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2012年02月27日
多数の文書作成:夕方、富岡先生の送別会
終日小雨 午前8時 気温20度 湿度90% 寒い
午前7時朝食。チャオ・バイン・カイン
午前中、日本への再度の帰国のための荷物の整理と部屋の
整理。
受信メールへの返信。
読書「不破哲三 時代の証言」(不破哲三著:中央公論新社)
午前11時半、昼食。春雨麺。
函館の会からの「フェアートレード」に関する私見を求められ
書き、送る。
受信メールを読み返信。
午後5時過ぎ、徒歩でベトナム事務所へ。
ベトナム事務所前の路上で元日本料理店長の
リー君がシクロの運転手たちと飲んでいたい。
どんな気持ちで日本料理店前で飲んでいるのか?
何を期待してわざわざ日本料理店前にいるのか?
午後5時半、タクシーで「富岡先生の送別会場」へ。
天安山の中腹にあるベトナムレストラン
初めにバオミンさんの音頭で乾杯
今日の主役「富岡先生」と新任の「古賀先生」
今日のレストランは、特殊な豚肉の料理とスッポンが
メイン
美味しい豚肉
ソン君と後藤君。後藤君もすっかりベトナム事務所に慣れている
ホテルの庭で摂れた新鮮な野菜
このレストランは「スッポン料理」で有名
生きたスッポンを調理してもらう
スッポンの生き血を
日本語部長であり富岡先生の指導者のフーン先生
(日本語能力試験:特級)と富岡先生
今晩は先生(フオン先生)とハン会計部長
怪しい雰囲気の2名の男女
全員で「スッポンの生き血」を飲み、富岡先生の
幸せと、明日からのベトナム事務所の仕事の
更なる発展と「子どもの家」のこどもたちの幸せを
誓う。
富岡先生と古賀先生もスッポンの生き血を飲む。
その後、どうなるのか? 日本語の指導法を
論議すると言う。学問を通して共通の義務感を
感じている二人の若者である。
スッポンの「姿焼き」
富岡先生送別会の最後。
JASSを代表して私の送別の言葉
1年半、ベトナム事務所・日本語学校・日本料理店
などの仕事を本当に真面目に頑張ってくれた。
感謝している。富岡先生の仕事の仕方は、一言で言えば
「誠実」に尽きる。まだ20歳。これからの長い人生と
自分の生きる道を見つけ、困難に立ち向かい、幸せな
人生を歩んで欲しい。
続いてバオミンさんのお別れの言葉
「1年半、ベトナム事務所で仕事をしてくれた感謝している。
日本へ帰っても自分の良いところを伸ばしていって欲しい。
長い間、ありがとうございます。」
ベトナム事務所の金正日である指導者同志の
フーン日本語部長(日本語能力試験特級)
の送別の言葉
「富岡先生の性格は本当に真面目。仕事の仕方も
丁寧で真面目なものだった。日本語部長としても
本当に助かった。日本へ帰っても体に気をつけて」
フオン先生(別名 今晩は先生)のお別れの言葉
「富岡先生と一緒に仕事を出来て楽しかった」との言葉あり
原田先生からお別れのことば
ソン君からお別れの言葉
古賀先生から心のこもったお別れの言葉
新任の後藤君のお別れの言葉
最後の古賀先生から記念の写真集と送別の言葉の
ストックブック贈呈
ブライセンの「チュン君」(「子どもの家」出身)
新任の後藤君から記念品の贈呈
富岡先生からのお礼と感謝の言葉
「1年半、お世話になりました。楽しい時間を過ごすことが
出来ました。皆さんの親切に感謝しています。
これからは、日本で頑張ります。日本へ帰国しても
フエで学んだことを生かして行きたい。皆さんも健康で
幸せな日々を送ってください。また、フエに遊びに来ます。」
午後9時過ぎ、富岡先生の送別会終了
20歳の若者の新しい門出である。
富岡先生の新しい人生と幸せを祈る。
投稿者 koyama : 2012年02月27日 18:58