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2010年08月14日

ベトナム事務所員会議:ティン君誕生会:リー警察に逮捕される

快晴  夕方曇り


午前5時起床。

読書「1Q84 BOOK 3」(角川春樹著:新潮社)

午前7時朝食。ブンボー。

今日は停電がなかった。一安心。こうしていつ停電に
なるのかをびくびくと恐れながら生活している庶民の
気持ちを「お偉いさん」たちは、どこまで理解しているのか?
「人民とともに」とのスローガンを実践して欲しいものである。


午前8時過ぎ、ベトナム事務所へ。

午前8時半、ベトナム事務所員会議。

富岡先生が加入し、現在ベトナム事務所員は11人。
大所帯となった。11人中6人が20歳代。
組織の半分以上が20歳代と若い団体は、そのエネルギーで
伸びていく。こうした若い人たちを信頼し、大いに力を発揮
してもらいたいものである。私の仕事は、20歳代、30歳代
(40歳代はいない)の皆さんの力を総結集することである。
「団結」こそが一番組織の力を発揮できる。お互いが
お互いの気持ち、性格を理解し尊敬しあい、仕事を
進めて行きたいものである。私たちの共通の願いは
「こどもたちの幸せ」である。

(ソン)地球の歩き方2班の案内
    「アクセサリー研修センター」研修生に給料支給
    明日、JASSスタディーツアー出迎えのためにホーチミン市
    に行く。(新婚早々なのでホーチミン市への宿泊旅行は
    行きたくないのだが・・・・・・などということは言っていなかった)

(原田)日本語学校「特進クラス」2回教えた。単語・作文・発音
     「フェリシモ」のカード作成

(富岡)フエに来て10日間程たつ。皆さんのお陰で何とか
     ベトナム事務所に慣れてきた。
     今週はスタディーツアーに付いていった。
     原田先生・古竹先生の日本語教育を見学させてもらった。
     ナムドン山岳地帯へ行った。
     毎晩、日本料理店の手伝いをした。毎日、忙しい。

(フーン) 日本語学校特進クラス。
      地球の歩き方2班案内


(古竹) 今週は体調を崩したが、回復した。
      日本語学校初級クラスの卒業テスト。10人中9人が
      合格した。残りの一人を再テストしている。
      8月3日から初級クラスが中級クラスになった。
      特進クラスの会話
      フエ高等師範大は来週から授業。

(フオン) 初級・中級クラス。10課。文法、聞き取り終了。
      特進クラス1回教える。聞き取りよくできていた。


(アン) 地球の歩き方2班の案内。
      「フェリシモ」の仕事

(ハン) 里親の手紙の翻訳
     帯広芳村さんの暖炉基金のこどもたち手紙翻訳
     奨学生のお礼の手紙翻訳多数。 
     (フエ医科大・フールー小・グエンフエ高校・ファンダンルー
      高校・トゥオンロー小学校)
     「ハイバイーチュン高校」などはこれから。

(クアン) 地球の歩き方などスタディーツアーのホテル予約
      手紙の翻訳
      日本語学校特進クラス 50課終了で卒業。
      初級クラス(月・水・金  P5:30~P7:30)までの予定

(バオミン) 地球の歩き方2班の案内 ナムドンへ。
        ナムドンは道路工事中なのでぬかるみが多く
        車が空回りし、時間がかかる。
        今後のナムドンは午前9時半出発とする。
        日曜日からJASSスタディーツアーが来る。
        JASS主催のたった一つのスタディーツアーなので
        皆さん、頑張って受け入れ態勢を作って欲しい。
        入所希望者が2人いる。クアンチ省の近くとフエ。
        8月16日(月)午前8時、小山・ハン・古竹・富岡
        で調査に行く。

ベトナム事務所員会議を終わり、引き続き「ブライセン」の
VU君など3人を呼んで、日本語学校中級コースで
会話を中心に勉強するよう話す。

午前10時半、急いで「子どもの家」へ。

MY TAN(ミー・タン)さんの里親の海老原さんから
届いた手紙をベトナム語に翻訳し、渡す。

里親の海老原さんの手紙(ベトナム語訳)を読んで
感動しているタンさん。

タンさんは将来フエ大学に入学し、観光の仕事をしたいと
言っていた。今年は、優秀賞。なかなか成績も良い。
頑張って欲しい。7年か8年前、TBSテレビの取材があり、
船上生活者で陸に上がったが、仕事もなく、家庭が大変
な姉弟を「子どもの家」に入れた。そのころは、小学1年生
位だった。

今はすっかりお姉さんになっている。


里子からの手紙にわざわざ返事を出してくれた海老原さんに
心から感謝したい。タンさんは、里親からの手紙に随分
励まされている。


午前11時半。「子どもの家」の昼食時。

里親の上原さんの里子ティン君の誕生会。

上原さんから里子のティン君への誕生祝いのカード。


こどもたち全員が食べられるように3つの大きなケーキが
上原さんから寄贈された。ティン君は14歳になる。
日本流に言えば中学2年生。

里親の上原さんから送られた誕生祝が昨日届く。


携帯用バッグ。


14本のローソクを点ける。


みんなで「ハッピー・バースデー・ティンさん」の歌を
歌う。


バースデーケーキ入刀。

14本のローソクを吹き消す。

ケーキを食べる。



こどもたちは甘いものが大好き。




午後12時過ぎ、昼食。マカロニスープ。

午後1時から1時間「午睡」

午後2時読書「1Q84 BOOK 3」(村上春樹著」)


午後3時、バオミンさん関連の資料を作る。

8月・9月のスタディーツアーなどの日程を整理する。


体がだるい。疲労の蓄積の度合いが高くなる。
休み時間がない。いつも問題があり、最適な解決策を
考える。結構、神経を使う。

午後4時過ぎ、一休みしようとした時、原田先生から電話。

「リー君が警察に捕まったようだ」とのこと。
詳細は不明。

原田先生と善後策を協議。

急いでバオミンさんに電話。電話にでない。

今日はバオミンさんは体調を崩し、午後休んでいる。
当然、今日は土曜日。午後は休みなのだが
私のフエ滞在17年間。土曜日も日曜日もない。
バオミンさんは、仕事をしすぎている。ベトナム事務所には
しなければならない仕事がたくさんある。
私とバオミンさんが分担し、ベトナム事務所員が分担し
何とかこなしているのが現状である。責任感の強いバオミンさん
に仕事が集中する傾向がある。

何度か電話をし、やっと通じる。胃と腸の間の後ろが痛い
とのこと。明日の日曜日に病院へ行くように話す。

「りー警察に逮捕されたようだ。警察に連絡し、状況を調べて
欲しい」と頼む。


ベトナム事務所には、原田先生・クアンさんが待機。
バオミンさんの警察との連絡の結果を待つ。

バオミンさんから連絡。フエの「A地区警察」に昨夜から
逮捕され拘留中とのこと。

バオミンさんの指示でクアンさんが、A地区の警察に
リーを引き取りに行く。


リーの逮捕事情は以下のようである。


昨夜、日本料理店は午後9時半頃終了。
リーは日本料理店付近の路上の飲み屋で飲み
その後、男友達とドンダー地区の路上の飲み屋で
飲んでいた。飲んでいるうちに友達が、隣りの
若者と口論になる。隣りの若者がリーの友人を
殴る。友人は怖くなり逃げてしまう。
リーは友人が殴られたので「頭にきて」飲んで
いたビールのコップで若者の顔を力一杯殴る。
ビールのガラスコップは割れ、若者は鼻骨を骨折する。
リーも逃げる。警察に電話通報あり。
数十人の警官がリーの探索。結局午後11時過ぎに
潜伏していた事件現場近くでリーは警察に
傷害罪で逮捕され、地元の警察に拘留される。
当然、傷害事件であり、目撃者もいる。リーが明らかに
若者の顔面をビールのコップで殴るという暴力事件を
起こしたのである。
リーは、月給の何倍も謝金をしている。身の丈に会わない
生活をしている。欲しいものがあれば、借金をしてでも
買ってしまう。友達を呼んでご馳走をしてしまう。
何度もこうしたことを注意してきた。「身の丈にあった
生活をするように」と。又、何度も失恋をしている。
こうした生活が不満の背景にある。

いずれにしろ、どんな事情があるにせよ、ビールのコップで
相手の顔面を殴ってはしまってはどうしようもない。

バオミンさんに「いくつか」の話をし、警察関係者に
連絡。リーの釈放を決定させる。

クアンさんが、A地区警察にリー君を引き取りに行く。
馬鹿な男である。何度警察に逮捕され、私の力で
釈放されたのか?  その後の反省がない。
MK君がいみじくも言ったが「リー君は学習しない」。まさに
その通りである。何度も警察に逮捕され、諸般の力で釈放される
ということを繰り返している。


午後6時、クアンさんが「特別釈放」されたリー君を連れて
ベトナム事務所に戻ってきた。

リー君から事情聴取。昨日の午後11時から今日の午後4時まで
A地区の警察に拘留。上記に書いたことをしたことは事実とのこと。

多少、しょげている態度は見える。

いくつかの点を注意する。

日本料理店が既に開店している。釈放されて直ぐに
日本料理店で仕事をする訳にはいかない。
「りー、今日はベトナム事務所の2階のこの部屋で
謹慎していろ」と私が指示。「分かりました」との返事。

午後5時半、夕食を食べ始めたら、欧米系の来客あり。

それから午後9時半まで23人の欧米系の来客が続く。
リーがいないので私がリーの代わりにグエットさんと接客。

原田先生・古竹先生・富岡先生は厨房の手伝い。

23人の来客の注文は多岐にわたる。

午後9時半まで4時間、休むまもなく仕事をした。

日本料理店のこどもたち、原田先生・古竹先生・富岡先生
汗びしょで厨房で仕事をしていた。


2階で「謹慎」しているリーの様子を見に行く。

2階会議室で勝手に「エヤコン」を付け、ソファーで眠って
いた。反省のはの字もない。

日本料理店のこどもたち、日本語先生が23人の
注文に応え、必死で仕事をしている中で、リーは
エヤコンの部屋で寝ているのである。
反省も何もない。この男は何を考えているのだろう
と私の方が考えてしまう。

午後9時半過ぎ、2階で「ニセ謹慎」をしているリーの
所に行く。「8月16日月曜に午前9時にベトナム事務所に
来るように」と言い渡す。バオミンさん、私で再度リーと
話し合うことにした。


リーの問題は大きい。しかし、今夜23人もの来客があり
日本料理店は大変だったが、トゥオイさんを先頭に
こどもたちが頑張った。そして、原田先生・古竹先生・
富岡先生が本当に協力してくた。何とか23人の来客
をこなすことができた。日本料理店のこどもたちと
3人の先生に感謝。

午後10時、宿舎着。

火炎樹日記を書く。午前0時過ぎ、就寝。

心身ともに疲労困憊。

投稿者 koyama : 2010年08月14日 18:11

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