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2007年02月16日
ベトナムの大晦日
晴天
気温28度、湿度75%(トンチンカンホテル廊下)
完全な「風邪」模様。体がだるく食欲なし。
トンチンカンホテルは正月休みということで朝食も作らなくなった。
おかゆを作る。五分がゆ。帰国前に懇親したJASS会員の方から
頂いたお米1合を使う。朝食は5勺のおかゆ。しばらく横になる。
午前10時、支援者Yさんと一緒に「子どもの家」へ行くことになって
いた。日本料理店前で30分待つが来ない。私が時間を間違って
いたようだ。午前10時半過ぎ、ベトナム事務所員のソン君と
一緒にやってくる。Yさん、ソンと「子どもの家」へ。
Yさんが「子どもの家」の子どもたち全員にテト正月のお祝いの
「バインチュン」というお餅を寄贈する。
「子どもの家」は明日(2月17日)の元旦を前にして正月の
装飾も完了。『謹賀新年 春 豚年』
「子どもの家」労働組合事務所兼応接室には桃色・黄色の梅の花が
飾られていた。
テト正月を前にして、親戚など誰かに受け入れて
もらえる子どもたちは、親戚などとお正月の体験をするようにしている。
63人の子どもたちの中で誰も受け入れる人のいない子どもたち10人
のためにお正月のお祝いをした。
Yさんが正月のお餅「バインチュン」を子どもたちに贈る。
子どもたちと一緒にバインチュンを食べる。
Yさんより石鹸、おもちゃなどの贈呈
長男の同僚の息子さんS君と友人も参加。S君は3月に大学を
卒業し、総務省に入省するとのこと。その前に是非「子どもの家」
を見ておきたいと話していた。拙著「火炎樹の花」や
伝記『ベトナムの「子どもの家」』なども読んでくれていた。
しばらく「子どもの家」で子どもたちや寮母さんたちと懇談。
帰路、王宮前を通る。大量の菊の花、梅、蘭、キンカンなどが
おかれ、多くの市民が集まっていた。
お正月の飾り物である。菊や金柑(キンカン)の『黄色』は
黄金=お金を意味している。黄色は新春にあたりお目出度い
ということで、多くの家庭で新年の飾りに買っている。
●大量の菊の花
●金柑(キンカン)
王宮前の広場は多くの市民で賑わっていた。日本の年末風景と
同じに何となくせせこましく、華やかな雰囲気が漂っていた。
トンチンカンホテルに戻る。昼食は朝作ったおかゆの残り(5勺)。
体がだるく、夕方まで横になっている。
午後6時前、バオミン・ホテルに泊まっているYさんを呼びに行く。
今夜は大晦日。日本料理店でも7人の子どもたちのうち5人は
親戚などに帰省しお正月を楽しむことになっている。
リー君と弟のターオ君の二人だけは帰る家がない。
日本料理店では、帰る家のない二人のために日本料理店
の大晦日を行う。
大塚さんが腕を振るい、仁枝さんが補佐し、美味しい大晦日
料理を作る。
Yさんは1997年に放映されたTV東京の「ドキュメンタリー人間劇場」
を見て、帯広から支援を申し出てくれた。
番組の中に出てきたリー君のことが忘れられなかったそうだ。
10年前の10歳のリー君から今は20歳に成長したリー君と再会(?)。
改めて13年のフエでの活動を意義を知ったと話していた。
●美味しそうにフダ生ビールを飲むリー君
大晦日の会は午後8時終了。リー君・ターオ君兄弟がYさんを
バオミン・ホテルまで見送る。
私と大塚さん、仁枝さんの3人で諸問題について話し合う。
午後11時解散。
大塚さんの息子さん夫妻が上海からフエに来る予定だったが、
ハノイで足止め。結局、今日はフエにこられないとのこと。
明日、午前7時半頃になるそうだ。年末にベトナム人の
里帰りは本当に多くの人たちの移動がある。
投稿者 koyama : 2007年02月16日 09:59