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2010年08月01日

1日、部屋で読書

快晴  気温が高い

午前7時目覚める。

読書「「ベトナム戦争ー民衆に取っての戦場」(吉澤南著)

午前10時半、昨日の昼食で残った「チャオバインカイン」を
温めて朝食とする。

東京に戻った内田さんから電話。今日、人と話したのは
内田さんとの電話だけ。
引き続き読書。

フトンを干す。

洗濯。

受信メール。何人かに送信。


午後12時過ぎ。眠くなり昼寝。1時間半。


読書「ベトナム戦争」。

部屋の掃除。

8月1ヶ月の自分の日程を確認する。
地球の歩き方、JASSスタディーツアー、神奈川県スタディーツアー
北星学園スタディーツアー、「フェリシモ」関連の仕事の計画、
ツノダ工場建設の計画、静岡大学工学部入学関連の諸問題の
整理。

早速明日から「フェリシモ」関連でマルタカの社長と社員の
来訪の出迎え。5日まで終日「フェリシモ」の仕事。
5日には、新たらしい日本語教師の「富岡隼人君」来訪。
6日は、地球の歩き方第2班(24人)来訪。
と言うことで、ソン君・メンさん結婚式が終わり、今日1日
の休みを置いて、明日から10月5日までのスタディーツアー
ラッシュに入る。

ラジオ日本を聞いていると今日1日で「熱中症」になって
病院に行った人が172人いるとのこと。1人が亡くなったそうだ。
日本は夏休み。17年前までは私も夏休みを「満喫」
していたのだ、などと感慨に耽る。

今後、半年間のベトナム事務所の「課題」を整理する。
いくつかの複雑な問題の解決策を考える。

午後3時、徒歩で「ほか弁」を買いに行く。100円。
夕食用。午後3時のフエは本当に暑い。直射の
気温は40度をゆうに超えている。

午後5時。フダビールで一杯飲む。

内田さんから頂いた「明太子」、ゴボウを、大塚さんに
作って頂いた「焼するめ」をおつまみに飲む。

今日も地球の歩き方第1班が来ている。
クアンさん、原田先生、フオン先生などがお世話をしている。
ありがたいことである。

私は6月16日にフエへ戻り、18日振りの休みである。
又、明日から長期ロードレースに入る。

日本に帰った時にCDを何枚か買ってきた。
吉田拓郎・カルメンマキ・赤い鳥・ハイファイセット・
河島英五・五輪真弓・ばんばひろふみを聞く。

カルメンマキの「時には母のない子のように」は
心にしみる歌詞だった。寺山修司作詞だった。
河島英五の「酒と泪と男と女」も今の私の気持ちに
合っていた。

私が小学校の頃、父親が友人を呼んで「軍歌」を歌って
いた。私は軍歌が一番嫌いだった。
拓郎などの歌を聴く私と父親が軍歌を歌っていた行為は
次元は違うが同じ青春を思い出す作業だったような気がする。

多くの人とのお付き合いの時間が長く続くと
こうした「自分の空白」の時間が必要である。

読書「ベトナム戦争ー民衆にとっての戦場」
(吉澤南著:吉川弘文館)読了。
1999年作。280ページ。

書いてある内容には大筋賛同。
しかし、解放戦線・「ベトコン」善玉。アメリカ悪玉という
図式的な発想から出発している著作には異論がある。
吉澤氏の善玉の北ベトナム・ベトナム労働党(現共産党)が
権力をもった現在の「ベトナム論」を聞きたかった。
吉澤氏が高く評価していた南ベトナムの民衆や解放戦線の
幹部の多くが1975年の戦争終結後、亡命して行ったのは
何故なのか? 今のベトナムを知る最大の課題にぶつからない
ベトナム戦争民衆史ともいえる。
亡くなった吉澤氏を追悼する。
ベトナム戦争を民衆のレベルで見ようという意気込みには
共感するが、吉澤氏自身が当時ベトナムにいた訳ではない
ので、結局は「文献」に頼るしかない「民衆史」ではある。
アメリカはひどい民衆虐殺をしたが、北ベトナム・解放戦線は
虐殺していないと断言している。
本書の最大の弱点は、北ベトナム・労働党・解放戦線「善玉」、
アメリカ「悪玉」という単純な思いいれを前提に著作している
所である。本書は他者の文献を読んで「ベトナムの民衆」イメージ
を作り上げている。
実際にベトナムに行き、事実を聞き取る、調査するなどの
作業が必要であった。

投稿者 koyama : 2010年08月01日 19:02

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