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2007年05月02日

日本料理店再開を子どもたちに話す

メール問題が解決。今日からベトナム事務所・小山個人
メールが使えるようになった。今回22日間、メールが
一切使えなかった。前半は、プロバイダーの容量アップ
の工事との説明だった。後半の2週間ほどは、
ダナンのプロバイダーが、ベトナム事務所メールの
「パスワード」を勝手に変更してしまったことが原因である。
人のメールのパスワードを本人に相談も確認もなく
勝手に変更すること自体異常なことである。同時に
勝手にパスワードを変更しておきながら、顧客である
私たちに何も連絡をしてこなかったのである。
今日、偶然違う問題でバオミンさんが、ダナンの
プロバイダーに電話をした。その際、ついでに
ベトナム事務所のメールが使えないことを話した。
するとダナンのプロバイダーが「ああ、それは、パスワードが
変更されたからですよ」との返事だった。
経済発展だとか「WTO加入」などと威勢の良い話が
多いベトナムであるが、商行為の基礎である「顧客の利便」
つまり「サービス」と仕事への責任という一番大事なことを
全く理解していないプロバイダー(商業省経営)である。
メールが使えなかった1ヶ月分のメールの費用の返済も
なく、通信という重要な仕事をしているとの社会的な責任
も感じていない連中である。「お金儲けだけ」に興味が
ある一時成金国家の無責任連中に3週間振り回された。
この国では、こんな不当なことが起こっても何も文句を
言えない実情がある。特権階級の共産党の幹部が
役職についているプロバイダーの腐った実態である。
怒りが収まらない。


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デジカメの写真を縮小する方法を教えて
もらえるだろうか? 今日、間違って大きく写してしまった
写真は、日記の容量が大きくて日記で縮小できなかった。
デジカメ縮小ソフトは持っていない。無料でダウンロード
きるようなシステムはないのだろうか?
ご存知の方は、デジカメを縮小したり色を変えたり
コントラストを変更したり出来る無料ダウンロードを送って
頂けるとありがたいのだが・・・・・・。

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曇り、時々晴れ、のち雨。
終日気温が27度程度。寒い。

午前7時、朝食。フォー。

午前8時過ぎ、ベトナム事務所へ。
京都教育大の学生来訪。1ヶ月ほどボランティア体験を
したいとのこと。しばらく懇談。
1年間休学して世界の孤児院を回る
そうだ。「世界を回る」だけでなく「テーマを決めて」
世界を回る学生が増えたようだ。

上尾の星野さんから新日本料理店建築費の足しにと
寄金を頂いた。星野さんの代わりに私が
バオミン運営委員長、ハン会計部長に手渡す。
財政のことまで気を遣って頂き、星野さんには
心から感謝したい。

栃木県の「じゃむじゃむ」佐藤さんからベトナム事務所へ
デジカメの寄贈があった。火炎樹日記に呼びかけた
デジカメ寄贈に応えて頂いた。感謝。ソン君が管理の
責任者に。

3日間の連休が明けた。午前8時半過ぎ、「子どもの家」の
子どもたちとリー君が英語を勉強に来た。日本料理店再開の
ことは何も知らない。

英語の授業の前に私や大塚さん、バオミンさん、税田さん
仁枝さんなどが子どもたちに日本料理店再開のことを話す。

私の方で先日、子どもたちからもらった「日本料理店再開
要望書」の返事をすると切り出す。
新日本料理店をベトナム事務所1階に再開すること、
オーナーはJASSベトナムであること、子どもたちの皆さんが
中心になって営業を進めること、そのための自覚を持って
欲しいことなどを話す。


私が新日本料理店の再開を説明するとリー君が
「みんな拍手をしょう」と呼びかけ拍手となる。
子どもたちが、これから頑張って日本料理店で仕事をするとの
決意を語る。

ベトナム事務所に京滋YOUの会の植野さんと友人の方が
訪問。3月4日に京都で行われた「ベトナムディー」での
取り組み関連の資料と支援物資を持ってきてくれる。

午前10時、佐藤さん、ミンさんと一緒に「ファンダンルー高校」へ。
佐藤さんが高校の先生だったということもあり、ベトナムの高校を
視察。ファンダンルー高校には、大阪の志村さんより50人の
生徒に奨学金が支給されている。

副校長室で副校長先生と学校の概要を聞く。


懇談後、高校2年生の英語の時間を視察。佐藤さんが高校の
英語の先生だたこともあり、英語の授業に参入。

佐藤さんは英語で生徒と交流。日本の歌「上を向いて歩こう」
を歌う。2人の生徒がベトナムの歌を紹介。
英語で日本のこと、佐藤さんの家族のことなどを質問。
30分ほど交流が続く。

午前11時、交流を終了し、高校に別れを告げる。

昼食は「待つ店」と地元で言っている「チャオバンカン」
(キャッサバと米の麺)を食べに。1杯5000ドン(37円)。
3人で6杯。フエでの「究極」の美味しい料理。

トンチンカンホテルへ戻り昼寝。30分。

午後1時半から読書「ダライ・ラマ自伝」。
14代ダライ・ラマに指定され、その後の勉強。
宮殿の生活。

午後3時、「ベトナムの子どもたちと共に生きる会」
事務局長(じゃむじゃむ)の佐藤さんと日本語学校を
視察、交流。石塚先生が教えている「観光基礎コース」
の授業。


トンチンカンホテルの旧日本料理店で子どもたち、大塚さん、
仁枝さんたちが、食器の荷造りをしていた。新日本料理店へ
移動するため。

午後4時半、佐藤さんも参加し、食器類搬出の準備は続く。

夕方、ベトナム事務所1階の日本料理店工事の進捗状況を
見に行く。税田さんが現場を監督していた。

厨房入り口のレンガ作りはほぼ終了。



新日本料理店個室の壁塗りも完成

午後6時。佐藤さんの里子「リエムさん」(19歳)と夕食懇談会。
佐藤さん、バオミンさん、リー君、リエムさん。

リエムさん(19歳・高校2年生)は彼女の出産時に母親が
死亡。その後父親も死亡。兄と二人きりにとなる。
祖父母の家に兄と同居していた。その後、祖父母の死亡。
叔父さんの家に転居。2000年。私たちの里子となった。
里親は佐藤さん。現在。24歳の兄(独身)とリエムさん
が協力して叔父さんの家に間借りし生活している。
リエムさんは来年高校を卒業したら、幼稚園の先生に
なる学校に入りたいとの希望を持っている。
佐藤さんは、「リエムさんが幼稚園の先生になる学校
に入ったら、卒業まで応援する」と話していた。


佐藤さんからリエムさんにTシャツと扇のプレゼント


●リー君も懇談会に参加。リエムさんと佐藤さんとの
 話し合いにも加わり、食事を楽しんでいた。


私たちの取り組みは小さなものだが、こうして両親がなくなり
生活と通学が難しくなった少女を、日本人の支援者の
力を借りて、19歳まで育てることが出来たことは、
嬉しくもあり有難がたいことでもある。私たちは
全ての困難や貧困をなくす力はないが、自分たちの出来る
所で一人でも二人でも応援して、自力で成長していく
お世話が出来れば、ありがたいと思っている。
世界中の人間が「お互い様」の気持ちで助けあって
いければと願っている。

投稿者 koyama : 2007年05月02日 19:36

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