著:講談社)
56 『中原の虹(4)』(浅田次郎著:講談社)
57 「現代たばこ戦争」(伊佐山芳郎著:岩波新書)

11月

58 「禁煙ファシズムと戦う」(小谷野敦編・斉藤貴男・栗原雄一郎著)
   (ベスト新書)
59 「沢村貞子という人」〔山崎洋子著:新潮文庫〕
60 「淳之介さんのこと」(宮城まり子著:文春文庫)
61 「ジャーナリズム崩壊」(上杉隆著:幻冬舎新書)
62 「マルクスの逆襲」(三田誠広著:集英社新書)
63 「ポピュリズムへの反撃―現代民主主義復活の条件」(山口二郎著
   角川出版)
64 「思春期 ポストモダン成熟はいかにして可能か」(斉藤環著:幻冬舎)
65 「イギリス近代史講義」(川北稔著:講談社現代新書)
66 「反音楽史―さらばベートヴェン」(石井宏著:新潮文庫)
67 「中国侵略の証言者たちー「認罪」の記録を読む」(岡部牧夫他:岩波)
68 「漢語日歴(かんご ひごよみ)」(興膳 宏著:岩波新書)
69 「正しい団塊の世代白書」(高田文夫著:講談社文庫)
70 「気になる仏像がひと目で分かる本」(大和書房)
71 「大学破壊―合併・身売り・倒産の内幕」(諸星裕著:角川書店)
72 「カラマーゾフの兄弟1」(ドストエフスキー著:亀山郁夫訳 光文社)
73 「カラマーゾフの兄弟2」(ドストエフスキー著:亀山郁夫訳 光文社)
74 「カラマーゾフの兄弟3」(ドストエフスキー著:亀山郁夫訳 光文社)

12月

75 「カラマーゾフの兄弟4」(ドストエフスキー著:亀山郁夫訳 光文社)
76 「カラマーゾフの兄弟5」(ドストエフスキー著:亀山郁夫訳 光文社)
77 「ベトナム戦争 誤算と誤解の戦場」(松岡完著:中公新書)
78 「西部戦線異状なし」(レマルク著:秦豊吉訳 新潮文庫)
79 「シェエラザード(上)」(浅田次郎著:講談社文庫)
80 「シェエラザード(下)」(浅田次郎著:講談社文庫)


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2009年 目標100冊

(1月)
1   「上海にて 堀田善衛著:集英社文庫)
2   「霧の果て」(藤沢周平著(文春文庫)
3   「阿Q正伝・狂人日記・他12篇」(魯迅著:岩波書店)
4   「大杉榮語録」(鎌田慧著:岩波書店)
5   「流れる星は生きている」(藤原てい著:中央公論新社)
6   「誰も書けなかった石原慎太郎」(佐野眞一著:講談社)

(2月)
7  「日本共産党の研究(1)」(立花隆著:講談社)
8  「日本共産党の研究(2)」(立花隆著:講談社)
9  「日本共産党の研究(3)」(立花隆著:講談社)
10 「東条英機と天皇の時代」(保阪正康著:筑摩書房)

(3月)
11 「私は河原乞食・考」(小沢昭一著:岩波出版)
12 「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」
    (マックス・ヴェーバー著:大塚久雄訳:岩波書店)
13 「1789年 フランス革命 序論」(ルフェーヴェル著:岩波書店)

(4月)
14 「日本資本主義分析」(山田盛太郎著:岩波書店)
15 「日本資本主義発達史」(野呂栄太郎著:岩波書店)
16 「正社員が没落するー貧困スパイラルを止めろ」
   (堤未果・湯浅誠著:角川書店)
17 「LD(学習障害とADHD(注意欠陥多動性障害)
   (上野一彦著:講談社)
18 「アダム・スミスー道徳感情論と国富論の世界」
   (堂目卓生著:中公新書)
19 「ハイエクー知識社会の自由主義」(池田信夫著:PHP新書)
20 「ルポ 労働と戦争―この国のいまと未来」
   (島本慈子著:岩波新書)
21 「負い方一つで重荷も軽い」(清水修二著)
22 「地域・自治体そしてNPO」(清水修二著:ふくしまNPOネットワークセンター)
23 「昭和を点検する」(保阪正康+半藤一利著:講談社)

(5月)
24 「結婚難民」(佐藤留美著:小学館)
25 「西郷と大久保」(海音寺潮五郎著:新潮社)
26 「幕末・維新」(井上勝生著:岩波新書)
27 「明治精神史(上)」(色川大吉著:岩波現代文庫)
28 「明治精神史(下)」(色川大吉著:岩波現代文庫)
29 「週刊新潮が報じたスキャンダル 戦後史」(新潮文庫)
30 「東京 あの時ここで(昭和戦後史の現場)(共同通信社)
31 「団塊老人」(三田誠広著:新潮新書)
32 「農協の大罪」(山下一仁著:宝島社新書)
33 「映画をつくる」(山田洋次著:大月書店国民文庫)
34 「落語の国をのぞいてみれば」(堀井憲一郎著:講談社)
35 「豊臣秀長 ある補佐役の生涯(上)」(堺屋太一著:文春文庫)
36 「豊臣秀長 ある補佐役の生涯(下)」(堺屋太一著:文春文庫)
37 「周恩来秘録(上)―党機密文書は語る」(高文謙著:文芸春秋)
38 「周恩来秘録(下)―党機密文書は語る」(高文謙著:文芸春秋)
39 「創価学会」(島田裕巳著:新潮新書)
40 「古代史の謎はどこまで解けたのか?」(山岸良二著:PHP新書)
41 「猛毒大国 中国を行く」(鈴木譲仁著:新潮新書)
42 「闇の子供たち」(粱石日ヤン・ソギル著:幻冬社文庫)
43 「睡魔」(粱石日著:幻冬社)

(6月)
44 「島原の乱-キリシタン信仰と武装蜂起」(神田千里著:中公新書)
45 「足利義満―消された日本国王」(小島毅著:光文社新書)
46 「関が原―誰が大合戦を仕掛けたか」(武光誠著:PHP新書)
47 「ユーゴスラヴィア現代史」(柴宣弘著:岩波新書)

(7月)
48 「劇場政治の誤算」(加藤紘一著:角川書店)
49 「蘇る怪物 私のマルクス ロシア編」(佐藤優著:文芸春秋)
50 「差別と日本人」(野中広努・辛淑玉著:角川書店)
51 「物語 数学の歴史」(加藤文元著:中公新書)
52 「江戸時代の性の不祥事」(永井義男著:学研新書)
53 「米原真里を語る」(かもがわ出版)

(8月)
54 「ベトナムの人権 多元的民主化の可能性」(中野亜里著:福村出版)
55 「1Q84 BOOK 1」(村上春樹著:新潮社)
56 「1Q84 BOOK 2」(村上春樹著:新潮社)

(9月)
57 「三四郎」(夏目漱石著:新潮社)
58 「官僚たちの夏」(城山三郎著:新潮社)
59 「こころ」(夏目漱石著:新潮社)

(10月)
60 「帰還せず」(青沼陽一郎著:新潮社)
61 「言葉と戦車を見すえて」(加藤周一著:筑摩書房)
62 「黒い手帖」(矢野絢也著:講談社)
63 「裏切られたベトナム革命・チュン・ニュー・タンの証言」
   (友田 錫 著:中公文庫)
64 「大正テレビ寄席の芸人たち」(山下武著:東京堂出版)
65 「志ん生の食卓」(美濃部美津子著:アスペスト

(11月)
66 「大日本帝国崩壊」(加藤聖文著:中公新社)
67 「貧困の光景」(曽野綾子著:新潮社)
68 「報道できなかった 自衛隊イラク従軍記」(金子貴一著:学研)
69 「始まっている未来 新しい経済学は可能か」
(宇沢弘文・高橋克人著:岩波書店)
70 「ドイモイの誕生-ベトナムにおける改革路線の
   形成過程」(古田元夫著:青木書店)
71 「社会主義と個人」(笠原清志著:集英社新書)

(12月)
72 「僕らの頭脳の鍛え方―必読の教養書400冊」
(立花隆・佐藤優著:文春新書)
73 「政党崩壊ー2010年体制を生き延びる条件」
(筆坂秀世著:講談社)
74 「輝ける闇」(開高健著:新潮社)
75 「ベトナム亡国史他」(ファン・ボイ・チャウ著:東洋文庫)
76 「ベトナムから来たもう一人のラストエンペラー」(森達也著:角川書店)
77 「暗夜行路(前編)」(志賀直哉著:岩波書店)
78 「暗夜行路(後編)」(同上)


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2008年読書録(小山道夫)

1月・2月・3月
1 「与謝野晶子訳源氏物語」(上 角川文庫)
 2  「与謝野晶子訳源氏物語」(中 角川文庫)
 3  「与謝野晶子訳源氏物語」(下 角川文庫)
 4  「枕草子」(講談社)
 5 「なぜ日本人は劣化したか」(香山リカ著:講談社)
 6 「日本論」(佐高信著:角川書店)
 7 「噺家のカミサン繁盛記」(郡山和世著:講談社)
(4月)
8 「旧約聖書を知っていますか」(阿刀田高著:新潮社)
9 「新約聖書を知っていますか」(阿刀田高著:新潮文庫)
10 「コーランを知っていますか」(阿刀田高著:新潮社)
11 「あなたはイスラム教を知っていますか」(阿刀田高著:新潮社)
12 「寂聴対談 十人十色 源氏は面白い」(講談社)
13 「ルポ 貧困大国アメリカ」(堤未果著:岩波新書)
(5月)
14  「国を思うて何が悪い」(阿川弘之著:光文社)
15  「パンツの面目、ふんどしの沽券」(米原万里著:ちくま文庫)
16  「青い月のバラード」(加藤登紀子著:小学館)
17   「我、拗ね者として生涯を閉ず 上」(本田靖春著:講談社)
18   「我、拗ね者として生涯を閉ず 下」(本田靖春著:講談社)
19   「江戸っ子だってねえー浪曲師廣澤虎造一代記」
                         (吉川潮著:講談社)
20   「浮かれ三亀松」(吉川潮著:講談社)
6月)
21 「教師格差ーダメ教師は何故増えるのか」(尾木直樹著:角川)
22   「曽根崎心中他」(近松門左衛門著:河出書房新書)
23   「ロゼッタストーンの解読」(木原武一訳:新潮文庫)
24   「人民中国の終焉」(清水和美著:講談社)
25   「粗にして野だが 卑ではないー石田禮助の生涯」
                    (城山三郎著:文春文庫)
26   「胸の中にて鳴る音あり」(上原隆著:文芸春秋)
27   「哀歌(上)(曽野綾子著:新潮社)
28   「哀歌(下)(曽野綾子著:新潮社)
29   「超訳『資本論』」(的場明広著 祥文社)
(7月)
30  「古典落語 正蔵・三木助集」(ちくま文庫)
31 「人生読本 落語版」(矢野誠一著:岩波新書)
32 「アジアの聖と賎」(野間宏・沖浦和光著:人文書院)
33 「本多秋五 物語 戦後文学史(上)」(岩波現代文庫)
34  「本多秋五 物語 戦後文学史(中)」(岩波現代文庫)
25   「本多秋五 物語 戦後文学史(下)」(岩波現代文庫)
36  「トロッキー永続革命論」(文光社)
37  「経済物理学の発見」(高安秀樹著:光文社新書)
38  「少年A 矯正2500日全記録」(草薙厚子著:文藝春秋) 
(8月)
39   「昭和特高弾圧史」(松浦総三等編:太平出版社)
40 「少年A この子を生んで」(少年Aの父母著:文芸春秋)
41 「父への手紙」(窪島誠一郎著:筑摩書房)
42 「あ・うん」(向田邦子著:文春文庫)
43 「阿修羅のごとく」〔向田邦子著:文春文庫〕
44  「文芸春秋 2008年8月号」
45  「男こそ顔だ」(大石静著:文春文庫)
(9月)
46  「少女の器」(灰谷健次郎著:新潮文庫)
47 「人間の檻」(藤沢周平著:講談社文庫)
48  「汚辱の近現代史」(藤岡信勝著:徳間文庫)
49  「片思い」(中島みゆき著:新潮文庫)
50  「階級社会 グローバリズムと不平等」        50冊
    (ジェレミー・シーブルック著・渡辺雅男訳:青 土社)
51   「アマルティア・セン 経済学と倫理学」
        (鈴木興太郎・後藤玲子著 実教出版)途中
52  「上意討ち」(池波正太郎著:新潮文庫)
(10月)
53   「静かな大地」(池澤夏樹著:朝日文庫)
54   「国家の罠」(佐藤優著:新潮文庫)
55   「下流大学が日本を滅ぼすーひよわなお客様世代の増殖」
                     (三浦展著:KKベスト新書)
56   「教育格差 どこへ行くニッポン社会」(尾木直樹・森永卓郎著
                                小学館新書)
57   「ヴェトナム新時代 豊かさの模索」(坪井善明著:岩波新書)
58   「100寺巡礼 奈良」(五木寛之著 講談社)
59   「悩む力」(カン 尚中著:集英社新書)
60   「私が生まれた日」(池波正太郎著:朝日文庫)     60冊
61   「昔の恋人」(藤堂志津子著 集英社文庫)
(11月)
62   「自壊する帝国」(佐藤優著;新潮社)
63   「アイヌ、神々と生きる人々」(藤村久和著:小学館)   
64  「田中清玄自伝」(ちくま文庫)           
65   「やんごとなき姫君たちの秘め事」(桐生操著:角川文庫)
66   「永井荷風」(ちくま文庫)
(12月)
67   「テロルの決算」(沢木耕太郎著:文芸春秋)
68   「危機の宰相」(沢木耕太郎著:文芸春秋社)
69   「ノルウエーの森(上)」(村上春樹著:講談社)
70   「ノルウエーの森(下)」(村上春樹著:講談社)   70冊
71   「漆黒の霧の中で」(藤沢周平著:新潮社)
   「戦争絶滅へ、人類復活へ93歳・ジャーナリストの発言」
                       (むのたけじ著;岩波新書)
72   「憲法9条、いまこそ旬」(岩波ブックレットNO639)
73   「貧困の現場」(東海林 智著:毎日新聞社)
74   「団塊世代の戦後史」(三浦展著:文春文庫)
75   「土佐日記・蜻蛉日記・とはずがたり(セレクション)」(小学館)
76   「同日同刻」(山田風太郎著:ちくま文庫)
77   「ひとりで暮らすということ」(寿岳章子著:海竜社) 合計78冊
小山個人のベスト3
①与謝野源氏
② 「我、拗ね者として生涯を閉ず 上下」(本田靖春著:講談社)
③「貧困の現場」(東海林 智著:毎日新聞社)

昨日、豚の頭と顔の表皮(朝鮮料理の「ミミガー」)を
もらった。料理のセンさんに小口に切ってもらった。
塩をつけて食べると美味しいとのことだったので、
塩をつけて食べた。「生臭い」。醤油をかける。
小皿一杯程度を食べる。

今朝、吐き気と腹痛。「今年最後の「(あたり)」
だった。旧暦の今年を終えるにあたって「中る」
ということは『お目出度い』ことである、などと
洒落ていたが、気持ちが悪く、おなかが痛くと
困った。

昼までそのまま寝ていた。

昼過ぎ、おなかがすく。

年末にフエへ来られた支援者の方から
頂いた奈良県池利の手延べ「三輪素麺」
を茹でて食す。素麺なので食べやすかった。
感謝。

午後も寝ていた。

旧正月の大晦日にあたり今年の私的総括は
「健康問題」に尽きる。「子どもの家」・ベトナム事務所
などの仕事も結局、健康でないと何も出来ない。
今、2月16日の「現地報告会」に提案する
「2013年度総括」「2014年度方針の原案を作っているが
考える気力が出ない。」「会計報告」は、ハン会計部長、
バオミンさん・税田さんと私の4人で原案を討議を既に
行っている。

この調子では、「寝旧正月」となる。
2月6日の『テト正月休み』に元気回復を
しなければならない。


ベトナム在住20年。真っ当なお正月を一度も
したことがなかった。


今日は1日中、誰とも一言も言葉を交わさないで
終わった。

こんな生活が1ヶ月も続けば、「老人性痴呆症」が
相当進行するだろうなどと思った。

中森明菜CDを聞きながら仕事をする。

ベトナム人は、家族・親族と盛大なお正月の
諸行事。「子どもの家」の子どもたちなども
親戚などの家へ帰って、お正月をする。


「石橋湛山評論集」を読み終わる。
この1ヶ月程、ほとんど本を読む気力がなかった。

明治45年(1912年)~1944年の戦時中の評論。
昭和43年(1968年0『日本防衛論」までの諸論文。
1945年日本の敗戦後の7番目の首相であり、
自由民主党の2代目総裁でもある。
「東洋時論」の主筆としてのそれぞれの時代での
論文。
「個人主義」と「自由主義」、そして「小日本主義」
が基本的な思想的根拠。

大正時代には既に「基本的人権」「戦争放棄」
「朝鮮・台湾・樺太などの「放棄」を雑誌・新聞・
講演会で主張している。

日本国憲法の基本理念を既に大正時代から
日本の敗戦まで主張していた。

現在の「空元気(からげんき)首相」に比べると「知性」と
「理性」をもった保守・自由主義者であることが
分かる。

現在の私たちが学ぶべきものをたくさん読み取ることが
出来る。それは、「その時代の見方」である。
時代の趨勢に流されず、一貫した自らの「自由主義」
「小日本主義(侵略・植民地を持たず、アジア、世界と
仲良く付き合う)」を軍国時代にも曲げずに主張した
ことは、見習うべき「思想家」であり「政治家」であり、
「時代の洞察者」でもある。
100年前の論文(1910年代)の論文が、未だに
色あせていない、というのか、安部暴走首相時代
である今こそ、自由民主党の第2代総裁である
石橋湛山から多くのものを学ぶべきである。

投稿者 koyama : 18:26 | コメント (0)

2014年01月29日

安直なドラマ「明日 ママがいない」

午前6時起床

晴天 気温29度

午前7時朝食。

「フォー・ガー」(鶏肉米麺)

多数のメールを受信


午前11時半昼食。

「マカロニスープ」

この食事で「」テト正月」前の食事は終わり。

これから5日間、食事は自分で「調達」する。

夕方、5日間の食材を買いに行く。
キャベツ・卵・人参・ねぎ・・・。


===============
安直なドラマ 「明日ママ がいない」第3話を見る


YOUTUBEで「第1話」「第2話」を見た。

今日、テレビで「第3話」を見る。

ベトナムのこの種の施設(わたし達JASSの運営
している「子どもの家」も含めて)では、およそ
想像できない「児童養護施設」である。

見ていて途中で「反吐(へど)」がでるような嫌悪感を
感じた。

第1に施設長の「子どもたちに対する人権無視」
の態度である。たとえ、今後この施設長にどんな
過去の人生があったとしても「許されざる」
横暴な態度である。

第2に「こがもの家」の施設としての態度である。
里親へ「媚(こび)」、一種の人身売買的な
里親希望者へ「『低姿勢」である。
里親になってくれそうな人への卑屈な子どもたち
の態度と、施設長の指導。

現実的には、日本の児童養護施設やわたし達
ベトナムの「子どもの家」を支える会運営の
「子どもの家」では、絶対あり得ない「嘘」の
構成である。

日本の養護施設やわたし達JASSの「子どもの家」
では、子どもたちに対する「絶対的な愛情」と
「生い立ちへの理解」を前提として子どもたちを
受け入れ、養育している。

「明日ママがいない」の作者は、現場や現実を
ほとんど検分せず、自分の頭で勝手に想像して
作ったものだと想像する。
「フィクッション」と銘打っているのだから、
現場と違っても当然だとの態度は許されない。

多くの事情がある子どもたちが日本の児童養護施設に
入所している。

こんな「横暴で乱暴で子どもたちに責任を持っていない」
養護施設は日本にも世界中にないと断言できる。

養護施設の全国協議会などが、放映中止を要求している
ようだが、その気持ちは理解できる。

日本テレビやテレビ関係者は「報道の自由」などを
主張しているが、養護施設の実態と極端にかけ離れ
ている番組を放送する権利や自由はない。
放映することで「人を傷つける自由はない」。

この番組の最大の問題は、台本作家が
現場・現実を取材しないで番組を作ったこと、
そうした番組を容認した日本テレビの関係者、
そして、日本テレビの精神的な退廃である。

日本の養護施設の多くのスタッフは、良心的・献身的に
子どもたちの将来を考えて仕事をしている。
私も京都の養護施設と交流した経験があるが・・・・
ドラマを作るのなら、そうした現実を踏まえて
作るのが、作者の最低のモラルであり良心である。

この番組で、視聴率を取れるのかどうかは
知らないが、現場で真面目に苦心している多くの
人々や施設にいる子どもたちを冒涜してまで視聴率を
上げようとする「日本テレビ」と台本作家の精神的な
荒廃・退廃に怒りを感ずる。
マスコミが真面目な人間を一方的に冒涜する権利は
ない。マスコミは「真実を報道してこそ」その存在意義が
あるというものだ。

投稿者 koyama : 22:39 | コメント (0)

2014年01月28日

終日宿舎

午前6時起床

午前7時、朝食。

「肉団子入り・チャオ・バインカイン」


受信メールへの返信。

フエ市長一行訪日の日程調整。

午前11時半、昼食。

サラダ・魚のフライ・・・・・


今日は真夏のよう天気。

気温28度。部屋にいても汗ばむ。

2月16日『現地報告会』議案作り

=======================
NHK新会長・籾井勝人氏の記者会見を見る

感想:一言で言えば、教養と人格に欠けている。

相当、時代錯誤の人間だと分かる。
安部首相の肝いりでNHK会長になったようだが・・

事実を確認しないまま、自分の推測で物事を
決めてしまう人物には、公正不偏不党を法律で
義務つけられているNHKの会長としては、
その能力に大きな欠損があることが分かる。

従軍慰安婦は世界中でやっていたのに、
何故日本だけが追求されるのか?
というピント外れなNHK会長としての
見解を述べている。
国家権力(軍隊・行政)が戦場に従軍慰安婦を
設定したのは、日本とナチスドイツだけである。

軍隊のいる所に売春婦がいたことと
国家権力が「従軍慰安婦」として、強制して
朝鮮などから強制してその種の施設を作ったこととは
別である。

国家秘密法について、「決まったものは、仕方がない」的
な発言もいただけない。その時々の政府の言いなりに
ならず、権力を批判し、警鐘を鳴らすところに報道機関の
役割りがある。最後に「自分の力でNHKを政府に忠実な
役割りを果たす報道機関に変える』という趣旨の発言も
している。

1945年8月14日までの日本のマスコミ・報道機関は
当時の軍部・国家権力の言いなりの報道を「垂れ流して」
いた。
『連戦連勝』の報道が続いた。そうした反省に立って
報道機関・マスメデシアは、権力の監視役でもある。

これはNHKだけではない。安部首相と主要新聞の
政治部長が会食懇談をしているなど、もっての
ほかである。
国家権力とマスコミは常に「緊張関係」なければならない。

投稿者 koyama : 19:38 | コメント (0)

2014年01月27日

テト正月準備

曇り

午前7時、リー君から電話。

午前7時朝食

「肉団子入りフォー・ボー」(肉団子入り米麺)



多数の受信メールへの送信

2月16日「現地報告会」「20周年式典」関連の
準備

しばらく横になる。

午前11時半 昼食

リー君から何度も電話あり。

「肉入りおじや」

しばらく昼寝。


いくつかの受信メールへ返信。

午後3時半過ぎ、テト正月用の
ビールのおつまみ、正月中の食料品、
洗剤などを買出しに行く。

フエ最大の市場「ドン・バ市場」は
新年を迎えるフエ市民とオートバイで
一杯だった。
年末の東京上野「アメ横」と同様の賑わいだった。

夕方、支援者の方とSKYPEで「子どもの家」支援活動
について、話し合う。

この1週間ほどの「旧正月・テト正月」休みの間に
体調を回復したい。

投稿者 koyama : 19:47 | コメント (0)

2014年01月26日

2週間のダウン 1月21日からの日記再開

先週から約2週間、体調を崩しダウンしていた。
基本的に1日中寝ていた。

7月・8月・9月の各種スタディーツアーへの
対応、10月のキューバ・アメリカ旅行、
バンベー編集作業、テレビ東京取材の打合せ等、
そして1週間にわたる取材・・・・・。
こんなことで、7月~今日まで休む暇なく仕事を
したことが分かる。
体が「悲鳴」を上げていることを承知する。

1月は2週間、部屋で寝ている。

どうしても行かなければならない仕事があったので
そうした種類の仕事だけ、出席した。

1月21日、22日、23日、24日、25日の
火炎樹日記を今日、書く。


今日は、日曜日。久し振りに電動バイクで
フランスパン、『ベトナム風ほか弁』を買いに行く。

昨日からベトナム事務所・「子どもの家」は
「テト休暇」に入っている。

富岡先生・石井君・税田さんは既に日本へ
帰国。テト中、フエに残るのは、私と後藤君の二人。

2月16日の「現地報告会」「20周年記念式典」
用の資料作り。

バオミンさんが、ベトナムのテト正月用の
「おせち料理」のようなものを持って来てくれる。

ーーー
テト正月中は料理のセンさんも「お正月」で休む。
1週間ほどは自分で食事を作らなければならない。

ーーー
夜、テレ朝で「東京家族」(山田洋次監督)を見る。
1953年制作の「東京物語」(小津安二郎監督)
のリメイク版。途切れ途切れの放映となるので
よく意味の分からない部分もあったが・・・・・。

東京自宅のJ・COMの日本映画チャンネルで
「東京物語」を以前見た。

東京家族もほぼ同様の筋書き。
瀬戸内海の島から上京した橋爪功と有吉和子。
長男(医師・医学博士)・長女(美容院店長)
次男(大道具の見習い・東北地震ボランティア)
という図式。

瀬戸内海の島から東京に出て来た橋爪・有吉夫妻
を迎える「長男夫妻・長女夫妻・次男と恋人(東北
ボランティアで次男と出会う)が、両親を「迎える」
のだが、それぞれ忙しく、結局、自宅におかず、
高級ホテルにお金を出して、「体よく追っ払って
しまう」。
両親(橋爪・有吉夫妻)は、高級ホテルは
慣れていないせいもあり、居心地が悪く
1日で高級ホテルをでてしまう。

田舎から出て来た両親と3人の子どもと
その伴侶との交流を通し、
日本社会・家族関係がどのように
変わっていくかを描いている。

私など、橋爪・有吉の世代になるので、
両親の立場で「東京家族」を見た。

親の思っている気持ちが子どもたちに
通じていない、そのことに「心中穏やか」
でない両親。現在の日本社会の
大きな変化に飲み込まれている「田舎」の
両親の思いと現実との大きな乖離。
それでも両親は子どもたちへの強い愛情を
持っている。しかし、現実の東京という大都会
の中に住んでしまっている3人の子どもたちと
その伴侶と、田舎住まいの自分たちとの大きな
意識の乖離に悩みながら、それを子どもたちに
いえない橋爪・有吉。この大きな意識と歴史の
違いは、現在の日本社会の変化を的確に
表現していると思う。
 東京滞在中に父(橋爪)と級友が飲み屋で飲む。
二人が「現状・親子関係」への不満を述べる
シーンがある。
橋爪はこの酒場で飲みつぶれる。この飲みつぶれる
シーンは、ものをあまり言わないおとなしい父親
橋爪の心の奥底の「ドロドロしたもの」を現している
いるように思えた。言葉では出せないものだ。

父親が飲みすぎ、家族が心配している中で
母親の有吉が、脳溢血で倒れ、東京の開業医
長男の病院で死んでしまう。

瀬戸内海での葬儀。
 葬儀後、母親の着物などの「取り合い」をする子どもたち。
一人になった父親。その父親の面倒を見ることのできない
子どもたち。
葬儀後、そそくさと東京へ帰ってしまう子どもたち。

東北震災のボランティアで知り合った次男とその
恋人だけが葬儀後残る。
父親は、母親の形見の時計を次男のボランティア
彼女にあげる。このシーンの裏には、葬儀後
直ぐに東京へ帰ってしまった長男・長女に比べ、
東北震災ボランティアで知り合った次男の恋人を
通して、これからの日本の未来を考える山田洋次
の重いが出ているように思えた。

妻が急死し、葬儀後、子どもたち、親戚が帰り、
父親一人が田舎の大きな家にいる「図」を見て、
これからの我が日本社会を暗示しているように
思えた。これは同時に他人事ではない現実でも
ある。
途中で放送が終わってしまう。

投稿者 koyama : 18:21 | コメント (0)

2014年01月25日

ベトナム事務所・日本料理店「大掃除」「納め会」

午前中、宿舎で寝ている。

午前11時、ベトナム事務所付近の
ベトナム料理店で「ベトナム事務所」「日本料理店」
の「2013年度「納め会」を行う。

バオミン委員長の挨拶と乾杯の音頭


昼過ぎ散会。

その後、宿舎へ帰り横になる。


夕方まで2014年2月16日に東京神田で行われる
「現地報告会」の提出する「2013年度の総括」
「2014年度の方針」案を起案する。

少し、体調が「上向き」になる。

明日1月26日~2月6日までの12日間の
テト休みに入る。

ーー
リー君から電話。

私が買ってやり、貸していた赤いオートバイを
売ってしまったという。更にその後自分で
買った中古のオートバイも売ってしまったとのこと。

投稿者 koyama : 19:10 | コメント (0)

2014年01月24日

終日寝ている

午前9時、ベトナム事務所へ。

2014年2月16日東京神田で行われる
「現地報告会」で報告する「財政報告・予算」などを
検討する。

バオミンさん・ハンさんと3人で。

日本料理店からの収入が200万円以上で
最大の収入源となっていることが分かる。

午後からは寝ている。

投稿者 koyama : 19:07 | コメント (0)

2014年01月23日

キューバ・アメリカ旅行反省会・忘年会

2月9日に結婚する「子どもの家」出身で
日本料理店で仕事をしているHIEU(ヒエウ)さん
の結婚式保存用の写真を見せてもらう。

この種の件は、日本人の慣習とは違うので多少の
戸惑いを感ずる。


午後6時、バオミンさんの弟さん経営のレストランで
キューバ・アメリカ旅行の反省会・忘年会。
アメリカであった「ベトナムからの移住者」が
テト正月のために一時帰国した。
再会を祝う。

投稿者 koyama : 19:01 | コメント (0)

2014年01月22日

フエ市人民委員会主催忘年会

終日寝ている。

午後6時 フエ市内のレストランでフエ市人民委員会
主催の2013年、忘年会」がある。

タン新市長の開会の挨拶

タン新市長は環境問題の専門家。
2月16日の「JASS20周年式典」にも参加の予定


フエ市人民委員会外務部員による「歓迎の歌」。
「子どもの家」出身のMENさん(中央・眼鏡)も
参加。



ベトナム事務所員・「子どもの家」セン委員長も
参加。


以前、東京の現地報告会にも参加した元外務部
副部長(現在は退職)



前フエ市共産党人事部長のトアンさん
隠然たる力を持っている。

写真右から2番目・黒川さん(フエフーズ現地社長)は
日本料理店の常連だ。感謝。

黒川さんを除く写真に写っている人たちは全員
2月16日東京神田で行われる現地報告会に
参加予定。

写真左から3番目 タン新市長
左 ニエン前外務部長
左2番目 バオミンさん
真ん中  小山
右端  ホアン新外務部長

早々に宿舎へ帰る。疲れる

投稿者 koyama : 18:48 | コメント (0)

2014年01月21日

フエ市共産党院長自宅での忘年会参加

終日寝ている。食欲なし。


午後6時、フエ市共産党ユン氏の自宅での
私的な忘年会にバオミンさんと参加。

ユン夫妻
奥さんは、フエテレビ副総裁。


何とか皆さんとお付き合いをする。

投稿者 koyama : 18:43 | コメント (0)

2014年01月20日

臨時ベトナム事務所員会議:ブライセン望年会

風邪が治らず、体がだるい。何をするもの
億劫な気分。横になって寝ていたい。

午前7時、朝食。

「ブンボー・フエ」

既に富岡先生とベトナム語研修生の石井君が
「旧正月休み」に入り、日本へ帰国している。
少し寂しい。

午前8時、ベトナム事務所にて、
臨時の「ベトナム事務所員会議」

2月テト明けのスタディーツアー等の
ベトナム事務所・「子どもの家」訪問日程の調整と
役割分担

ベトナム事務所員会議が終わり、宿舎へ帰り
横になっている。


午前11時半昼食。

「肉団子入り チャオ・バイン・カイン」

午後5時まで寝ている。おきられない。


午後5時45分、バオミンさんが車で迎えに
きてくれる。

今日は、IT会社「ブライセン」の望年会。

フエ駅近くの「グリーンホテル」で行われる。

フエ市共産党ユン委員長も参加。雑談する。


公式乾杯の前に既に飲み始める。

フエ省県警本部副本部長・ホアンフエ市外務部長と

40人のブライセン社員

ベトナム事務所からはブライセン写真に日本語を
教えているフーン部長とフオン先生、ソン君・アンさんが
参加。

午後5時半過ぎ、開会。

司会は、JASSの在宅支援だった「ホア君」

ブライセンベトナム社長の鎌田氏の挨拶


ユン・フエ市共産党委員長の挨拶


続いて私の挨拶とシャンペンの栓を抜いての開幕


ブライセン社員
JASSベトナム事務所では、全社員に対して
4つのコースを作り、日本語を教えている。


ニエン前フエ市外務部長も参加

ブライセン・ベトナムの責任者 鎌田氏と
通訳などを手伝っているバオミンさん



フエ省警察外国人管理の責任者。

午後9時過ぎ、ユン共産党委員長の車で
日本料理店まで送ってもらう。

午後9時45分、閉店。

投稿者 koyama : 16:34 | コメント (0)

2014年01月19日

体調不良

JASS機関誌「バンベー44号」が完成。
1月18日、千葉県浦安市で「発送作業」が
行われた。

日本中の会員の皆さん、関係者、支援者、里親
の方々の自宅等へ郵送する。

JASS東京の会員の皆さんが、協力してくれて
バンベー発送作業は無事終了。

バンベー44号は一両日中に、お手元に届く予定。


その後、2014年2月16日、東京・神田で行われる
「JASS現地報告会」「JASS・子どもの家創立20周年
お祝いの会」の運営等について話し合う。


JAS東京・関係者に皆さんに感謝。



体がだるい。

午前10時過ぎまで寝ている。その後、電動バイクで近くに
ある路上のフランスパン(野菜・肉入り)
を2つ買い、知り合いのお店で牛乳を買う。

小さいフランスパン1つと牛乳をブランチとする。

微熱があり、おきているのがつらい。
横になり、ボーッとしている。


午後3時、JASS日本代表委員会委員長より
2月16日の「現地報告会」「20周年祝いの会」
の運営の仕方について、相談のメール。

明日、バオミンさん、税田さんと詳細打ち合わせを
する予定。

午後6時半、夕食。料理のセンさんが作っておいてくれた
うどん。「つゆ」が、エビ肉な脂ものが大量に入っている。

「つゆ」は使わず、日本の「そばつゆ」で食べる。


大阪の噺家 桂雀三郎の「素人浄瑠璃」を聞く。

東京では「寝床」。先代桂文楽師の十八番。
東京落語では、義太夫となる。

桂雀三郎は2代目桂枝雀(自死した)の弟子。

私が大学の頃、桂枝雀の噺を観いた。
余りに「あくが強く」「どぎつ過ぎる」ので
その時点で関西落語はほとんど聴かなくなった。

時々関西に行くついでに「名古屋」で降り、
大須演芸場で落語などをきくことがあるが・・・

桂雀三郎の噺も「サービス精神旺盛」なのだろう。
最初から最後まで「聞き疲れ」してしまう。

もう少し、「あっさり」「さっぱり」『話したような
話さないような話』が一番好きなのだが・・・

浄瑠璃が東京に伝わり、義太夫節になったように
落語も同じ道を辿っているのだろう。

昨夜は、柳家小三冶の「湯屋番」を聞きながら
寝た。

体調を崩した時、一人で部屋にいるのは
少し寂しい。せめて、落語でも聴いて・・・。

早く、風邪を治さなければ・・・・。


投稿者 koyama : 20:13 | コメント (0)

2014年01月18日

終日寝ている

午前7時 気温15度。湿度90%

寒い。

午前7時朝食。
体調不良。お腹の調子も悪いので
脂ものは、食べられないとお願いしていたが、
ベトナム料理で「脂抜き」の料理はそれほどない。

朝食
「カニ団子入りブン麺」

脂があまりに強すぎて喉を通らない。

血の塊もさすがに食べられなかった。
半分ほど口にし、野菜とお茶を飲む。
食事があるということは、幸せなことと
思いつつ、残す。

ベッドで横になり寝る。

本を読む気力が出ない。微熱あり。

ボーッと昼まで寝ている。

午前11時半、昼食。

「マカロニと肉入りのスープ風」

これも脂が強すぎて喉を通らない。
3分の2残す。

夕方まで寝ている。

今日、JASS日本の東京の会を中心に
バンベー44号の発送(郵送)作業をした。
13人の方々が参加し、各地の会、支援者など
に1枚1枚郵送する作業をした。深謝。


午後5時。日本料理店の接客主任の
グエットさんが、日本料理店で作った
夕食を持ってきてくれた。感謝。
適量の油があり、食事を摂ることが出来た。
大根・揚げ・インゲンの炒め物、
キンピラ(人参・じゃがいも)。美味しい。


投稿者 koyama : 18:39 | コメント (0)

2014年01月17日

新フエ市長タン氏来訪

気温15度。湿度90%

寒い。引き続き体調不良。

午前7時朝食。

「肉団子入りチャオ・バイン・カイン」
(手打ちうどん)



ベトナム事務所員も同様の症状のようだが、
発熱・倦怠・食欲不振・多少吐き気あり。

終日寝ている。

午前11時半昼食。

味付けおかゆ。アヒルの肉

おかゆを半分食す。アヒルの肉は食べられない。

引き続き寝る。

早く体調を回復しなければ・・・・。


午後3時半過ぎ、電動バイクでベトナム事務所へ。

今日の夕方から富岡先生と石井君が日本へ
旧正月(1月31日)休暇で一時帰国する。
帰国の挨拶。


午後4時、フエ市長(新市長タン氏)が、年末の
挨拶に来訪。新外務部長のホアン氏も同行



当面の諸問題について話す。

2月16日、東京で行われる「現地報告会」
JASS/「子どもの家」創立20周年記念式典
参加の話をする。


30分程、今後の日程・訪日打ち合わせなどを行う。

日本料理店のヒエップ君が体調が悪いと言って
早退する。確かに顔色が悪い。

ベトナム事務所でも体調を崩して休んでいる人がいる。
早く「子どもの家」へ帰り、医師のタムさんに相談する
よう話す。


午後5時、リー君と会う。

リー君は、来週の月曜日から「警察」前の
オートバイ管理係りの仕事が見つかったとのこと。
今日は、そのお祝いに私と飲もうとの算段だった
ようだ。しかし、私は飲む状況ではない。
吐き気と頭痛、倦怠と「風邪の諸症状」。

警察付属のオートバイ整理係りの腕章を見せる。

これで生活は安定する。明日、警察の近くに
下宿を借りるとのこと。

多少の「就職祝い」をあげて、宿舎へ帰る。寒い。
小雨。

気候の変動が大きい。フエのかなりの人が
体調を壊しているとのこと。


投稿者 koyama : 19:08 | コメント (0)

2014年01月16日

終日寝ている

小雨が続く  気温18度 湿度80%。 寒い。

暖房器具がないので、ジャンパー2枚を重ね着し
毛布2枚を重ねて、寝ている。

とにかく「ダル」く、仕事への意欲が出てない。
文字を読んだりする気力がない。インターネットを
開くのも気が重い。

体温計が4本ある(2本は水銀、2本は電池)。

水銀計は40度で止まったまま、2本とも壊れている。
電池系も使用不能。

午前7時朝食。
今日は無理をして6時半に起きる。

朝食が「フォー・ボー」(牛肉米麺)
脂が強く完食するのは無理だった。

その後、部屋で寝ている。

午前11時半、昼食。

「魚のフライ」「茹で野菜」、肉団子のスープ
毎度のことだが量が多くて食べきらない。
今日は3分の1食す。


2時間程眠る。

インターネットを開き、いくつかの仕事をする。

その後、夕方5時まで横になっている。

投稿者 koyama : 18:55 | コメント (0)

2014年01月15日

体調を崩す

午前9時起床

曇り・寒い。気温の変動が大きい。

この数日、体調を崩す。

食事が出来ない。発熱。倦怠感。食欲なし。
終日寝ている。


朝食・昼食を作ってくれるセンさんの
朝食・昼食を断る。

ベトナムの脂っこく、唐辛子が強い食事が
喉を通らない。

仕事をする気力が出ない。

お米1合。炊飯器で「おかゆ」を作る。

午前10時、おかゆの半分を食べる。

引き続き寝る。起きていられない。

いくつかの仕事をせざるを得ない。

午後2時、残りのおかゆを食す。

午後5時まで熟睡する。

その後、どうしても必要なメールへの返事。

午後5時過ぎ、ソン君が日本料理店の子どもたち
が作った夕食(カリフラワーの炒め物、豆腐のスープ、
白米)を持って来てくれる。税田さん、子どもたち、
ソン君に感謝。
早く、体調を取り戻さなければならない。

昨年の夏のスタディーツアー受け入れ。
10月のキューバ・アメリカ旅行。
11月のテレビ取材。12月のツアー受け入れ、
JASS機関誌「バンベー」編集・・・・、フエ市ン市長
訪日、2014年2月16日の「JASS/「子どもの家」
創立20周年式典』関連の諸準備等、色々と仕事が
集中してしまった。悲しいことではあるが、年齢的
なものも関係があることを認めざるを得ない。


投稿者 koyama : 20:43 | コメント (0)

2014年01月14日

終日、横になっている

昨夜から豪雨。

午後雨は止むが「冷たい風」が吹く。

この数日、鼻水と喉が腫れて、声が出にくい。

昨日から体がだるく、今朝は起きられないので
昨夜、バオミンさんを通して、料理のセンさんに
朝食・昼食を作るのを止めてもらう。

想像通り、今朝は7時の朝食時には起きられず、
9時過ぎまで寝ていた。

その後、コーヒーとクッキーを数枚食し、
風邪薬を飲む。

引き続き、昼過ぎまで寝ている。

昼食の食欲なし。

昨年の11月末からのテレビ取材、来客への応対、
夜の日本料理店など、疲労が溜まったものと
思われる。この数日、休養するつもり。

午後、フエ市長以下の「フエ市人民委員会訪日代表団」
関係の日程等の文書を作成する。

午後5時、気温12度。湿度90%。

寒い。急激に気温が低下している。

この間の過労と気温の大きな変化に体が
ついていけない。


午後5時過ぎ、ソン君が日本料理店から
『白米ごはん」と「スープ」「豚肉の皮」と野菜
を持って来てくれる。税田さんの手配で。
感謝。

==============
細川元首相が都知事選挙に立候補することを
表明した。小泉ライオン元首相との協議の上、
「脱原発」で一致。東京から「脱原発」を
発信するという。大変良いことだ。動機がどうであれ・・・
読売新聞社説などでは、都知事選挙は
「シングル・イシュー」で物事を
決めるべきではないなどと言っている。

安部首相の「暴走」を阻止するためにも
既に立候補を表明している宇都宮前日弁連会長
と細川氏は話し合いをすべきではないのか?
「小異を捨てて大同につく」の精神で、「脱原発」
安部暴走を阻止するために、日本版の「国共合作」
を検討すべきだと思う。
国家機密法を制定し、積極的平和主義という名の
「戦争をする日本つくり」に進んでいる安部暴走
内閣。

過去の「いきさつ」は「いきさつ」として横に置き、
安部暴走をこれ以上進めさせないために、
宇都宮・細川会談をすべきである。

日本国憲法擁護勢力も「小異」と「過去のいきさつ」を
乗り越え、安部暴走内閣の暴走を止める現実的な
視点を持つべきなのではないだろうか?・・・・・
安部首相のこれ以上の暴走を許してはならない。
脱原発・憲法擁護の2点で一致するよう、宇都宮・
細川2氏の話し合いを進めるべきだ。

投稿者 koyama : 18:07 | コメント (0)

2014年01月13日

風邪を引く:日本料理店会議

終日雨・朝は豪雨。

午前6時起床。体がひどくダルい。

午前7時朝食。

「ブン・ボー・フエ」(フエ名物牛肉米麺)

午前8時前、高校同級生のY君がホイアン・ミーソンへ
出発。その後、ハロン湾、ラオス・ビエンチャンへ。
旅行の無事を祈る。


数日前から「鼻水」がひどく出ていた。
花粉のアレルギーだと思っていた。

しかし、体の倦怠感、発熱の状況を考えると
風邪だと分かった。

午前中、2月16日の「20周年お祝いの会」
関連の仕事。フエから訪日し、20周年祝賀会に
参加するベトナム人の訪日関係の諸課題。


午前11時半、昼食。

「チャオ・バイン・カイン」(小麦粉の手打ちうどん)


体がだるく、3時間ほど横になる。

午後3時過ぎ、雨の中、徒歩で日本料理店へ。

「子どもの家」で生活しているヒエップ君の
誕生会を行う。

誕生ケーキをプレゼント



17歳になる。(実際は、19歳なのだが・・・・)


誕生ケーキ「カット」



日本料理店スタッフ、皆でヒエップ君の誕生日を
祝う。


誕生プレゼントは、ヒエップ君の好きなチョコレート

バオミンさんの通訳、税田さんの参加で、
日本料理店会議を行う。

①2014年1月から日本料理店の子どもたちの
  給料を平均18%値上げした。
  フエの平均的労働者の給料にする。
②テト休暇中の日本料理店態勢
③各スタッフの任務を明確にした

子どもたちから出た様々な意見を皆で話し合った。


午後5時半、日本料理店の夕食。


石井君が夕食に来る。


午後6時過ぎ、体調不良のため帰宅。

帰宅してから火炎樹日記を書く。

その後、疲れたので横になり休む。


投稿者 koyama : 20:09 | コメント (0)

2014年01月12日

高校同級生Y君と「子どもの家」へ

小雨・曇り・晴れ

午前7時起床。

午前8時、車が迎えに来る。

Y君宿泊のホテルへ迎えに行く。

Y君と私の二人で「子どもの家」へ。

セン委員長、ロック寮長も「子どもの家」に
来ていた。

1時間程、「子どもの家」の諸施設を案内。

その後、Y君がベトナムコーヒーを飲みたいとの
希望だったので、「子どもの家」門前の路上喫茶店
に行く。

リー君が怪しい人物たちと「カードギャンブル」を
していた。

リー君も呼んで3人でベトナムコーヒーを飲み、
1時間半程、色々なことを話す。

午前11時過ぎに「子どもの家」で子どもたちと
昼食を摂る。


午後12時過ぎ、Y君はホテルへ戻り、暫時休息。

私はホテルから宿舎の近くまで車で送ってもらい
宿舎へ帰る。

2時間程、昼寝。体がだるい。

午後、京都市国際化推進室へ長文のメールを
送る。

その他、いくつかのメール送信。

午後6時、近くの道に車が来る。

車でフエ市内のホテルの1室へ。

Y君は、レコード関係の仕事をしていた。
昔は「かぐや姫」の専属をしていて、長期間
「かぐや姫」と一緒に全国を回っていたそうだ。
伊勢正三との付き合いも・・・・。

そうした専門への興味があり、フエの伝統音楽を
聞きたいとのことで、伝統音楽団を呼び、
食事をしながら、伝統音楽を聴く。

さすがにY君はその道の専門家。
フエ宮廷音楽の正確な分析をしてくれる。




午後8時半、宮廷音楽と宮廷料理を堪能して
閉会となる。

高校卒業以来40数年ぶりに会ったY君。
人間の関係とは不支持なものだ。
==============
やしき たかじん が死んだ。東京のテレビには
余り出ていない。時々、東京の夜のテレビに
出ているのを見たが、私が一番「嫌いな」タイプの
人間。ドギツすぎる。
私は「あっさり、さっぱり、さりげない」人生を
生きたい。先代の金原亭馬生師匠のような
「地味で目立たないが、本当に実力のある」ような
生き方をしたい。
やしき たかじん のような生き方は、「超ダサイ」
生き方のように思えてならない。

東京と関西人の違いかもしれない。

やしき たかじんの態度は、
私が一番嫌いな生き方だ。居るか居ないか
わからないような生き方、人生を、さりげなく
送るような人間が一番好きだ。
やしきたかじんの生き方が、どぎつすぎて、嫌悪
を感じていた。

投稿者 koyama : 19:11 | コメント (0)

2014年01月11日

高校同級生Y君来訪

曇り・時々晴れ

午前6時起床。

今日も朝から「アレルギー症状」の鼻水が大量に出る。
アレルゲンが特定できないので、困っている。

午前7時朝食。

「肉団子入りチャー・バイン・カイン」


2月16日現地報告会・20周年祝賀会参加の
フエ市長一行。事情があり、ホテルの部屋割りを
しなおす。東京・静岡・関空のホテルの部屋割りを
静岡の会、「京滋YOUの会」にお願いし、既に
予約済みだったが、予約のし直しをお願いする。

いくつかの問題について文章を書く。


午前11時半昼食。

「肉入りおじや」 量が多くて食べきれない。

体がだるい。2時間程昼寝。

税田さんから電話。福岡の40代のご夫妻が
日本料理店に来訪。

テレビ東京の番組を見たとのこと。

私と電話話をする。「非常に感動した」とのこと。


午後3時半過ぎ、帯広のYさんから電話。

障害児支援の「暖炉基金」の最後のP君の
勉強状況・今後の進路などを聞き取り手紙で送った。
その返事。今年もP君への支援金を納付してくれるとの
こと。有難いことである。

テレビ東京の番組を見たとの話。

帯広のYさんが、日本料理店長のTUOIさんを
3ヶ月帯広に呼んで、日本料理の研修をさせてくれた。
今日の日本料理店があるのは、芳村さんのお陰。

番組でTUOIさんが帯広で研修をしている様子が
でた。3階でたと芳村さんが、詳しく番組をみていてくれた。
有難いことである。


午後5時半、道路で待っているとソン君が案内し
車が来る。

午後6時フエ空港着の飛行機で高校の同級生の
Y君が来訪。音楽関係の会社に長く勤めていた。
フエの伝統音楽を聴きたいとのこと。

午後6時過ぎ、フエ空港へ到着。


ホテルまで案内する。

その後、ソン君がY君を案内し、ベトナム料理屋へ。

私は日本料理店の接客主任「グエットさん」
今日休んだ。最近は、日本料理店の繁忙期。
毎日10人以上の来客がある。
厨房は、現在の陣容を税田さんが指導し
何とかお客さんの注文する料理は、「規定時間内」
に作れる。接客主任のグエットさんがいないと、
厨房のヒエウさんが、接客に回る。すると調理の
手が足りなくなる。という事情で、急いで日本料理店へ。

午後9時、日本料理店閉店


投稿者 koyama : 17:32 | コメント (0)

2014年01月10日

日本語部長フーン先生誕生会

小雨・曇り

午前6時起床。朝から鼻水が出る。
何らかのアレルギーなのだが・・・・・。


午前7時、朝食。

午前9時、ベトナム事務所で日本語部長フーン先生の
誕生会


富岡先生から誕生ケーキ贈呈

アンさんからベトナム事務所員の寄せ書き贈呈


しばらく懇談。






午前11時半、昼食。

「マカロニスープ」


体調が悪い。午後2時間程横になる。

その後、受信メールへの返信。

2014年2月16日東京で行われる
「JASS/「子どもの家」創立20周年記念の会」
の諸準備。

午後5時半、日本料理店へ。

菊先生ご夫妻と午後8時半まで会食。

9時半、閉店。今日も多数の来客あり。

フエの何らかの花粉症に罹ったようだ。
鼻水と喉・声帯等の腫れ。

困ったものだ。

午後10時宿舎へ。

投稿者 koyama : 19:38 | コメント (0)

2014年01月09日

菊先生ご夫妻と「子どもの家」など訪問

午前6時起床。

朝靄(あさもや)
終日晴天。夕方小雨。寒い。

今日は朝から体がだるい。

午前7時朝食。

「肉だんご入りブン麺」

午前7時45分、宿舎の近くに車が迎えに
来てくれる。

菊先生夫妻・バオミンさんと「子どもの家」へ。

「子どもの家」には、何故か、卒業生が
「たむろ」していた。

リー君が「子どもの家」の門前の路上の喫茶店で
コーヒーを飲んでいた。
菊先生夫妻がリー君が小学校時代に「子どもの家」
を訪問し、リー君の写真を写し、持って来ていた。
15年ほど前の写真である。
左端のふてぶてしい「面構え」の子どもがリー君。


26歳になったリー君と菊先生。


2013年12月31日付けで「子どもの家」を
退所した「画家志望」のフック君。
フック君も毎日のように「子どもの家」に来ている。


やはり2013年12月31日付けで退所したタン君。

毎日のように「子どもの家」に遊びに来ている。

4歳から20年間も「子どもの家」に住んでいた。
やはり「退所式」をしたとはいえ、そう簡単に
「我が家」を忘れることは出来ない。
こうして毎日のように「子どもの家」に来て、
少しずつ時間が解決してくれるのだろう。

もう一人の子どもも「子どもの家」の卒業生


菊先生は、刺繡みやげ物店で刺繡についての
打ち合わせをする。
今まで何種類もの「オリジナル」な刺繡を
小樽から注文してくれている。今後の刺繡作品
の打ち合わせ。



たくさんの刺繡作品を購入して頂いた。

その後、「子どもの家」卒業生のメンさんと
懇談。メンさんは、中学を卒業し、縫製研修センターで
勉強。「子どもの家」を退所。自分で店をかり、
縫製店を開店。その後、結婚し、2人の男児を
授かる。

今後の縫製作品について、「子どもの家」で
話し合う。

メンさんと刺繡のロアン先生



今後、菊先生と協力して、メンさんの縫製、ロアン先生
の刺繡と協力し、北海道での作品販売の相談をする。


打ち合わせ終了後、メンさんのお店へ行く。


メンさんの長男

次男か長女か確認しなかった。


午後12時。新フエ市人民委員会の近くの
「ヒエップロイ」チャーハン専門店へ。

私はラーメン麺風の麺を食べる。美味しい


バオミンさんは、目玉焼き入りチャーハン・

菊先生夫妻は、ラーメンとチャーハン。

午後12時半宿舎へ。

体調悪し。風邪を引いたような感じ。

体温を測る。7度3分。

午後3時過ぎまで横になり体力の回復を待つ。

その後、フエ市長等訪日一行の日程関連の
仕事をする。

午後6時、日本料理店へ。

午後9時半まで菊先生夫妻と交流。

午後9時半閉店。
菊先生ご夫妻から子どもたちにお土産


投稿者 koyama : 19:37 | コメント (0)

2014年01月08日

ハンさんの夫の実母死去;哀悼

朝靄。

終日快晴。


午前6時起床。

午前7時朝食。

「チャオ・バイン・カイン」
(小麦粉とキャッサバの煮込みうどん)

午前中、体調不良。横になったり仕事をしたり。

フエ市長以下「フエ市訪日団」日程確認等


午前11時半、昼食。

「豚肉のおじや」 半分食す。

2時間程、横になる。

北海道小樽の菊先生ご夫妻の
フエ到着が5時間ほど遅れる。

午後3時、フエ空港からベトナム事務所
へ到着。

ベトナム事務所でお会いし。暫し懇談。

午後4時半過ぎ、ハンさんの旦那の母親が
亡くなる。お通夜に出席。

ハンさん一家は「カソリック」。
社会主義国家でのキリスト教の葬儀。


ハンさんの夫の実家・葬儀。



ある意味で不思議な「図式」ではある。

ベトナムの伝統仏教とカソリックが融合した
お通夜だった。


JASSからも花輪を贈る。


税田さんがハンさんに弔意を述べる。


お通夜で遺体に弔意を表し、しばらく
個人の人生を語る。


ハンさんと小5の娘さん。


一度、宿舎へ戻り、一休み。

午後6時過ぎ、徒歩で日本料理店へ。

オーストラリアから小5の息子さんを
連れて日本料理店にきてくれる。


英字ガイドブック「ロンリープラネット」
を読んで来訪。

午後9時閉店。かなりの欧米系の来客あり。
日本人は1人。

午後9時半、宿舎へ帰る。

投稿者 koyama : 23:29 | コメント (0)

2014年01月07日

「子どもの家」卒業生のHUE(フエ)さん結婚披露宴

終日快晴

午前6時起床。

午前7時朝食。

「フォー・ガー」(鶏肉入り米麺)

2月中旬に訪日するフエ市長一行の
日程調整

午前10時半、バオミンさん・税田さんたちが
車で迎えに来てくれる。

今日は、「子どもの家」卒業生の「フエさん」の
結婚披露宴。

フエさんは、父親がいない。母親と二人で
農村の中にあるお寺の物置のような小屋に住んで
いた。

私と税田さんなどが、実態調査に行く。
確かに非常に貧しい生活であり、困っていることが
良く分かったので、入所を決定。14歳位だった。
2006年6月のことであった。
その後、中学を卒業し、ミシン研修を始める。
数年前に退所。自分でミシンを使った縫製店を開店。
腕が良いので、収益を上げる。
その収益で母親の面倒を見ながら狭い土地に
小さな家を作った。なかなかやり手であるフエさんだ。
良い奥さんになると想像する。


会場はフエさんの家。フエ市内から車で1時間ほど
かかるという。

フエ市内から北上し、クアンチ省方面へ。
招待状にある住所を探す。
典型的なベトナム中部の農村地帯。

なかなか住所の場所が見つからない。
何度も農家の人に聞き、やっとたどり着く。

披露宴会場入り口で新郎と新婦フエさん、
フエさんのお母さんが歓迎してくれる。

新郎の両親、実母と一緒に

会場は『騒音状態」。
ベトナムの結婚披露宴に何度も参加してるが、
とくかくカラオケが「騒音以上」にうるさい。
気持ち悪くなり。隣の人とも話が出来ない。



ビールは冷えていなかった。「怪しい氷」が用意されて
いる。お腹を壊す可能性大。
温かいビールを2杯程度飲む。

料理もほとんど手を付けなかった。


「子どもの家」のほぼ同期の仲間も参加


フエ芸術大学油絵科を(5年)を卒業したP君。


フエ師範大化学科を卒業し、中高の化学教師を
めざしているTさん

JASS関係者を代表してベトナム語の歌を歌う
富岡先生


新婦HUEさんも一緒に




会場入り口にある新郎新婦の写真

2時間程でお開きとなる。
会場出口で見送ってくれる新郎新婦と母親

午後2時過ぎ、帰宅。

非常に疲れる。1時間程休息。

その後、フエ市長等4人のベトナム人の訪日・
現地報告会・20周年を祝う会、静岡市長、
京都市長懇談などの日程の調整等を行う。

午後6時、徒歩で日本料理店へ。

アメリカ人の歌手とカナダ人の二人が、
英語ガイドブック「ロンリープラネット」を見て
日本料理店へ。活動状況、ベトナムの実情などを
聞きたいとのこと。1時間半ほど話す。


その後熊本の観光客の方が来訪。
ボランティア・障害児などの問題で話を
聞きたいとのことで1時間程話す。

午後9時過ぎる。

その間、何人かの来客あり。

厨房も忙しい。店長兼調理主任の
TUOIさんが、風邪を引き発熱。
途中で帰宅する。

投稿者 koyama : 19:43 | コメント (0)

2014年01月06日

ベトナム事務所員会議

午前6時起床。

朝靄(あさもや)が深い。

朝靄が深い時は、日中晴天となる。

予想通り、日中は真夏のような気温。

午前7時、朝食。
「ブンボーフエ」(フエ名物牛肉のブン麺)

午前8時半徒歩でベトナム事務所へ。

ベトナム事務所員会議。ソン君撮影。

新暦新年初顔合わせのベトナム事務所員会議


当面の訪問者への対応、テト正月の日程等の
打ち合わせ



(写真がボケているのは、人間がボケていることの反映)


午前10時、2013年12月31日に「子どもの家」を
退所した「画家志望」のフック君がベトナム事務所
を訪ねてきた。

フエ芸大油絵学科を卒業し、画家を希望していた。
しかし、私→バオミンさん、セン「子どもの家」委員長は
画家で生きていくのは難しい。当面、生活の確立、
自立が必要との態度を取っていた。
退所時は、ホーチミン市の「絵を売るみやげ物店」
で絵を描いて働くとのことだった。

今日、ベトナム事務所に来て今までと違う見解を
表明。フエの知り合いの「絵画みやげ物店」で
毎月2点ほどの油絵を描き収入を得る。
また、半年後には、フエ市児童保護委員会
経営の子どもたちのための「絵画教室」の
指導者になる可能性があるとのこと。
当面、フエ市内の油絵みやげ物店に出品する
絵を描く「絵の具代、用具代」をもらいたいとのこと。
バオミンさんと詳しい実情と事情を聴取。

フエの油絵みやげ物店に毎月2枚の油絵を
売るとの方針そのものに危惧を感じている。

とりあえず、油絵を描く絵の具・道具代等を
渡す。私の方では、ベトナム事務所の3階2室が
空いているので、そこで「児童のための絵画教室」
をするように進言するが、断られる。

午前11時半、昼食。
量が多すぎ、半分食す。残りの半分は
冷蔵庫に保管。


午後2時過ぎ、リー君から電話。相談したことがある、
今日の午後5時に会いたいとのこと。

午後1時間ほど昼寝。

午後、再度、ベンベー44号を精読し、
編集をしている静岡のAさん、宇都宮のSさんに
送信する。

この1ヶ月程、かけて編集したJASS機関誌
が完成した。


午後5時、リー君とフォンザンホテル前の
路上飲み屋で会う。


今までしていた家具作りの仕事を辞める、
1週間後から新しい警察のオートバイ警備員に
なれるようになった。
そうした方が良いだろうか?との話だった。

リー君にあわない「家具作り」などは辞めて
警察のオートバイ整理警備員になることを
勧める。

1週間後に就職するという。

30分後に「子どもの家」の在宅支援だった
ブライセンのホア君が来る。
ホアン君の仕事の様子などを聞く。


リー君が変な紙袋を持っていた。
タバコが5本入った袋だった。怪しい薬物タバコかと思った。


ベトナムでは、普通のタバコをこうして新聞紙に5本
入れて5000ドン(50円)で売っている。1本10円
である。

リー君と1時間半ほど付き合い、日本料理店へ。

今日は7人の来客あり。

刺身盛り合わせ

1週間ほど「休んで」いたヒエップ君が復帰。

店長のトゥオイさんが風邪で休み。


店長・調理主任のトゥオイさんがいなくても
ヒウエさんとヒエプ君、グエットさんで調理も
出来ることが分かる。

午後9時過ぎ閉店。


徒歩で帰宅。


投稿者 koyama : 23:28 | コメント (0)

2014年01月05日

終日、仕事

今日は日曜日

曇り

料理のセンさんが作ってくれた日曜日の
食事。「小麦粉麺とスープ」。

午前10時過ぎ、半分を温めて食す。

残りの半分を夕方食す。

1食分で1日の食事とするようになったのは
やはり「老齢化」現象の現れであろうか?

その後、バンベー44号の4回目の校正を進める。


昼食を摂らず、1時間ほど昼寝。

午後2時過ぎ、静岡市・京都市へフエ市長など
4人が訪問する件を連絡するメールを作成。
何度か、正確さを期して推敲する。

JASS日本連絡事務所の山西JASS日本副代表
よりメール。
昨年の12月29日に「テレビ東京」で
放映された「JASSと日本料理店」の取り組みを
見た視聴者から、かなりの寄付金が入金されている
とのこと。有難いことである。

寄金者全員に私から直接お礼の手紙を書くよう
山西さんと意思統一。


夜、静岡市旧国際課、京都市国際化推進室へ
メール送信。新フエ市長、前外務部長・新外務部長
バオミンさんの4人が訪問する件を連絡する。

田辺静岡市長、門川京都市長との懇談の
依頼をする。

夕方6時から「新年の飲酒」を宿舎でする。

気に入ったおつまみがないのは不満であるが、
フダビール、フエフーズの「嬢薫」純米大吟醸」を
飲む。少し甘口だが美味しい。海外でこんな美味しい
純米吟醸酒が出来るとは思っていなかった。
日本料理店を通して、2本ずつ10日間ごとに
買っている。フエフーズに感謝。
ビールを飲んだ『〆』に純米大吟醸は最適。


午後7時過ぎ、バンベー44号の校正・編集を
してくれている静岡市のAさんより「最終校正稿」が
届く。私のパソコンの調子が悪く、文字が小さく
読めない。税田さんに連絡し、明日月曜日
午前9時から行われる「ベトナム事務所員会議」
の際に印刷してもらうことにした。

投稿者 koyama : 20:39 | コメント (0)

2014年01月04日

バンベー44号第4回目の校正

午前6時半起床

午前7時朝食。

「フォー・ガー」(鶏肉米麺)



午前中、バンベー44号(10ページ)の半分を
精読し、校正する。新たに訂正する箇所あり。

体がダルく、1時間仕事をし、1時間ベッドで
休むという状況。

午前11時半昼食。

「ベトナム風おじや」


1時間程昼寝。

午後5時まで引き続き、ベンベー44号の校正。

小さい字を精読するので、エネルギーと集中力を
使う。

午後5時半、宿舎を出て、徒歩で日本料理店へ。

午後9時まで9人の来客あり。

オーストラリア、スイス、オランダ、日本

オーストラリア人。2年間岡山で日本語を勉強し、
現在はオーストラリアで日本語教師をしているという。


午後9時閉店。徒歩で帰宅。

投稿者 koyama : 23:26 | コメント (0)

2014年01月03日

いくつかの問題で話し合いをする

快晴

午前中は、2月16日に東京神田で行われる
「JASS創立・「子どもの家」創立20周年記念式典」
についての準備等を行う。


多数のメール受信。テレビ東京を観た方からの
メール。全てに返信をする。


今日は料理のセンさんが親戚の結婚式で
田舎へ行き、朝食・昼食なし。

近くの「ベトナム風ほか弁」屋に行く。
3万ドン(150円)


午後3時過ぎ徒歩でベトナム事務所へ。

刺繡の先生と打ち合わせ



前フエ市人民委員会外務部長のニエン氏と
いくつかの問題で意思統一。

その後、バオミンさん・税田さんと
日本料理店の子どもたちの給料値上げに
付いて話し合う。

一般的な物価が30%も上昇している中で
日本料理店の子どもたちの給料は据え置いてきた。

税田さんに試案を作ってもらい、15%~25%の
値上げを決定した。

ベトナムは「社会主義」と名乗り、「労働者・農民の国」
と言っているのだが、現業労働者の賃金は、デスクワーク
労働者より圧倒的に低い。

レストランなどではマネージャーの給料が圧倒的に
高く、調理人の給料は一番低い。

この思想は、日本でも同じである。
東京都職員(教員も含む)の給料は、
都庁職員は一番高くなければならない
との思想がある。「行政職第1表均衡論」
である。
水道・都バス・地下鉄・教職員などは、
現業労働者。都庁職員より給料を高くしては
いけないと労働組合の中で平然と論じられていた。

田中角栄が「人材確保法」を通し、教員の
給料を高くした。このことに都庁職は猛烈に反対した。
人材確保法で、東京都では教員の給料が一番高く
なった時期があった。労働組合の中での論争が
続いた。
ベトナムでは、ホワイトカラーが一番給料が高いという
思想が未だにはびこっている。現場労働者は一段低い
という思想である。ベトナム社会主義の実態を反映
している。

日本料理店の子どもたちの
①基本給(年功評価・長く勤めたら高い)
②各種手当て(店長・調理主任・接客主任・会計担当
         在庫管理担当・注文管理担当・・・・)

①②を総合し子どもたちに給料を支給している。
平均で20%の賃上げを2014年1月から実施する
ことを決める。


午後5時半、夕食。
石井君は、ベトナム語を勉強中。大分上手に
なってきた。

午後9時過ぎまでに9人の来客あり。
大半は日本人。厨房は大忙し。

ヒエップ君が風邪で休む。
3人で調理・背客をしていたが、途中で
店長のTUOIさんが発熱。体調が悪くなり
早退。

最後は、税田さんも出て、厨房はヒエウさんと
二人。接客グエットさんも頑張り、何とか税田さんも
入れて3人で切り抜ける。


お客さんの注文の「マグロ丼」。
美味しそう。



午後9時半閉店。

明日は、日本料理店が開店できるかどうか
不安である。風邪と体調不良が日本料理店の
子どもたちに蔓延している。

投稿者 koyama : 23:52 | コメント (0)

2014年01月02日

平常業務

日本は正月2日目。

ベトナムは平常業務。

午前8時半、徒歩でベトナム事務所へ。

秋田大学の学生さんと2時間程
ボランティア等について話す。

午前11時半、昼食。

マカロニスープ


1時間程昼寝。

その後、バンベー44号の第3回目の校正。

10ページの全ての文章に目を通し、校正する。
既に2回の校正で誤字脱字等は完全に直されて
いたと思っていたが、相当数の誤字脱字、文章の
違和感などを発見。

午後5時半日本料理店。

二人の子どもが風邪や祖母の面倒などで
休み、日本料理店を開けず、休業。

新しい生ビールが入ったので、試飲する。

気が付くと2時間程「試飲」していた。

投稿者 koyama : 23:45 | コメント (0)

2014年01月01日

2014年の元日を祝う

曇り・時々晴れ。

午前8時起床。

料理のセンさんが、午前7時に朝食を
作って待っていてくれた。


急いで朝食を摂る。

「フエ名物 ブン・ボー」(牛肉米麺)

朝食後、眠くなる。

引き続き2時間程寝てします。

かなり疲れている。

昼前、メールを開く。

何人かの方から新年のメール。
感謝。


バンベー44号の校正。

既に2回校正をしているが、更に校正を
すると「ミス」や誤記などがある。

税田さんからの校正が届く。有難い。

10ページの細かい文字と文章を読むのは
かなり疲れる。

校正は、全く違った視点で何度も読み直す必要が
ある。
意外なところにミスがある。

午後、青少年教育の会のKさんより電話あり。


午後5時。

今日は2014年元日。

お祝い。ビールをホンの少量飲む。

内田さんから頂いた「おつまみ」で
フダビール、純米吟醸酒(嬢薫・じょうくん)を飲む。
この純米吟醸酒は、フエで作られている。
美味しい。甘みがありながら「淡白な」味。


洗濯。ズボン・衣類等。

今日の元旦は、一人で宿舎にいて迎えた。

家族の健康と安寧を祈る。

投稿者 koyama : 18:41 | コメント (0)

新年 おめでとうございます

2014年 新春をお祝い申し上げます。
会員の皆様・支援者の皆様方のご健康とご多幸を
お祈りいたします。

JASSベトナム事務所員一同



「子どもの家」の子どもたち・スタッフから
新年のお祝いを申し上げます。


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今年は、「子どもの家」創立20周年記念の年

(1)2月16日(日)

   ①「現地報告会」午後1時半~午後3時半
     ・バオミンベトナム運営委員長
     ・ニエン前フエ市人民委員会外務部長
     ・ホアン現フエ市人民委員会外務部長

     ●2013年総括
     ●2014年方針

   ②「子どもの家」創立20周年を祝う会」
     午後4時~午後6時まで

  (会場) エッサム神田ホール(①②同会場)
       電話 03-3254-8787
       JR神田駅徒歩1分
       東京メトロ銀座線 神田駅3番出口 目の前

(2)「子どもの家」創立20周年記念式典参加ツアー
  

2014年8月1日(金)フエ市内に於いて、「子どもの家」
創立20周年記念式典を開催します。
 ・式典参加、「子どもの家」・フエ市観光ツアー(3泊5日)
 ・式典参加 ホーチミン・フエ・ハノイツアー(5泊7日)
        
詳細は、観光会社 ピースインツアー
 (電話)03-3207-3690 担当 小山耕太
 

投稿者 koyama : 14:29 | コメント (0)