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2004年01月31日
札幌は大雪
新火焔樹日記の読者の皆様。日記をお読みの際は、
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今日の札幌は大雪。1日外に出られなかった。孫のはな嬢が風邪を引き通院。1日中、ゴロゴロとしていた。
さて、新火焔樹日記のHPを立ち上げた。と言っても自分で立ち上げたわけではなく、教え子の手島守君に拙宅まで来て貰い、誰でも書ける日記HPをインストールしてもらい。同時にHPへの書き方などを教えてもらった。手島守君に感謝。
新火焔樹日記は、自分で書いた日記を自分でHPにアップできる優れものである。写真は1枚と聞いていたが、昨日、適当に3枚ばかり入れてみたら入った。
今日は、文字を「太字」してみた。こうした機械にはめっぽう弱いのであるが、新しいことへ挑戦というほどではないが、挑んでいる。
札幌の天気は太陽が出ると結構暖かい。曇ったり雪が降ると滅法寒い。
今日は寒かったので家族で鍋物を食べる。札幌の魚介類を本当に美味しい。今夜の鍋物で「三段跳び」を決めた。ホップはうどんを、ステップはおもちを、ジャンプはご飯を入れる。鍋の残り汁を三段跳びで食べると「満腹」。
昨夜はイラク派兵承認案採決が心配で午前1時過ぎまで起きてテレビを見ていたが、結局どのテレビ局も衆議院本会議の中継をしなかった。午前0時50分頃か、ニュース速報で簡単に「自衛隊のイラク派遣衆議院本会議で可決」と出た。自民・公明の強行採決。全野党は欠席。日本の進路を決定する重要な法案をろくな審議もせずに与党だけで強行可決することは、小泉・神崎与党が国会と国民をなめ切っている証拠。
投稿者 koyama : 07:59 | コメント (0) | トラックバック
2004年01月30日
厚岸のかきを食べ過ぎました
晴天。午前中、雪の中を孫と散歩し雪遊び。
厚岸町より「厚岸かき」が送られてくる。殻つき30個、むきみ2袋。
早速、レモンをかけて「厚岸生かき」を10個ほど食べる。夕方から腹痛。他の家族は何でもない。カキに問題があるのではなく、食べすぎ。
自衛隊のイラク派兵がいかにずさんなものであったが、徐々に明らかになってきている。
大量破壊兵器がないという決定的な大義を失い、その上、自衛隊先遣隊の報告が全くずさんな物であった事が暴露された。
先遣隊の現地調査がたった1日半だったということだけでもいい加減なものである。小泉首相は国会で自衛隊本体が行くサマワ市は「サマワ市評議会が存在し、治安は安定している」と報告し、自衛隊派兵の根拠とした。
しかし、マスコミ等の指摘で29日は「サマワ市評議会は総辞職した」と報告を訂正。更に今日の報道によると「サマワ市評議会は存在している」とのこと。
しかも石破防衛庁長官は、「サマワ市評議会議長」と面会し、治安の安全を確認したと国会で報告していたが、実際にあったのは「議長代理」であり、簡単な「あいさつ」をしただけだったことが判明した。
今回の国会報告は先遣隊がイラクに行く前に既に防衛庁と外務省間で作られていたのである。(共産党の指摘)共産党は証拠の資料も国会に提出。しかし、防衛庁長官は、その種の資料は分からないと、答弁拒否。
自衛隊の先遣隊がイラクへ行く前に既に国会報告書が出来ていて、その資料を突きつけられているのに、そうしたことを一切無視して、強行採決。これからは、小泉首相と公明党がやる気になれば、何でもできる、国民の命さえ奪う事が出来る、ファッショ国家となってしまった。
軍隊を海外に派遣するという中心的国家権力を行使するという超重大事を国民を代表する国会にこれほど、いい加減に報告し、国会をなめている首相もいない。
結局、午後7時の時点では「平和」の看板をかなぐり捨てた公明党と結託して小泉自民党は、真っ当な答弁もしないまま、委員会採決を強行した。今夜午前0時50分頃衆議院本会議で野党欠席のままの採決を強行した。
今や日本は「無法国家」となった。小泉首相とそれに結託する公明党の独裁ファシズム国家となったといっても過言ではない。憲法も自衛隊法もイラク特措法も無視し、国会への報告もいい加減なもので自衛隊派兵だけが既成事実として進んでいる。自民党防衛族の重鎮箕輪氏も加藤・古賀両元自民党幹事長もイラク派兵には反対乃至慎重論を唱えている。この問題は一党一派、特定の主義主張の問題ではない。日本国民の今後の進路めぐる重大な問題である。国民も国会も憲法も法律も無視して強行する小泉自民党とそれを支える公明党の責任は大きい。
カキを食べ過ぎ、下痢をしながら怒り、トイレ通いを続けているのである。情けない。
※私の新日記にご意見等ございましたら、
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お待ちしております。
投稿者 koyama : 19:49 | コメント (0) | トラックバック
2004年01月29日
はな嬢が病気になりました
昨夜、孫のはな嬢が何度も戻した。風邪か?
朝、お母さんと一緒に近くの小児病院へ。座薬をもらい帰宅。熱と吐き気。夕方、再度戻す。札幌もインフルエンザで学級・学校閉鎖が増えているとのこと。
午後3時、札幌市内の銭湯へ。370円。温泉銭湯。
午後2時から始まる。午後3時に入る。5人の老人が既に入浴中。30年ぶりに銭湯に入る。湯屋。落語の世界では、風呂と湯は明確に区別されている。風呂はサウナ。湯はお湯。江戸時代、船に湯を張って入浴をした名残りが今でも「湯船」ということばとしてに残っている。湯屋番などという落語もある。
札幌に住んで、札幌ローカルテレビをよく見る。箕輪元運輸大臣が自衛隊のイラク派兵に反対し違憲裁判として提訴した。箕輪氏は小樽出身で元防衛政務次官。自民党の防衛部会の副部会長。その箕輪氏が、小泉首相の自衛隊イラク派兵は憲法9条違反として裁判所に提訴した。勇気と気骨のある行動である。「日本は国外で積極的に武力行使をする国になろうとしている。」「自衛隊員に本来の任務に反する行為を行わせ、国民にイラク戦争への事実上の参戦を強いているものだ」「イラク派兵は憲法9条に、自衛隊法に違反する」として、慰謝料1万円の訴訟を起こした。
同じ時、陸上自衛隊第5師団は帯広でイラク派遣隊員5人の「壮行会」を行った。テレビの画面には、5人の自衛隊員が日の丸をつけ、2000人の隊員や家族に壮行されている。ふと、50数年前の「出征兵士」を送る映像を思い出す。ここで「勝ってくるぞと勇ましく・・」と歌ったら戦前の出征兵士を送るシーンと瓜二つである。
一方で自民党防衛部会の重鎮である箕輪元衆議院議員が「自衛隊のイラク派兵は憲法違反、自衛隊法違反」との違憲訴訟を起こし、他方では戦前とほとんど変わらない「出征兵士を送る会」が行われている。日本はどうなっていくのだろうか?
一昨日、車から降りる時に雪ですべり、背中の全面制動状態。昨日は、起きた時、一瞬意識を失い、横転。
後ろの戸棚に頭を強打する。昨夜から今日にかけ、首が「鞭打ち」状態。
ベトナムの「とりインフルエンザ」の行方が心配。
投稿者 koyama : 18:12 | コメント (0) | トラックバック
2004年01月28日
蕎麦屋で一杯
昨夜は数十センチの積雪。早朝から除雪車が出動。騒音で目が覚める。
江戸時代、蕎麦屋は一杯飲み屋だったそうだ。そばは2枚で一人前。1枚目はお酒のおつまみ。2枚目を食事にしたそうだ。今でも当時の名残りが残っている蕎麦屋がある。札幌市内北区北29条にある手打ちそば処「つくだ屋」はそうした店の一つ。1日50食しか蕎麦を出さない。午前11時半に開店し、50食終わると閉店。
今日は家族で午前11時半ちょっと前に行く。
てんぷら盛り合わせをつまみに地酒「白山」で軽く一杯。冷えて少し甘い「白山」が五臓六腑に染み渡る。もりそば2枚、こしがあり美味しい。美味しい蕎麦を食べると一日が何となく明るくなる。人間の幸福感とは単純な物かもしれないが・・・。
朝日新聞に特定非営利活動法人(NPO法人)の「消費者問題研究会」が、長谷工から3000万円、他団体も含め5000万円以上のお金を恐喝していたとの記事が出ていた。実質的な責任者は元暴力団員だそうだ。
これからはNPOやNGPも「玉石混淆」時代になる。真っ当なNGO.NPOと怪しげな暴力団や金儲けのために作ったNGO。NPOが並存する。
私たちのJASSもそうした中で、真っ当なNGO,NPOだと誰でも分かるようにしなければその存立が難しい時代が近い将来やってくる。そのためには、JASSの全ての活動、財政の「公開」がなによりも必要である。財政から活動まで全てを「ガラス張り」にすることが大事である。
現時点では、日本のNGO.NPOはその努力が足りない。
「私たちに任せろ。良い様にする。あとは文句をいうな」式の活動スタイルが多い。今回、私は「第10回JASS総会」の全ての議案の素案をHPで公開することを提案している。幸い、多くの方々の賛同を得て、総会議案の素案、議案作りの過程をHPで全て公開することとした。画期的な取り組みである。JASSの活動はいつも既存の活動を打破して新しい取り組みを進めている。
近日中に「第10回総会議案の素案」がJASSHPに掲載される。会員も会員以外の方々にもご意見を頂き、総会議案を豊かなものにしていきたい。
そうした取り組みを通してしか、本物のNGO.NPOか偽物かは分からないのである。NGO・NPO側の努力と取り組みが求められている。
投稿者 koyama : 18:30 | コメント (0) | トラックバック
2004年01月27日
変な世の中です。
一日曇り。体調は徐々に戻りつつあるが、今一歩。今日も一日休む。体がだるい。
この数日、日本を揺るがすような大きな問題が報道されている。
第1は何と言ってもイラクへの自衛隊の派兵。恐ろしい事である。1936年に盧溝橋へ出兵、南京占領、2・26事件と軍部が独走している。軍隊は武器をもてば本能的に使用したくなるものである。アメリカCIAの特別顧問で「大量破壊兵器」捜索の責任者が、辞任し、「イラクに大量破壊兵器はない」「そもそも湾岸戦争以降はそうした計画もない」との重大な発言をしている。今回の米英によるイラク侵略はその大義自体が破産した。自民・公明の連立小泉政権は、いとも簡単に自衛隊を戦場へ送ってしまった。憲法に違反し、特に第9条に違反し、イラク特措法にさえも違反している今回の自衛隊のイラク派兵は、戦後、58年間国民が大事に守ってきた二度と戦争をしないという誓いをいとも簡単に壊してしまった。これから憲法改正、特に9条の改悪をし、徴兵制へと突き進むファシズムの体制を作らせない国民一人一人の決意が必要。私たちの父母、祖父母があの「アジア太平洋戦争」でどんな人生を送ったのか? 300万人の日本人が殺ろされ、2000万人のアジアの人々が殺されたあの戦争の実体がどんな物であったのか、「温故知新」すべきである。
大阪岸和田市で15歳の中学生が親の虐待で意識不明状態であると報道されている。
この種の親がいることも空恐ろしいことであるが、長期間に渡り実父と義母の事実上の殺人未遂を救えなかったことに衝撃を受ける。
テレビでの記者会見では、中学校長は児童相談所に連絡したといい、児童相談所は問い合わせしたが、問題ないとの返答だったので何も出来なかったと言っている。
近所でも学校でも児童相談所でも誰か一人でも本当にその気になれば、何とかなったはずである。いくら法律を作り、職員を配置しても『本当に子どもたちに愛情をもった』人間がいない限り、この種の問題は解決できない。これは、ベトナムのストリートチルドレン支援でも同じである。大学院でどんな開発経済の勉強をしても、最終的に「人のために身を挺するのだ」との気持ちがない限り、「言い訳」ばかりが上手な「小役人」や「保身の出世主義者」をはびこらすだけである。
何事も最後は人間である。いくら立派な制度を作っても、たくさんの知識をもっていても、最終的には人間に対する愛情を持った人間がいるかどうかが鍵である。
ベトナム事務所に来る日本の若いボランティア体験者には、こうしたことを知ってもらいたい。
民主党の古賀議員の学歴詐称問題は、馬鹿馬鹿しい。
口に出すのもあほらしい。ニュースのトップに古賀履歴詐称問題を取り上げる程の価値もない。古賀履歴問題で、日本の進路に取って決定的に重要なイラク派兵問題が霞んでいる。古賀氏は辞任するしかない。代わりに破廉恥自民党副総裁が出るのも情けないが・・。
いずれにしても、今の日本は憲法が無視され、法律が捨てられ、子どもたちが長期間虐待され、殺人未遂が行われていても、大人が何もしないという異常国家である。
時々日本に帰りテレビをみると、あほらしいおちゃらけ番組が横行している。おちゃらけて浮かれている間に
日本が取り返しのつかない「ルビコン川」を渡ってしまったことを知るべきである。
投稿者 koyama : 18:08 | コメント (0) | トラックバック
2004年01月26日
風邪をひきました
昨夜半、突如下痢状態。腹痛と吐き気に襲われる。
今日は1日寝ていた。風邪をひいたようだ。
何もする気力がない。それに反し孫のはな嬢は元気はつらつ。日記を書き一日が終わる。
ベトナムでの活動の疲れが出たのだろうか?
投稿者 koyama : 17:28 | コメント (0) | トラックバック
2004年01月25日
サッポロラーメンを食べた
快晴の日曜日。午前中、いくつかのメールに返事。
投稿者 koyama : 18:00
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昼、家族でサッポロビール園へ。ビールの飲み放題1500円。焼カキ、ハムなどビールのおつまみが揃いに揃っている。 http://www.koyamamichio.com/archives/
投稿者 koyama : 18:51
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1月22日から札幌に来ている。空気はきれい、空は澄んで都会の汚れた社会とは別世界。朝7時、8階のマンションから朝日を見た。遠くの地平線にキラキラ光る朝日が顔を出す。古(いにしえ)の日本人が太陽を遥拝したことが何となく理解出来る。
投稿者 koyama : 18:43
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札幌は想像してたよりは暖かかった。と言ってもマイナス何度という世界ではあるが。今回は講演会や支援者と会うということもなく、全く家族での旅行なので精神的にかなりリラックスできる。昨夜は12時間の睡眠を取った。
投稿者 koyama : 20:39
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午前8時半自宅を出て池袋のサンシャシンへ。ベトナムで取られたパスポートの再発行を受けるため。幸い、並んでいる人もなく、直ぐに再交付を受ける。
投稿者 koyama : 17:25
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午前中、上野駅で宇都宮縫製工業組合の佐藤理事長と会い、近くの喫茶店で研修生派遣支援事業について打ち合わせ。山西さんと一緒。午後、小雨。明日から札幌の長男宅へ妻と行く。お土産など若干買い物をする。
投稿者 koyama : 21:05
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朝8時半、妻の学校へ。9月まで休職するとの病院の診断書を提出する。校長先生、教頭先生と懇談。 午前11時、新宿の榊原記念病院へ通院。心電図、血液検査をし診療。1ヵ月半前に取った血液検査の結果を説明してもらう。中性脂肪が基準の4倍。心臓チェックの酵素が基準の40倍とのこと。食事と運動、肥満に注意し、血圧を上げないよう指導を受ける。
昼、家族でラーメンを食べに行く。琴似にある「山桜桃」へ。15席程のこじんまりとした店だが味は絶品。醤油ラーメンを注文。とんこつ風味だが油っぽくなく、さっぱりしている。札幌で何度もラーメンを食べたが、不味かったことは一度もない。
その足で妻のリハビリも兼ねて札幌駅地下街を散策。
以下、イラク問題を長く書いたが、操作ミスで全て消えてしまった。再度書く気力を失う。
2004年01月24日
サッポロビール園に行きました。②
ジョッキ5杯。十分ビールを堪能した。
今回、日記を変えたことで、私的なことを何でも書けるようになり、家族のこと、私的な行動なども掲載できる。
日本滞在中は、私的な行動、ベトナムではベトナムでの様々な行動を記録したい。
この新小山日記をお読みの方々にお願い。知り合いの方に是非この日記を紹介して頂きたい。札幌の朝日①
2004年01月23日
札幌ドームへ行きました。
午後、家族で札幌ドーム球場に行く。500円で入場でき、広い球場を見学で来た。ドーム展望台で広い雪草原を見ながら人生の行く末を考えた。
6通程のメールを書く。2004年01月22日
札幌へ来ています
これで直ぐにビザを取ればまた、ベトナムへ帰れる。
サンシャインへ行く途中、若い女性の靴紐がほどけていた。よっぽど教えてあげようかと思ったが、最近はこうしたスタイルがファッションなのかも知れないと思い、教えるのをやめる。シャツを出したり、下着のパンツを出したり、ヘソを出したりと、若者ファッションは何だか分からない。
サンシャインでパスポートの再発行を受け、池袋の喫茶店で待っている妻の所へ行こうとサンシャイン通りを歩く。数軒のパチンコ屋の前に50人位ずつの若者が並び開店を待っている。合計すると数百人の若者になるのか? 不況のせいか、仕事がきらいなのかは分からないが異様な風景ではある。
池袋から浜松町経由モノレールで花羽田へ。今日は妻と一緒に札幌の長男夫婦宅へ行く。昨年9月1日に手術をし、今年の10月まで休職している妻のリハビリと孫との久しぶりの対面を兼ねての旅行。
午前11時過ぎに羽田着。レストランで昼食を摂る。隣に大阪から来たと推測される5人の女性軍団がいた。65歳から70歳ちょいの皆さん。大声で話し、何とか定食とかいう豪華な昼食をばりばり食べている。こちらはもりそば。うーん。さすがに昔「オバタリアン」と称した
日本女性の末裔。元気がいい。ふーっと旦那はどうしているのかな? 亡くなっているのか、はたまたコンビニでお弁当を買って食べているのか? とにかくわが国の女性は子どもから老女まで元気がいい。それに比べて・・・・。
午後2時半、新千歳空港へ無事到着。新千歳から札幌までは電車で40分ほど。午後3時45分、札幌駅で優美さんと孫のはな嬢が出迎えに来てくれていた。車で札幌の自宅へ。想像よりは雪が少なかった。
これから2週間ほど、札幌で妻のリハビリ兼療養。
今日はベトナムの旧正月。ベトナム事務所員に新年の挨拶。2004年01月21日
上野に行きました
夕方8時半から教え子の手島守君が自宅まで来てパソコン操作を教えてくれる。2004年01月20日
病院へ行った
また体調が元に戻らない現状を説明する。