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2014年10月05日
リー君と一杯飲む:日比谷フェスティバル
午前5時起床
終日豪雨。
しばらくベッドで人生を考える。
食事をする気力ない。
引き続き横になり休む。疲労蓄積。
このところ「オーバーワーク」。体がストライキを
おこしている。
部屋の掃除、衣類を夏物から冬物へ整理する。
洗濯。
午前11時45分、リー君から電話。
「先生の家の前にいる」とのこと。
メールでは、「10月5日正午に私の宿舎に
行く」とのことだったが、15分も早く来た。
今日、昼から『ヤギ肉屋」で飲もうとの約束を
していた。
この半年以上、私の時間が忙しく、リーからの
「飲もう」との電話に「YES」との答えが出来なかった。
リー君のオートバイの後ろに乗り「ヤギ肉屋」へ。
既に20人位の若者が宴会をしている。
今日は朝食を摂っていない。少し空腹。
はじめに「ヤギ鍋」をリー君が注文する。
ビールのおつまみには実に美味しい。
リー君という男は、本当に不思議な男だ。
いつもお金がなくて「ピーピー」しているのだが、
この種の食べ物屋などに来た時の注文の仕方は
実に素晴らしいものがある。「その店の美味しいもの」
を良く知っている。また、私の好物もよく知っている。
今年の6月頃から「先生飲みにいきましょう」
との電話やメールが何度も来たが、私が忙しく
全て断っていた。
リー君が警備仲間(27歳)を連れてきた。
リー君と一緒で独身とのこと。真面目そうな若者である。
私は「ヤギ肉」よりも「豚肉」の炒めたものが大好き。
リー君は気が利く男である。
私の好物をしっかり知っていた「豚肉揚げ物炒め」を
注文してくれる。
本物の『塩(化学物質ではない)に唐辛子を入れたもの
ヤギ鍋には、ベトナムでは 唐辛子とニンニクはつきもの。
私は両方とも苦手だが。
[
唐芙蓉(とうふよう)」。豆腐を腐らせたようなもの。
ベトナムのお寺の精進料理に出る。
昨年、沖縄に行った。沖縄に「唐芙蓉」があったが、
全く観光客用にアレンジされて美味しくなかった。
このヤギ屋の唐芙蓉は、本物。本物という意味は
本当に「クサイ」ということ。
リー君と友人は、「ヤギ鍋」をつつきながら
フランスパンを昼食のしていた。
フエ市内から10分ほどの場所だが「郊外の農村地帯」。
のんびりしている。牛が、列をなして歩いていた。
引率する人間もなしに。
午後1時頃、豪雨。トタンの屋根に雨が落ち
声が聞こえないくらいの豪雨だった。
ヤギ肉の茹でたもの。美味しい。
肉とかなりの野菜を同時に食べる。ベトナム料理はなかなか
ヘルシーなものでもある。
最後に「ヤギ肉スープ」に「ブン(米麺)をいれて食べる。
私はあまり食べられなかった。
このヤギ肉屋の前の5階建てのビルにリー君や
税田さん・大塚さん、トゥオイ、原田先生・石上先生
たちと一時住んでいたことがあった。
久し振りに「ヤギ肉屋」に来たので店の前の
以前住んだ「ハイ・リーホテル」を見てみた。
ビルはそのままだったが、外装をきれいにし
「カラオケ」になっていた。
以前の面影はほとんどないが、建物自体の構造は
変わっていなかった。
午後2時頃、「今日はこれで帰る」という。
リー君がオートバイで宿舎まで送ってくれる。
リー君は27歳になっていた。現在、姉の家に寄宿して
警察のオートバイ警備員をしている。
6歳か7歳の頃からの付き合いである。
その後、リー君と友達は、多分夕方まで飲んだものと
思う。
午後2時過ぎから午後5時過ぎまで「昼寝」。
午後5時に目が覚める。一瞬「朝か?」と思う。
しばらく受信メールを読み返信。
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10月4日(土)・5日(日)の1日半をかけて
「日比谷ボランティアフェスティバル」(外務省・JICA主催)
が東京日比谷公園で行われた。
JASS日本は、「展示」と「物品販売」のブースを獲得。
JASS日本・東京・栃木などの皆様に感謝。
バオミンさんのお父さんの形成しているコーヒー製造所
で作られた本物の「ベトナムコーヒー」。
みやげ物としてベトナムで売られている『ベトナムコーヒー』
には、量を増やす為に「トウモロコシ」の粉を炒ったものが
入っている。
JASSの販売している『ベトナムコーヒー』は本物。
JASSの物品販売ブース。
JASSの「3人娘」が売り子となっているので大量に
販売されたものと推測する。
隣に『ベトナムの雰囲気』を出すために「アオザイ(民族衣装)」
を来てくれているA氏。
フエのJASS日本語学校で先生をしてくれたいたI先生。
フエのJASS日本語学校で日本語教師をしてくれたBさんと
静岡の会のK先生の中学の教え子で、フエにも来てくれた
Cさん。
JASSの展示ブース。
フエのJASS日本語学校の先生をしてくれていたH先生。
JASS活動の説明者としては最適。
わざわざ「上尾」から応援に来てくれた『長年の支援者』
感謝。フエ「子どもの家」に何度か上尾の子どもたちを
連れてスタディーツアーにきてくれた。
その後も長年、「子どもの家」の子どもたちや
JASSベトナム事務所への支援を続けてくれている。
私のベトナム語の師匠N先生か?
元JASS日本語教師のお二人
投稿者 koyama : 2014年10月05日 20:57