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2010年04月29日

「こどもの家」へ:停電・日本料理店閉店

今日も午後2時から午後9時まで停電(予定)だった。

午前中、「こどもの家」へ。セン運営委員長と今後の「こどもの家」
の件、こどもたちの自立問題、「こどもの家」スタッフの件など
幅広く意見交換をした。

セン運営委員長は、1960年代後半から70年代にかけて
フエ大学(当時の南ベトナムの2大エリート大学)法学部の
学生だった。学生運動からベトナム労働党(現共産党)に入党。
フエ市内に常駐していた米軍の戦車などの兵器や米軍の
情報を収集する地下活動に参加。
当時、ナムドンなどの山岳地帯にいた「解放戦線」の兵士に
フエ市内の状況を伝達する任務を遂行していた「解放戦線」
の女性闘士である。
何度も南ベトナム秘密警察に捕まりそうになり、つかまれば
即、射殺という命をかけた闘争に参加していた。
この10年ほど一緒に「こどもの家」の運営を行っているが、
当時の解放戦線の革命的且つ英雄的で清廉潔白な精神を
未だに持ち続けている「数少ない」解放戦線の闘士である。

明日は、4月30日「ベトナム南部解放35周年記念日」。
ホーチミン市で行われる解放戦線兵士の「同窓会」参加のため
今日出発するそうだ。


「こどもの家」では、17年前から「こどもの家」にいる
タン君(山岳少数民族)とガーさん(ハノイ近郊出身:名前の
ガーは、ロシアという意味:現在高校1年)が、仲良く話を
していた。一緒に住んでいると「年頃」になっても兄弟の
ような感覚なのだろうか?


昼食はおいしい「チャーハン」が食べたくなり、バオミンさん
と一緒にチャーハン専門店「ヒエップロイ HIEP LOI」
へいく。


午後2時から停電。

日本料理店では引き続き、200種類ほどの日本料理の
撮影。新しいメニューを作っている。

大塚さん、原田先生、日本料理店のこどもたち全員で
停電中なので「太陽の光」をうまく使い、おいしそうに
写るよう工夫しながら日本料理の撮影を行ってた。

最近厨房の仕事への責任感も強くなり、明るくなった
チャンさん。


フエはマンゴスチン(果物の女王)の季節となった。



私は、バオミンさん、ハンさんなどと私が不在中の
ベトナム事務所の活動と課題、課題の問題点と解決方策
などについて長時間協議をした。


午後9時まで停電が続くとの情報。

大塚さんと相談し、停電中の日本料理店開店は無理と
判断し、日本料理店を閉店とする。午後5時、こどもたちは
夕飯を食べて帰宅。

午後6時過ぎ、私・大塚さん・原田先生・古竹先生の
4人で1週間の総括会議を行う。


日本料理店新メニューサンプルを食事にして午後10時まで
交流。


リー君は、日本料理店の前の地域住民の「廟」
で友達4人と車座になり焼酎で大宴会中。

投稿者 koyama : 2010年04月29日 09:13

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