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2010年02月28日

地球の歩き方スタディーツアー2班講演会

快晴

気温29度。

午前4時に目覚める。まだ体は日本対応になっている。
午前5時から昨日の火炎樹日記を書く。
1時間かけて書き上げ、アップしようとしたら突然
インターネットが切れてしまい、全てが「パー」になる。
こうした時には、動揺せずに「一息入れ」、再開。

チリで大きな地震があり、日本に津波が来るとのこと。
1960年に「チリ地震津波」があり、200人弱の日本人が
津波で亡くなっている。
チリでも大きな被害あった模様。

午前6時にシャワーを浴びる。
午前7時半、「ハイリーホテル」をでて、電動バイクで
「子どもの家」へ。

船上生活をしていたユイ君。私と高校の同級生の若林君の
娘さんとで船上生活をしていたユイ君の舟を視察にいった。
10年ほど前のことである。「子どもの家」に入所。
どういう訳か「勉強が好き」な子どもであった。
小学校5年間、常に「オール5」。
今日・日曜日も朝8時から数学の勉強をしていた。
「将来、何をしたいの?」と聞く。「大学へ行きたい」
と答える。可能なら大学進学を支援したい。


今日は地球の歩き方スタディーツアー2班(20人)の皆さん
に講演会を行う。

午前8時過ぎ、地球の歩き方の皆さんが「子どもの家」へ
到着。ベトナム事務所のクアンさん・フオン先生・ベトナム事務所員
のM君が中型バスでやってくる。

午前8時半から90分、講演会を行う。
私の話の趣旨は3点。
第1は、ベトナムで何故ストリートチルドレンや生活困難な
こどもたちの支援を始めたのか?
第2点。17年間の海外支援・国際協力の中で何を学んだか?
「物を上げる支援」から「人を育てる支援」こそ国際支援の真髄
であること。
第3点。「人との出会い」。


20人の地球の歩き方スタディーツアーの若者に話す。
主要テーマは「人が生きるということ」。

1時間半の講演会が終わり、「子どもの家」の庭で
こどもたちとフエ伝統のベトナムの遊びをこどもたちと
一緒に楽しむ。

ベトナム事務所員のM君もこどもたちとの遊びに参加。

「ハイリーホテル」にいたハイ君のお兄さん。
現在は「子どもの家」を退所しサンダル制作の小さな工場で
働いているとのこと。弟のハイ君はお坊さんになった。
お寺に入ったと言っていた。


地球の歩き方スタディーツアーの皆さんとこどもたちとの
伝統遊びが続く。

こどもたちも日本の若者もゲームに集中していた。

中学生になったチュン君。
将来は何になりの?と聞いてみた。お姉さんのターオさんと
同じ様に大学に入り、高校の先生になりたいと言っていた。
姉のターオさんは、フエ師範大学(ベトナム中部で最難関校)
の生物科に入学。

「子どもの家」のこどもたちとの交流を終え、昼食を摂るため
レストランへ。

私は電動バイクで「ハイリーホテル」へ帰る。

今日は日曜日で朝食がない。時間がないので朝食を
摂らず「子どもの家」での講演会に来た。

昼前、「ハイリーホテル」へ戻り、2合のご飯を炊く。
昨夜の日本料理店の残りの「もやし炒め」などを
おかずに「ブランチ」を摂る。心臓の薬を飲む。

午後12時半から1時間半ほど昼寝。

朝から洗濯。洗濯機で洗濯をし、乾燥を2回する。
何とか乾燥し洗濯が仕上がる。少し、かび臭い
衣類が「正常」になる。

受信メールのチェック。10通ほどのメール受信。

部屋の掃除。掃除機で3週間に溜まったごみを掃除し
モップで床をきれいに拭く。

重要な文書5通の再校正をする。

午後5時過ぎ、「コムディア」「ビンザン(平民)」-ベトナム風
ほか弁を買いに行く。100円。

午後7時、夕食。フダ缶ビール3缶を飲む。美味しい。

日本で短波放送を聞けるSONYのラジオを買ってくる。
食事をしながら「ラジオジャパン」の日本語版を聞く。
森繁久弥と加藤道子が長期間やっていた「日曜名作座」
を聞く。森繁が亡くなって「西田敏行」と「竹下景子」
に代替わりしていた。森繁・加藤と同様に品格のある
ラジオ朗読だった。情景が想像できる朗読だった。
さすがプロ。

当面しなければならない「仕事」一覧表を作る。
12個の課題があった。

その後、最終の「飲み〆」。静岡の支援者の方から
送られて来た「国香」(純米吟醸)を冷やして極少量飲む。
純米吟醸となっているが、一般的には「純米大吟醸」としての
ランクだそうだ。

投稿者 koyama : 21:42 | コメント (0)

2010年02月27日

成田 →ホーチミン →フエ到着

成田 豪雨


午前5時起床。

昨夜ホテル近くのコンビニで買ったおにぎり1つを食べる。
心臓の薬を飲む。

ベトナム行きの最終準備。パスポート、Eチケットなどの確認。

午前7時45分、ホテルフロントへ。

午前8時過ぎ、ホテルのバスで成田空港へ。

ベトナム航空チェックインカウンター。
ベトナム事務所でしばらく活動するM君と一緒にチェックイン。
荷物の預り証が、成田 →フエとなっている。
カウンターの女性に「実際には、ホーチミン空港で一度、荷物を
もらい、再度国内線チェックインカウンターで預けるのだから、
成田 →ホーチミンにして欲しい。もし、ホーチミン空港で
荷物がなくなった場合、フエ空港に行っているといわれたら
私たちは何も抗議ができない、証拠もなくなる。荷物預り証は
実際の預かり行為でして欲しい」と頼む。
カウンターの女性は「会社の決まりですから・・・」の一点張り。
この17年間、この種の問題でぶつかることが多かったのだ。
これ以上、言い合いをしても仕方がないので、「ホーチミン →フエ」
という嘘の預り証をもらいチェックイン完了。

荷物検査・出国手続きもスムースに進み、9時10分には、
ホーチミン市行きの待合室につく。
10時半発の便であるが、10時に機内搭乗開始とのアナウンス。

待合室で待つがなかなかアナウンスがない。

結局40分遅れて11時10分に搭乗し、出発。

午後12時、機内食あり。缶ビール2本。

2時間ほど熟睡。

読書「饒舌の思想」(開高健著:筑摩書房)
1960年代初頭のエッセー。コンゴ問題、ドイツのアイヒマン
裁判傍聴記、ベトナム戦争体験記など、当時の時代背景が
鮮明に描かれている。開高の立場は反戦平和・組織に
所属しない自由人。

午後5時15分(ベトナム時間午後3時15分)ホーチミン市に到着。
機内放送でホーチミン市の気温34度とアナウンスあり。

入国手続きなど簡単に終わり、国際線を出る。徒歩10分。
国内線へ。国内線チェックインカウンター前で待つ。
17年前には、こうして待っている間にたくさんのベトナム人が
後ろから「ずる込み」をしていた。今回も若干その気配はあるが、
随分「改善」されて来ている。

国内線カウンターで荷物を預けようとしたら、「貴方の荷物預り証
は、成田 →フエとなっている。ホーチミン空港で荷物を預ける
ことはできない」と言われる。案の定。
「荷物預り証は確かに成田 →フエとなっているが、ベトナム空港は
フエまで直接荷物を運ぶようになっていない。成田からホーチミン
で一度荷物を降ろし、再度国内線で預けるというシステムですよ」
と私。
ベトナム航空カウンターの係りは、「貴方の預り証は成田 →フエ
となっているからホーチミン空港で預かれない」と言い続ける。
本当に仕方のない航空会社だ。成田のカウンターで「こうした
問題になるから、成田 →ホーチミンにして欲しい」といったのに。
「上司にベトナム航空のシステムを聞きなさい」と私。
カウンターの係りは上司に聞きに行く。
「分かりました。フエまでのチェックインは出来ます」とカウンター。
「当たり前だ」と思いつつ、「こうした単純なことではあるが、
顧客に取っては命の次に大事な荷物の扱いをこれほど
いい加減にしている航空会社も珍しい」と思う。
荷物を預かると言う大事な業務について、成田とホーチミンでは
係りの認識が180度違う。会社としての教育ができていない。
ということは、ベトナム航空の管理職・マネージメントの無能さ
なのだ。カウンターの責任ではない。

国内線の成田の出発が40分ほど遅れたので、ホーチミン空港の
国内線ではほとんど待たずにフエ行きの機内に入る。

午後5時ホーチミン空港発。1時間でフエへ。午後6時過ぎ
フエ空港着。機内で読書。
機内アナウンスでフエの気温は29度とのこと。

フエ空港には、ベトナム事務所のソン君とアンさんが出迎えに
来てくれていた。大学生協スタディーツアーを見送った後とのこと。

車で「ハイリーホテル」へ。私は「ハイリーホテル」で下り、
電動バイクで日本料理店へ。重いスーツケースはソン君が
5階まで運んでくれる。電動バイクの充電は大塚さんが
しておいてくれた。

ソン君・アンさん・M君はバオミンホテル →日本料理店へ。

19日ぶりに電動バイクに乗り日本料理店へ。
相変わらず「めちゃくちゃな」交通事情ではある。

日本料理店着。大塚さん・リー君・グエットさん・チャンさんは
元気に仕事をしていた。ヒエウさんは、体調が悪く休んでいた。

M君と原田先生の3人で夕食をお店で食べる。

来客あり。日本人・台湾・ベトナム・欧米系・・・・。

午後9時半、日本料理店閉店。こどもたちは帰る。
リー君が残り、大塚さん・原田先生・M君・私で
軽く飲みなおし。M君はコーラを飲む。

午後11時散会。3週間ぶりに「ハイリーホテル」の部屋へ
入る。大塚さん・原田先生からは「テト中は雨が降っていた
ので、フトンなどはかびているかも知れない」と言われたが、
幸い、かびていなかった。部屋全体は少し、かび臭いが
この程度は、『想定内』である。

直ぐに就寝。


投稿者 koyama : 12:37 | コメント (0)

2010年02月26日

フエ帰国準備ー成田付近のホテルへ前泊

晴天 風邪強し。杉花粉飛び交う

朝からくしゃみと目のかゆみが続く。


午前8時起床。昨夜、飲みすぎ。

午前中、静岡市清水区の支援者と奨学金の打ち合わせ

多数の受信メールを読み、返信。


午後1時、障害児医療センター関連の郵便を出す。

フエ帰国の荷物の整理。


午後4時半、自宅を出て、都営三田線で志村三丁目駅へ。


フエにしばらく滞在する予定のM君とお母さんと合流。


M君と一緒に巣鴨経由日暮里。
日暮里から成田へ。

成田からホテルへ。


午後7時、M君と一緒にホテルにあるレストランで簡単な

夕食。


明日は午前8時にホテルのバスで成田空港へ。

投稿者 koyama : 21:33 | コメント (0)

2010年02月25日

バオミンさん・フエ大学副学長帰国:フエ訪問希望者と懇談:高校クラス会のような会

2010年2月23日の「中日新聞」にベトナム事務所会計部長の
ゴックハンさんの訪日日本語研修の様子が掲載された。

フエ市と静岡市の「友好都市提携』を受けて、静岡市は毎年
2名のベトナム人を静岡市へ招待し、日本語研修の機会を
与えてくれている。静岡市に感謝。



======================

快晴   

気温高し。杉花粉飛散多量。鼻水と目のかゆみがひどい。

午前4時半、成田付近のホテルで起床。昨夜、バオミンさんと

フエ大学副学長とかなり飲む。


午前4時過ぎに起床し、受信メールに目を通す。10数通の

メールあり。終日、副学長・ミンさんと一緒の行動をしているため

メールのチェックが出来ない。必要な返信


午前6時45分、チェックアウト。

ホテルのバスで成田空港へ。



ベトナム航空のチェックインカウンターには、中村友香さん(元日本語教師)

が見送りに来てくれていた。感謝。



午前7時45分、タン副学長・バオミンさんを見送り、急いで

新宿の心臓の病院へ。ベトナム滞在中の心臓の薬をもらう。


都庁の下を通ったが、ホームレスの皆さんが寝ていた場所には

柵が出来ていて、ホームレスの皆さんを排除。こうして

見てくれだけきれいな都庁になっていくのだ。ここに寝ていた

たくさんの皆さんはどこに行ったのか?



しばらく病院内で待ち診療・投薬・前回の血液検査結果の

分析。中性脂肪が、平均値の3倍と異常に高いと指摘される。

お酒をたくさん飲んでいますか? と聞かれる。

私としては、控え目なのだが、一般的には多量の部類に

入るのかも知れない。日常の飲酒量に気を付けなければならない

ことは事実なのだが・・・・・・。


フエで飲む薬をもらう。8000円の支払い
午後1時、1週間ぶりの自宅へ帰る。

1時間程休息。やはり疲れている。


午後2時半、フエでしばらく活動する予定のMさんのお母さんと

息子さんに会い、明日からの打ち合わせを行う。

午後5時近くまで人生・進路などについて話し合う。


午後5時半、西台から西日暮里経由赤坂へ。

赤坂サカス(旧TBSテレビ)近くの「蕎麦屋」で高校のクラス会
のような会のような会を断行。


4人で今までの人生を振り返り、更に新しい人生に向かって
進んでいこうとの決意を込めて全国各地のお国自慢の
吟醸酒を飲む。

私は最初に福島の飛露喜を。更に全国を回りながら
飲み比べる。

高校の公式クラス会があり、「クラス会のような会」があり、
更に「クラス会のような会のような会」がるという
複雑怪奇な我高校クラス会事情である。

16歳で出会い3年間同じクラスで過ごした仲間である。
60歳を過ぎてもそれぞれの仲間が更に新しい社会的な
活動に挑戦しようとしている。

午後9時過ぎ閉会。(多分、第1次会だと思うが・・)

私は、明後日の朝、成田を発ちフエへ帰国する。
明日は帰国の準備、そして夕方、日本の若者を
一人連れて成田付近のホテルに泊まるため、
一足先に帰宅する。


2月19日から今日までの1週間、朝から夜までの
活動が続いた。バオミンさん・フエ大副学長と行動を共にした。

静岡市長との懇談、静岡大学とフエ大学の交流協定書の調印式
を無事に終え、今、ほっとしている。疲れがドーンとでている。

投稿者 koyama : 13:24 | コメント (0)

2010年02月24日

静岡大学農学部懇談ー秋葉原視察ー成田近郊ホテル

2010年2月24日


フエ大学・静岡大学交流協定書調印式(静岡新聞)


②静岡市長への表敬訪問の記事(中日新聞)



晴天


杉花粉大量飛散。


午前6時起床。

午前7時ホテルで朝食。バオミンさん・フエ大学副学長と。

午前9時、滝下さんの車で静岡大学へ。


静岡大学学務課を訪問。


静岡大学農学部W教授と懇談。

フエ大学卒業生の静岡大学大学院入学について懇談。


1時間程大学院入学についての詳細を打ち合わせ


その後静大農学部長室で中国西南大学農学部副部長
と懇談。



静岡大学での活動を終わり、午後12時過ぎ、静岡駅から
「こだま」で東京へ。秋葉原へ行き、昼食。ラーメン。

その後、秋葉原の電気街を視察。



午後4時過ぎまで。


秋葉原から日暮里へ。途中、山手線品川で人身事故。
山手線・京浜東北線が普通となる。

日暮里で快速列車に乗り、午後6時過ぎに成田着。

徒歩で15分、成田駅近郊のビジネスホテルへ。

午後7時から3人で夕食。

明日は午前7時に送迎バスで成田空港へ。


投稿者 koyama : 21:49 | コメント (0)

2010年02月23日

静岡市長表敬訪問・フエ大・静岡大交流協定調印式

晴天 気温10数度。温かい


午前7時半、静岡市内のホテルで朝食。

午前8時半、滝下さんがホテルへ迎えに来てくれる。

静岡市役所へ。

午前9時、小島善吉静岡市長表敬訪問。

静岡市長室には5段飾りのひな人形が。

フエ大学タン副学長・バオミンさん・私の3人が静岡市長
表敬訪問




フエ大タン副学長とバオミンさん

静岡大学の車で静岡大学での交流協定調印式へ


興静岡大学長との懇談


興(おき)静岡大学長とタンフエ大学副学長との協定書調印





調印式終了後、静岡大学の案内で静岡市内案内


三保の松原を視察




次に日本平へ


河津桜が満開



次に久能山東照宮へ。



その後、久能山のいちご狩りへ。



午後6時から浮月楼で静大主催の晩さん会


浮月楼は、第15代将軍徳川慶喜が将軍を退位したあとの
住居だった。



静大主催の晩さん会。タンフエ大副学長とバオミンさん


午後9時、N理事の閉会の言葉


投稿者 koyama : 20:42 | コメント (0)

静岡市長表敬訪問・フエ大・静岡大交流協定調印式

晴天 気温10数度。温かい


午前7時半、静岡市内のホテルで朝食。

午前8時半、滝下さんがホテルへ迎えに来てくれる。

静岡市役所へ。

午前9時、小島善吉静岡市長表敬訪問。

静岡市長室には5段飾りのひな人形が。

フエ大学タン副学長・バオミンさん・私の3人が静岡市長
表敬訪問




フエ大タン副学長とバオミンさん

静岡大学の車で静岡大学での交流協定調印式へ


興静岡大学長との懇談


興(おき)静岡大学長とタンフエ大学副学長との協定書調印


投稿者 koyama : 20:42 | コメント (0)

2010年02月22日

フエ大学副学長来日

晴天


午前4時、起床。昨日の現地報告会の火炎樹日記
を書く。

午前6時50分、成田近郊のホテルをバオミンさんと出発し
成田空港第2ターミナルへ。

7時20分到着のフエ大学副学長の来日を待つ。
1時間半たってやっと到着ゲートから出てくる。

成田からスカイライナーで日暮里へ。
日暮里から東京駅へ。

東京駅から新富士へ。新富士で静岡の会・静岡大学の
滝下さんと合流。


富士市で富士山を見る。



富士川で富士山を見ながら昼食

富士山の前で。フエ大学副学長のタン教授とバオミンさん


滝下正敏さんの案内で「由比正雪」の生家を訪問



由比では梅がきれいに咲いていた。


午後3時半、静岡市内のホテルへ。


午後6時半、ホテル付近の大衆飲み屋へ。


投稿者 koyama : 23:00 | コメント (0)

2010年02月21日

JASS現地報告会

晴天

午前10時、渋谷ハチ公前で原田虎太郎君と合流。


報告会場の『渋谷区勤労福祉会館』へ。

会場整理、準備。今日の報告会の段取り打ち合わせ。


午前11時過ぎ、上尾の星野さんの
ホテルへ投宿していたバオミンさんが渋谷駅に
着いたとの電話あり。原田虎太郎君と出迎えに。



今日の報告会の運営・進行の最終打ち合わせ

挨拶するバオミン・JASSベトナム運営委員長


報告会場で「子どもの家」付属刺繍土産物店作品販売
の責任者・中村さんとバオミンさん


午後1時半、「現地報告会」開会。
坂本さんと横島さんの司会



会場には60余人の参加で盛り上がる。


会場には、物品販売だけでなく「手作りクッキー」とベトナムコーヒー
の販売も。内田さん・柳沢さん・景山さんたちの協力。



会会の言葉。JASS日本代表委員会委員長


初めに私からベトナム現地での活動報告。
フエテレビで放映された現地JASSの活動などを30分
報告。



続いてJASSベトナム運営委員長のバオミンさんから
以下の報告があった。

①2009年活動報告
②2009年決算報告
③2010年活動の進め方
④2010年予算



バオミンさんの4つの報告について参加者からの質疑。
質問に答えるJASS日本代表委員会副委員長の
山西司郎さん。


質問に答える小山

現地体験報告

1年間、フエで日本語教師をしたご苦労さまでした。後藤さんが
1年間にフエ滞在経験を報告


税田真理子さん。4年半のフエでの活動を振り返り
体験を報告する。



各地の会からの活動報告

①「京滋YOUの会」藤井さん


「京滋YOUの会」で募金したお金をバオミンさんを通して
「子どもの家」・盲学校などのこどもたちの健康診断費用
として寄贈。


静岡の会 藤井さんの報告



JASS東京の会報告 中村さんなど



火炎樹の会(茨城の会) 島崎さん

JASS栃木の会 佐藤さんの報告



JASS青少年教育の会報告


最後にJASS日本代表委員会の役員承認



代表委員会を代表して滝下正敏さんが挨拶



今日の報告会の準備をしてくれたJASS東京の皆さんに
深謝


その後、午後5時から7時まで渋谷駅付近で反省会。





長お付き合いの江平さん。お忙しい中のお越しに
感謝。



最後にバオミンさんの挨拶


元ベトナム事務所の日本語教師石岡さんより記念品
贈呈


午後7時半、交流・反省会終了。急いで日暮里駅へ。
午後8時05分、日暮里発ノスカイライナーに間一髪で
乗れる。

午後9時過ぎ、成田着。


バオミンさんと15分ほど歩き、ビジネスホテルへ投宿。

明日の朝、7時20分にフエ大学副学長が成田空港へ
到着する。その出迎えのため。

長い1日だった。

投稿者 koyama : 04:44 | コメント (0)

2010年02月20日

上尾花咲の湯1周年記念ー「子どもの家」絵画展

快晴

午前5時、成田付近のホテル起床。

火炎樹日記を再度読み直し一部書き直し。

午前6時50分、ホテルから成田空港第2ターミナル行きの
バスに乗る。
途中検問。パスポート・運転免許証を忘れる。チェックが厳しい。

午前7時半、空港着。

バオミンさんを探すがいない。到着表には、ハノイからの便は
記載されていない。こなかったのか?
係の人にチェックしてもらう。「午前6時40分着の予定だったが
午前6時20分に着いてしまい、到着ボードからは、既に削除
されている」とのこと。

周りを探しているバオミンさんがいた。

スカイライナーに乗り上野へ。



上野に早めに着いたので、若干の時間あり。

上野付近に住んでいる姉の家(根津)を訪問。
バオミンさんに一般の日本人の家庭を見てもらう

1時間ばかり姉の家に滞在し、上野駅へ。上野から直通で
東大宮駅へ。


上尾の星野さんの経営するスパ「花咲温泉」開設1周年・
全国人気投票第1位のお祝い会に参加。

花咲温泉開設1周年を記念して「子どもの家」絵画展を
開いてくれた。




午前11時半、スパ花咲の湯の建築などに携わった
デザイナー、建築家・銀行などの人々を呼んでの
1周年祝賀会。

私もバオミンさん相伴。



花咲の湯のレストランの食事を頂く。
ベトナムの春巻きも出ている。


美味しい刺身。生ビールが進む



その後、午後2時まで時間があり、温泉に入る。

露天ふろにゆっくりと入り、部屋の温泉に入ろうとした時、
気を失う。どれだけの時間がたったのか?
その間、夢を見ていた。
しばらくすると「起きてはいけない」などと言う声が
かすかに耳に入る。段々、意識がはっきりしてくる。

露天風呂から室内風呂に入る出口に倒れていた。
頭が痛い。後頭部を痛打。かなり大きな「コブ」が
出来ていた。

睡眠不足・朝食を摂らずに生ビールを飲んで、長時間温泉に
入るという、「血液循環」がもっともよい入浴を
してしまい、めまいを起こしたと判断した。

脱衣所に行くとすぐに従業員の方が、氷水を持ってきてくれた。
冷たい水を飲む。同時に冷えたタオルも持ってきてくれて
首の後ろに当ててくれる。30分ほど静かに椅子に座って
落ち着くのを待つ。


午後2時、上尾国際交流協会・GSTなどのスタディーツアー
で「子どもの家」に来られた引率責任者の皆さんが
お集まりになった。

2000年からほぼ毎年、スタディーツアーで「子どもの家」に
こられている。

この10年間の交流、思い出話を行う。

司会の方の挨拶



お子さんが高校時代に星野さんたちが主導した上尾スタディーツアー
に参加し、現在、パプアニューギニアへJICA海外青年協力隊員
として派遣され、活動しているお子さんを紹介。



上尾スタディーツアーでは50数人のこどもたちが参加。
既に結婚しお子さんがいる参加者。今でも何らかの
ボランティア活動を行っている。上尾スタディーツアー
の精神が生きている。



上尾スタディーツアーの主導者である星野さん。
上尾商工会議所や上尾市教育員会などと協力し、
スタディーツアーを10年間実施。
続けることも大きな活動あであり、実績である。


この10年間の上尾スタディーツアーの引率者と


午後5時。

バオミンさんは、星野さんの経営しているホテルの宿泊
することになり、ホテルへ。私も一緒にホテルまで行き、
その足で星野さんの車で東大宮駅まで送って頂き、
午後7時前、自宅に帰る。

「京滋YOUの会」からの報告

『ワンワールド・フェスティバル』参加

ワン・ワールド・フェスティバル 報告
文責:古山裕之

2月6日(土)7日(日)に大阪国際交流センターにて毎年恒例のワン・ワールド・フェスティバルに参加しました。今年も活動紹介ブース及び民族料理模擬店に参加し、多くの来場者の方との触れ合いを楽しむことができました。

【活動紹介ブース】
例年同じような写真・展示内容であったため、今年は新しい展示に工夫をこらしました。その最たるものが「自立した子どもたちの姿」です。16年間で約300人の卒業生が巣立っていきましたが、その姿を来場者に見せることができていなかったことから、卒業後の生活の様子や卒業生同士の結婚の様子を写した展示をしました。ブースに来て頂いた方の中には、スタディーツアーで子どもの家に訪問したことのある方もたくさんいらっしゃいまして、子どもの成長の様子やソンさんの結婚式の様子を見て喜んでおりました。
また、例年行っておりますベトナムクイズも実施し、2日合計で74人の方にご参加頂きました。ベトナムのお菓子をもれなくプレゼントということもあり、お声をかけさせて頂いたほとんどの方が回答してくださいました。頂いた感想の中には「一度スタディーツアーに参加したことがあったので、懐かしい顔を見ることができて、とても嬉しく思います。」「ベトナムと言えば戦争の悲惨な写真のイメージが強いのですが、自立して笑顔の写真を見て、少しずつでも立ち直っているのだなと感じました」など、クイズを行うことにより、参加者と双方向のやりとりができました。会の活動に活かせる貴重な機会となっているので今後も継続していきたいです。
雑貨販売につきましては、主に家族連れの方や年配の方を中心にお買い上げ頂き、2日間合計で36,170円の売上、募金360円となりました。特に毎年好評のベトナムコーヒーをはじめ、JASS封筒型ケースなど独自の刺繍雑貨が人気でした。


【民族料理模擬店】
今年も昨年と同様にフォー、チェー、ベトナムコーヒー、蓮茶を販売しました。特に1日目は午前中雪がちらつくなど、寒さ厳しい1日となりましたが、その中で久しぶりに活動に参加してくださった会員も含め、多くの方の協力により次々と売れていく大盛況。「おいしい」と笑顔で食してくださるお客様が多数いらっしゃいました。
 店の前での呼び込みも他の模擬店に負けない笑顔と声で、お客様も自然と集まり、一時はたくさんの方が並ぶ様子も見られました。フォーが追いつかずお客様にお待ち頂くことになった時間帯もあり、今後いかにスムーズにできるかが課題となります。毎年模擬店に出店している成果もあり、作業だけでなく味も良くなっており、来年以降も参加していければと感じます。2日間の合計売上は前回を上回る211,360円でした。

ワン・ワールド・フェスティバル事務局によると、2日間の合計来場者数は14,500人(1日目=6700人、2日目=7800人)と、前回から2,200人増えたということです。当日ご協力いただいたみなさん、そして準備にご協力いただいたみなさん。本当にありがとうございました。



投稿者 koyama : 07:35 | コメント (0)

2010年02月19日

神戸へ

晴天


午前6時半、自宅を出て東京駅へ。マルタカの直井社長と
一緒に新幹線で神戸へ。
神戸着11時50分。

新神戸駅で昼食を摂る。車で朝日ビルへ。
朝日新聞のビル。25階建の大きなビル。


ビル21階の某会社からは、神戸港と神戸の街並みが
見える。


某会社の担当者と打ち合わせ。3つのグループの方と
打ち合わせ。

午後6時半まで。

急いで新神戸を出て、3時間。午後10時、東京着。

東京駅から日暮里まで。スカイライナーで成田に行こうと
したが、既にスカイライナーは終わっていたい。

10時30分、各駅停車で青砥へ。青砥で乗り換え
成田へ。午後11時40分成田着。

京成成田から徒歩15分。安いビジネスホテルへ。

午前0時チェックイン。

朝食抜きの一番安い部屋を予約したが、どんな事情かは
知らないが、予約の部屋がなくなり、大きなデラックスる
ルームに変更。値段はかならない。

明朝6時40分、バオミンさんが成田着。出迎えへ。

今日は神戸へ(往復6時間)、会議6時間。
そして成田へと正直疲労困憊。

入浴して直ぐに寝る。

読書「饒舌の思想」(開高健著:筑摩書房)

かなり読める。

投稿者 koyama : 17:43 | コメント (0)

2010年02月18日

通院   JASS青少年教育の会懇談

雪 のち 曇り 晴れ

朝、雪が降る。気温1度。とにかく寒い・寒い・・・。

自宅の庭木にも雪。


午前9時半自宅を出て、新宿都庁前へ。

たくさんのホームレスの人たちが、寒さの中、横になっていた。

私はこの寒さの中、都庁前で寝ることは出来ない。

いつから日本はこんな社会になってしまったのだろう。

誰でも普通の生活をすることのできる社会を取り戻したい。

心臓検診。

予約の時間を2時間近く待たされる。何のための予約 
 

なのか?

午後1時半、心電図、診察、血液採取。

午後3時帰宅。

午後7時半、JASS青少年教育の会の皆さんと
今年のスタディーツアーの相談。


午後10時。懇談会は終了。

2010年も8月のスタディーツアーを実施するとのこと。

既に9年近くスタディーツアーを実施している。

たくさんの若者がスタディーツアーの中で育って
きている。

投稿者 koyama : 18:16 | コメント (0)

2010年02月17日

高校クラス会のような会合

曇り  非常に寒い。

午前中・午後にかけて10通のメール受信。17通の
メール送信。

静岡市役所国際課・バオミンさんなどとメールで連絡。
東洋学園大学スタディーツアー案を送信。

午後3時過ぎ、自宅を出て新宿へ。

原田虎太郎君と1時間程懇談。

その足で池袋へ。午後6時20分、池袋西口の某ビヤーホールで
高校のクラス会のような会合。

ラオスで「ラム酒」を作っているY君・S君も同席。幹事役の
G君やTさんも。2時間半ほど交流。




16歳で同じクラスになり3年間クラス替えのなかった仲間
たちである。初めて出会って37年の月日が流れた。
既に定年も過ぎ「悠々自適」の生活に入る年ではある。
しかし、私がベトナム、和服美女がキューバ、3人のヘンテコ紳士
がラオスに住んでいる。大学院に通学している仲間もいる。
女性で仕事に頑張っている人もいる。

それぞれ37年間の人生を経て、それなりの「魅力」をにじみ
だしている皆さんである。
団塊の世代の真っただ中に生まれ、小学校5年生で
勤務評定闘争に遭い学校に先生がいなくなった経験をした。
ベトナム戦争反対闘争に参加し、70年安保闘争に
なんらかの形で関係せざるをえない世代でもある。
同時に会社に入り「企業戦士」として企業発展の中核
として活躍した世代でもある。


高校時代ほとんど付き合いのなかったK君であるが、
50代を過ぎてから急速に接近した。

ベトナムの「子どもの家」に2回も来てくれている。

午後9時過ぎ閉会。

その後、2次会へ。いつも行く店いへ。
しかし、場所が変わったとのことで他店へ。
お店の親父さんに「申し訳ない」などと話している
うちに皆さん暗闇の池袋西口に消えてしまった。

明日は、心臓検診。あまり飲みすぎるのも良くない
ので帰宅。

投稿者 koyama : 08:59 | コメント (0)

2010年02月16日

終日自宅で仕事

気温5度 寒さについていけない。


終日、メール受信。返信。

東洋学園大学スタディーツアーの日程案を考え、原案を作る。

訪日するベトナム人の日本入国ビザ取得の書類(ベトナムへ郵送)
精査する。

静大関連の書類を熟読。


午後4時、ブライセン本社と電話会議

午後5時。NTTの工事人が来訪。自宅と近くの電柱についている
電線の工事を行う。

終日、寒く「腹痛」、若干の「吐き気」あり。


投稿者 koyama : 16:16 | コメント (0)

2010年02月15日

東洋学園大学へ

曇りのち雨

非常に寒い。

ベトナムに住んで16年半。この時期の日本の
寒さと乾燥には、耐えられない。

フエは常に湿気が高い。60%から90%が通年の
湿度である。

この時期、日本は湿度が低い。乾燥している。
体中の湿気が「抜けてしまった」ようだ。皮膚が乾燥し
そこら中が「かゆい」。

午前8時起床。夜中に背中や足がかゆく眠れなかった。


半日かけて2月21日の現地報告会の報告書の最終
チェックを行い、大幅な書き換えを行った。

午後2時、自宅をでて、水道橋へ。
東洋学園大学へ。

東洋学園大学が2単位の授業としてのスタディーツアーを
「子どもの家」などで行いたいとのこと。
国際交流センター長の先生、担当の先生、課長さん、
スタッフの方と2時間弱、スタディーツアーの内容などの
検討を行う。

午後5時前話し合いを終了。私の方で10日間のベトナム
滞在のスタディーツアーの素案を作り、大学側の提出する
ことになった。

午後6時、帰宅。

NHKのテレビを見る。厚生労働省が受動喫煙の禁止も
含めた禁煙対策を打ち出すという。非常に遅い対応ではあるが
当然のことである。NHKは、それでも『喫煙者の受難』、
会社・工場・食堂・レストランなどでの禁煙はお客さんが減って
問題がある、会社等での分煙工事にお金がかかるとの意見を
報道していた。

私はベトナムで日本料理店をやっている。開店当初から一切の
喫煙を禁止している。年間2400人の来客がある。
煙草を吸う人は、日本料理店の外で吸ってもらっている。
この4年半で禁煙に「文句」を言ったお客はたった一人である。
京都から来てフエ郊外で工場を経営している男性。
私は「この日本料理店では、自分たちの作っている料理に自信を
持っている。あなたのたばこの臭いでせっかく作った日本料理店の
味と香りが分からなくなるので煙草は止めて欲しいとお願いしました。
日本人のお客はかなり怒っていた。

投稿者 koyama : 20:18 | コメント (0)

2010年02月14日

ブライセン社長と懇親

曇り

寒い。体がベトナム態様になってしまい、東京の寒さいに
対応できない。

イ・モバイルが通じなくなる。

直し方が分からない。買った店に行くしかないか?

午前11時半、巣鴨経由目黒へ。目黒駅でブライセン藤木社長
と合流し、白金台の藤木社長宅へ。

奥さんの手作り料理をご馳走になり、純米吟醸酒・大吟醸など2種類の
吟醸酒を飲む。

午後9時過ぎまでブライセンの今後の仕事のことなどを話し合う。

自宅着、午後10時。

投稿者 koyama : 11:40 | コメント (0)

2010年02月13日

寒い・寒い

非常に寒い  気温3度

午前9時まで寝ている。午前5時頃、あまりに寒いのでぬるくなった
湯たんぽを再度沸かし直す。

午前中、JAAS招待により訪日する人のビザ申請書類の原稿を作成。

メール受信・送信。


ニュージーランドのREDDYさんに電話。元気に生活している様子が
分かりひと安心。

ヴァンクーヴァーオリンピックの開会式を見る。


終日寒く、お腹がいたい。気分が悪い。

21日の「現地報告会」の関連写真等諸準備。


私の中学校の恩師から電話。ソン君の里親だった。

7月21日のソン君の結婚式にご夫婦で出席したいとのこと。

その電話の中で中学時代私と一番仲良くしていた友達

2人が亡くなったとのこと。脳溢血と肺がんとのこと。

私にはかなり強いショックだった。仲が良かっただけに。

そんな年になったのか? などと思う。

投稿者 koyama : 20:04 | コメント (0)

2010年02月12日

国際ソロプチミスト東京ー東役員の皆さんとの懇談

終日寒い。

気温4度。フエでは20度であまりに寒いので湯たんぽを
使っていた。気温4度は、私の限界を超えている。


午前中、2月21日の「現地報告会の報告内容の検討
多数の受信メールを読む。必要な返信。


午後2時半自宅を出て、都営三田線で日比谷へ。
帝国ホテルで「国際ソロプチミスト東京ー東」の」役員の皆さんと
懇談。


国際ソロプチミスト東京ー東(あずま)の皆さんとの交流は
1996年頃から。皆さんはフエ市に「障害児医療センター
(ベインビエン)を建築。その後、2階の増築も行ってくれた。


更に障害児医療センターへの支援も行ってくれている。

今後の障害児医療センターの在り方につて協議する。


杉花粉症の「後遺症」で終日体がだるい。気力なし。


投稿者 koyama : 20:43 | コメント (0)

2010年02月11日

孫に会う

寒い  雨

1日中寒い。


バオミンさんと何度か電話で話をする。訪日のビザ取得の
件・・・・・・。

支援者から何回か電話。

午前中、2月21日の「現地報告会」用のビデオを作成する。

カメラで撮ったビデオをVHSに編集する。カメラで撮ったビデオ
(かなり長時間)を全て見る。その中で「現地報告会」で上映する
部分だけを取り出し、VHSに移し替える。かなり時間がかかる。

午後12時。次男一家と家の近くで懇談。
次男一家の次男も生まれて数カ月。
首も座り、しっかりした顔つきになってきた。


2時間程懇談。

体調悪く、帰宅後横になる。

2月帰国日程が帰国時より更に追加さら、
19日間の日本滞在中、空いている日は1日だけとなって
しまった。

投稿者 koyama : 10:44 | コメント (0)

2010年02月10日

杉花粉症発症

寒い


昨日、20度にも気温があがり、喜んでいたが「杉花粉」が
大量に飛散したことまで頭が回らなかった。

昨夜から「鼻水」と「くしゃみ」が続き、夜も眠れなかった。
今日も1日中、かなりひどい状況。鼻水・くしゃみ、喉の腫れ。

最初は風邪かと思ったが、間違いなく「杉花粉症」。
今からでもすぐベトナムに帰りたい。ベトナムではこの17年間
杉花粉症の発症はなかった。

今日は急に気温が下がった。お腹が痛くなる。

こどもの頃から。「雪腹」だった。雪の降る前日に必ずお腹が
痛くなった。母親には、「それは雪腹だ」とよく言われた。

今日は鼻水とくしゃみの連続、雪腹でも一日中、お腹が痛く
仕事をする気力なし。出かける予定だったが、止めた。


支援者から何度か電話あり。

バオミンさんとブライセンの仕事の件で何度買電話連絡。

帯広の芳村さんと電話で協議。

原田虎太郎と電話で話す。


イー・モバイルを今日から使い始める。
予想以上に送受信も早い。

かなり多量のメール受信・送信。

投稿者 koyama : 17:10 | コメント (0)

2010年02月09日

倫理法人会講演会

晴れ  寒い


午前5時起床。

午前5時50分、家の近くまで太平観光の北垣会長が
車で迎えの来てくれる。

車で30分。練馬区のホテルへ。


午前6時半、練馬倫理法人会モーニングセミナー開始。

45分ほど、講演会を行う。

練馬区の中小企業の社長さんたちの会。

今朝は15人の社長さんたちが参加。

ベトナムでの活動、歴史、倫理状況などを話す。


午前7時半過ぎ、モーニングセミナー終了。

ホテルでバイキングの朝食を会員の皆さんと摂る。

石神井公園駅まで北垣会長の車で送って頂く。
池袋→早稲田へ。

ピースインツアーへ。

仕事を終えて、池袋へ戻る。

池袋のビックカメラへ。

イーモバイルを購入。今までのOCNの契約を解除。

いーモバイルはパソコンに携帯電話を取り付けたようなもの。

全国の主要都市では、どこでもインターネットが使えるという
便利なもの。

契約を済ませ、1時間後に使用可能とのこと。

丁度昼時だったので、1時間の時間をつぶすためも
あり、「うな鉄」へ。ウナギの焼き物で軽く飲む。

午後2時、再度ビック窯らへ。イーモバイルの設定が
終わっていた。

帰宅。


昨日の火炎樹日記、受信メールをチャックし、
必要なメールを送信。

夕方、夜になり、何人かの支援者から電話あり。

平松和平が死んだ。私と同年齢。私もそうした年になったのだ
と実感した。

投稿者 koyama : 16:00 | コメント (0)

2010年02月08日

日本帰国ー支援者宅訪問

午前7時過ぎ、成田へ無事到着。
日本へ行く人が少なく、3つの座席が空いていたので
寝て帰ってくる。

成田から本所の支援者のお宅を訪問。


昼過ぎ自宅到着。

早速火炎樹日記を書こうとしたが、自宅の無線ランの
ローターが故障し使用不能。火炎樹日記が書けなかった。


疲れて眠い。午後4時過ぎまで眠る。

投稿者 koyama : 15:51 | コメント (0)

2010年02月07日

日本へ帰国

快晴  27度  湿度60%

午前4時起床。

昨日、1日(12時間)停電のため、日本帰国の洗濯が
できなかった。洗濯機の調子が悪く、乾燥が1回ではできない。
夜中の2時頃、2回目の乾燥機をかける。午前5時、洗濯が
仕上がる。

読書「青年の環」。なかなか時間がなく2冊目が読みきれない。

午前8時、朝食。昨夕の「ベトナム風ほか弁」の3分の2の
残りを温めて食べる。

午前10時、バオミンさんとある件でいくつかのお宅を訪問。



午前11時半、訪問終了。

訪問した御宅では日本流に言えば、新年の「松飾り」が
出来上がっている。

家の前や中に左右に1対の「菊」を置いている。
日本の門松の原型とも思える。

午後12時から「ハイリーホテル」で帰国の荷物の整理。

午後1時から1時間半昼寝。
午後2時半、再度帰国の荷物整理。
関係者からのメール受信。メール送信。

午後4時、バオミンさんに渡す資料を持ってベトナム事務所へ。
1階の日本料理店に置く。日本料理店前にはリー君が何故か?
いた。

ベトナム事務所には「テト休暇中の事務所閉鎖」の知らせ


午後5時、車で「ハイリーホテル」を出発。

大塚さん、税田さん、なぜかリー君も「ハイリーホテル」まで
見送りに来てくれた。「ハイリーホテル」の5階にある私の
部屋からスーツケースを運んでくれる。


フエ空港チェックイン。

2階の待合室で読書。「青年の環」。

午後7時、フエ空港 →ホーチミン空港(午後8時20分着)

国際線チェックインをするつもりだったが、JAL機使用の
ため、午後9時半までチェックインはできないという。
私の切符はベトナム航空なのだが、ベトナム航空と
JALの共同運航便のため偶然、JAL機使用。
ベトナム航空は全ての便がいつでもチェックインできるのだが。
ベトナム航空の方がはるかにサービスがよい。

午後11時55分ホーチミン発VN便(JAL機)で成田へ。


投稿者 koyama : 13:53 | コメント (0)

2010年02月06日

北海道芸術高校帰国:ベトナム事務所忘年会

快晴 気温36度 真夏


昨夜痛飲。一気飲みを何度も「強要」される。

午前6時起床。シャワーを浴びる。

午前6時50分、ソン君から電話。今、「ハイリーホテル」の
下にいるとのこと。

7時15分に「ハイリーホテル」に来ると思っていた。
今朝は北海道芸術高校の皆さんが帰国する。
フエ空港まで見送り。
急いで支度をして「ハイリーホテル」前で待っている
皆さんの所へ。朝食を摂る時間がない。

急いでいったので火炎樹日記用のデジカメを忘れる。

午前7時半、フエ空港へ到着。8人の皆さんの
チェックインを済ませる。
真面目で神経の行き届いた若者たちであった。
礼儀作法もしっかりしている。こうした若者が未来の
日本を担っていって欲しい。
北海道芸術高校の皆さんは朝フエを発ち、ホーチミン市へ。
ホーチミン市で戦争博物館などを視察した後、7日の
午前0時05分ホーチミン発の飛行機で成田へ帰国の
予定。皆さんの無事帰国を祈る。


午前8時半、ソン君とフエ市内へ。市内のフォーの店で
朝食を摂る。

その足でベトナム事務所へ。
里子でフエ科学大学へ入学し1年間勉強したが、
今年、フエ経済大を受験し、合格したH君を
ベトナム事務所に呼ぶ。フエ科学大退学と
フエ経済大入学のいきさつを詳しく聞く。

今日は日本料理店・ベトナム事務所の大掃除。
日本料理店のこどもたちも午前8時から出勤。
今日が旧暦最後の仕事日。
日本料理店のこどもたちにボーナスを支給する。

副店長・調理主任のトゥオイ(鮮)さん。


接客主任のグエット(月)さん



元店長のリー君
テト休暇中の2週間の生活行動を聞く。
親戚などに行くとのこと。
くれぐれも賭博・飲酒・悪い友達との交流に気をつけるよう
話す。



食品在庫管理主任チャンさん



調理係り ヒエウさん

リー君が再度質屋に入れた自転車を質出ししたようだ。

新年に向けて新たな気持ちで臨んでもらいたい。

午前10時半、「ハイリーホテル」へ戻る。
「ハイリーホテル」は停電。部屋は蒸し風呂状態。

午前11時半。ベトナム事務所へ。

ベトナムは今日が事実上の「大晦日」。
ベトナム事務所も今日で旧暦の2009年を終わり、
明日から2週間のテト正月休暇に入る。
今日はベトナム事務所の最後の日。
ベトナム事務所望年会を行う。

午後2時まで。

「ハイリーホテル」へ戻る。引き続き停電。
昨夜の飲み過ぎがまだ続いている。

蒸し風呂のような部屋でしばらく休む。

午後5時、引き続き停電。

午後6時半、「ハイリーホテル」の回りの電気が点く。

「ハイリーホテル」だけ引き続き停電。
これは「ハイリーホテル」の電気に異常があると判断。
ベトナム事務所へ行き、バオミンさんに相談しようとしたが
いない。電話で打ち合わせ。

直ぐにソン君と婚約者のMさんが来る。
税田さん・大塚さんも「ハイリーホテル」に戻ってくる。

ソン君が配電盤などを見てくれるが、原因不明。

そのうち、バオミンさんが連絡してくれた電気業者が
来る。
「ハイリーホテル」の配電盤を見たが原因が分からない。
「ハイリーホテル」の外の電柱の配電盤を調べる。
「ハイリーホテル」のスイッチだけが切られていた。
誰かが「ハイリーホテル」だけの電源を切っていたのだ。

午後7時。やっと「ハイリーホテル」の電気が点く。

洗濯機に洗濯物を入れる。

体がだるくてもたない。簡単な夕食をし(ベトナム風ほか弁
3分の1を食べる)、2日分の日記を書き就寝。

午後11時。


投稿者 koyama : 23:04 | コメント (0)

2010年02月05日

北海道芸術高「ナムドン山岳地帯」へ:フエ市人民委員会新年会

終日快晴  真夏の気候  気温30度を越す。

午前7時朝食。ブンボー



午前8時半、ベトナム事務所へ。3階のブライセンベトナム支社。
テト休暇中の勤務について、社員に説明する。チュン君は
他の仕事で外へ。


午前9時、北海道芸術高校の皆さん(8人)とナムドン山岳地帯
の少数民族「カトゥー族」との交流へ。

私・ソン君・リー君・原田先生の4人の案内。

はじめに「フエ平和村」へ。車椅子を贈呈。
フエ平和村はフエ省運営の障害児のリハビリセンター。
創立時からJASSは支援を行っている。

今日からフエ平和村は「テト休暇」に入り、こどもたちは、
家へ帰っていた。
副所長さんに車椅子を贈呈。

車椅子贈呈後、北海道芸術高校で作ったオリジナル「Tシャツ」
を副所長さんに贈呈。


午前10時、フエ平和村を出発し、ナムドン山岳地帯へ。
車で1時間半。午前11時半、ナムドン山岳地帯の麓の
町に到着。昼食を摂る。

地元の野菜ふんだんの料理だった。

ナムドン専門家「リー君」も参加。やる気満々。

原田先生


午後1時、昼食会場を後にし、山岳少数民族「カトゥー族」の
村「トゥオン・ロー村」へ。

トゥオン・ロー村へ到着。村人は銅鑼(どら)や太鼓で歓迎。

支援物資を持って交流会場へ。




交流会が始まる。

村長さん(57歳)が歓迎の挨拶。ソン君が通訳。

続いて支援物資の贈呈

歓迎の踊りの後、村人と一緒にカトゥー族の踊りを
踊る。

その後、カトゥー族のこどもたちと「折り紙」で交流。

交流会場前の庭で「大縄跳び」で交流。

折り紙・縄跳びで交流した後、カトゥー族伝統の料理で
もてなしてくれる。

ここから「ナムドン専門家」リー君の出番である。
少数民族の交流は、手作りの焼酎を飲みながら始まる。
焼酎を飲んで恥ずかしさを消し去り、お互いの本当の
気持ち・人間性を出して交流する。

今回は高校生の交流なので大人の原田先生・引率の
金子先生(少量)、そして「飲酒担当」のリー君(23歳)
が焼酎を飲み、宴会は段々盛り上がる。
最初に村長さんが、歌を歌う。音楽は「蛍の光」(スコットランド
民謡)であるが、カトゥー族の皆さんの説明では「団結」の歌
といっていた。以前は、歓迎の歌と言っていたのだが・・・・。
更にカトゥー族の長老の方が歌う。
日本側。最初にリー君がお得意の「恋愛」の歌を2曲歌う。
なかなか良い声で歌う。恋愛も歌だけは上手なのだが、
実際の恋愛になると「日本料理店の寅さん」とあだ名
される『実力』である。

リー君の恋愛の歌で盛り上がって来た。



カトゥー族の皆さんの強い要望。「北海道芸術高校の皆さんも
何か歌って欲しい」と。
1名の女子高生がみんなの推薦で「涙そうそう」を歌う。
声量もあり、聞いていて心を打つ何かがあった。


続いて男子学生が「ラップ」の歌を披露。
何を言っているのかは分からなかったが、楽しい雰囲気を
作ってくれた。

北海道芸術高校の生徒さんは、こうした交流の場で
恥ずかしがらず、しっかりと自分を出してくれた。
なかなか能力があり、好感のもてる若者である。


最後に交流会場前で全員の記念撮影

車で1時間半。午後5時、フエ市内へ到着。

北海道芸術高校の皆さんはホテルで休息。

私は引き続き、午後6時から行われる
フエ市人民委員会主催「忘年・新年会」に参加。

ベトナム事務所員全員と「オアシスの会」の代表の
大塚さんと参加。

フエで活動している主な海外NGや海外から来た
会社の駐在員などが招待された。

開会冒頭にヴィンフエ市長がJASSのテーブルへ
挨拶に来る。「オアシスの会」代表の大塚さんと。



JASSスタッフ

フエ市人民委員会財政部長(大蔵大臣)と


フエ市人民委員会副市長タン氏。福祉・教育担当

フエ市共産党委員長ユン氏


再びヴィン市長。一気飲みの競争。

続いて参加各国からの出し物。

最初に原田先生の歌

フエ市人民委員会外務部長ニエンさん、副部長フアンさん。

偶然、1993年に私がフエ師範大で教えた教え子が
3人いた。ベトナム事務所のバオミンさん・ハンさん・
外務部副部長フアンさん。
他に2名の教え子が来ていたそうだが、私に「合わせる顔」
がないようで挨拶にすら来なかった。ヤクザでも「一宿一飯」の
恩義を感じるものである。2年間日本語を教え、その後も
10数年支援した人間が同席していて挨拶にこないのは
悲しいことである。

ニエン外務部長と


フエ県警外国人担当最高責任者と。
今後、JASSに何らかの攻撃があったら、県警がJASSを
守ると話していた。



続いてJASSからの出し物。大塚さんと税田さんの歌

引き続き、ニエン外務部長と飲む

今日の忘年・新年会では、JASSが3組も登壇し
歌いまくる。

外国人で一番出し物をしたのがJASSだった。
新人スタッフのアンさん。なかなか歌がうまい

忘年・新年会は「流れ解散」。
外国人は全て帰る。JASSとフエ市人民委員会だけの
再度の飲み会が行われる。JASSとフエ市人民委員会とは
そうした関係になっている。

午後10時、ベトナム事務所へ帰る。

バオミンさんのオートバイで「ハイリーホテル」まで
送ってもらう。午後11時過ぎ。痛飲。

投稿者 koyama : 21:55 | コメント (0)

2010年02月04日

北海道芸術高校講演会

快晴  午前中気温27度。夕方20度に低下。
頭痛あり。


午前7時起床。青豆のおかゆ

朝食後、受信メールの確認。必要なメール送信。

午前9時半、電動バイクで「子どもの家」へ。

王宮前には、新年の菊の花が置かれていた。
沢山の買い物客でにぎわっていた。黄色は、お金の色と言う
ことで新年には各家庭で飾る風習がある。


ベトナムの旧正月には、秋の菊と春先の梅が
同時に咲き、正月の花となる。

午前9時45分、「子どもの家」到着。

「子どもの家」では、北海道芸術高校の生徒さんたちと
「子どもの家」のこどもたちが交流していた。
北海道芸術高校のダンスの生徒さんが、「子どもの家」の
こどもたちにダンスを疲労していた。

午前10時から11時まで私の講演会。
人生とこどもたち、人間の本当に幸せとはについて話す。

講演会後、北海道芸術高校の生徒さんの作った「Tシャツ」を
頂く。どのTシャツも素晴らしいデザインである。




北海道芸術高校の生徒さんの描いたイラストを
ご本人から頂く。

午前11時から「子どもの家」のこどもたちと一緒に昼食。
北海道芸術高校の生徒さんは、今日朝から市場へ
こどもたちと一緒に買い物に行き、食材を買い、こどもたち
と一緒に調理をした。昼食で一緒に食事をする。



先生と生徒さん


引率の先生


昼食後、こどもたちと記念写真


午後11時50分、「子どもの家」をあとにホテルへ。

私は電動バイクで「ハイリーホテル」へ。

1時間ほど昼寝。疲労が溜まる。

午後2時半、バオミンさんと一緒にいくつかの関係機関を
回る。

午後5時半、ベトナム事務所に戻る。

地球の歩き方ガイドブックの取材の方が来る。
日本料理店を載せてもらう。


今日はフエ省の「忘年会」。
税田さん・大塚さん・原田先生の3人が出席。
私は日本料理店で留守番。

来客あり。

お寿司と太巻きを注文。ベトナム人の来客。
コーラでお寿司と太巻きを食べる。

午後9時閉店。原田先生と一緒に「ハイリーホテル」へ帰る。

投稿者 koyama : 23:34 | コメント (0)

2010年02月03日

静岡市長・島田市長一行帰国へ:北海道芸術高校夕食会

快晴  気温30度 暑い

午前6時起床。夜中に二度にわたり、足の「ふくらはぎ」が
急に痙攣(けいれん)を起こし、ひどい激痛に見舞われる。
1時間後に片方のふくらはぎも同様の症状を呈す。
あまりの痛さに夜中安眠できず。

午前7時朝食

午前7時半、フォンザンホテルへ。
今日は、静岡市長・島田市長・市議会議長・市議・市民の
皆さんが、王宮・静岡フエ日本語学校・「子どもの家」を訪問し
ホーチミン市経由で帰国する。

午前8時20分、王宮に到着。
王族の末裔であるバオミンさんの案内は、案内人としては
最適人。説明も関係者でなければ分からない話も織り込み
ながらのものであった。

午前9時半。静岡フエ青年交流会館付属日本語学校参観交流。
この会館は2001年、小島静岡市長を筆頭に稲葉さんなど
静岡ライオンズクラブの皆様方の寄金で建築されたものである。
その後9年間、JASSはこの会館内に日本語学校を運営し
ている。
今日は静岡会館日本語学校の各級の生徒が集まり、
静岡市長・島田市長など訪問者と40分ほど、日本語会話の
練習を行った。

静岡会館建築者の小島静岡市長の挨拶。

日本語学校の生徒と訪問者が1対1となり日本語の会話の
練習。

日本語教師の原田先生・日本語部長のフーン先生、
そしてクアン先生もお世話に駆けつける。


40分ほどの交流会後、参加者で記念写真


午前10時。「子どもの家」へ。

セン「子どもの家」運営委員長の出迎え

その後、30分ほど「子どもの家」を案内する。
また、「子どもの家」の歴史を説明する。

昨夜、北海道芸術高校の生徒さんと先生がフエ到着。
今日から「子どもの家」でこどもたちjと交流。
昼食を作っていた。


静岡ツアーの皆さんに図書室を紹介

午前11時、「子どもの家」を後にする。

空港へ行く前に市内で昼食を摂る。フエ名物「ブンボー」。

午後12時過ぎ、フエ空港へ到着。チェックイン手続きに入る。

その後、全員のチェックインを終わり、皆さんとお別れする。
無事の帰国をお祈りする。


午後2時、「ハイリーホテル」戻る。

昨日からの疲労で体がコチコチ状態。横になる。
頭痛と倦怠感あり。1時間ほど休む。

午後3時半、バオミンさんから電話。
仕事関係である店を訪問したいとのこと。
午後4時半、「ハイリーホテル」をでてその店に行き
オーナーと話し合う。いくつか問題あり。

午後6時、北海道芸術高校の生徒さん・先生と日本料理店
で夕食会。

税田さんの司会で開会

リー君とグエットさんの接客コンビで今晩のメーニュー紹介


今晩のメニュー

ハンバーグ

和風野菜サラダ

空芯菜のニンニク炒め

茶巾寿司


会食


午後8時過ぎ、夕食会終了

日本料理店のこどもたち・指導者の大塚さんの自己紹介




最後にこどもたちと北海道芸術高校の生徒さんの記念撮影

その後、日本料理店の片付け。
今日は疲労と体調不良。食欲なし。ほとんど食事が
できなかった。
顔中がほってている。寄生虫の発疹が出る可能性あり。

午後9時前に「ハイリーホテル」へ帰る。

関係者にデジカメ写真を送る。


投稿者 koyama : 18:01 | コメント (0)

2010年02月02日

静岡ツアー来訪・終日案内

晴天  気温24度。快晴

午前7時朝食。

キャッサバイモの手打ちうどん

午前7時半、バオミンさんが「ハイリーホテル」まで車で迎えに
来てくれる。

今日は静岡市長・島田市長や両市の市民、約60人ほどが
2つのグループに分かれてフエへやってくる。

午前8時10分に第1団34人がフエ空港に着くはずだった。
飛行機の遅れで1時間ちょっと遅れて9時20分に到着。

待っているいる間、フエ空港の警備隊長と雑談をする。


午前9時過ぎ、静岡市・島田市の市民の皆さん34人が到着。


2台のマイクロバスで「静岡フエ青年交流会館」へ。
静岡会館で、会館の歴史を説明。


静岡・島田市民と静岡会館付属日本語学校の生徒と
日本語を使っての懇談


その後、「子どもの家」へ。

1時間ほどかけて「子どもの家」を案内

「子どもの家」付属刺繍みやげ物店で大量の刺繍作品を
買って頂く。



午前11時半、バオミンさんが引率して王宮へ。
私はタクシーでフォンザンホテルへ。

フォンザンホテルには、訪問団第2団の静岡市長・
島田市長などを出迎えるためにフエ空港へ行く
税田さん・ハンさん・フーン先生・ソン君などが
待機していた。合流。大型バスでフエ空港へ。
バスの中でフランスパン1本と牛乳を飲んで
昼食とする。

午後1時半、飛行機到着。
フエ市人民委員会より静岡市長へ花束贈呈


フォンザンホテルまでの車中で、静岡市から招待され
日本語研修に行ったフーン先生・フオン先生・ハンさん・
トゥー君が静岡市へお礼の言葉を述べる。


フォンザンホテルへ到着。マネージャーより静岡・島田市長へ
歓迎の花束贈呈。

20分ほどホテルで休憩し、フエ市人民委員会へ表敬訪問。
フエ市人民委員会では、フエ省共産党委員長のマン氏、
ヴィン市長などが出迎えてくれる。


ヴィン・フエ市長の歓迎の挨拶



訪問団長の静岡市長(右)と副団長の島田市長

訪問団全員で記念写真


静岡市長・静岡市議会議長と記念写真


その後、フエフーズを視察。日本酒などを製造している日本の会社
懇切丁寧に日本酒製造の様々な問題点などを説明してくれる。

午後7時、フォザンホテルで訪問団の第1団・第2団の
60人ほどとフエ市人民委員会関係者との懇談会。

フエ市共産党委員長のユン氏の挨拶

フエ市側はフエ市共産党委員長・フエ市共産党人事部長・
フエ市長・フエ市財政部長・フエ市外務部長などが参加。

懇親会は午後9時まで続き、お開きとなる。

今日は本当に長い1日であった。

投稿者 koyama : 23:33 | コメント (0)

2010年02月01日

元ベトナム事務所員 元秋夫妻来訪

快晴

気温24度  湿度70%


午前5時起床。読書「青年の環」(野間宏著)
1冊1000ぺージなので寝ながら読むと手が疲れる。

午前7時朝食。
私の好きな「ブンボーフエ」。とても美味しい。


午前8時半、ベトナム事務所へ。
午前9時、元ベトナム事務所員の元秋夫妻が来訪。懇談する。


元秋君は1997年5月から1999年5月まで旧ベトナム事務所
でJASS活動を支えてくれた。現在は札幌でこどもたちの
教育の仕事を夫妻でしているとのこと。
元秋君がいた1997年から13年が経過したフエの実情は
「大きく変化」している。豊かさと貧しさ、拝金主義の入り混じった
フエの社会が形成されている。

ソン君の案内で「子どもの家」へ。こどもたちと昼食を摂る。

午前10時半、バオミンさんと一緒の静岡市長以降60数名と
フエ省・フエ市幹部の交流会場の下見。机の配列の確認。
飲み物と等の確認を行う。

午前11時半昼食。
大塚さんは税田さんと外食。原田先生は遅れるとのこと。

午後12時半、昼寝。

午後1時過ぎ、原田君から携帯電話。
「ハイリーホテル」のドアが開かないとのこと。
昼食を作るセンさんが内側から鍵をしめていた。
1階に下りて鍵を開ける。


午後2時半まで昼寝。体が少しだるい。

31通のメール受信。15通のメール送信。

2月21日の「現地報告会」の総括と方針の文章の
最終仕上げ。

バオミンさんと電話で明日から来訪する静岡市長など
60数人の静岡の皆さんの受け入れ体制について最終協議。

午後3時過ぎベトナム事務所へ。
元秋夫妻と再度懇談。

午後4時半。2月21日「現地報告会」に提出する
会計報告と予算案について、ハンさんから提出のあった
文書をバオミンさん・税田さんと共に検討。いくつかの意見を言う。

午後5時過ぎ、日本料理店の女子の制服を新しいものに
変える。「子どもの家」卒業生のメンさん(札幌の鹿又さんの里子)
を呼んで採寸し、ミシンで縫製してもらう。

データーを記録するメンさんは「子どもの家」を卒業後、
自分でミシン縫製店を経営している。

午後5時半、日本料理店で夕食。既に午後5時から来客あり。
リー君はお客さんの注文を取っている。


午後9時、日本料理店閉店。多数の来客あり。


明日から静岡市長をはじめとする静岡ツアーと
北海道芸術高校スタディーツアーが来る。

投稿者 koyama : 23:27 | コメント (0)