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2006年03月06日

札幌の会(鹿又さん一行):地球の歩き方ツアー

晴天

午前10時、地球の歩き方ツアー(11人)の皆さんに
「子どもの家」のこと、ボランティア、日本社会の問題など
を1時間ほど話す。

「子どもの家」では「めんこ」がはやっていた。
1960年代の日本の子どもたちと同じように遊んでいたい。

午後、札幌の会(べこ委員会:トナムの「どもの家」を支える会こども委員会
のみなさん4人がベトナム事務所へ。
皆さんを案内し、日本語学校へ。札幌・江別から来た皆さんから
北海道の説明を受ける。

地図を使って北海道を説明する

江別市「カナリヤ書房」店主 松山さん


TVディレクター佐々木さん、ビデオ会社社長鹿又さん、
社員の堂田さん

TVディレクターの佐々木さんは、東京フリー映像の前社長
だった故宮内一徳さんの知り合いだった。
宮内さんは、私たちを紹介する二つにテレビ番組を作ってくれた。
テレビ東京「ドキュメンタリー人間劇場」、NHK教育「ETV2001」。


オートバイ修理研修センター・工場、縫製研修工場建築予定地
を視察。その足で「子どもの家」へ。

「子どもの家」に到着後、子どもたちへ玩具などのお土産を
贈呈。

「子どもの家」では鹿又さんの里子メンさんと対面。
メンさんは、「子どもの家」ミシン研修センターで縫製を
学び、現在は地元の小さな縫製店で研修を続けている。
鹿又さんは昨年11月の「子どもの家」創立11周年記念式典
でメンさんが組織した「紙の衣類」のファッションショーの
様子を私の日記で見た。今日は練習用の布を持ってきて
メンさんにプレゼントした。
鹿又さんは1995年に私がラームさんなどベトナムの学生4人
を連れて札幌を訪問した。その様子が地元の新聞に載った。
その記事を読んでJASS札幌の会員になってくれた方である。
鹿又さんはベトナム戦争真っ最中の1967年から数年、
サイゴン(現ホーチミン市)に滞在し仕事をした経験を
持っている。メンさんを里子にして8年近くが経つ。
メンさんは現在17歳になる。

●鹿又さんと里子のメンさん

●みんなで記念写真

「子どもの家」に午後6時近くまで滞在し、その足で夕食。
バオミン・ベトナム事務所長を交えて6人でベトナム料理を堪能。
午後8時過ぎにお開き。
お若い堂田さんを除くと昭和20年・21年・22年生まれの
4人である。「2007年問題」の主犯である私と共犯の
3人。この世代は60年安保の後の70年安保世代。
今の小泉政治と日本社会、世界の状況について、
「異常」に強い関心を持っている世代でもある。
その辺の話が盛り上がり、フエの「フェスティバルビール」
が大量に空となり、「オンターオレストラン」へ高額の利益を
もたらし、地域経済発展に大きな寄与をした晩だった。

JASS札幌の会は、静岡の会と一緒に私たちの会では
最古参。小川道子さん・佐藤広也さん・北千佐子さんなど
11年前に知り合った方々が今でも支援とお付き合いを
続けてくれている。当時の札幌の会の会員だった菊さんは
旦那の転勤に連れて「置戸」、「函館」と転居したが、転居先
で「子どもの家」支援の会を立ち上げて今でも支援を続けて
くれている。
とかく「飽きっぽい」日本人ではあるが、
こうして10年以上も変わりなくお付き合いしてくれる人々が
いることに感謝。札幌の会の皆さんは大声で自分を主張
したりはしないが、地味ではあるコツコツと支援を続けて
くれている。支援はこうありたいものである。
北海道という気候と風土が作り出した「気風」なのか?
それとも集まった皆さんの人間性なのか?

投稿者 koyama : 2006年03月06日 07:27

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