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2014年04月09日
フンヴォン王・命日 祝日
今日は「ベトナムの伝説上の国王フンヴォン王」の命日。
フンヴォン王は、日本で言えばベトナムの
「神武天皇」のようなもの。伝説上の存在。
きょうは祝日・休日。
朝8時、市内「カメリアホテル」で「朝食バイキング」を
食べに行く予定だった。私、富岡先生・石井君。
朝7時過ぎ、富岡先生から電話があり、「石井君が
発熱。朝食バイキングにはいけない』との電話あり。
石井君の発熱。とても心配。富岡先生に石井君の
様子を注視していて欲しい、何かあったら
直ぐに私に電話するようにお願いする。
午前8時過ぎ、1週間程前に食べきれない昼食
「ご飯・魚フライ」を冷凍しておいたものを
解凍。朝食とする。
トラブルがあった東京の某「合板・接着剤会社」の
社長より電話あり。
4月21日、フエのベトナム事務所に来る
とのこと。受け入れる。
午前中、当面のいくつかの課題を整理する。
バンベー45号の骨格。8月2日にフエ市人民委員会
で行われる「子どもの家」設立20周年式典の素案。
午前11時、インターネットで「小保方博士」の記者会見を
見る。マスコミ関係者の専門の知識を勉強していない
質問が「ワンパターン」で同じような質問ばかり。
小保方博士は、理研スタッフとしての限界の中で
最大限の自説を述べたのではないだろうか?
理研の野依理事長が、「1人の未熟な研究者が
膨大なデータを集積し、極めてずさんな取り扱いをして、
責任感に乏しかった」とした発言にマスコミが批判
出来ない情けない現状。30歳の若者を
「ユニットリーダー」に仕立て上げ、マスコミを
動員して、理研の素晴らしさをアピールしようとした
野依理事長など理研野幹部の歪んだ思惑。
マスコミは、「割烹着」から「指輪」「装身具」
「研修室のピンクの壁紙」まで持ち上げた報道を
した。そして「理研はそうしたことを「狙った」。
それが、問題が起こった途端に「手のひらを返した」
ように「小保方博士切り捨てに走った。
今日の記者会見は、あれだけの「批判ストレス」
の中で頑張ったといえる。
30歳の若い研究者を育てるには「オジサンたち」の
愛情と努力が必要である。
若い小保方博士を「利用し」持ち上げ、ユニット
リーダーに祭りあげ、問題が起こったら
「ミソクソに批判する」野依理事長などの
「おっさん」「自己保身」人間群を忌み嫌う。
野依理研理事長が「小保方博士」を批判するのなら
「小保方博士」を「ユニットリーダー」に登用した
野依理事長以下、理研幹部自身の「自己批判」と
自らの「責任を感じての辞任」が大前提である。
野依理事長以下、理研の幹部研究者の
自己保全・自己保身の醜い姿を見た思いだ。
これは、現在の日本社会の反映もである。
自分は、立派なことを言っているが、「行動はしない」
で他人への批判は「節度を越す」ものである。という
例を多々見る。
野依理研理事長など理研の幹部スタッフの
行動はまさに現在の日本社会を端的に反映
していると思われる。自分は、「安全な場所」にいて、
他人を批判する「おっさんども」の無責任・自己保全の
醜い姿を見た思いである。
もちろん小保方博士の未熟な部分はあるが、そうしたことを
是正し、指導するのが理研の「高額国費給料」をもらっている
「おっさんたち」の仕事なのだが・・・・。
若者は、「手間と時間と忍耐」をかけて「おっさんたち」が
育てるものである。理研の「おっさん・おばさん」たちが、
小保方問題で「逃げた」事実こそ、今の日本の
「おっさん・おばさん無責任社会」を作っているように
思われてならない。
私の経験でも「30歳」では、「人の上」に立つのは
難しい。」その組織のシステム、その仕事をより深く
学ぶ年代である。
学校で例えれば、30歳で教頭などに抜擢されても
経験不足は当たり前。
午後5時。石井君から電話。「体温が39度」。
かなり高い。心配だ。食事をしっかりし、安静な
生活をするように話す。問題があったら直ぐに
私に電話するように話す。
石井君の健康回復を祈る。
午後7時から午後10時まで
東京の某「接着剤・合板会社」へ
抗議と絶縁のメールを送る。
お互いの信義を一方的に裏切る会社は
「ヤクザ」以下である。恩義も信義もない
勝手な会社である。今後、この会社に
付いて様々な「真実」広報をしていきたいと
決意している。
投稿者 koyama : 2014年04月09日 17:53