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2008年12月08日

67回目の「太平洋戦争開戦」を迎えて・改めて反戦平和を誓う

朝から雨。寒い。18度

午前2時まで読書。
午前6時起床。

午前7時朝食。ブンボー。



今日は「日米英開戦67周年」。1941年12月8日、
日本は米英に宣戦を布告。マレー半島やハワイを攻撃。

1931年の「満州事変」から15年間の戦争をいまだに
反省していない人々がいる。最近では
「我が物顔」に「声高に」、アジアを守る聖戦だった
などという輩(やから)が出てきている。

小泉元首相の「靖国参拝」、田母神前空幕長の、日本の戦争は
「自衛」のため、「アジア解放」のため、日本が侵略国家だった
というのは「濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)」との言動は許せるものではない。
既に戦争を体験した人が数少なくなっている。
戦争の実態を知らない国民が多数になったことを幸いに
再び戦争を起こそうという勢力が台頭してきていることを憂慮
している。

今日は67回目の「12月8日」。太平洋戦争突入の日。

読書「戦争絶滅へ、人間復活へ」(むのたけじ 岩波新書)読了。
ぜひ、多くの人に読んで欲しい本である。新刊書である。700円。
93歳のむのたけじ氏の報知新聞・朝日新聞の従軍記者体験、
戦前の新聞社での体験を通して、戦争の実態をインタビューという
形で書いた本。聞き手は黒岩比佐子さん。2008年7月発売。
現在、戦争を体験し、従軍記者の経験を持っているのは
「むのたけじ氏」一人だけという。93歳。大正4年(1915年)
生まれの現役のジャーナリスト。私は学生の頃、
「たいまつ新聞00年」という本を読んだことがある。
むのたけじは、1945年8月15日、朝日新聞記者として、
アジア・太平洋戦争に協力したことを恥じて、
朝日新聞社を退社。秋田県横手市に帰り、
1948年「たいまつ」を発行し、反戦平和、人権、民主主義」
を訴える新聞を発行し続けた。
全文6章。第1章「ジャーナリストへの道」、第2章「従軍記者として
の戦争体験」を読む。
先代の柳家小さん(永谷園の宣伝)の芸を高く評価している。
柳家小さんは、2・26事件に参加している。上官の命令で
「反乱軍」として一兵卒で参加。「逆賊」となった経験を
持っている。2・26事件に連座した指導者は死刑。
命令で参加した兵卒は、徴兵で戦争の最前線に行かされた
という。懲罰人事である。柳家小さんも2度徴兵で戦争へ
行かされている。
むのたけじによれば、そういう理不尽な戦争体験を
もっているので、小さんの芸は、少し「斜に構えた芸」
「抑制された芸」になっているという。面白い見方である。
93歳のむのたけじの頭は明晰だ。

「憲法9条」の本質をしっかりと理解している。
アメリカの攻撃という側面。日本が再びアメリカに
楯突かないよう「一切の軍備を持たないよう」に
した点、と世界に3万発もの核弾頭がある現実
世界。人類と地球を守るための最強のシンボルである
憲法9条の積極的側面。

また、日本人の戦争への自己批判、加害への自己批判の
なさを厳しく指摘している。
「戦争は天皇に命じられ、国家に要求されてやったことだと
考えるから、加害者という自覚が乏しい。」
「それから戦後に連合国は極東軍事裁判を行って、戦争責任
があるとした人々を処刑しましたが、ここで私がおかしいと
思うのは、本来、罪を問われなければいけない人たちが
いるのに、それが問われていないということです」。
「それからもう一つはやはり天皇制だったと思いますよ。
敗戦のときに天皇家は自らを裁かなければならなかった。
命は鴻毛より軽し、とされて天皇の命令を受けて大勢の
兵隊が死んでいったのに、その体制をそのままにして
おくのはおかしいでしょう」
「8月15日の後、私たち日本人は戦争をしたことについて
、自ら反省しなければいけなかった。所が、それをしなかった
ために、敗戦時にけじめをつけるという、当然すべきことも
やれなかった。絶対君主制の中で、天皇の名のもとで戦争
をしかけたという建前に対して、どう始末をつけるのか、それさえ
主導権はGHQにもっていかれて、そのまま残されてしまった」

話は日米関係、沖縄問題へ及ぶ。
 
同時に社会主義を信奉していたむのたけじの
ソ連・中国などの偽社会主義にたいする強烈な
批判。
本書の最後に「レーニン・毛沢東を裁く」として
レーニンと毛沢東など既存の社会主義への判決を
下している。少し長いが以下引用。(原文はカタカナ
が多いのでひらがなに直す)

(判決)
(1)民衆の解放は、民衆が自分たちの決意と奮闘で鎖を
  断ち切って自由になることだ。所がソ連邦に指導された
  革命党の解放は、彼らの言う職業革命家集団が民衆を
  解き放ってやることだった。それでも民衆は当初はその
  成果に狂喜して感謝した。けれども程なく、感謝は
  冷えた。人間の本質は自主自立、独立独歩であり、
  欲望は状況の変化で成長する。そこを理解して
  なかったとは、レーニンよ、毛沢東よ、何たることぞ。
(2)ソ連邦側の共産党は、ヒューマニズムを空想と
   侮り、戦争を肯定して助長した。ドイツの職業軍人が
   (クラウゼヴィッツのこと:小山)「戦争は政治の一形態だ」
   と国家の交戦権を擁護したら、マルクスもエンゲルスも
   同調した。レーニン、毛沢東、ホーチミン、カストロたちも
   それにしたがって「戦争を通じて革命へ」の路線を走った。
   人類の最大の罪悪を助長して何が正義か。
(3)振り回した旗には社会主義と書いたが、真っ赤な偽物
  だった。現実には富国強兵の国家主義、その典型だった。
  にせ社会主義が本物の資本主義に負けるのは当然だ。
  レーン、毛沢東ともあろうものが、その成り行きに気づか
  なかったとは、何と素っ頓狂なことよ。
   よって両人は「素っ頓狂罪」で、そのまま永遠に
  眠り続けよ。
   条件が一つある。両人の死体がミイラにされて見世物
  にされているとは悪趣味すぎる。早く骨にして土に帰す
  べきだ。現世にそれを促す力が両人にまだあるかどうか
  試してみてください。

資本主義に対しも厳しい意見をもっている。

最終的にむのたけじの21世への提言は「私たち普通の
当たり前の人間たちは、結局の所人間の常識を
大切にして普通に生き貫くことではないか。人として
やれねばならぬと自分で思うことは、できるだけ
力を込めてやる。人の道に背くと思うことは、自分で
やらないだけでなく、他人にもやらせないように手を
つないでいく。この道を進めば、各個人をも人類みんなをも
もっともあやまりの少ない道に導くのではあるまいか?」。

多くの若者に読んでもらいたい本でもある。

午前11時半、昼食



午後12時半、午睡、1時間。

メール受信。必要なメール送信。

読書「憲法9条、いまこそ旬」(岩波ブックレットNO639)
井上ひさし、梅原猛、大江健三郎、奥平康弘、小田実、
加藤周一、澤地久枝、鶴見俊輔、三木睦子

小田実、加藤周一が今年死去。残念。

数年前に一度読んだブックレット。
梅原猛などマルキストからは反共右翼とレッテルを
貼られている。しかし、戦争体験をした人々は、その
思想がどうであれ体験として絶対的に戦争はいけないと
の思いがある。戦争に「思い入れ」がある連中は
戦争体験がない阿部元首相・麻生首相など
「お坊ちゃん」や「お譲さん」たちである。自分は絶対に
戦争に行かない連中の戯言(たわごと)。
私は改めて絶対的な反戦・戦争反対、一切の武力の
行使に反対する意思を表明する。
私の人生はアジア太平戦争で兄を亡くし、2人の
叔父を特攻隊でなくしている。また、わが家族は
中国からの引揚者で戦後貧乏との長い闘いをしてきた。
同時にアジア諸国の皆さんにも様々な迷惑をかけてきた
一家である。私自身は戦後2年目に生まれているが、
まかり間違えば、「中国残留孤児」と称される人間になって
いた可能性もある。

改めて憲法9条の人類史的な意味を確認。憲法9条を死守する
覚悟を改めて固める。これは理屈ではない。私の人生である。

午後5時半、日本料理店で夕食。

午後9時、日本料理店閉店。スコットランド人2人来店。

投稿者 koyama : 2008年12月08日 11:36

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