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2011年09月29日
午前中「心臓病」通院:夕方「高校クラス会」
快晴
午前8時自宅を出て、新宿の心臓病専門医院へ
ベトナムで心臓の薬が半月前に切れてしまった。
1回、2ヵ月分しかもらえない。
午前9時過ぎ、病院到着。午前10時半、診察。
今回は無理をして3か月分の薬をもらう。
昼過ぎ、診療終了。
午後6時半。池袋で某都立高校のクラス会。11人参加。
年齢的に言えば、63歳か64歳。老人は何歳からか?
との問いに異口同音に「65歳から」と答えている皆さんではある。
皆、元気溌剌。
真ん中M女史ハ、キューバの若者と結婚。現在、キューバ住まい。
日本キョーバ友好協会の活動もしている。
右はじS君は、ラオス在住。日本料理店のグエットさんの里親を10年
以上してくれた。ラオスでラム酒作りなどに精を出している。
左はじの美女Fさん。小学校1・2年(または、3・4年生)の
時同級生だった。(豊島区立文成小。今もあるのだろうか?)
右はじのG君は、永年クラス会長。
わがクラス「ラオス組」の首領。
平和・民主主義擁護派高校生「二人組」
W君は早稲田の文学部に入学。
当時の早稲田文学部はカクマル派の暴力支配の拠点だった。
4年間苦労した。
我クラスの「ナンパ」第一人者のY君。
今は私が一番尊敬している仲間でもある。
今日のクラス会には11人が参集。バオミンさんから贈られた
ベトナムコーヒーを10個に小分けし、皆さんに贈呈。
バオミンさんに感謝。
午後10時過ぎ、閉会。池袋の駅。
我クラス「赤化高校生4人組」
クラスの仲間全員が長生きして、死ぬまで社会に役立つ人生を
送ってほしいものである。
西台の駅前の交番に「国際指名手配」のポスターが
貼ってあった。日航のっとり北朝鮮行きの「連合赤軍」
の連中。年齢を見たら我クラスのみなさんと全く
同じ年齢。1970年、この事件の時、私は京都に
いた。
一人ひとり違う人生。知りあって48年になる。
未だにこうして付き合えることに感謝したい。
G永年クラス会長様のお陰と深謝。
今夜も気持良く酔えた。
投稿者 koyama : 2011年09月29日 23:11