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2010年09月03日

刺繍みやげ物店店長就任ー函館柴山さん来訪

快晴


午前6時半起床。起きられない。

午前7時朝食。ブンボー(フエ名物)と生野菜


午前7時45分ベトナム事務所へ。

ベトナム事務所では、既に皆さんが仕事に就いていた。

忙しく仕事をしているバオミン・JASSベトナム運営委員長

着実に会計や奨学金・里親・各地の会からの要望などを
処理しているハンJASSベトナム事務所財政部長。
ハンさんに任せておけば、お金のことも仕事も安心できる。



ベトナム事務所はスタディーツアーラッシュの真っ只中に
ある。皆さん、相当の超過勤務。土日もなく仕事をしている。
ベトナム事務所員の団結と和気藹々とした職場の雰囲気が
何とかベトナム事務所員の重労働を支えている。


JASS函館の会から依頼されている絵画展の作品を
郵送する。JASS函館の絵画展の成功を祈る。

1巾着 バッグ 3個
2.ペンケース 8個
3.ポシェット 7個
4.プレスレット 20個
5.コーヒー(500Gr) 3袋
6.蓮茶(100GR) 5袋
7.絵の作品 70点
8.絵手紙 20点
9.ザル絵 10点



「アクセサリー研修センター」の在庫品をブレラに報告
在庫の糸を「はかり」できちんと計り報告する。
ベトナム事務所の日本人全員が立ち会う。
20グラムの糸束は、5つまとめてはかり100グラムで
あることを再度確認。
バオミンさん・ソン君・古竹さんなどの几帳面な態度に
感心する。大体どの程度の残品があればよいのかを
報告するのであるが、几帳面にしっかりと測っていた。

午前8時過ぎ元JASS刺繍みやげ物店の先生だったロアンさん
をベトナム事務所に呼び、話し合う。
この間、何度となくロアンさんと話し合い、「もう一度
刺繍みやげ物店の先生をして欲しい」と三顧の礼を尽くす。
(実際は、3回ベトナム事務所にお呼びしたのだが・・・)
ロアン先生はいくつかの理由でJASS刺繍みやげ物店を
退職してしまった。
この間、種々の退職事情を聞き、一つ一つ「解きほぐす」
話し合いを根気良く行ってきた。今日、最終的な合意に達した。


私の方からJASS刺繍みやげ物店のシステムの大変更を
行うことにしたことを告げる。

①JASS刺繍みやげ物店に店長(責任者)を置く。
  ロアン先生になってもらう。
②今まで勤務時間が適当なところがあったので、今後は
  午前8時~11、午後2時から5時までとし、子育てなどで
  朝遅れる場合はロアン店長に連絡了解をとり、遅れた時間は
  午前勤務・午後勤務の後半につける。
③ロアンさんに連絡をしないで勝手に欠勤した場合は
 「賃金カット」を行う。
④「フェリシモ」とみやげ物店の刺繍と仕事が増えたので
 以前みやげ物店で働いていて結婚し退職したMさん・Lさん
  などに声をかけ復職してもらう。
⑤今後、年次有給休暇制度、ボーバス制度を導入事を検討
  している。

趣旨としては、勤務の厳正化・待遇の改善。

ロアン先生からは、自分としては今までの種々の問題も
氷解し納得した。刺繍みやげ物店の店長として頑張って
仕事をしたい。

ーーー
直ぐその足で、「子どもの家」へ。
刺繍みやげ物店の3人(一人は産休中)を呼び、
今日の話を伝え、3人からも要望意見を聞く。

ロアン先生の店長(責任者)就任を了解し、一緒に頑張るとの
話。

これで「フェリシモ」の仕事とJASS刺繍みやげ物店の仕事の
両立が出きるようになった。各地の会で必要な刺繍製品は
ベトナム事務所へご一報を。

「子どもの家」ではセン運営委員長が風邪でダウン。
異常な今年の天候不順のせい。私も何度もダウン寸前まで
行ったが、良薬(ビール)が高度の治療薬として機能している。


午前10時半、ベトナム事務所へ。

静大留学生の各種申請書のチェック。原田先生・古竹先生。


帯広の芳村さんが主催している「暖炉基金」のドゥック君。
芳村さんが「大学まで行きたい障害児に奨学金を」との
発案で始まった。既に数人の障害のあるこどもたちが
フエ農業大・フエ看護大などを卒業し、病院などへ就職
している。
ドゥック君は両手の指に障害があり物がもてない。


しかし、前向きな性格で、今年9月からフエ省立「ザーホイ高校」
へ入学した。将来は、コンピュータ関係の仕事をしたいと言っている。
「暖炉基金」もこどもたちに「お金や物を上げるのではなく、
人間を育て、自分で仕事をして自立」することを目指している。

フエ在住17年。色々な所から色々な「声」を聞くが、最終的には
「口ばかりの人間」は信用していない。芳村さんのように実際に
10年近く、障害児に奨学金を上げ、自立させている。行動である。
海外支援・国際協力は「仏壇前で祈って」いても何も解決しない。
東京の会の内田さんは、毎年末のクリスマス会15回、夏の
バーベキュー大会(柳澤・高橋・景山さん)も10年ほど、
海や温泉・滝などへこどもたち
を連れて行く活動を15年近く毎年続けてくれている。
「言うは易し、行なうは難し」。これは海外ボランティアの鉄則である。
日本で評論家のように「あれはよくない、これは良い」などと
私を評論する人もいるが、何か自分で出きる身近なことを行動
すべきである。私は家庭の状況などが許されるので、ベトナムに来て
生活困難なこどもたちや障害児などを支援させてもらっている。
有難いことである。リー君を筆頭にフエでこうした活動をさせてもらって
いるとことに心から感謝している。
私の従兄弟の長島弘道氏は、毎年フエ高等師範大学に40万円
の奨学金を寄贈している。2年前には、こどもたちの部屋を住みやすい
ようにして欲しいと100万円の寄付をし、こどもたちの部屋1階と2階の
総改築をした。「京滋YOUの会」では、「子どもの家」の食堂の
壁と窓、蛍光灯などの改築を寄贈してくれた。
火炎樹の会(JASS茨城の会)の大沢典子さんは、日本料理店
の箸袋を毎回きれいな和紙で折り紙にし送ってきてくれている。
「お金を出せば良いというものではない」と反論する向きもあるが、
『具体的な行動』なくしてボランティア活動は存在しない。
JASS観光、「フェリシモ」、日本料理店、静大現地事務所、
ブライセンベトナム支店などは、現地での活動を財政的に
強化するための切羽詰った具体的な活動である。
私は他者の批判を受け付けないなどと狭量の人間ではないと
思っているが、自分は何もしないで評論家のように「人の批判
だけしている人間」には強い違和感を感じる。
およそボランティアとは縁遠い。


午前11時半、昼食。

私の大好きな「チャオ・バイン・カイン」(小麦粉の手打ちうどん)

フエ人が大好きな「激辛の唐辛子」と生野菜。



午後3時、ベトナム事務所へ。日本料理店ではリー君が
真面目に日本料理店の掃除をしていた。
まめに体を動かして仕事をするところは偉い。

彼女との関係に「暗雲」が立ち込めているかすかな雰囲気を
感じる。



フエ大学に交換留学生来た「JASS函館の会」の柴山さん。
半年間の留学中、日本語学校を手伝ってくることになった。
これであるフエへ来る土井さんを入れると6人の日本人が
ベトナム事務所などで活動することになる。ありがたいことである。


「国際ソロプチミスト帯広・みどり」のグエンフエ高校生への奨学金
リストをFAXで送る。

午後5時半。日本料理店で夕食。しばらく休んでいたヒエウさんも
復帰。


午後9時まで13人の来客あり。

明日、静岡大学の土井さんがベトナム事務所員として
1年間来訪する。土井さんの自転車を購入。
古竹先生が自転車の具合をチェック。

午後9時過ぎ、宿舎へ戻る。

午後7時20分、地球の歩き方5班(22人)がフエ空港着。
ミンさん、ソン君が出迎え。

長い長い1日が終わる。

投稿者 koyama : 2010年09月03日 12:42

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