« フーン先生の00回目の誕生日 | メイン | 2月17日「現地報告会」議案論議 »

2013年01月11日

ブライセン・ベトナム支社入社希望者面接

終日小雨。

体がだるい。

午前7時朝食。フォー・ボー(牛肉入り米麺)



午前8時から午後12時まで、ブライセン・ベトナム支社入社
希望者の仮面接。15人。

15人の面接は本当に疲れる。運悪くベトナム事務所一体が
午前中停電。面接会場のベトナム事務所2階の会議室の
ドアをあけて「明かりを取り」面接をおこなった。

外から「寒い風」が吹き付ける中での3時間の面接。
かなりきつかった。体力を消耗した。

午後12時半、昼食。チャオ・バイン・カイン(小麦粉手打ちうどん)



その後、2時間ほどかけてブライセン・ベトナム本社へ
今日の面接の状況を文章にまとめ報告。

午後3時から1時間ほどベッドで横になる。

その後、ストレス解消のため読書
「オウム事件・17年の告白」(上祐史浩著:有田芳生検証)
読了

父親は九州大を卒業し、東京へ出てきた。
上祐は、早稲田学院高校から早稲田理工学部宇宙工学科へ
入学し、大学院へ行く。その途中で「オウム神仙の会」に
入会。ヨガーや超能力に興味を持っていての入会だという。

オウム真理教では、麻原の男性の一番弟子となり、
麻原に可愛がられるが、麻原に率直な意見を言う
面も持ていたと告白している。

上祐の説では、麻原は熊本県八代市生まれで、
水俣病の汚染地域で生まれている。
兄は全盲、麻原は、全盲ではなく多少は目が見えたが
全寮制の盲学校へ「入れられた」(と自分は親への
被害者意識・親に捨てられたとの恨みを持っている)
全盲の兄は、手がしびれたりする「水俣病」の症状を呈し、
兄と弟の麻原は、水俣病の患者申請をするが、却下される
という経験を持っている。上祐は、麻原は水俣病の被害者
であるかも知れないとの認識を持っている。
麻原の「狂気」の原点は「親に捨てられた」との思いだと
上祐は分析している。

同時に上祐は麻原を「人格障害者」と言っている。
「誇大自己症候群」と。

裁判で異常な行動を取ったことについて、色々な説が
あるが、あるいは、もともと精神の異常をきたして
いたことによる異常な法廷での態度だったのかも
知れない。

上祐自身は自己総括でオウムに引かれた自分を分析し、
自分の親子問題を取り上げている。

東京に出てきた上祐家族ではあったが、上祐が
子どもの頃、父親が違う女性の下へ走り、母子家庭となった
ことで、失った父性を「麻原」に求めたと。

その後、「オウム真理教」は分裂し、麻原の妻と子どもたちが
裏で操る(上祐は言う)「アレフ」と、麻原の犯罪を総括・決別し
「光の輪」の代表となり「宗教を超えた「新しい精神的な
智恵の学びの場」を作ったと称し、オウム被害者に毎月
300万円の弁償金を支払い、オウム事件の「反省」をしている
と書いてる。頷ける面もあるし、まだ「光の輪」などという
怪しげな世界に入っているのには、頷けない。

夕方、ハンさんから送られて来た2012年度の会計決算報告
を詳細に読む。明日、2013年度予算案も含めて、間違いが
ないか、ハンさん、バオミンさん、税田さんの4人でチェックを
する。財政的なかなり厳しい現実を改めて知る。

午後7時からバオミンさんと日本帰国前の最後の二人だけの
「一杯会」をする。

フエは、デング熱が大流行。特に「出血性デング熱」は、
死亡率50%とも言われている。
バオミンさんの話しでは、町中に宣伝広報車が出て
「デング熱・蚊」に気をつけるようにと注意喚起を
行っているという。

税田さんに電話をし、バオミン・ホテルにいる4人の日本人に
蚊に刺されないよう気をつける、素足のサンダルはやめること、
出来るだけ肌を露出しないこと、蚊取り線香、殺虫剤等を
使って、蚊に食われないようにするよう伝えてもらう。

私は20年間フエに住んで「フエの風土病」にかかり、
コレラ、フェラリア寄生虫による「象皮病」、デング熱、
腸チフスなどの流行の時期を何度も体験している。

日本に住んでいるとこの種の病気に対する警戒心が
ほとんど「ゼロ」になる。
私がこの種の伝染病を警戒するように話しても
多くの日本人観光客や若い訪問者などは、信用しないのが
現実である。
病気になってからでは遅い。多くのベトナム人に迷惑を
かけることになる。

投稿者 koyama : 2013年01月11日 19:29

コメント