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2009年02月19日

打ち合せ・懇談、北海道芸術高校研修ツアー

終日晴天。


午前6時起床。部屋中、カビの異臭。

午前7時朝食。リー君、ハイ君は元気に朝食を


昨夜から何回かに分けて洗たく。洗濯機の調子が悪く乾燥しない。


今日は晴天。乾燥機を使わず、屋上に干す。



掛け布団も洗濯機で洗い、屋上に干す。


午前9時、ベトナム事務所へ。
昨年、「子どもの家」から自立したミシン縫製店に勤めている
ヒエウさんが来ている。今後のことについて話し合う。


その後、ハンさんを交えて、日本から持ち帰った里親寄金、
寄付金、刺繍等の代金をバオミンさん・税田さんも交えて
ハンさんに渡す。



午前11時半、昼食。



午後1時から1時間ほど昼寝


午後3時、福岡から青年がベトナム事務所へ来る。
4月から東京の大学で勉強するとのこと。
ACCLの渡辺さんの紹介。1時間ほど話し合う。
なかなか意識の高い若者である。将来が楽しみ。

午後4時半から午後7時までバオミンさん・税田さんとベトナム事務所
運営、今後の方針などについて深く話し合う。



午後7時半、北海道芸術高校ベトナム研修ツアーの
皆さんを出迎えにフエ空港へ行く。

午後7時55分着。欧米系の旅行者がいっぱいだった。
しかし、北海道芸術高校の皆さんは現れなかった。
何か事故か問題が起こったこと察知した私とバオミンさんは
直ぐに業務を委託しているハノイの旅行会社に連絡。

旅行会社の説明では、北海道芸術高校の皆さんが
昼食後、「あとは自分たちでするからガイドさんは帰って良い」
と言ったとのこと。「自分たちはタクシーで夕方、ハノイの
飛行場に行くから」と。しかし、ハノイ飛行場への到着が
遅れ、飛行機に乗り遅れてしまった、との説明。

私とバオミンさんはハノイの観光会社の説明を聞いて
「これは怪しい」と直感した。

JASS観光とハノイの観光会社との契約は、今日1日、
ハノイの観光会社の日本語ガイドが付き、夕方ハノイの
飛行場まで送り、チェックイン手続きを終えて見送りを
するというもの。同時に専用の車も用意する約束だった。

北海道芸術高校の先生方が、ガイドにお昼で帰って良い
と言う訳がないと察知した。
午後8時過ぎの時点でハノイの観光会社は飛行機に
乗り遅れた日本人は、現在ハノイの観光会社が
とったホテルにいると私たちに説明した。

私たちは、ハノイの観光会社に何度も騙された苦い経験が
あるので、ハノイの観光会社を信用していない。

札幌の北海道芸術高校と連絡。すると、午後10時の
時点で皆さんは、まだハノイ空港にいることが分かった。
急いで引率の先生に電話。観光会社からは、
「明朝8時の飛行機の予約を自分でしろ、ホテルも自分で
見つけ」ろと電話で言われたが、ホテルが分からず、いまだに
ハノイ空港内にいるということが分かった。
急いで、ハノイのホテルを予約。タクシーでホテルに行くよう
引率の先生に連絡。そのころになって昼で姿を消したベトナム人
ガイドが空港に現れる。ガイドは夜までのガイド料と空港までの
車代を着服している悪事が露見したことに気づいた。
観光会社からガイドに連絡が入り、「日本人がハノイ空港で
立ち往生している、お前は何をしているのだ・・」との指摘を
受け、自らの悪事が露見したことを知ったのである。

午後11時前、日本人の皆さんは無事ハノイ市内のホテルに
入り、就寝。

北海道芸術高校の一連の問題を見ていると、腐りきった
ベトナム社会の現実を見る思いがする。
責任のひとかけらも持たないベトナム人ガイドと責任感の
ない観光会社は、「金権主義」に侵された金の亡者の
典型。ずるをしてもお金さえ手に入れば良いとする
ベトナム拝金主義社会のサンプルと言える人間群である。
フエにもこの種の人間はいる。お金のためなら恩も義理も
かなぐり捨ててしまうひとたちである。

何とか、ベトナム事務所の対応で北海道芸術高校の
皆さんは、無事ホテルに戻り、休息。

明日、午前8時15分の飛行機でフエ着。私とバオミンさんが
出迎え。北海道芸術高校の皆さんには心からのお詫びをしたい。

この問題は、この研修ツアーが終わった後で、ハノイの観光会社、
ガイドとの激烈な闘争をするつもりである。絶対に許せない。
金権主義・拝金主義との闘い。今まで多くの外国人がこの
拝金主義ガイドとと会社に騙され、文句も言えずに帰国している
と予想される。私たちがハノイの観光会社とガイドと闘うのは
「私憤」ではない。今後騙されるであろう多くの外国人のために
である。

投稿者 koyama : 2009年02月19日 01:30

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