« 第35回読売新聞医療功労賞受賞式 | メイン | 総会準備 »

2007年01月30日

ミン・ベトナム事務所長と支援者懇談

晴天


読売新聞朝刊「顔」欄に私の記事が掲載される。


ホテルから午前9時半出発。バオミンさんの
泊まっている上野のホテルへ。
昨夜から宇都宮縫製工業組合佐藤理事長も投宿。
午前10時、ホテルでバオミンさん、佐藤理事長と合流。
3人で衆議院議員会館へ。会館議員面会所で、佐藤理事長
の中学・高校時代の同級生のO氏と合流し、T衆議院議員の
議員会館へ。T議員へベトナムの諸問題についての要請・
懇談を行う。

衆議院議員会館前では、北朝鮮系の人たちが、「マンボンギョン号」
入港を認めよ、朝鮮学校学生への人権侵害をやめよなどの
集会をしていた。
また、国鉄労働組合の座り込みも行われていた。
バオミンさんはこうした日本の状況を見て驚いていた。

午後1時。上野駅で名古屋の支援者時田さんと合流し、
昼食を共にする。


4年ほど前、フエの船上生活者の多い
フールー小学校の校舎増築支援をして頂いた。
今回、読売新聞医療功労賞受賞のお祝いの言葉を
頂く。引き続き、「子どもの家」やJASSへの支援を
約束してくれる。時田さんは昔、春日野部屋のお相撲さん。
その後、呼び出しの修行。現在、「日本相撲振興会会長」
を勤めている。

午後2時半過ぎ上野駅から有楽町駅へ。駅前の
「ビックカメラ」を散策。昨日発売された「ウインドーズビスタ」
の説明を聞く。


午後5時半、地下鉄永田町を経て「ホテルニューオータニ」。
バオミンさんと一緒に国際ソロプチミスト東京ー東例会に出席。
初めにバオミンさんの挨拶。続いて、私の方で障害児医療センター
の活動報告。

国際ソロプチミスト東京ー東会長さんより「読売新聞医療功労賞」
受賞のお祝いの言葉を頂く。


国際ソロプチミスト東京ー東は、1997年、朝日新聞の
「人」欄で私が紹介された記事を読んで、支援を開始。
障害児医療センターを設立してくれる。障害児支援を開始。
その後、更に障害児医療センターの増築を行う。
1998年から4年間行われた「JICA開発福祉支援プロジェクト」
の基礎的施設を設立してくれる。その後の障害児父母の会や
今回の読売新聞医療功労賞受賞へと繋がる道筋を作ってくれた。



10年前に障害児医療センター設立の尽力して頂いた一色さん
たちと若干の交流をして会合を辞する。

永田町経由で上野駅まで。ミンさんを上野まで送り自宅へ。
27日の早朝バオミンさんを成田へ出迎え、日本事務所会議、
夜のバオミンさんさん歓迎会、その後、森田さんたちとの
懇談。
翌日28日、午前中、次男の結婚相手一家との懇談会。
午後読売新聞医療功労賞授賞式打ち合わせ。
29日は読売新聞医療功労賞授賞式、パーティー等。
そして今日と4日間、ほとんど休みなく過ごした。
多くの人々との交流はかなり疲れる。
午後8時自宅に着いた時には、ほとんど持っていたエネルギー
を使い果たした感がある。話すことも食事をすることも出来ない
疲れ。年齢的なものなのか、今まで経験したことのない
疲労感を感じる。メールを開くと23通のメール。
読売新聞医療功労賞のお祝いのメール多数。
私がベトナムへ渡った初期の頃、ご支援を頂いた方々から
「読売新聞を読んだ」とのことで、お祝いの言葉を
送って頂いた。ありがたいことである。
こうした方々の力で今日の私たちがあることを再確認した。

投稿者 koyama : 2007年01月30日 10:11

コメント