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2010年04月03日

終日、刺繍工場参観の社長を案内

晴天  気温30度


午前7時朝食。

今日から大塚さん、原田先生、古竹先生と4人での食事が
始まった。

今日の朝食は「キャッサバ芋の煮込みうどん」。
唐辛子を入れると味が引き立つ。


「京滋YOUの会」を通して支援してもらっている京都府の
虹の輪募金で行っている「定期健康診断」の最終報告書関連
の資料を「京滋YOUの会」の藤井さんに送る。
毎年、「京滋YOUの会」を通して支援金が送られてくる。

「子どもの家」、省「子どもの家」、省盲学校のこどもたちに
定期健康診断を10数年行っている。

午前8時、洗濯。

午前8時半、ベトナム事務所へ。リー君が元気に
ベトナム事務所前にいた。

今日は、日本料理店のこどもたち4人と大塚さんで
ダナンの大型スーパーへ「マグロ」「サーモン」などの
買い付けに行く。リー君は午前9時集合を待ちきれず
にいる。

午前中、バオミンさんとN社長さんと一緒に2つの
刺繍工場を視察。


昼食。

フエで一番美味しい(と私とミンさんが思っている)
チャーハン屋へ。

1時間昼寝をし、午後、再度、刺繍工場へ。

夕方6時、フエをでて、フエ空港まで見送る。


途中、新しくできた「フランスパン」 屋さんへ。
焼きたてのフランスパン(大)が10円。
N社長はお土産に10本ほど買う。


フエ空港でチェックイン手続き


N社長の無事帰国を祈る。


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しばらく日本のニュースを知らなかった。
久しぶりにインターネットでニュースを見る。
自民党若林参議院議員が同党青木議員の代わりに
押しボタン投票をして辞任したとのニュースが書いてあった。

改めて各紙の社説や解説記事を読んだが、若林元議員が
青木議員に成り代わり投票した10の議案の再採決が
必要との解説や意見は一つもなかった。

自民党若林元議員の行動は前代未聞の愚挙。
国会が良識の府ではないことは前から明らかだったが
これほど明確に「馬鹿な人間」が国会を闊歩していた
日本の政治の現実に戦慄を覚える。
若林元議員は、自民党が先の衆議院選挙で大敗し
野党に転落した際の首班指名選挙の自民党の候補者だった
のだ。つまり、自民党が首相に適任と全員が投票した
「首相候補者」だった。そういう人物が10回も「魔がさして」
しまったのだ。

①自民党の若林議員辞任に反対する。国会議員を除名すべき。
②若林議員の辞任が主な問題ではなく、10の議案の採決その
  ものが無効である。残念ながらどの政党も採決の無効を
  主張していない。どのマスコミを採決無効を言っていない。
③国会議員の最大の責務である国会業務を「会合があるから」
  と退席した青木議員の責任も追及すべきである。
  青木議員も辞職すべき立場にある。
  国会議員で主権者である国民の代わり投票すること 
  以上に大事な会合とは何々なのか?


私は今回の若林氏の「偽装押しボタン投票」事件は、
憲法の最大の精神である「主権在民」という原則を真っ向から
否定した「政治的な暴力」であると理解している。
10個の議案の採決は、主権者の意思に反して、若林氏の
独断で行われたものであり、主権在民、少なくとも青木氏に
投票した国民の主権者としての意思が踏みにじられたのである。
そうした観点からすれば、若林氏が辞任するかどうかではなく、
主権者としての国民の意思が反映されていない議決は
無効なのである。
10の採決の再採決をすべきである。
だれかこの問題を裁判に持ち込むべきだと思う。

「若林辞任などより、嘘の投票があって成立した法案は
無効である」との裁判を起こして欲しい。

主権がこれほど明確に「踏みにじられた」ことはないのでは
ないだろうか?  前代未聞の暴挙。

自民党の与謝野馨・元財務相と平沼赳夫・元経済産業相が、
月内に新党を結成することで大筋合意したことが、
3日明らかになったそうだ。与謝野氏が自民党谷垣総裁に
7日付けの離党届を提出したとのこと。

「時代錯誤」という言葉がある。
広辞苑では、「アナクロニズム・時代遅れ」とある。
与謝氏が、自民党を離党して、第2自民党を作っても
既に「自民党の歴史的役割は終わった」(舛添要一元厚労大臣
が語っている)ように自民党の歴史的な役割は先の総選挙で
終わったことが証明されている。

与謝野氏は再度自民党を復活させようとの魂胆のようだが
歴史を読めない人間である。
おばあちゃんの与謝野晶子は、日露戦争時に
「君、死にたもうことなかれ」と日露戦争に参加した
弟が死なないようにと反戦の歌を歌っている。
『君死にたまふことなかれすめらみことは戦ひに
おほみずから出でまさね』
と「天皇は自分では戦争に行かないのに・・・」
と明治34年(1904年)の祖母の晶子は歌っている。
今日の日本国憲法9条にも通じる先見性を持った
祖母である。

与謝野氏が自民党を離党して再建自民党を作っても
現在の諸問題に対処できない。与謝野氏は祖母の勇気と
英断と少しの知性と先見性を学ぶべきである。

41年後の1945年、憲法9条に与謝野晶子の精神は
見事に生かされている。これこそ、「先見性」と言える。
孫の馨氏は祖母の鼻くそでも煎じで飲んでみたらどうなの
だろうか?

与謝野馨氏のHPには、祖父である与謝野鉄幹、祖母である
与謝野晶子の系図が詳しく書かれている。
自分はその「孫だ」と写真入りで宣伝している。
祖父・祖母を選挙に利用しているのは明らかだ。
利用するのなら、その先見性と革新性をこそ見習うべきなので
ある。


あゝおとうとよ、君を泣く
君死にたまふことなかれ
末に生まれし君なれば
親のなさけはまさりしも
親は刃をにぎらせて
人を殺せとをしへしや
人を殺して死ねよとて
二十四までをそだてしや

堺の街のあきびとの
旧家をほこるあるじにて
親の名を継ぐ君なれば
君死にたまふことなかれ
旅順の城はほろぶとも
ほろびずとても何事ぞ
君は知らじな、あきびとの
家のおきてに無かりけり

君死にたまふことなかれ
すめらみことは戦ひに
おほみずから出でまさね
かたみに人の血を流し
獣の道で死ねよとは
死ぬるを人のほまれとは
おほみこころのふかければ
もとよりいかで思されむ

あゝおとうとよ戦ひに
君死にたまふことなかれ
すぎにし秋を父ぎみに
おくれたまへる母ぎみは
なげきの中にいたましく
わが子を召され、家を守り
安しときける大御代も
母のしら髪はまさりぬる

暖簾のかげに伏して泣く
あえかにわかき新妻を
君わするるや、思へるや
十月も添はで 別れたる
少女ごころを思ひみよ
この世ひとりの君ならで
ああまた誰をたのむべき
君死にたまふことなかれ

投稿者 koyama : 2010年04月03日 18:04

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