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2008年11月26日

終日雨。いくつかの打ち合わせ

朝から大雨。1日中、雨が続く。一部の道は
川のようになっている。

午前6時起床。中々起きられない。体調不良。

午前7時朝食。

赤米のおかゆ。

緊急にバオミンさんと打ち合わせの必要が出てくる。
外は大雨。カッパを着て電動自転車で行くと体がびしょ濡れになる。
今日は1日寝て体を休めようと思っていたのだが、緊急に
打ち合わせの必要あり。雨に濡れて体調を一層崩すのも問題が
あるのでタクシーを呼ぶ。ベトナム事務所まで10分ほど。120円。

バオミンさんPさんで3時間ほど懇談。結論に達する。

午前11時過ぎ、3人の話し合いを終了。
外は豪雨。タクシーを呼んで「ハイリーホテル」。

午前11時40分、昼食。石上先生も体調を崩す。

午後12時半。昼寝。2時間ほど熟睡。疲労と急激な温度の低下
が風邪の原因。ベトナム事務所の皆さんの話を聞くと、
クアン先生、バオミンさんと順番に「同一症状」の風邪を引いている
とのこと。

午後3時、京都のSさんにメールを送る。
昨日から今日の午後までインターネットがつながらなかった。
ベトナム事務所は繋がるとのこと。「ハイリーホテル」の
インターネット接続が悪かった。松田先生の部屋が中継点。
外部と「ハイリーホテル」の中継接点に異常あり。

この数日間、受信したメールへの返信を書き送信。

午後5時読書。頭が少し痛いが無理をして読む。
「永井荷風」の半全集もの。筑摩書房。永井荷風の
「ぼく東奇譚」と「断腸亭日乗」を読みたかった。
他の本を読んでいると、この2冊はよく引用されている。
永井荷風は1879年(明治12年)東京東京小石川生まれ。
父親は文部省会計局長。現在の東京学芸大付属竹早小、
東京教育大付属中を出て、第1高等学校(現在の東大)
受験に失敗し、高等商業学校付属清語学科入学。(18歳)
いいとこの「お坊ちゃん」である。
20歳位から人生が多少「曲がって」来た。
20歳で落語家の「朝寝坊むらく」に入門。巌谷小波に師事。
外国語学校除籍。
22歳日出国新聞社入社。「新梅ごよみ」を同紙に連載。
25歳で父親の援助を受けてアメリカへ行く。28歳でフランスでへ。
永井荷風「あめりか物語」を読む。明治40年前後のアメリカでの
生活を書く。黒人に対する差別の実情をしる。
この時期の荷風の文体は、明治末期のもので、漢文調も混じった
口語文体。多少読みづらいところもあるが、意味は十分理解できる。

午後5時半、日本料理店で夕食の筈だったが、体調が悪く、
「ハイリーホテル」にいる。
午後6時過ぎ、ハイ君が日本料理店で夕食をした後、お弁当を
持ってくれる予定だったが、ハイ君は日本料理店に行かなかった。
「ハイリーホテル」の警備員の仕事も放棄してどこかへ遊びに行って
しまった。3日前に給料をあげたので金回りが良くなってのことか?
石上先生がわざわざ私の部屋まで夕食のお弁当を持ってきて
くれる。感謝。

夕方から洗濯。毛布などを乾燥機にかける。
湿度が高く部屋の床が水滴で濡れている。室内は湿度100%を
超え「液化」して床に溜まっている。


反政府勢力に占拠されたタイ・バンコク郊外のスワンナプーム
国際空港の閉鎖は、私たちにも影響を与えている。
明日、財団法人「自治体國際化協会」の皆さんがフエを訪問し
「子どもの家」を視察する予定だった。現在、バンコックに滞在。
空港の閉鎖で明日、ベトナムへ来ることができなくなったとの
電話がバンコックからベトナム事務所に入る。

投稿者 koyama : 2008年11月26日 17:46

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