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2006年03月21日

オアシスの会支援現場視察

快晴。気温30度を越す。

昨夜半より下痢。昨夜、日本料理店で冷たい生ビールを
飲みすぎか? 何度もトイレ通い。

朝食を食べるのがかなりきつかったが、頑張って食べる。

午前8時過ぎ、昨日受信のメールに目を通す。
午前8時半、ベトナム事務所へ。
ミンさん、オアシスの会の大塚さんと一緒に
「オアシスの会プロジェクト」の現場視察に行く。
オアシスの会はJASS、フエ市人民委員会外務部と協力して
「船上生活者」支援プロジェクトを開始している。
①船上医療船の運航 
②フーハウ診療所での船上生活者医療支援

始めに船上医療船の実情を調査。


●船上医療船医師とオアシスの会大塚さん

●医療船スタッフ(医師・看護師・船頭)と大塚さん


●オアシスの会より2006年度前期分の支援金を贈呈


引き続き、フーハウ地区診療所を訪問する。
医療船でフオン川から支流を進み40分。フーハウ地区診療所
前へ到着。

今日は気温30度以上の真夏状態。船上生活者のコロニーを
通り、フーハウ地区へ。フオン川の支流で「入浴」し、頭を
洗っている男性がいた。

フーハウ地区診療所はフオン川支流に面して建っている。
診療所前で所長さんと挨拶。

フーハウ地区診療所はフエにある全ての船上生活者を
対象とした地上・固定の診療所である。
所長さんに2006年1月~6月分の運営費(支援金)を
オアシスの会の大塚さんから贈呈する。

今日はオアシスの会の現地駐在員の大塚さんと医療船・
フーハウ地区診療所長などとの「顔合わせ」。
今後、大塚さんは恒常的・継続的に船上生活者の支援が
きちんと行われるように医療船医師、フーハウ診療所長と
協力してプロジェクトを成功させることになる。
JASSもその仲立ちをしながら大塚さんと協力して
活動を進める予定である。


フーハウ診療所の傍の市営住宅にいる里子のヒエウ君を
訪ねる。ヒエウ君は10年ほど前から在宅支援をしている。
手と足に障害を持って生まれた。諸般の事情でお母さんと二人
の生活。経済力がなく、学校にも行けなかった。
帯広のYさんが在宅支援をはじめ、通学させると学校の
成績は「最優秀」。昨年中学3年生となり高校進学の
猛勉強をしていた。突然高熱を出し、入院。精神的に
ダメージを受ける。直ぐに私とミンさんで訪ねて行ったが
部屋の中で笑っているだけ。他人との意思疎通も出来ない
状態となってしまった。お母さんは本当につらい思いを
していた。それでもヒエウ君のために頑張っている
お母さんを助けて応援した。フエ中央病院での治療を
開始。費用は帯広のYさんを通してJASSが支援。
半年後にヒエウ君はかなり精神の回復を見た。

今日、久しぶりにヒエウ君を訪ねる。
随分と回復していた。「ヒエウ君、君の写真を撮るから
ベッドの横に座って」と私が言う。ヒエウ君は
「シャツを着るので待っていて欲しい。ベッドの横ではなく
いすに座って撮って欲しい。そのほうが男らしいから」と言う。


ヒエウ君の回復の実情を確認し帰宅。

フーハウ地区診療所から医療船で帰る。
トンチンカンホテル着、午後12時過ぎ。
午前11時に料理のフオンさんが昼食を作って帰宅。
今日の昼食は「フエの煮込みうどん」。
部屋に戻り、のびのびの煮込みうどんを食べる。
丁度下痢をしていたので、柔らかくてよいなどと
思いつつ、胃に流し込む。

洗濯。

今日は急に暑くなった。半日、猛暑の中にいたせいか
かなり疲れる。1時間ほど昼寝。

洗濯物を取り入れる。

午後3時から午後5時半まで21通のメール受信。
17通のメール送信を行う。
全てのメールの目を通すのにかなりを時間を要す。
出来るだけ丁寧に返事を書く。

午後6時、夕食。

中村先生のお母さん(里美さん)は、フエで最後の夕食。
ラームさんも少しずつ体調が回復しつつある。

今日は日本料理店を休む。
午後7時過ぎ、日本人がやってくる。丁重にお断りを言う。

ミンさんと電話連絡。

ハノイのベトナム中央テレビから取材の申し込みがあったとのこと。
日本料理店について1時間の特別番組を作りたいとのこと。
特にストリートチルドレンなどの子どもたちのための日本料理店
はベトナムで始めてなので、こうしたことも含めて、番組を作り、
全国放送したいとのこと。番組制作に協力してくれるか、
私の意見を聞いて欲しいとのことだった。快諾する。
それにしてもベトナムの「うわさ話」は凄い。未だに
どこにも宣伝すらしていないのにテレビ局に情報が入るとは。
ベトナムの情報伝達の速さを改めて思い知った次第である。


WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で
日本が優勝した。喜ばしいことである。

NHKの「ニュース10」を見る。日本が世界一になった、
と渋谷や各地の繁華街で若者が大騒ぎしている様子が
放映された。

参加チームの中で一番になったことは素晴らしいことでは
あるが、「世界一」と言われると「うーん」と疑義を感じてしまう。
何よりもベトナムでは全く報道されていない。CNN,BBC、
イタリア、フランスの放送も見たが、ほとんど報道されて
いなかった。

世界一というからには、ほぼ世界中の国々が参加して初めて
いえることである。今回正確に何カ国が参加したかは知らないが
20ヶ国位だろうか。

220ヶ国ほどある世界の国々で野球をする国がどのくらいあるのか?
発展地上国の多くはグローブやバットが買えない。
ボール一つあれば出来るサッカーしか出来ない国々が
あることも事実だ。世界中のほとんどの国が参加していない
世界一。

勝ったのだから、グタグタ言うなと言われれば「はい」と
いうしかないが、何か「世界一」と浮かれてはいられない
わが日本ではないのだろうか?

暗い話ばかりの日本だから、たまにはこうした明るいニュースの
報道が必要だという人もいるかもしれないが、
「世界一」という言葉に抵抗を感じるのは、私だけだろうか?

「アメリカによるアメリカのアメリカのためのWBC」と言われている。
審判団の7割近くがアメリカの審判。日米試合の際に
アメリカの審判がジャッジをするWBCのインチキぶり。
アメリカ大リーグの開幕前哨戦のためのWBCだと
言明している野球評論家の二宮氏のいうものあながち
的外れともいえない。

イチローの情熱とファイト、損得を度外視した態度に
拍手を送りたい。

投稿者 koyama : 2006年03月21日 21:40

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