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2008年04月10日

静岡大学入試説明会下準備(2つの高校訪問)

晴天           休肝日


今日の最高気温37度。
熱い、真夏。


午前7時朝食。リー君が所在不明。

チャオバンカン(キャッサバ粉の麺)

午前8時ベトナム事務所へ。

午前9時、バオミンさんとフエ郊外のファンダンルー高校へ。
校長先生・副校長先生と懇談。4月下旬に行われる
静岡大学入試説明会の下準備・打ち合わせを行う。
70名の生徒と保護者が参加するとのこと。
説明会に大きな期待を持っているようである。

続いてハイバーチュン高校へ。
校長先生と懇談・打ち合わせ。静岡大学入試説明会は、
約200人程度の生徒と保護者が参加するとのこと。

午前10時過ぎ、「子どもの家」へ。セン運営委員長と懇談。
縫製研修センターに追加の「子どもの家」の子どもたち研修生
の件について打ち合わせ。ミシン研修をしていない子どもたちで
縫製研修センターで新たに研修をしたい子どもも受け入れるとの
話をする。

その足で縫製研修センターの増強工事の現状を視察。
佐藤さんは仕事で他所に行っていたが、縫製研修センター
事務所の工事の様子、縫製研修センター1階、2階の
新たに日本から持ち込まれたミシンの設置状況などを視察した。
宇都宮縫製工業組合の佐藤理事長が思うようには進展して
いないようだが、ベトナムの現状からすると、佐藤理事長が
この2週間に相当頑張った効果が大いに出ていた。
当初予定を1ヵ月半ほど延ばし、5月20日頃、研修生の
採用試験、6月中旬頃、増強工事をした縫製研修センターの
始動という新たな計画を立案した。

午前8時から午前11時過ぎまで実際の気温40度近くの中を
フエ市内・郊外を動き回り、通訳を交えての話し合いを行った。
正直、相当の疲労感。

午前11時20分、「ハイリーホテル」着。
5階の部屋に帰り、ベッドで一休み。そのまま眠り込む寸前に
ハイ君がドアをノック。目覚める。
1階に戻り、日本語教師のお二人、子どもたち(リー君所在不明)
と昼食を摂る。アヒルの玉子焼き。空芯菜のニンニク炒め、野菜スープ。

午後12時半から昼寝。1時間。

オアシスの会の会活動の中間報告を書きあげる。
国際ソロプチミスト京都ー西山への報告書を書きあがる。
静岡大学に4月末の「入試説明会」の現地準備状況の
詳細を報告。

3つの報告原稿用紙20枚程度。

午後5時、ベトナム事務所へ。
午後5時半、日本料理店で子どもたちと夕食。
夕食も昼食と同じ、アヒルの玉子焼き、イカの煮物、
うりの塩辛付け。

午後6時半、日本料理店開店。

となりのホテルの夜間工事。騒音とエンジンの排気ガスで
日本料理店に入られないほど。

午後9時、日本料理店閉店。来客なし。残念。

子どもたち・日本語教師と護送船団で帰宅。


今日は本当に暑い1日だった。仕事も多かった。
午前8時から外回り半日。文書書き半日、そして、
午後5時半から午後9時半までは日本料理店。
日本料理店が出来てからは、1日の仕事の
終わりが午後9時半となり、自宅・「ハイリーホテル」に戻るのは
午後9時半から10時。仕事の時間があまりにも長すぎる。
現状ではいかんともしがたい。時間があれば、寝ているしかない。
念願の源氏物語を思う存分読んでみたいと夢想する。

ーーーー
日本という国が「崩壊」に一路突き進んでいる。
年金が国家によって詐欺される。
今度は、後期高齢者保険証が届かない高齢者が続出とのこと。
きちんとした事務処理すら出来なくなった日本国である。
保険料だけは年金から天引きするという悪知恵だけは
持っている。
保険証がなくても身分を証明する自動車の免許証でも
保険証にかえるそうだ。きちんとした「事務処理」すらできなくなった。
鳩山法務大臣は10人目の死刑を執行。「機械的に死刑執行」
ができないか、などと発言。人間の命をあたかも「物」のように扱う
法務大臣。国家が国家としての体をなしていない。

投稿者 koyama : 2008年04月10日 21:22

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