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2012年11月19日

断水終了:明日は「先生の日」

午前5時起床。


断水。

午前7時朝食。「フォー・ボー」(牛肉米麺)


朝食は料理のセンさんが「自宅」で作って来てくれる。
それで朝食は可能だったのだが、宿舎の水道・トイレの
水は一切出ない。

センさんも「水が出ない」と言っている。
近所の人も水が出ないのか、センさんが確認に行く。
近所の人は水が出ている。私は3日前から地域全体が
断水だと思っていたのだが、実際には、我が宿舎だけが
「水が出なかった」のだ。
センさんが、水道の指針計と水道のバルブを見に行く。
「水道のバルブ」が閉じられていた。

先日、インターネットを直しに来てくれたソン君に
「断水だがもしかしたら水道のバルブが閉じられているかも
知れないので、確認して欲しい」と依頼する。
「水道のバルブは問題がない」との調査結果だったので
「やはり、地域全体の断水だ」と思い、3日間、シャワーも
トイレの水流しも出来ないまま、汚物まみれの中で我慢して
いたのだ。

しかし、実際には、我が宿舎だけの「断水」と言うことが判明。
直ぐに「水道指針計」と「開閉バルブ」を確認した。
フエでは、水道指針計とバルブは、家の前の道路上にある。
だれでも「水道開閉のバルブ」をいじることが出来る。

料理のセンさんが、水道開閉のバルブが「閉められていた」
ことを確認。自力で開けようとしたが、硬くて開けられない。
私も自力で開閉するバルブを開けようとしたが、びくともしない。
これは、誰かが、何らかの「機器」で強力に閉めたことは
明らかだ。「いたずら」にしては、度が越している。
センさんが近所の人に頼み、機器で何とかバルブを開けてもらう。

しばらくすると水道の水が出る。茶色。


今回の断水は、「誰かのいたずら」の結果と断定。
しかも単なる「軽いいたずら」ではなく、機器を使って
バルブを手では開けられないように「きつく」閉めてしまうという
確信犯的ないたずらだ。だれが仕掛けたのかは知らないが、
困ったものだ。

午前10時JASS日本語学校の生徒の親が
「感謝の言葉」を言いにベトナム事務所へ来る。

本当は11月20日がベトナムの「先生の日」。先生に感謝と
恩を感ずる日。

しかし、JASSは11月20日は、「子どもの家」創立18周年
記念祝賀会を行う。そんな訳で「先生の日」の前日、
親が、JASSへお礼と感謝の気持ちをあらわしにやってくる。

私、バオミンさん、日本語部長のフーン特級先生が応対。
1時間ほど、お子さん方の日本語の進捗状況などを
話し合う。



午前11時半、昼食。「チャオ・バイン・カイン」(小麦粉の手打ち
うどん)

その後、1時間ほど昼寝。


午後、バンベー42号の編集。全体の構成を再度考え、バオミンさんと
電話で相談。

私の書いた2編の文章を推敲する。文章に必要な写真を
100枚のサンプルの中から探す。

少しずつ、セン運営委員長などの書いたベトナム語の文書を
ハンさんたちが翻訳し、税田さんが校正したものが送られてくる。

読書「メディチ家」

読んでいて面白い。地方の弱小高利貸しがヨーロッパ最大の
「財閥」になり、ルネサンス最高の芸術パトロンになる過程を
詳細に記述している。
メディチ家も「政治的」な能力をもった人物が常に輩出し
数百年間かけてイタリアだけではなく、欧州最大の
財閥になったのである。政治と軍事・経済・財政に
造詣が深く、同時に芸術・人文に博識な人材が、
メディチ家にはいたのである。

夕方、バオミンさんといくつかの問題で意思統一。


光ファイバーのインターネットの力が弱すぎ、仕事に
ならない。

この火炎樹日記を書き、写真を添付するだけで
4時間ほどかかった。これでは、仕事にならない。


明日の「子どもの家」創立18周年式典の挨拶文を書き、
通訳のバオミンさんに送る。

挨拶の主流は「子どもの家」運営委員長のセンさんなので
私は簡単な挨拶とした。

投稿者 koyama : 2012年11月19日 20:23

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