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2007年05月03日

入所希望者の家庭訪問

昨日の火炎樹日記で「デジカメ写真の縮小」方法を
教えて頂きたいとの内容を記した。
3人の方から縮小法をお教え頂く。素早い返信に
心から感謝。「チビすな」を活用し、何とか2000ミリ
になってしまたデジカメ写真を650ミリ程度に
縮小することに成功。3人の方々に本当にお礼を
申し上げたい。
早速、昨日(5月2日)の火炎樹日記の最後の
佐藤さんと里子リエムさんとの交流夕食会の
様子を写した写真をアップすることが出来た。

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晴天

気温33度。湿度70%。

午前7時、朝食。ブンボー。

午前8時過ぎ、徒歩でベトナム事務所へ。
今日は「子どもの家」入所希望の2家庭を訪問し、実情調査を
する。ロック寮長、バオミンさん、税田さん、JASS栃木の会
(じゃむじゃむ)の佐藤さんと訪問する。

ベトナム事務所から車で1時間。
フエ郊外のフーロック郡(その先はダナン)のロックアン村へ。
フエ市を少し出るとそこはベトナムを象徴するような純農村地帯。
緑と赤土の道路。田んぼには稲が実っていた。もう少しで
刈り入れとなる。

車に揺られて1時間。LANHさんの家へ到着。
家の庭には「木の皮」が干してあった。聞いてみると
「たきぎ」にするとのこと。



ランさんのご家族と懇談。

●祖母と父

以下、家庭状況。

・祖母(72歳) 家で暮らしている。仕事は出来ない。
・父親(50歳) 腎臓病で直ぐに疲れる。農業(家族が食べる程度)
・母(48歳) 心臓弁膜症。若い頃は手術をすれば治ると言われたが
         お金がなく手術できなかった。現在は年齢的なことも
         あり、手術はできなくなった。家で休んでいる。
・長女(19歳)ホーチミン市でミシン工だったが、最近帰ってきた。
         現在は無職。
・次女(18歳) ホーチミン市でミシン工をしている。
・3女(15歳) 小学校5年生で学業を中断。家の農業手伝い
・4女(13歳) 小学校5年で学業をやめる。現在は家にいる。
・長男(10歳) 小学校4年。通学。
・5女(7歳)   幼稚園

15歳の3女と13歳の4女が小学校で学業をやめたのは、
学校へ行かせるお金がないからとのこと。
8人家族で父親の農業だけで生活している。父親が作る野菜や
米で何とか「飢えを凌いでいる」というのが実情のようだ。
祖母、父親、母親と話したが、農村の純朴な家族と言った
感じである。現金収入はほとんどない。
家の中を見たが、確かに貧しい。
     
●家族の本棚


 
●家族のベッド


私たちとの話し合いを子どもたちが緊張してみていた。

入所希望の4女(13歳)と長男(4年生)と話す。
家族と離れて「子どもの家」に入って、心細くない?
と聞いてみる。既に両親に言い含められていたのだろうか?
「心配しない。心細くない。学校で勉強したい」との
答えだった。13歳の4女は本来なら中学2年生のはず。
家が貧しく小学校5年で学校を止めてしまったが、
やはり学校へ行って勉強したいのだ。家族と離れて
寂しくないはずはない。しかし、それ以上に勉強を
したいとの強い気持ちがあるのだ。

しばらく、祖母・両親・入所の子どもたちと話す。
ロック寮長が「子どもの家」入所手続き等を話す。
客観的に見て入所妥当と考え、その場でバオミンさん
ロックさんなどと協議し、入所を決定。

祖母・両親も喜んでいた。全員で記念撮影

話し合い中は緊張していたランさん兄弟だが、私がか帰る時
には緊張もほぐれて、笑い顔が出ていた。
「子どもの家」で幸せになって欲しい。


次にフエ市内近くのTHUYTHANH村に行く。
車で1時間ほど。

タン君の家へ到着。

父親が42歳で急死。フエ百科大建築科を卒業して
エリートだった。1年半前までは、普通の家庭として
生活をしてきたが、父親の急死で生活が激変。
収入がなくなる。
現在、40歳の母親がレンガ工場でレンガ作りを
している。月給80万ドン(6000円程度)。
76歳の祖母(父親の母)と16歳(中3)の長男、
14歳(中1)の次男、5歳の3男。
3人の子どもと義理の祖母の生活を母親の
レンガ工場勤めが支えているが、生活が難しい。
学校へ通えないとのこと。次男の通っている
中学校の先生が、フエ市内に日本人がやっている
「子どもの家」がある。そこに行けば、子どもは学校へ
行けるとの助言を受け、「子どもの家」へ入所の
申請をしたとのこと。
14歳の次男の入所を希望。次男は、過去6年間
成績最優秀。昨年度の数学の年間成績は、10点満点
で9、4点。何とかして高校から大学に行きたい。
将来は先生になりたいとの希望を持っている。

家庭状況も分かったので、入所の可否は後日連絡する
と話して帰る。
確かに6000円程度で3人の子どもの通学と家族5人
の生活は不可能である。何とか、「子どもの家」に入所
出来るように検討したい。

車で30分ほどでフエ市内へ。みんなでチャーハンや
ワンタンメンなどを食べる。

午後1時、昼寝。疲れからか2時間程寝てしまう。
午後3時、旧日本料理店へ。大塚さん、仁枝さん、
子どもたちで食器の引越しの準備を全て終える。

午後6時から「JASS栃木の会」(じゃむじゃむ)の佐藤さん
のお別れ夕食会を行うが、イン君が夕食会の準備。


夕食会前にリー君とイン君と写真を写す。

午後6時から佐藤さんとのお別れ夕食会。

●お刺身盛り合わせ

●手巻き寿司

午後11時近く交流会は終了。

投稿者 koyama : 2007年05月03日 19:15

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