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2005年11月14日
ベトナム事務所員会議
晴天。
午前8時、ベトナム事務所で臨時「ベトナム事務所員会議」。
ベトナム事務所の仕事は各担当部署での仕事を遂行する
ということが日常の活動となる。時にそれぞれの担当部署
の活動しかわからずに日常的な生活をする傾向がある。
そこでこれから毎週土曜日午前8時~8時半までの
30分間、ベトナム事務所員会議を定例化し、各部署、
各人の活動を報告し、ベトナム事務所員がJASSの活動
全体を知る中で自分の部署の活動を位置づけられるように
した。
①小山ー日本での活動。JASSの現状
②ハンーエドウイン商事の刺繍
③石岡ー日本語学校の怠学生問題と対策
④松下ー日本語学校。日本料理店
⑤ソンー特になし
⑥中村ー日本語学校の怠学生問題
⑦サンー日本語学校の実情
⑧ミンーセン運営委員長との話し合いの内容報告
11月19日「子どもの家創立11周年記念式典」
12月24日「クリスマス会」
今日は臨時に月曜日の午前8時からとなったが、
今週の土曜日からは定例で朝8時からの打ち合わせとなる。
友好都市問題でのメール作成。
午前11時、昼食。
ベトナム風「冷麦」の煮込みうどん。
ベトナムにも小麦粉で出来た「冷麦」ほどの太さの麺がある。
今日は温かい煮込み冷麦だは、冷たくしても美味しい。
昼寝をしようと思ったらラームさんから連絡。
日本料理店の手伝いをしている男子2名の素行問題で
二人の下宿と食事の面倒を見ているおばさんが来ているとのこと。
ラームさん、おばさん、年上男子、私で午後12時半から午後2時
まで話し合う。
地域の食堂のおばさんは、下宿と食堂を持っている。
小さな頃から路上生活をしていた年上のA君を良く知っていた。
日本料理店で仕事をしながら自立するという話をすると
おばさんは、小さな頃から知っているので、自分も私たちと
一緒に応援したいとのことだった。
そこで私たちがおばさんに食事代を出し、A君が食堂に
行けば3食だしてくれるようにした。また、A君はIDカードを
持っていない。ベトナムで身分証明書がない人間は
ホテルや下宿、飛行機などの利用が出来ない。
今回はおばさんの好意で何とか下宿をさせてもらっている。
ところが最近A君は「ばくち」の世界に入り込んでしまった。
近くの郵便局の回りで「遊び人」がばくちをしている。
その仲間に入り、日本料理店での仕事をしないで
ばくちに興じるようになった。私やラームさんが何度も
注意をしているんだが、ばくちをやめることはできないでいる。
ばくちを続けるうちにお金がなくなった。
A君はおばさんの食堂で食事をしないで、食べなかった
食事代をおばさんに請求し始めた。そのお金で
ばくちをしようとした。おばさんは、食事をするように言い
食事をしない場合、お金はラームさんたちに返すと返事をした。
その返事を聞いたA君は逆上し暴言を繰り返した。
こうしたことが何度も続き、とうとう地域の親切な
おばさんは、私の所へやってきて、A君の面倒は見られない、
と言い出した。
A君、おばさん、ラームさん、私の4人で話し合った。
その席上、A君はまたもや暴言を繰り返した。
私が「なぜ、食堂で食事をしないのか?」と聞くと
A君は「おばさんの食事がまずいので食べられない」と
言ってしまった。それまで我慢しながらもある程度
冷静に対処していたおばさんだったが、とうとう切れて
しまい、激怒。その場で席をたって「もう、こんな子の面倒は
見られない。食事も作らない、下宿も出て行って」と言い残し
帰ってしまった。また、A君は「俺はラームさんなんてなにも
怖くない。ラームさんなど相手にしていない」との暴言を
吐き、とうとうラームさんも切れてしまい「もうA君の面倒は
見られない」と言い出した。ラームさんも1年間近く
我慢に我慢を重ねてきたのでその心情は手に取るように
良くわかる。ラームさんとも話し合い、「数時間の考える
時間を上げる。自分の口にした暴言、そして今後の自分
自身の身の振り方について冷静に考えろ。18歳になって
いるのだから、もう子どもではないので自分の人生は
自分で考えるように。A君が真っ当に生きたいと
いう気持ちがあるのなら、応援するが、今のような
暴言を繰り返すこどもじみた態度なら支援はやめる」
と話す。異様な雰囲気の中で話し合いは終わる。
●部屋に戻り、友好都市問題で長文のメールを送信する。
●その後、ラームさんと日本料理店A君・B君の問題を協議。
その足で次にB君を呼び出す。B君は現在日本料理店に
来ていない。B君は日本料理店で仕事している時に
不良グループと付き合っていた。午後7時半にその日の
宝くじの当選発表がある。B君とそのグループは、
チャンティエン橋の袂にたむろし、発表されたばかりの
宝くじの当選番号一覧表をコピーし通行人に売っていた。
同じように当選番号をこーピーしていた不良グループと
抗争し腕力のあるB君は相手を殴ってしまう。
翌日から殴られた不良グループ5・6人が日本料理店
を訪ねて来て、「Bはいるか? ぶん殴ってやる」と息巻く。
何日もやってくる。その度に日本料理店ではB君を
かくまったり逃がしたりしていた。しかし、かなり危険を
感じるようになりラームさんの指示でB君はしばらく
日本料理店に来ないようにした。その際、ばくちはしない、
松下先生から日本語を習うとの約束をした。
B君もA君と一緒に郵便局の周辺でやくざと一緒に
賭博行為に没頭していた。
日本料理店に来なくなったB君は日本語の勉強もせずに
ばくちに明け暮れていた。
今日、B君を呼び出し、ラームさんと一緒に「今後、君は
どうする気なのだ?」との問題を投げかけた。
このままばくちと不良グループとの付き合いを続けるので
あれば、日本料理店での研修も出来なくなる。
本当にばくちと不良グループとの縁を切ることが出来るか?
と問い詰めた。
しばらく考えていたB君は「これから真面目に生活するので
日本料理店において欲しい」とのことだった。
B君にラストチャンスと話し引き続く日本料理店での研修を
続けるようにした。
A君もB君も3歳、4歳から故あって路上生活を繰り返している。
親や大人から「自分の気持ちをコントロールする術」を
教えられていない。時に衝動的な行動が見られる。
また、暴力を振るうことも多い。これらは、しっかりした
家庭での教育・心の安定、気持ちのコントロールなどの
人間として生活して行く基本的な家庭での教育が不足
している所から来るのではないかと思われる。
広い意味で「必ずしも子どもたちに全ての責任がある」
ともいえない。回りで気のついた大人が、今からでも
遅くないので、二人のために出来ることをしてやることが
必要である。愛情を持って接すること、厳しさと
自己の気持ちをうまくコントロールする術を教えることも
必要である。
今日はA君・B君にチャンスを与えた。今後の推移を見るしかない。
子どもたちは螺旋(ラセン)階段を登るがごとく、右に行き、左に揺れ
成長してゆく。回りの大人は、子どもたちの揺れと成長を
見守るしかない。回りの大人が動揺していては子どもたちの
成長はおぼつか無い。A君・B君の成長を祈り・期待する。
夕食後、久しぶりに日本語学校を参観。
中村先生が上級コースを教えていた。今日の生徒は10人。
ベトナム事務所のソン君も熱心に勉強していた。
今日は、漢字の学習をしていた。
●日本語学校・上級コースを教える中村先生
●漢字の練習
午後9時から午前1時まで「友好都市提携」問題を文章化する。
投稿者 koyama : 2005年11月14日 08:01
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