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2012年08月20日

JASSスタディーツアー講演会:夕食会

暑い

午前5時半起床。

午前7時、朝食。フォー・ボー(牛肉米麺)


午前8時過ぎ、JASSスタディーツアーは、ベトナム事務所へ。
ベトナム事務所スタッフと挨拶。

JASSツアー団長の森田さん



事務局長の加藤さん(右)
ベトナム事務所員の雰囲気が出てきた春口先生(左)




ベトナム事務所側の引率・案内責任者バオミンさん


JASSスタディーツアーの皆さんは車で。私は電動バイクで
「子どもの家」へ。


「子どもの家」には、タン君がいた。1993年10月から
「子どもの家」に入っている。19年間の付き合いになる。


午前9時から午前10時半まで「子どもの家」で、講演会。

テーマは
①「何故、私はベトナムで活動をしているのか?
  私の生い立ち」

②一人でフエに来て、20年間どんな活動してきたのか?
  そうした活動が出来た基礎的な思想はなんだったのか?

中学生と高校生9人のツアーである。70年・80年という
長い人生を視点に入れて、中高生の男子の今、どんな
時代・時期なのか?を話した。今だけに目を向けず、30年後
40年後の自分をイメージして、今を生きて欲しいと・・・。


JASSスタディーツアーに参加した男子中高生の中には、
既に4回も「子どもの家」を訪問している子もいる。
リーダーになり、ほかの子どもたちの面倒をよく見ている。
中々指導力と優秀な頭を持った若者と見た。

昨日の「子どもの家」の子どもたちとの交流会では、
ベトナムの若者の中で流行っている歌をベトナム語
で歌った。「子どもの家」の子どもたちに「わかった?」と聞くと
70%位のベトナム語は理解できたという。

本人のリーダーに聞いてみた。
インターネットで調べ、録音し、その音楽・歌を何度も聴いたという。
ベトナム語は6つの声調がある。団長さんは、ハノイの標準語で
歌っていた。
どういう訳か、フエ人が歌を歌う時も突然「ハノイの標準語」で
歌う。これは、日本も同じなのだろうか? 大阪の人は、
カラオケで歌う時も大阪弁で歌うのか? それともその時は
標準語を使うのか?

少なくともベトナムでは、フエ人もカラオケは標準語を使おうと
して歌っている。

日本の若者もなかなか賢いと思った。インターネットで
ベトナム語の歌を録音し、目で読む出のはなく、耳で
覚えたしまう・・・・。たいしたものだ。


午前11時半、電動バイクで宿舎へ帰る。
昼食は「マカロニスープ」。

午後12時過ぎ、バオミンさんから電話。
ブライセンベトナム支社の「オートロック」専門会社の
スタッフがダナンから来たとのこと。

食事を途中で止めて、電動バイクでベトナム事務所へ。
1時間ほど、オートロック専門会社スタッフ2名、バオミンさん
で話し合う。合意にいたる。

午後1時半過ぎ、ベトナム事務所から宿舎へ戻る。
引き続き昼食を摂るが、喉を通らない。

若干、昼寝。

午後4時頃、シクロで町に出ているバオミンさんと電話。

ハンさんと電話・・・・・・。

午後6時過ぎ、徒歩で日本料理店へ。

JASSスタディーツアーの皆さんと夕食会。

日本料理店の会食の仕方について一番慣れているのは
冨岡先生。本当に助かる。

冨岡先生の司会で夕食会が始まる。



接客主任のグエットさんが「今日のメニュー」を
説明。



後藤先生もすっかり日本料理店の主になっている。
後藤先生の日本料理店のしごとには感謝している。



何故かこの時間に生ビールの会社のスタッフが来ていた。
生ビールの「水素ガス」の取り換え。

水素ガスの取り換えなどは、午後2時半に出勤した時に
一番最初にチェックし、必要なら業者を呼ぶように言って
あるのだが。お客が来ている午後6時半になって、生ビールの
水素ガス業者を呼ぶところに現在の日本料理店の若干の
問題がある。


生ビールを飲んだが、冷え度「80%」。いまいちの冷え方。

厨房では、佐藤先生、TUOI厨房主任、益子君、中川君が
料理作りに奮闘中。感謝。特に益子君は、何度も日本料理店
厨房に入っているので「その道」の専門家といえる。
現時点では、「薬学」よりも日本料理の方が上手といえる。


今日の料理



空芯菜のニンニク炒め。マカロニ。



ハンバーグ

私は食べられなかった。残ったテーブルを見ると私と
バオミンさんの二人だった。



JASSスタディーツアーのみなさん



私とバオミンさん以外は完食している。料理の質が上がった
といえる。


スタッフ紹介

TUOI(副店長兼調理主任)、グエット(接客主任)
後藤先生(日本語教師)、春口先生(ベトナム事務所に慣れて来た)


益子君と中川君、そして日本料理店の総責任者佐藤先生


日本料理店スタッフの自己紹介



JASSスタディーツアーと日本料理店スタッフの記念撮影

チャンさんは、結婚休暇。ヒエウさんは、目におできができて
途中退場。



午後8時過ぎ、JASSスタディーツアーの第1回目の晩さん会は
終了。


後片付けを手伝い、帰宅。飲酒を全くしていないバオミンさん
のオートバイの後ろに乗り、宿舎へ。かなり運転が「ヘロヘロ」
していた。


午後8時半過ぎ宿舎着。

その後、フダ缶ビールを1本、純米大吟醸「国香(こっこう)」
を冷やしたものを飲む。色々なお酒を飲むが最終的に
行きつくところは、純米大吟醸「国香」と「ラオディー・ブラウン」
で「締め」となる。

ベトナムに住んで一番ありがたいことは、私の飲酒に
ついて、だれも「文句」を言わないことだ。
私は私的には長生きしたくない。好きなお酒を飲んで、
子どもたちや貧しい人たちの支援をできるだけして、
早々にあの世に行きたいといつも念じている。
般若心経は、いつも携帯している。
私は「あの世」を信じていない。信じているのは「この世」だけ。
この世にいる間に自分でできることを最大限して、あの世に
行きたいものである。

この数週間、全く休み時間がない。多くの来訪者が来る。

今日は名古屋の支援者「時田さん」から電話。
元春日野部屋の力士。モンゴルの「鶴竜」を日本に呼んだ
人。鶴竜が優勝した時には、日本のテレビにたくさん出ていた。

朝電話があり、知人の娘さん2人がフエに行くので宜しくとの
こと。


日本各地の支援の心温まる応援は本当にありがたいもので
ある。


投稿者 koyama : 2012年08月20日 18:42

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