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2010年04月13日

ベトナム事務所員打ちあわせ:「子どもの家」セン委員長懇談

快晴

気温37度。「居るだけ」で体力を消耗する1日だった。

午前3時起床

読書「ベトナムの歴史」

午前7時朝食。
この4人組での食事と雰囲気の形ができてきた。
原田先生は、フエ滞在1年以上のキャリアがあるので落ち着い
ている。
新人日本語教師の古竹先生は、若いがなかなか頭の良い
賢い若者である。
大塚さんは、人生の辛苦と喜びをたくさん味わったという
年輪が雰囲気からにじみ出ている。

マカロニスープ

午前8時過ぎ、ベトナム事務所でバオミンさん・アンさんと
打ち合わせ。当面の業務について。
アンさんも少しずつベトナム事務所の仕事に慣れてきた。
静岡フエ青年会館付属日本語学校の卒業生。
つまりJASSの教え子である。

午前10時、バオミンさん・ハンさん・フーン先生の4人で
ベトナム事務所の「戦略問題」について長時間うちあわせ。

静岡大学ニフィー入試問題、日本語教師採用問題などを
通して、今後のベトナム事務所のあり方、JASSベトナムの
活動方向などについて、抜本的な話し合いを行う。
今後、ベトナム事務所の諸問題は、この4人で相談して
決めて行くことになる。それぞれの分野の情報をお互いが
出し合い、ベトナム人自身でベトナム事務所運営が出きるよう
少しずつ時間をかけて、ベトナム事務所のベトナム人化政策を
進めていく決意である。



午前11時半、「ハイリーホテル」にて昼食。
1日に2回程度は、日本人で雑談しながら食事をする必要あり。
精神衛生上、その方が良い。



午後2時、ブライセン電話会議。停電中のブライセンの仕事の
件、新人スタッフの採用の件などを話す。


午後3時、バオミンさんと一緒に「子どもの家」へ。
「子どもの家」の刺繍の実情を先生と打ち合わせする。

「子どもの家」は停電。

その後、「子どもの家」運営委員長のセンさんと「子どもの家」の
こどもたちの諸問題を話す。

現在、突然「子どもの家」を家出し、男の家を泊まり歩いている
女子Aさん問題を突っ込んで話し合う。

職業訓練をしている何人かのこどもたちが、自立できる力量を
身につけ、職業訓練先の先生からも「自立できる」との
お墨付きをもらっている。近々に本人の意見等を聞きながら
自立への手続きを進めることで合意。

「子どもの家」のティン君が昨夜寝ていて「ムカデ」に足を
食われ、腫れてしまい、「子どもの家」のタム医師と病院へ
行っているとのこと。ムカデが出ると聞いて「ぞっと」する。

停電中のため、体中に汗が吹き出ながらの打ち合わせとなった。

「子どもの家」門前では、「子どもの家」のこどもたちだったフン君
が路上靴屋を開店している。既に数週間仕事を続けている。
「子どもの家」から靴作り工場での研修、自立し、月給をもらっての
生活と順調に進んでいたのであるが、靴工場が倒産。
フン君の生活力は、人に頼んで人生ではなく、自分で人生を
切り開こうとしている。「子どもの家」門前に即席の靴修理店を
勝手に開店。ボンドや各種工具を揃えて(靴工場で学んだ)
靴磨きから靴底の張替え、靴底のはがれの修理などを
行っている。

私の靴底の一部がはがれているのでフン君に修理を頼む。


靴工場で長年研修をしていただけあって、手際よく靴底の
はがれをくっつけてくれた。
修理が終わり「いくら?」と聞くと、お金は要らないという。
今日は今までお客が居ないといっていた。2万ドン支払う。
これで今日の夕食と明日の朝食代くらいにはなる。

そんな時に中学校が終わり、帰宅した「チュン君」が
やって来た。

学校のこと、勉強のことなどを話す。


その後、ドンバ市場など数箇所を訪問。

午後5時半日本料理店で大塚さん、こどもたちと夕食。
昨日、ベトナム事務所(日本料理店も含む)は午後2時から
午後10時まで8時間停電したとのこと。
ハンさんの家とベトナム事務所は同一の電気系統になっている
そうで、ハンさんの家が午後2時から午後10時まで停電したので
ベトナム事務所も停電。

現在、バオミンホテルに泊まっている渡辺和代さんからも電話。
昨日の日曜日、8時間もの停電で、しばらくフォンザンホテルに
避難していたとのこと。

大塚さんに話し、冷凍庫、冷蔵庫の食料品の状態を調査して
もらう。問題なし。

生ビールが8時間の停電で「大発酵」し、酸っぱくなっているのでは
との心配あり。ドンバ市場で買ってきた美味しいするめを焼いてもらい
おつまみにし、生ビールの発酵度を自らの舌で調査する。
多少酸っぱくなっていたが、問題なし。美味しい。

日本料理店のこどもたちも様々な問題を抱えている。
リー君は、また、自転車を「質屋」に入れた模様。
毎日、朝ごはん代・昼食代を頂だいとやってくる。

何人かの女子は、反抗期。なかなか扱いが難しい。
そうしたこどもたち一人一人と向きあい、母親役でこどもたち
を指導してくれている大塚さん。相当の疲労が溜まっていると
推測する。


欧米系の来客10人程度あり。

午後8時45分、小諸のそば打ちの会の皆さんが来店。
午後10時まで一緒に話し、飲む。


日本料理店の前には、「子どもの家」を出て自立している
ヒー君が遊びに来ていた。

「子どもの家」入所は1993年10月である。今の
「子どもの家」の前に「チーラン通り「子どもの家」」。3歳位である。

「子どもの家」のこどもたちは10年、それ以上一緒に
生活した「兄弟」である。その団結力は強い。

午後10時過ぎ、原田先生・大塚さん・古竹先生と一緒に
「ハイリーホテル」に帰る。

最近は原田先生・古竹先生が日本料理店の手伝いもして
くれる。自主的な対応ではあるが、有難いことである。
今時の若者は、などという人もあるが、良く気の利く若者
である。

今日は気温37度。色々な仕事をした。
「ハイリーホテル」到着後、疲労でそのまま寝てしまう。

投稿者 koyama : 2010年04月13日 07:22

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