« 諸準備・打ち合わせ | メイン | フエ高等師範大学「ソバ打ち大会」 »

2011年04月16日

東日本大震災救援第4弾:タイロック市場にて募金活動

快晴 気温39度  湿度が高く1日中、気分が悪かった。

午前7時朝食。フォー

食後、徒歩でベトナム事務所へ。

午前8時半。ベトナム事務所員会議


今日はバオミンさんから「バンベー39号」の編集方針、
編集の手順、締め切りなどの提案。

日本語教師よりフエ高等師範大学日本語学科の
いくつかの問題について提起があり、話し合う。

その後、今日、午前10時から「子どもの家」近くの「タイロック市場」
で行う「東日本震災支援募金活動」について説明。

20代の若者と一緒に過ごすと私も元気をもらえる。
(一部男性に30代の人がいるが、女性は全員20代)

午前10時前、2台のタクシーに分乗し、「子どもの家」へ。

3月11日の「東日本大地震・津波」以来、
JASSベトナム事務所員は、心を痛めていた。日本にいない
私たちがどんな支援を出きるのか? 
私たちは4つのプロジェクトを計画した。既に3つは実行した。

JASSベトナム事務所「震災支援」4大プロジェクト計画

第1弾:ベトナム事務所員・「子どもの家」・日本料理店の全スタッフ
     の署名と寄金

第2弾:フエ市人民委員会とJASSで共催し、「東日本大震災
     救援集会」を開催。120人の参加。120万円の寄金

第3弾:日本料理店での寄金と署名活動

第4弾:「子どもの家」付近の市場でフエ市民へ「日本の地震・津波
     被災者支援」の呼びかけと寄金

午前10時、ベトナム事務所員全員が「子どもの家」へ結集。

「子どもの家」のこどもたちも昨夜募金箱を自分たちで作り
今日の「震災支援」活動の準備をしていた。

「子どもの家」には、昨年「子どもの家」を卒業し、ホーチミン市で
窓枠つくりの会社で仕事をしている「チュック君」(日本料理店の
チャンさんの弟)が遊びに来ていた。
ホーチミン市の会社から2日間「ダナン」での仕事を命じられ
ダナンヘ来たついでに「子どもの家」へ寄ったとのこと。
「子どもの家」を出て半年。チュック君はすっかり「大人」に
なっていた。社会に出ると言うことは、こどもたちを「社会の力」
で教育し、大人にして行く。

「子どもの家」のセン委員長・スタッフ、こどもたち、
ベトナム事務所員で「子どもの家」の食材などを買う
「タイロック市場」へ。

徒歩10分。タイロック市場へ到着。
フエ市人民委員会外務部員・タイロック市場責任者と挨拶。

市場の正門前で「東日本大震災被災者支援」の呼びかけを
行う。

「子どもの家」のこどもたちが募金活動にどう対応するのか?
どう行動するのか? に興味があった。

こどもたちは、躊躇(ちゅうちょ)することなく、積極的に
市場のお客さんに募金を呼びかける


チュック君と「子どもの家」に現在もいる「タン君」は
「子どもの家」でも友だちだった。


その後、訴えの場所を変え、市場の中央広場で「ハンドマイク」
を使って、日本の震災被害の実情、「子どもの家」への日本の
長年の支援などを話し、フエ市民に直接募金を訴える。

バオミンさんがベトナム語に通訳。

午前10時過ぎ。丁度フエ市民が昼食の食材を買いに来る時刻。
タイロック市場はたくさんの買い物客で溢れていた。

ベトナム事務所員・「子どもの家」スタッフ、こどもたちと
協力して、大震災の被災者への支援を訴える。
気温39度。猛暑。10分もすると体中、汗びっしょりになる。
私は時々、頭がフラフラした。

こどもたちは、突然「思いがけない行動」に出た。
日本での募金活動は、一箇所に立って「訴え」、寄金を
したい人は、訴えの場所にある「カンパ箱」に寄金を入れる
というやり方が一般的。

こどもたちは、募金箱を持って、1軒1軒のお店を訪問、
募金を訴える。こどもたちはこの種の活動に「慣れて」
いるのだろうか?

市場中央広場での訴えを終了し、市場の中をこどもたちを中心に
皆でくまなく歩き、募金を訴える。多くの市民、お店の人が
寄金をしてくれる。





「子どもの家」のこどもたちは「私たちは日本人のお世話で
生活している。今、日本人は大地震で困っている。自分たちの
出きることは応援したい。」と言っている。


雀の涙のような小さな取り組みではあるが、多くのベトナム人が
寄付してくれた。ベトナム人の気持ちのやさしさに感謝。

タイロック市場の責任者が挨拶をしてくれたが、
その後は、趣旨を理解してくれた市場の『警備員』さんが
1軒1軒のお店まで私たちを連れて行ってくれて、
お店の人に私たちを紹介してくれた。
警備員さんは私たちが「ハンドマイク」で寄金を呼びかけた
趣旨を聞いてくれていて、『その気』になり、最初から
最後まで「タイロック市場」の隅から隅まで案内し、
私たちを紹介してくれた。有難いことである。
人間の気持ちは、役職の「上下」には関係ない。
人間の言葉を発せられない日本経団連副会長である
「某電力会社の社長」(はっきり言いましょう。東電
清水社長)よりは、タイロック市場の
警備員さんの真っ当な人間性に感動した。


午前10時過ぎから午前11時過ぎまでの1時間は
フエの気温の一番高い時間でもあった。39度。
体中が汗でびしょびしょ。

募金活動を終了。総額「81万ドン」(日本円で4000円)の
寄金があった。

「子どもの家」のこどもたち、スタッフ、ベトナム事務所員の
皆さんの奮闘に心からお礼を言いたい。

今日の「東日本震災支援活動」第4弾は構想を練って
実現するまでに1ヶ月間もかかった。
中東ジャスミン革命の影響はこんな所に鮮明に出ている。
大衆の前での呼びかけ活動は基本的に出来ない現状
である。1ヶ月間かけて何とかタイロック市場での
こどもたちと一緒の寄金活動が実現した。
日本から見れば本当に小さな活動である。しかし、
こうした活動を組織するのに1ヶ月間もかかる事情が
ある国でもある。そうした中での「小さな活動」は
こどもたちやベトナム事務所員の心の中にも、
タイロック市場にのお店の人、お客さんの心にも
人間としての連帯の気持ちが伝わったのではないかと
自負している。
こうした活動の実現に協力してくれたフエ市人民委員会に
感謝したい。

午前11時45分、昼食。今日は精進料理を食べる日。
タイロック市場での活動があまりに暑かったので
食欲なし。半分ほど残す。

午後6時半、明日フエ高等師範大学で「ソバうち」をする
長野県小諸市の皆さんから招待され日本料理店で夕食会。

午後9時終了。

オーストラリア人や小諸市からこられた「ソバ打ち」グループの
皆さんも「地震・津波」激励の署名を。


午後9時半、宿舎へ帰る。

今日は、JASS静岡の会の総会があった。


投稿者 koyama : 2011年04月16日 19:34

コメント