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2007年01月13日

日本語学校入学式 里親Yさんと里子懇談

雨のち曇り、時々晴れ。

少し天候が好転してきた。多少、暖かくなってきた。

午前9時、静岡フエ青年交流会館で日本語学校入学式があった。
「観光専門日本語基礎コース」(30人)。
毎回のことではあるが、日本語が分からない看板屋さんが横断幕を
作るので「誤字」がある。


このコースは週5日間、1日4時間。1週間20時間。年間800時間
集中日本語教育である。1年間で日本語の基礎を勉強し、
2年目は、学生の希望などに沿った教育課程を用意することに
なっている。


税田さん・バオミンさんの司会で入学式が始まる。

トゥアティエンフエ省観光局代表挨拶


続いて「フエ市越日交流委員会』副委員長・兼日本語学校校長
の私が挨拶。日本とベトナム、日本とアジアの平和の架け橋に
なって欲しいと挨拶。

新入生

観光専門日本語基礎コース担当の先生方

入学式後、担当の先生方による新入生へのオリエンテーションが
行われる。

私とバオミン・ベトナム事務所長は佐賀県の里親Yさん親子を
迎えにバオミンホテルへ。Yさん親子を案内し、「子どもの家」へ。
「子どもの家」の各施設を案内する。


11時半、「子どもの家」の子どもたちは昼食。

セン委員長と記念写真

午前11時45分、日本料理店着。
簡単な「日本語学校入学式」のお祝いを行う。
日本料理店の大塚さんたち日本人スタッフがお祝いの
昼食を作ってくれる。大塚・石岡・石塚・仁枝・バオミン・
イックホアン(外務部員)などと会食。(ラームさんは体調不良で
欠席)
ちょうど日本料理店の生ビールの2週間賞味期限の切れる日。
捨てるのももったいないので、みんなで飲む。

午後1時半、トンチンカンホテルの部屋に戻る。
ホーチミン市にいる宇都宮縫製工業組合佐藤理事長、
日本から2本の電話あり。

読書「試された女たち」(澤地久枝著:講談社)
古本屋で100円で購入。
著者澤地氏が明治初期から気になっていた女性6人を
取り上げその生き方を書いた。
『横浜富貴楼 お倉」。伊藤博文の愛人とも言われた明治の
女傑。
読んでいるうち眠くなる。1時間ほど昼寝。

午後、12通のメール受信。9通のメール送信。

午後6時半、佐賀県の里親Yさん親子が日本料理店へ。
二組の里子と初対面・懇談。

佐賀県のYさんは、私がフエに来た1993年9月に始めた
チーラン通り「子どもの家」の支援の直ぐ後、1995年頃から
里親支援を始めてくれた最初の支援者のお一人。
縁があって福岡市国際交流協会の招請で講演会に行った
際、極短時間Yさんご夫婦にお会いした。佐賀県で酪農を
されているとのことだった。現在ベトナム事務所1階の
刺繍みやげ物店で仕事をしているフオンさんを最後まで
支援して頂いた。フオンさんは、諸般の事情で「尼寺」
生活をしていた。Yさんは、尼寺での生活を支援。
成人し、ベトナム事務所付属の刺繍みやげ物店を開店する
と直ぐに就職。既に6年間ほど刺繍みやげ物店で仕事を
している。その間、結婚し、現在は4歳と4ヶ月の子どもがいる。
フオンさんが成人し自立したが、引き続き新しい里子を引き受け
てくれている。ゴックさん。11歳。

里子だったフオンさん(親子)と里親だったYさん親子


ゴックさん親子。
ゴックさんは、生まれながらに「心臓病」を持っていた。
里子になった6歳位の頃、心臓病の手術をしようとしたが、
体重が8キロしかなく出来なかった。小学校に入学し
体重が10キロを超えた時点でJASSの支援で心臓病の手術を
した。現在は、6年生。普通の女の子と同じような日常生活を
することが出来るようになっている。
お母さんは、天秤棒で手打ちうどんを売り歩く仕事をしている。
朝3時に起き、小麦粉をこね、手打ちうごんを作る。午前5時頃から
街に出て路上で売り歩く。午後12時頃まで。70杯ほど売る
と仕事が終わる。70杯売って儲けは100円。朝3時に起き
9時間も働き、1日・100円、1ヶ月働いて3000円
の儲けで生活しているベトナムの庶民がいることを
私たちは、記憶に留めておく必要がある。
私の回りでは20代の若者であるにも拘わらず
1食50ドル(6000円)の5つ星ホテルでのバイキングイングを
平然と食べるベトナム青年夫妻もいる。
この若者夫妻はゴックさんのお母さんが毎朝3時から
9時間も働いた2ヶ月分の収入をたった1回のバイキングで
食べてしまう人たちである。
私たちベトナム事務所の付き合っている「子どもの家」の
子どもたちや関係するベトナム人の多くは、ゴックさんの
お母さんのように必死に働いても1日・100円程度の
収入しかない中で、一生懸命働き・働き・働きしている
人間たちばかりだ。一見豊かになったかのような幻想に
惑わされてる『ベトナム観』を吟味する必要がある。
ベトナムを訪問した日本の政党の委員長が「ベトナムのドイモイ
政策は日本の社会主義社会を作る参考になる政策だ」
「ベトナムの貧困削減は、世界でも特筆すべき成果を
収めて、IMFからも高く評価されている」「ベトナムのドイモイ政策
を高く評価する」と言っていた。ベトナム社会の深層を知らない
人間の皮相的なベトナム観と言える。ベトナム社会の
本当の矛盾を自分の目でしっかりと見るべきである。
真面目に働いている人たちが報われない社会は変である。

佐賀県のYさんのように10年間もの間、コツコツと支援を続けることは
なかなか大変なことでる。しかし、その10年という間に里子の
子どもたちは成長し、自立し、時には子どもを産むという「人間の
ドラマ」に出会うことも出来る支援でもあるのだ。
私がベトナムに13年住んでいたこともあながち意味のないことでは
なかったとも思える時間だった。Yさんご夫婦に感謝。


里子だったフオンさんが作った刺繍の作品(バラ)を記念品に
もらうYさん親子。フオンさんと4歳、4ヶ月の二人の子どもたちを
記念写真。

日本料理店の来客、14人。
雨が降らないと日本料理店への来客は増える。

投稿者 koyama : 2007年01月13日 09:54

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