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2008年08月29日

地球の歩き方Ⅲ班とナムドン山岳地帯へ

晴天

ナムドンは市内より更に暑い。午後、雷と雨。


午前5時起床。昨日の日記を書く。

午前7時朝食。フォー。


ある文書を関係者に送り意見を聞く。いくつかの意見が
届く。貴重な意見を取り入れ文書を仕上げる。

午前9時過ぎ、ベトナム事務所へ。ベトナム事務所で
バオミンさんといくつかの件について打ち合わせ。

JASS栃木の会(じゃむじゃむ)のビン君がベトナム事務所
を訪問。時間が取れたのでフエに来たとのこと。
明日から2週間ほどベトナム事務所で「日本語」を教えてもらう
ことにした。

地球の歩き方スタディーツアーの皆さんの
泊まっているホテルへ。
地球の歩き方スタディーツアーの皆さんは今日、ナムドン
山岳少数民族との交流。

バオミンさんとナムドン「専門家」(自称)のリー君、私が
担当。
既にリー君はホテルに来ていた。既に「やる気満々」状態。

地球の歩き方・29人の参加者全員がホテルロビーに集合。

午前10時ホテルを出発。1時間半車に揺られ、ナムドンの
中腹に着く。午前11時半昼食。

ここでもリー君は配膳など熱心に体を動かし仕事をした。えらい。

午後1時。レストランを出発し、ナムドン山岳少数民族の村
トゥオンロー村へ。

車から支援物資を運び、交流会場へ。

いよいよ交流会。
はじめにカトゥー族の村長さんが、歓迎の挨拶。

続いて支援物資の贈呈式。衣類・食料品・医薬品など。



交流会場の庭には多くの村人が集まっていていた。

カトゥー族の皆さんの歓迎の踊り



お返しに日本側の出し物(幸せなら手を叩こう・・・・)



その後、カトゥー族の皆さんとスタディーツアー参加者と一緒に
カトゥー族のお祭りの踊りを楽しむ。

子どもたちも踊りに見入っていた。


その後、交流会場前庭で村人と交流。たくさんの村人が
集まっている。



そのうち、太い縄が出てきた。カトゥー族と日本人との
綱引き対決となる。両者とも必死。3回戦。
カトゥー族の2勝1敗。


雨が降ってきたので再度交流会場に入り、交流宴会。
いよいよリー君の出番・本番。カトゥー族手作りの
焼酎をみんなで飲む。日本の参加者には20歳未満の
飲酒は禁止と厳しく言う。

リー君は何度もカトゥー族の村に来ているので村人の
人気者になっている。あちこちで声をかけられる。焼酎も
大分入り、上機嫌。


カトゥー族の文芸団長も焼酎が効いて来たのか「踊りだす」。


午後4時。別れを惜しみながらナムドンを後にする。


午後5時半、フエ市内に戻る。地球の歩き方の皆さんは
今夜は自由行動。JASSベトナム事務所で作成した
フエ市内レストランマップを見ながら自由に食事にでかける。

午後7時半。私は地球の歩き方の添乗員さんと今後の
地球の歩き方スタディーツアーのあり方、今までの
反省などについて、真剣に討論する。


ナムドンの昼間は本当に暑かった。
1日ナムドンにいるとさすがに疲労が溜まる。
しかし、日本の若者が少数民族の皆さんとの
「心と心」の交流を通して何かを掴んでくれれば
心地よい疲れにと変わる。

午後9時。読書「少女の器」(灰谷健次郎著:新潮文庫)

姫井由美子民主党参院議員が「改革クラブ」参加を断念し、
民主党に残ると記者会見したそうだ。
その理由が振るっている。「新党(改革クラブ)は、
自民党による民主党切り崩しの受け皿だとわかった。」からだそうだ。
私はこのニュースをインターネットで見て、腹が立つ気持ちすらなくなった。
日本の政治家の質のあまりにもひどい低下・劣化を見た思いがした。
私のような政治に素人の人間でも「改革クラブ」が、そのうち自民党に
合流することは、分かりきったことである。その掲げた理念を
見れば、改革クラブが自民党の別働隊であることが分かる。
政治家と自称する姫井議員が改革クラブの旗揚げに賛同し、
旗揚げの記者会見の寸前まで改革クラブが自民党の別働隊で
あることすら分からなかったとは、情けない。
(政治家は言葉である。記者会見のことばがが全てだ)
この程度の人間がいる民主党自体がおよそこの程度の
政党なのである。民主党は姫井議員を除名すべきなのである。
除名理由は「政治家として無能」。
もっともこうした理由で民主党が議員を除名し始めると
民主党に残る議員がいなくなるという問題も残るが・・・・・。

投稿者 koyama : 2008年08月29日 19:56

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